郁子先輩との鍛錬の日々が続いて一月ほど経った。衰えていた身体能力及び性力は7割ほどまで戻り、二丁拳銃と長刀の使い方も覚えた。特に長刀に仕込まれた逆刃刀とガスの仕掛けには目を見張る物があった。
「振る速度を上げるだけじゃなくて目潰しにも使えるのか……便利な武器だぜ」
「ほぼ所見殺しみたいなものだけど、それでも十分な効果はあると思うよ」
このまま鍛えていけば1か月ほどで戻る計算だという。ならこのまま鍛え続けて────俺のスマホから『ウィリアム・テル序曲』が流れる。レイラからの定期連絡だ。
「そろそろいい頃合いになったんじゃねえか親父?」
「どうだろうな。今夜あたり試してみるか?」
「いいねえ。21時にヌーディストビーチで待ってるからしっかり武装してこいよ。お互い全力でやらなきゃ意味がねえ。カリ首洗って待ってろよ」
「ロリコンでもなければ近親相姦モノも好きじゃねえが言う通りにはしておくぜ」
電話を切って早速武器の手入れをする。マガジンを新しいものに変え、ガスを補充し、ガードマンの服にしっかりと装着させる。
「本来は糸と羅漢銭の技術もあるらしいが……それはまた後日って所か。待ってろよレイラ……実の娘らしいが、俺の情報を手に入れるためなら遠慮なくぶちのめしてやるからな……!」
「……家庭内暴力を応援するのは気が引けるけど、特訓の成果をしっかり出してきてほしくはあるし……うーん……」
「んじゃあ、俺の無事を祈って手を振って見送ってくれ」
「……精くんがそうして欲しいならそうするよ」
こうして誘われた夜のビーチにはレイラ────ではなく金色のヘルメットを被り、女子学生服を着た人間が立っていた。たまたま待ち合わせ場所が被ったのだろうか。話しかけて聞いてみるとしよう。
「あのー、この辺に黒髪で下着姿の生意気そうな子供見ません────」
「親父! 逃げろ!」
突如響いたレイラの声に反射的に後ろに飛び退く。それとほぼ同時に俺の腹部があった所に左手から放たれたアーミーナイフが空を突いていた。金ヘルの人間は俺に考える間を与えず、今度はハンドガンを左手で構えていた。
「こっちだ!」
彼女の声のする方にあった岩陰に飛び込む。パンという音と共に俺の右肩を弾丸が掠め、その後に岩陰に身を隠すことができた。そこには両手両足を縄で縛られた下着姿のレイラが転がっていた。
「何があったんだ!?」
「分からねえ……! ただ、明らかに敵だ……! 今の親父じゃ殺されちまうかもしれねえ……!」
あれほどまでの明確な敵意を感じたのは始めて────地面に影が映る。彼女を抱えて岩陰から飛び出し、砂浜をゴロゴロと転がって立ち上がる。
「とりあえずお前だけでも逃げろ!」
右手で長刀を抜き、逆刃の部分で彼女を縛る縄を切って彼女の自由を確保する。一目散に走り去っていく彼女を視界の端で確認し、体つき的に女な気がする金ヘルウーマンに向けて刀の切先を向ける。
「アンタが何者かは知らねえが……俺の邪魔をするってんなら痛い目見てもらうぜ?」
彼女は何一つ躊躇うことなく俺に向かって突進してきた。互いの武器の性質を考え、近接戦の方が向いていると判断したのだろう。ならばこちらも武器を最大限に生かせる距離を維持するべく後ろに飛び退く。そして空いた距離を維持するべく、左手でハンドガンを彼女の足元に撃ち牽制する。しかし彼女は一切怯まず再び俺に迫ってきた。
「そうくるか……」
今度は刀を数振りして牽制したが彼女のナイフで軽くいなされ、ついに彼女の距離になる。ここで全て決めると言わんばかりに刃を連続で突いてきた。
「ぐっ……! 中々早いな……!」
両手の刀と拳銃で何とかしのぎながら次の一手を────彼女の姿勢が不自然に下がったのを見て体が勝手に動き、不意打ちの足払いを避けていた。これで物理的に彼女より上になることができ、ついに反撃のチャンスがやってきた。
「コイツをくらいなあ!」
