遂に迎えた俺が行った研修の真実を知る日、土口家の皆で程々の朝食を終えてから早速レイラから話が始まる。
「親父は自身の衰えと自分が何をしたいのか分からなくなって、自己研鑽としてとある刑務所に行った。そこでまあまあな活躍をしていたらしい。後はお袋とビデオチャットで相互オナニーをしていた、ってことぐらいしかあーしたちは知らねえ」
あまりにも薄っぺらでくだらなさすぎる、提出期限ぎりぎりで出した論文のような中身だった。流石に聞き返さないと色々納得できない。
「……まさかそれだけか?」
「後は我が家にドスケベ性教って連中がやってきたのをあーしが返り討ちにしたぐらいだな。そもそも親父は青藍島との繋がりを最低限にして集中していたから、親父から報告レポートを受け取っている冷泉院さんぐらいしか知らねえと思う。そもそも、あーしは研修について話すとは言ったが、研修についての全てを知っているとは言ってねえ」
「……お前は詐欺師か?」
「騙す奴が悪いのは当然だが、騙される奴も当然悪いだろ?」
自分を悪だと認識しているだけマシだろうか。ともかく次に話を聞くべき人間が分かったので良しとしよう。食器を軽く片付けながら俺の話を進める。
「今から会長サマから話を聞いてくる。家族の許可が下りたとでもいえば教えてもらえるだろうから心配はゴム用だ」
「ぜひともそうしてくれ。いまの親父を無理に止めたら誰かが大怪我をするからな」
「精……本当に全てを知りたいのか……?」
玄関を出ようとした際に礼が不安そうに言葉を投げかけてきた。再三言っているがまだ分からないらしい。だが、すでに拳で分からせているし、俺とてむやみやたらに怪我人を作る趣味はない。
「何も知らずに楽に生きるぐらいなら、全てを知って苦しんで生きる方がよっぽど真っ当だ」
「……そう、か……なら……送り出すしかないよな……」
歯切れ悪くも納得してもらえたようなので、早い所本部に行って情報を手に入れるとしよう。
SHO本部に到着して早々会長室に向かい、失礼のないようにノックを3回してから入る。
「失礼するぜ会長。俺の行った研修について洗いざらい喋ってもらおうか」
緑色の団子ヘアーがぴょんと見えるぐらいに積まれた書類の山がズッと動き、どう考えても俺の一つ下の歳とは思えない何を考えているのかさっぱり分からない会長の顔が現れた。
「礼から連絡は受けています。この書類を片付けながらでもよろしいでしょうか?」
「喋ってくれるならセックスしながらでも構わねえよ」
それならよかったですと、どこにでもありそうなA4サイズの書類を纏める青いバインダーを渡された。恐らくこれを読みながら話を聞けと言うことだろう。開くと何とも読みにくい字で業務やその日に起きた出来事がつらつらと書かれていた。
「あなたは自己研鑽として収容所であるチューリップ・プリズンに向かい、刑務官補佐の九十九終として活動していました。囚人の指導、ウィッグ工房という作業場の設立、人事整理などかなりの活躍を残しています」
一研修生の業績とは思えないが書類として残っているのだから事実なのだろう。まあまあおかしなこの島で育っていながら外の世界でもうまくやっている辺り、俺は他の島民とは何かが違っている────読み進めていく内に明らかに雰囲気の違う2枚の書類が出てきた。
『誓約書 チューリップ・プリズン所長水城姫子様へ 私は囚人番号0720番を自らの手で更生不能房に送ることを誓約します。 看守補佐九十九終及びSHO治安管理委員会委員長土口精』
『誓約書 SHO治安管理委員会委員長土口精様へ 私は看守補佐である九十九終氏が囚人番号0720番を更生不能房へ送った場合に限り、10年以内に青藍島へのあらゆる規制を解除することを誓約します。チューリップ・プリズン所長水城姫子』
