俺の始まりは一つの夢、あるいは幻覚、それとも妄想か、ともかく現実ではない何かだった。真っ暗な闇の中に独り裸で立っていて、目の前に学生服を着た黒い髪の少女も立っていた。
「お兄ちゃんはまだ来ちゃダメだよ」
少女は恐らく俺に向けてその言葉を言ったのだろう。彼女どころか俺自身の事も分からなかったが、何となく従ったほうが良いような気がしたので彼女のいない方に向けて歩き出した。当てもなく彷徨うように歩いていると、誰かに手を掴まれたような気がした。
「この大馬鹿者がああああああ!!!!!!」
遠くから誰かに罵倒された。俺を罵倒するということは俺を知っているということだ。コイツに聞けば何か分かるかもしれない。そう思った俺は声のする方へと走っていた。
「精! おい精! 早く起きろ!」
頭に響くような大声と共に視界が明るくなる。
「うう……うるせえ……」
目を開けると紺のシャツに薄いクリーム色のパンツを履いた、鳶色の瞳をした女性が俺の手を握っていた。
「主人が目を覚ましました! 早く来てください!」
さっき聞いた罵倒の声と同じ声の持ち主だから早速質問をした。
「すまねえ……ここはどこであんたは誰で……俺は誰だ?」
そこからの俺はひたすら自分が何者かを知るために行動した。連日美女に絞られるという普通の男だったら垂涎モノのトラブルもあったが、スマホとPCに残っていたデータを基に娘レイラと息子セレンを名乗る存在からヒントを得て"研修"という特大のヒントに辿り着いた。だから俺の情報があるであろうSHO本部に乗り込んで情報源に辿り着いて────娘の小便を全身に浴びる大敗を喫した。
投げ捨てるように渡された掃除用具を拾って床の掃除を始めようとしたが、まともに体が動かなかった。喰らったダメージもあるかもしれないが、両手で数えられる歳のガキに負けたという事実が俺を打ちのめしていた。
「……俺は……この程度の強さで自分を求めていたのか……」
「そうだよ。今の親父が記憶を取り戻したとして、また研修先に戻ったら間違いなく死ぬ。分かり切ってる死に家族を送るほどあーしは薄情者じゃねえ」
レイラは言っても分からないから暴力で分からせたのだろう。おかげで涙が出る程よく分かった。
「泣いてる暇があったら強くなれ。あーしを無傷で倒せるぐらいにならねえと話にすらならねえぞ」
言い返しようのない正論だ。それでも彼女は俺に手を差し伸べてきた。
「学校終わったらあーしが鍛えてやる────」
「俺の目標はお前じゃなくて俺自身だ」
俺はその手を振り払った。先の会話から察するに、本来の俺は今の俺とは比較にならないほど強いはずだ。なら、まずは過去の俺に追い付くのが最優先だ。なんなら、それ以上に強くなる必要すらある。彼女は呆れたように笑って3人の元に歩いていった。
「……んじゃ、まずは掃除を一人でやんな」
元よりそのつもりだ。俺は自分の口で床に撒き散らされた液体を啜り上げた。ツンと鼻を刺す異臭、顔が歪む塩辛さと苦み、粘膜を焼く痛み、とてもじゃないが飲めたものではない。
「うぼえぇぇぇ……」
堪らず胃の内容物と共に吐き戻してしまう。それを見かねた礼が俺の元に駆け寄ってくる。
「くだらない意地を張るな! 普通に掃除すれば────」
「その下らない意地がないとダメなんだよ……! この屈辱を決して忘れないようにするためにはこうするしかねえんだ……!」
小便とゲロのまじりあった苦痛を胃に入れていく。上下から出た人間の汚物のカクテルは、もはや拷問そのものと言っても良かった。
「……俺はこの感覚をどこかで……?」
生きていて絶対にすることのない行為のはずなのに、何故か初めてではない気がする。以前の俺もこんなことをしていたのか? だとしたらこれぐらいは余裕で耐えられないといけない。何とか飲み切る頃にはとっくに日が落ちていて、月が俺をあざ笑うかのように見下していた。
「……見てろよ……こっからが始まりだ……俺は強くなって俺を取り戻してやる……!」
やっとまともに動くようになった体で清掃道具を手に取り、来た時以上に廊下を綺麗にしてやった。床に映った俺の顔は瞳孔が開き切っていて、とても人間がするようなものではなかった。
「……ハッ、ひでえ面だ……だがすぐにもっとひどくなるから関係ねえな」
男性行為室のシャワー室を借りて体を流したが着替えがない事に気が付いた。仕方がないのでそのまま裸で帰ろうとした時、俺のスマホからやけに陽気なクラシックの曲が流れた。
「誰だ?」
「私だ、礼だ。しばらくお前と距離を置きたいと思う」
俺としては好都合だが、その間の衣食住はどうするか。本部の案内図を見た時に社員寮があるのは知っているが、何処に相談すれば今から住めるかは不明だ。とりあえずこの電話の後に会長サマに一報入れればいいか?