落下の勢いとガスの装置を利用し、理論上最高の力で刀を振り下ろす。彼女はナイフで受け止めようとしたが、重すぎる一撃に刃が折れてヘルメットに刀身が直撃した。ギインと鈍い金属音が響き、彼女がよろめいて距離を取った。その隙を逃すまいと彼女に踏み込んで一気に迫る。
「その面見せッ!?」
突如視界が煙に覆われ彼女の姿が見えなくなった。恐らくあるであろうヘルメット目掛けて刀を振り上げ、いやこの濃度の煙で姿が見えなくなるわけがない。下を見ると予想通りうっすらと人の影が見えた。反射的に刀を振り下ろして再び刀身で捕らえたが不自然なほどに当たりが軽く、ねちゃりとやけに粘度の高い音が聞こえた。
「何だコレ……!?」
思わず刀を上げたら人の影が刀身に引っ付いたように持ち上がった。しかもほぼ空気のような軽さで、明らかに生き物のそれではなかった。煙を払うのも兼ねて刀を振って外そうとしたが、人の形をした何かは刀から離れなかった。刀が使い物にならなくなったので、投げ捨てながら二丁拳銃に切り替える。
「奴はどこだ……? 動けば砂浜だから音がするはずだ……」
目を瞑り耳を澄ます。右後方から衣擦れの音が聞こえてきたので反射的にその方を撃つ。次の瞬間、目を瞑っていても感じるほどの光が走った。また小細工を使おうとしたのだろうが、先に潰すことができたようだ。目を開いて音のした方を見ると、彼女がポケットから何かを取り出そうとしていた。
「させっかよ!」
そのポケットを撃ち抜く。その部分が膨れ上がってはじけると同時に、思わず耳を塞いでしまうような爆音が響いた。彼女にとっても想定外だったのか、ふらついて砂浜にへたりこんだ。それなりの種類の道具を使っているようだが、その道具に振り回されている感が否めなかった。
「……妙だな……かなりの戦闘経験があるというのに、道具は上手く扱えていない……でも、銃とナイフの扱いは間違いなく本物だった……」
ようやく煙が晴れたので周囲の状況を確認した。投げ捨てられた刀の周囲にはペールオレンジのビニール片が散らばっており、近くには彼女の折れたナイフの刃と持ち手があった。俺がみた異様な人の形はビニール人形で、先の爆音波で動いた砂とナイフによって割れたのだろう。
「人形如きに騙されるとは……俺もまだまだ……?」
立ち上がった彼女に視線を戻すとスカートがずり落ちていて、紫の三角ビキニとそこから遠慮なくはみ出している陰毛が目に入った。気合いを入れた勝負下着でずいぶん目にいい格好してるが、何故か妙な既視感があった。俺の記憶はここ一ヶ月とちょっとしかないのに既視感があるということは、間違いなく今の俺が知っている人間の可能性がある。
「……ここは正体を暴いてやるとしますか」
俺は拳銃を一旦腰のホルダーにしまい、彼女の動きを観察しながら考え始めた。
あの制服はこの島にある水乃月学園の制服だが、よくよく見ると上のボタンをいくつか開けているからサイズが合っていない。
「かなりの接近戦だが……これにも見覚えがあるな……」
彼女の拳と脚を躱しながらさらに考える。ハンドガンはSHOガードマンが持っているものと同じで、戦い方もSQCを軸にしたものだからSHOの関係者はずだ。
「だからと言って全てがSHOの物で構成されているわけではないな……」
あんなシールドの部分に色々浮かび上がるヘルメットも、卵型の兵器も私物だろう。ただ前者はともかく、後者の方はあまりにもうまく扱えていない。俺なら早い内に光と音の物を使って二感を奪い、俺の弱点である頭を狙う。
「……そういえば何で俺の頭を狙わないんだ?」
SHO関係者なら俺の頭の事情は知っているはずだ。そしてあのハンドガンの腕なら動けない俺の頭など射撃訓練の的と同じはずだ。そもそも最初にレイラを人質に取った段階で俺がレイラを助けるのを予測して頭を狙えたはずだし、ナイフでの攻撃も腹より上を狙うこともなかった。現に今の攻防でも首より上への攻撃が来ていない。
「……つまり、頭を狙っていない?」
敵として対峙しているのにも拘らず、その弱点を狙っていないというのはあまりにも不自然だ。つまり、敵意こそあれど殺意はない可能性がある。そうなると目的は何か。俺を捉えて情報を引き出すという線は記憶喪失だからありえない。人質が欲しいならレイラを捕縛した段階で撤退している。