どう考えても俺は青藍島にかかっているあらゆる規制を解除するために研修に行ったようだ。しかし、これ以降の書類が存在していないことから、まだ誓約書の内容を果たしていないということになる。なら話は早い。
「んじゃ、もう一回このプリズンに行ってこの湊柊一郎って囚人を更生不能房にぶち込めば万事解決だな。出頭の手続きを────」
「それが……今の青藍島から出ることはできません」
「んなもんアンタの権力でどうにかしろよ」
「いえ、すでに権力では抵抗できない実力行使をされている状態なんです」
どういうことかと聞いたら先の誓約書に書いてあった水城姫子という女性がこの島にやってきて、プリズンでの俺の数々の不正を理由に青藍島への規制を強めたのだという。いくら何でも横暴すぎる話だが、相応の兵を率いてやってきたため抗うに抗えなかったらしい。確かにこの島は世間一般から見たら普通ではないのかもしれない。だからと言って世間一般の害になるとも思えない。だからその理不尽な規制に対して必要性が感じられなかった。俺だったら間違いなくその場で抗っている。
「何もしなかったのか?」
「あの場で戦闘を起こしては青藍島が危地であることを広めてしまうだけでしたので、私の命令で無抵抗の服従を貫きました」
「島民は何も言わなかったのか?」
「必要な物はこの島にあるから別に構わないと言っていましたが……総体がそうであったとは思えません」
「それなのにやったと? 手前正気か?」
「……私としても苦渋の決断でした、と言っても言い訳にすらなりませんよね」
全くその通りだと彼女に詰め寄って机を大きく叩く。書類の山が一瞬浮いてがバサリと舞っても、彼女は顔色一つ変えることなく俺を見ていた。
「今すぐ撤回させろ」
「お断りします」
「じゃあ俺が水城姫子をぶちのめしてくる」
「それで解決すると思っているのですか?」
「それで解決させる。俺にはその実力がある────」
俺の言葉を遮る様に彼女がスッと3枚の紙を差し出した。
「……これだけは見せたくなかったのですが、ここまで来たら知った貰った方が良いでしょう」
「何で最初から見せなかったんだよ? 俺は全部知りたいって言ってんだぞ?」
「……これを知ったら、あなたは間違いなく絶望するでしょうから」
またしても理解できないことを言い出したので、荒っぽく受け取って手早く読む。
それはどこかの新聞の10年ほど前の記事の切り抜きだった。
『日本の夜ハメぜよ!? 本島で青藍島観光資源化に係る条例の採用の議論始まる!』
見出しの通り本島でも真ドスケベ条例を採用するかどうかという議論が行われたらしい。人口減少社会を解決する唯一の策だとか、性教育の一環としては有効とか、治安悪化への懸念とか、今後の展望が気になるようないかにもな記事だった。そしてもう1枚の紙を見る。先の記事から数か月後の記事だ。
『日本はHENTAIの国ではなかった! 青藍島観光資源化に係る条例は否決!』
これまた見出し通り条例の採用が否決されたらしい。いくら何でも無茶苦茶が過ぎたかとか、今の日本にはまだ早すぎたのかとか、世間は賛否両論大荒れで国民投票で決めるべきだとか、まだまだ波乱がありそうないかにもな記事だった。最後の1枚を見る。
『条例否決への不服か? "正交尾勢力"による迷惑な活動』
最後も見出し通り本島で"正交尾勢力"なる存在が現れ、条例を可決するべきだと各地で上から青・白・黄の横縞をスプレーで描く活動が行われているらしい。街の景観を損ねるとか、ここからもっと過激なことに発展するんじゃないかとか、だったら可決すればよかったのではないかとか、捕まった容疑者の1人は土口精の代弁だとか────俺の名前が出ていた。
「……俺はこんなことをする奴だったのか?」
彼女は俺が言い終わると同時に首を横に振って否定した。