「その間は郁子と一緒に暮らすといい。話はすでにつけてあるから郁子の寮に行け」
随分と前準備がいいと思ったが、俺の情報に関して不自然なほど隠すほどだからおかしくないだろう。なら素直に乗っかっておいた方がスムーズに事が進むはずだ。
「ソイツはどうも。何があっても文句は受け付けないぜ」
「元よりお前と郁子は私公認で体の関係を持っているんだ。殺しにでも発展しない限り何も言うつもりはないさ」
「腹上死が起きたらどうする?」
「……その時考えるよ。セレンやレイラからの連絡にはしっかり返事をしろよ」
「了解。んじゃ、良きドスケベライフを」
電話を切って一つ深呼吸をする。ここから俺を強くするための新生活が始まる。何が待ち受けていようと俺は乗り越えて、全てを糧にして進まなければならない。まずはその第一歩を踏み出し、郁子の待つ寮に向かい────
「わぁ……♡シャワーを浴びて裸ってことはそういうことだよね……♡」
駆け付け三発で絞られてほぼ意識を失うように眠り、目覚めもシックスナインという遠慮ない歓迎を受けた。
足腰を気合いと根性で動かし、事情を話しながら朝食を作る。
「……礼ちゃんから聞いたけど、そこまでして強くなりたいんだね」
「俺が弱いから俺を取り戻せないっていうなら強くなるしかねえ。俺は俺を知りたい……それ以上は望まねえが、それより下に引き下げる心算もねえ」
家族と俺の繋がりも分からず、青藍島と俺の関係もよく分からない。だから失ったものを取り戻したい、今の俺にあるのはそれだけだ。
「……だからあたしが選ばれたんだね。精くんを鍛えたのはあたしだからね」
「んじゃ、ご指導お願いするぜ郁子先輩」
「……そういう所は精くんなんだけどなあ……」
何所か不満そうに頬を膨らませる彼女の実力はいかがなものだろうか。俺の作品の中では俺と同等の力を持っていたが、脚色が入っている可能性もある。ここはひとつ試すとしよう。切ろうとしていた人参をわざと落としてしゃがむ。
「っと、悪い……」
そして拾いあげて立ち上がる際に彼女の尻に右手を伸ばし────彼女の左手に止められていた。
「裸エプロンのイクがそんなに魅力的だった? 一回シちゃう? イク、そういうシチュに憧れてたんだ♪」
「……流石に飯の後にさせてくれ。昨日の夜から真面な物食ってないんだ」
落とした人参を洗って動揺を隠す。彼女の強さはあの作品通りのはずだ。今この時も膣内に刀を隠していて、いざとなったら抜刀して武器に出来るはずだ。
「あれは流石にフィクション……とは言えないか。トーカちゃんはおまんこに羅漢銭隠してるし、イクも一回だけやったことあしなあ……」
「どうだった?」
「あたしの戦いで使う長さの刀が入らないし、何より気持ちよくて必要以上に相手を痛めつけちゃうからダメだったかな」
彼女の底知れない実力に驚きながら食べる朝食はとても美味しかった。ただ、体が資本だからと俺に2人前食わせるのはちょっときつかった。食器を流しに沈め切った所で彼女が後ろから抱き着いてきた。
「じゃあセックスしよっか♡全盛期の精くんなら食事しながらセックスできたけど、今はこれぐらいにしたほうが良いよね♡」
「……まだ食器洗ってないぞ?」
「水につけておけばセックスした後ぐらいには洗いやすくなるから♡というかアタシがもう我慢できないの♡」
昨日からの消耗と彼女の純粋な腕力に抵抗もままならず、ベットに転がされてしまった。
「わぁ……♡昨日からずっとエッチしてるのにまだビンビンだぁ……♡」
「どうも俺とあんたの体の相性は良すぎるみたいだな……しばらくあんたと共にするから、勃つたび収めなきゃいけないかもな」
「大歓迎だよぉ……♡それじゃあデザートの精くんおちんちん、いただきまぁす……♡」
