夢を見る。何所か分からないただ黒く広がる空間に俺と黒髪の幼い少女がいる。
「ねえ、お兄ちゃん……私も、皆みたいに気持ちよく女の子とセックスできるかな?」
彼女は俺に問いかける。お兄ちゃんと言ってきたあたり、すでに死んでいる俺の妹だろうか。不安に満ちていて、今にも泣きだしそうだ。そんな顔をされても俺には何もできないので、ただ淡々と答えるしかない。
「青藍島なら同性愛も歓迎しているぜ。連れてってやろうか?」
手を差し伸べると同時に視界がぐるりと回る。俺はどこかに投げ出される。
「助けて! お兄ちゃん! 助けて!」
燃える車の中で彼女が助けを求める。少女の手からは血が流れ、火が付いている。彼女の悲鳴を止めるべく車のドアをこじ開け、彼女を抱きかかえて車の中から助け出す。
「助けてやったぜ。これで満足か?」
九死に一生を得たはずの彼女の顔は晴れず、むしろ一層曇っていった。
「本当にそれでいいの?」
コイツは何を言っているのだろうか。人に助けられておいて礼の一つぐらいも言えないのか。
「お前が助けてって言ったんだろうが」
「本当にお兄ちゃんは私を助けたかったの?」
助けたかったというよりは助けなかったら気分が悪くなる、と思ったのが正直な感想だ。
「例え夢の中だろうと人に死なれたら気分が悪い。ただそんだけ────」
「本当に私を助けたいって思わなかったの?」
ずいぶんと面倒臭い妹を持っていたようだ。ついにうんざりして溜息をもらしてしまう。
「まずは礼を言えよ。礼を言われるために助けたつもりはねえが、助けてもらったらまずはありがとうございますだろ」
「……そうなんだね……それじゃあ、ありがとうお兄ちゃん。じゃあね」
そう言い残して彼女は俺の腕からふわりと消え、それと同時に目が覚める。何故かリビングのソファーで礼と一緒に寝ていた。昨日のアレのせいでベッド使えなかったからだったか。
「……夢の事を気にしていてもなににもならねえか」
首を横に振って謎の夢を払って今日を始める。
朝食を作って家族を見送り、今日も今日とて極楽引退生活を楽しむ。まずはメインストリートでローションプレイでも楽しもう。
「ヘイそこの彼女、朝からそれ性快でもしてかない?」
「もちろんいいですよ! "は"から始まるエッチな言葉は?」
「孕めオラァ!」
ここは準性感地区だから手コキになってしまったが、それでも十分気持ちよかった────と思い込む。折角だしこのままドスケベランドで遊ぶとしよう。1人で来たってその辺にいる職員に乗ってもらえば楽しくなるはずだ。
「私があなたに乗るんですね! 任せてください!」
「俺自身がアトラクションになれば料金は必要ねえよなあ!」
んほぉカートといい勝負をする四足歩行を披露し、ハメリーゴーランドでハメ倒してとても気持ちよかった────と思い込む。いい汗をかいたので混浴温泉に行くとしよう。煩わしい服を脱いで浴場に行けば、嫌でも欲情させられる。
「わあ~、体バッキバキじゃないですか~。それにおちんちんもバッキバキですねぇ~♡」
「君の潮でロウリュがしたいね。出来ればヴァキナヴィヒタもつけてくれ」
69度のサウナに19度の水風呂が青藍島式サウナだ。性行為で心臓に負担がかかるからサウナは控えめらしい。汗をかきながら小瀬を流し気分もさっぱりした────と思い込む。たまには童心に帰るのも悪くないだろうと思いバブみ幼稚園に向かう。園児のスモッグに身を包んで全てを投げ出して保母さんに甘える。
「ママ~、ミルクが飲みてぇでちゅ」
「は~い♪ 粉ミルクでちゅか普通のミルクでちゅか? それともママのミルクでちゅか?」
「じゃあ全部がいいでちゅ」
粉ミルクをミルクで溶いておっぱいに塗ってもらってしゃぶる。美味しくはなかったが気晴らしにはなった────と思い込む。そろそろ日が暮れそうな気がしたので、家に帰ってこんじきわんこ先生の新作のプロットを考える。