「……俺と戦うことそのものが目的か?」
レイラを捕縛したのは俺に明確に敵意を伝えるため。ヘルメットを被っているのは正体を明かさないため。不慣れな武器を使用たのは俺が知らないというアドバンテージのため。殺さないのは戦い続けるため────全てが繋がった。後は俺と戦う必要があるSHO関係者と目の前の彼女に一致する人間を検索するだけだ。
「郁子先輩は俺を見送ったからありえない。会長サマだとしたら糸を使ってくるから違う。スス子は通信部隊だからここまでの戦闘力はない。会ったことねえが花丸とか秋野とか仙波って奴もこんなに強くないはずだ。だとしたら…………答えは一つしかねえな」
俺はしゃがんで砂を掴み彼女のヘルメットにぶち当てた。視界が塞がった彼女に攻める────ことはせず、俺のハンドガンを俺の頭に突きつけた。
「チェックメイトだ」
すると彼女の猛攻がピタリと止まり、ただ構えを取るだけになった。
「こうなったらアンタは迂闊に攻めることができなくなるよな。なんかの拍子で俺が頭を撃とうものなら……最悪永遠の別れになっちまうもんな?」
「……見た目で分からないように体を絞って体形を変えて、匂いで分からないようにこのビーチを選んだんだがな」
ヘルメット越しに聞こえたくぐもった声だが、明らかに聞き覚えのあるものだった。予想が確信に変わった所で彼女に歩み寄り、そのヘルメットに手をかける。
「俺を止めるためにそこまでするとは……俺がアンタを選んだ理由がちょっとだけ分かった気がするぜ、礼」
外したヘルメットから優し気な鳶色の瞳と、かなり上手くまとめていたであろう茶色がかった黒のロングストレートが現れる。
「……強くなっちゃったな、精」
彼女の笑顔には憂いと諦めとほんのちょっとの嬉しさが見えた気がした。
彼女が俺と戦った理由はおおよそ俺の予想通りで、現在の俺の強さを知るためだった。レイラではなく彼女が相手をしたのは自分自身で納得したいからとのことだ。
「今回の戦いでよく分かったよ……お前の強さが以前に戻りつつあること、何より私たちでは止めることができないことを」
まるで他にも誰かいるみたいな言い方だ。どういうことだと聞いたら、まだ彼女のぬくもりが残る金のヘルメットを渡された。
「これを被れば分かる……嗅ぎたかったら匂いも嗅いでいいぞ」
こんな時に射精していたら話が進まないので素直にヘルメットを被る。するとシールドに様々な数字や図形が複雑に書いてあり、視覚から膨大な量の情報が流れ込んできた。
「これがお袋が親父相手にそれなりに渡り合った仕掛け"
ヘルメットからレイラの声が聞こえてきた。さっき逃げたはずだが、何所からか見ているのだろうか。
「どうしてって言われそうだろうから先んじて言っておくぜ。ソフトが入ったタブレットかPCがあって、電波が届けばどこからでもサポート可能だ。今は兄貴にタブレットを持ってきてもらって、親父から見て4時の方向だな」
言われたとおりに見て見ると相変わらずの下着姿でタブレットを持ってニヤニヤしているレイラと、何とも言えない顔をしているセレンがいた。どうやら一家総出で俺の実力を見たかったらしい。
「……で、判定はどうだ?」
「良、と言いたい所だが……判断力がまだ戻り切ってねえな。もっと早くお袋に気付けるポイントはあったぜ?」
先の戦闘を思い返す。対峙した段階の体形で気付くべきだったのか? それとも始まる前に気付くことができたのか? そもそも戦闘の始まりは縛られているレイラを見つけた所で────
「……あの強さのお前が無傷かつ無抵抗で縛られていたのはおかしかったか」
「ということで判定は可だ。今日はもういい時間だから、明日あーしたちから話せる範囲で話す。んじゃ、家に帰ってこい」
遂にあの研修について聞くことができる。俺の記憶が戻るかどうかは分からないが、間違いなく俺に関わる重大な情報だ。こんなに明日が楽しみな日は初めてだ。