女性は加齢で性欲が増すと聞いたが、ここまでになる物なのだろうか。結果としては上下の口にそれぞれ1回ずつ出すことになった。そこから食器を洗って、何故かあった俺の金色のジャージを借りて出社した。聞いた所、彼女の至高のオカズらしい。俺のチンコを模ったディルドと合わせると、疑似寝取りになって相当キマるらしい。実力もそうだが、性欲に関しても彼女に鍛えられることになりそうだ。
彼女に連れられてやってきたのは訓練場だった。
「まずは今の精くんの実力を調べないとね。まずは銃の扱いからだよ」
彼女から2丁の拳銃を渡されたので、銃身を掴んで受け取ってじろじろと眺める。両方とも血の様に赤黒く、どこかおどろおどろしくもカッコよさ帯びていた。
「受け取り方は問題なしと……それは精くんの愛銃"ブラッドフルムーン"と"エンプレスウィーク"だよ。あれこれ説明するよりも実際に撃って感じてね」
作中では俺はこんな風に撃っていたかと片手で構えて引き金を引く。パアンと乾いた銃声が響き、腕にビインと衝撃が走る。
「っ……!? この反動は片手で撃つ銃じゃねえだろ……!?」
「それが両手で連射してたんだよ。礼ちゃんとの2人一斉掃射『
なら怯んでいる暇はない。今度は両手で銃を構えて連射する。可能な限り打った結果、左右で10発が限界だった。
「10点6、9点3、8点1……ブランクありでこれなら十分だよ」
「い、以前の俺はこれを何発撃てたんだ……?」
「その銃は1丁に10発入って、それを全部撃ち切ったから20発だね。それも全部10点で」
「じ、じゃあ今の俺は半分以下か……」
「射撃能力だけじゃなくて腕の筋力の問題もあるだろうから、時間をかけて鍛えるしかないね。次は接近戦だよ。まずは武器無しで何所まで戦えるかな?」
彼女が手を鳴らすといかにも治安を守ってますという服を着た人間が数名やってきた。
「精くんと礼ちゃんが頑張って育成したSHOのガードマンだよ。勝ったら無条件で給料アップの約束をしたからとっても強いと思うよ」
「その話は本当なんですね、女部田隊長?」
「アイツをぶちのめした上で金が貰える……こんないい話があるか?」
「それに今の彼は記憶がないから技術もない……この勝負、貰いましたね」
浮ついたニヤつき顔でガードマンたちが迫ってくる。前例が一件しかないが、子供ですらあんなに強いのに大人になるとどれ程強いのか。はたして、今の俺で対応できるのだろうか。
「先手必勝!」
1人目の男が殴って来て────あまりにも遅いパンチだったので簡単に掴めてしまった。
「なっ……!?」
「……確かこうだったよな」
俺がレイラから食らったように、男に背負い投げを食らわせる。ドオンと床に弾み男がビクビクと悶え始めた。
「がっ……な……何が起きた……!?」
「っ、二人がかりならどうだ!?」
「行くぜオラァ!」
2人の男が左右から攻めてきて────あまりにも隙だらけだったので足払いで2人とも転倒させる。
「「ぎゃっ!?」」
「動くな。その気になれば俺はお前たちを────」
「はいそこまで。やっぱり新兵じゃこの程度だよねえ……」
二丁拳銃を2人に突きつけた所で彼女から制止が入る。
「レイラちゃんから聞いた通りだね。技術は失ってるけど、身体能力は筋肉の衰え分の低下ぐらいしか起きてないみたい」
「……コイツら本当にガードマンか? 子供より弱いぞ?」
「もしかしてレイラちゃんを基準にしてるの? あの子は未来の一番隊隊長だよ。普通のガードマンじゃ遊び相手にもならないし、あたしも油断してると数発貰っちゃうもん」
「……レイラが異常値で俺が平均値って所か」
「今の精くんも大概だけど、本来の精くんはレイラちゃんを手玉に取っていたよ」
そんな奴が便器代わりにできるほど落ちていたら心配もするだろう。ならば早く本来の俺の強さを取り戻して、自分を知る権利を手に入れないと。