「あなたに限ってそんなことをするはずがありません。あなたは性的マイノリティへの理解を促すだけで迷惑行為や強要は当然、青藍島への勧誘すらもしていませんでした」
「記事を見る限り全国各地で起きているぞ? 宣伝でもしなけりゃありえないだろ?」
「……あなたのやってきたことはあまりにも人々の心を動かしてしまいました。そのせいであなたが何かを言わずとも、今までの土口精の行動を歪んだ形で理解し活動をする人間が出てきてしまったのです」
馬鹿々々しすぎる。憧れを自身に投影して活動した所で憧れにはなれないというのに。自身は自身以外の何物にもなれないというのに。
「……これがかつて一族が恐れて排除を決めた、あなたに流れる土口家の"乱世を産む一族"の血なのです」
俺にそんな力があるのか? いや、あったとしてもこんな形で発現したら意味がない。これではまるで────
「
その言葉についに彼女の顔が動く。僅かにだ目線を逸らし、微かに下唇がキュッと結ばれた。
「……全てがそうだと言うつもりはありません……が……原因の一端を担っていることも否定しきれません、ね……」
「ふざけんなよ……だったら……だったら俺は何のために頑張ってきたんだ……!? 家族のために、青藍島民のために、何より青藍島のために頑張っていたんじゃないのか……!?」
「……あなたは間違いなくそのために努力をしていました。結果はどうあれ、その努力は間違っていません────」
「こんな結果になったんだったらそんな努力間違ってるだろ!? しない方が良かっただろ!? 何でもっと早く言わなかったんだよ!?」
俺の叫びに書類の山が崩れる。それでも彼女はなんとか冷静を保ってオレを受け止めようとしている。
「…………この事をあなたが知れば間違いなく傷つくでしょうから」
今の俺の取り乱し様が彼女の言葉を肯定している。記憶がなくてこれなのだから、あったらもっとひどくなっているだろう。だとしても納得がいかない。
「だったら……だったら俺はどうすればよかったんだ……」
「…………あまりにも
礼から再三言われた言葉だった。もしかしたら礼は全てを知った上で俺に何もしないで欲しいと言っていたのかもしれない。だがその努力も空しく、誰も幸せにならない形で真実が明らかになってしまった。
何所をどう通ったのか全く覚えていないが、いつの間にか家の前にいた。しかし全く入る気になれず、当てもなく暗くなりつつある道と思しき何かを辿って彷徨う。
「……ふざけるなよ……俺が何をしたって言うんだ……」
俺が青藍島を衰退させたという真実。たった1つだけの真実でしかないが、それがここまで人を大掃除後の雑巾の様に打ちのめすことがあるのか。いつの間にか崖の上に立っていた。
「……死ねば楽になるか?」
分かり切っている。俺が死んだところでどうにもならない。だからと言って何かをしたところで青藍島を苦しめるだけだ。
「……チクショウ!」
重苦しく纏わりつく何かを振り払うように暴れる。
「チクショウチクショウ!!」
煩わしい服を脱ぎ捨ててさらに激しく体を動かす。
「チクショウチクショウチクショウ!!! うわああああ!!!」
何をしても振り払えない。どうやっても逃げられない。それが受け入れられない。逃げたい。逃げたくない。どうしたらいい。何をしたらいい。何をしなければいい。悩みもがいても日が沈むだけで何にもならない。
「はあ……はあ……」
全裸で崖の上に立ち夜風を肌に受ける。肌を玉のように駆ける汗が蒸発し、鍛え上げて熱を帯びた体を冷やす。このままでいたら風邪をひくだろうが、それでも心の内に燻ぶっている熱が収まらない。
「俺には……俺にはまだ足りない……むしろ……こうなったからこそより足りなくなっている……どうすればいいんだあああ!!!」
海に向かって大きな咆哮をぶちまける。広大で海に飲み込まれて静寂が嘲笑ってきた。