「記憶をなくした主人公が目覚めた世界はエロイ常識改変を受けていたってのはどうだ……? というか今の俺は絵を描けるのか……?」
試しにペンタブを走らせて漫画チックな俺をラフで書いてみる。ガードマンの服を着て刀と拳銃で十字を作るとてもカッコいい画ができた。それ以上描く気が起きなくなったので、今度はPCに眠っている『珠玉作品』というフォルダーを覗く。俺と礼の色んなプレイが100本以上入っていた。珠玉なのにこんなあっていいのかと思いつつ、適当な一本を開く。
「ほーら♡お前の大好きな私のおまんこだぞー♡」
股下から見上げる形で礼の局部が画面いっぱいに映っている。もっさりと生えた陰毛、そこから覗くてらりと光る大陰唇、ツーと垂れてくる愛液────そういう絵画にしか見えなかった。
「ふふっ……♡そんな必至でシコシコして……♡いつでも出していいからな……♡」
彼女は何を言っているんだろう。勃起もしていなければシコってもいないのに何を出せと言う────気付けば言葉通りに自慰をしていた。
「出せ♡」
囁きが止めとなりそのまま机の天板に精液を叩きつけてしまった。
「あーあ……♡もう出しちゃったんだな……♡それじゃあ、お掃除頑張るんだぞ……♡」
「……何がしたいんだ俺は……」
床や天板にへばりついた後悔を拭いながら何かが見えてきた。今は何をしてもなにも楽しくない。外を見てもまだまだ日は高く、おやつ時にすらなっていなかった。
「……一日ってこんなに長かったんだな……」
何をするわけでも、何をできるわけでも、もう何もかもがどうでもよくなって目を瞑る。出来ることならこのまま俺が終わってしまえばいいのに。なのに眠ることすらできずに、ただ瞼の裏の黒い暗さだけが頭に響く。もういい。晩御飯の準備でもして家族サービスに徹するとしよう。でもその前に掃除をしたほうが良いか? それに洗濯物の取り込みもまだなような気がするし────
「だあああ! ほんっっっとうにめんどくせえな!」
頭を掻き散らかしながら叫び散らし何とか動き出す。勢いそのままに掃除洗濯夕飯の仕込みと終わらせ、リビングに大の字になって転がる。それでもまだ誰も帰ってこず、ただ一人だった。時間はうんざりするほどあるのに、物事は転がるほどやったのに、心は何一つ満たされなかった。気が触れそうなほどの数時間を過ごし家族を迎える。今晩はラタトゥイユとアヒージョのハーフのような料理だ。両者の良いとこどりになるかと思ったが、よく分からないけど美味しい料理になってしまった。
「どうしたんだ親父? 凝り過ぎてミスったか?」
「僕はこれはこれでありだと思うけどなあ」
「私が作るよりよっぽど上手に作れているぞ? お前にもそういう日もあるさ」
家族の優しさが胸を詰まらせ、俺の食指を見事に止めた。
「……ご馳走様」
「まだ2杯しか食べてないぞ? もうお腹一杯になったのか?」
「……昼飯豪勢な物にしちゃったから」
ぶっきらぼうに答えて風呂場に消える。思い返せば今日の食事はさっきのが初めてだ。それなのにまともに空腹を感じず、そもそもあらゆる誰かから快楽を受けても────
「風呂に入るなら言ってくれ。私も一緒に入った方がいいだろ? 子供たちはもう入ったから……私たちで貸しきりだぞ?」
後ろから彼女が抱き着いてきた。柔らかな肌とチリチリと触れる陰毛の感触が興奮を促す────ことなくただ煩わしいとしか思えなかった。
「……今はそんな気分じゃないんだ」
「ふふっ、そんなこと言ってもココは……あれっ……? 勃ってない……?」
彼女の手が俺の陰茎に伸びていた。最愛の妻と零距離で触れあっているというに、陰茎は重力にしたがって項垂れていた。
「……多分疲れすぎなんだと思う」
「そ、そうか……お前にもそういう日があったんだな……でも一緒にお風呂には入りたいぞ?」
「……すまない」
「なにも謝ることはないさ。私や郁子が連日絞りすぎただけかもしれないしな」
2人で入ったお風呂はいつもよりも冷たく感じた。
翌朝、郁子先輩から朝一おまんこのお誘いを受けたので早速ヌーディストビーチに向かった。そこには汗しか纏っていない彼女が立っていた。流石の俺も驚きが隠せなかった。
「おはよー精くん♪ こんな時間に突き合ってくれるのは精くんだけだよ♪」
「……マジか……」
「ほらほら♪ 精くんも早く脱い……で……」
彼女の目線が俺の股間に向かって止まった。異常事態を察知したのだ。
「あっ、もしかして礼ちゃんとの射精管理で貞操帯つけてる?」
「……それならどれだけよかったでしょうね」
俺も服を脱いで全てを曝け出す。あられもない姿をしている彼女を前にしても────一切勃起していなかった。
「因みに礼と抱き合っても勃起しませんでした」
「……今すぐ検査しよっか」
そこから彼女がありとあらゆる方法で俺の興奮を促した。催淫音声、フェラ、足コキ、顔面騎乗。どれをやっても俺の陰茎は今の海の様に穏やかだった。
「これだけやって勃気なし……本部に行って本格的な検査だね」
半ば連行の形で検査をした結果────
「心因性の勃起不全のようですね」
何故か白衣を着た会長サマから診断書と共に現実を受け渡された。
「……ちょっと失礼しますね」
唖然としている口を会長サマの口が塞いだ。下をねじ込まれてかなりのディープキスになったのに、俺は何の反応も出来なかった。
「……欲求を抱く事への嫌悪および拒絶、自身への失望……今の精さんには心労が多すぎるようですね」
それから離れるために仕事を辞めたというのに、逆に増えてしまうとは本末転倒ものだ。いや、そんなことよりももっとマズい問題がある。
「どうすれば治るんだ……? このままだと俺は礼どころかだろとも満足にセックスできなくて────」
「まずは落ち着いて深呼吸してください。吸って……止めて…………吐いて…………精さん自身を責める必要は全くありませんよ。休息や環境調整、体に合わせた薬を使っていけばしっかり治りますよ」
言われたとおりにしても勃起しない。早く薬を飲まないと────
「その焦りが一番の原因ですよ。自慰では射精できたのですから身体機能に問題はありません。幸い、時間ならありますからゆっくりじっくり治せばいいのです」
渡された診断書と処方箋を持って受付に向かい、薬を待つ間に礼に軽く一報を送る。
『心因性の勃起不全と診断されました。しばらくお付き合いください』
送信したスマホ画面に水滴が落ちる。雨漏りなどするはずもない快晴で、エアコンから結露して落ちたということもない。一体何の水滴だろうか。
「19番でお待ちの土口精さーん。お薬で……あれ、花粉症ですか? 私もこの時期辛くて薬飲んでないとまともに働けないんですよねー……」
俺の涙だった。そうか泣いてるんだ俺。何でだろう。でも、それすらも知りたくない。涙を拭って家に帰り、帰ってきた家族に勃起不全の事を打ち明ける。
「……身体的には問題ないらしいし、時間をかければ治るらしいから心配しないで────」
「んならしいばかり言われたら心配するだろバカ親父」
レイラが凄まじい圧で俺を睨みつけてきた。といっても俺から言えることはこれしかないからどうしようもない。
「今のお父さんを追い詰めちゃダメだよレイラ……診断書を見る限り本当の事みたいだよ」
「……私はお前と一緒にいられるだけで幸せだから心配してないぞ、精」
こんな状況になっても優しい家族が逆に辛い。俺は心配してほしい訳ではない。むしろ逆で────
「おい兄貴、ちょっとSHO本部まで付き合え」
「うえぇ!? もう晩御飯前────ごめん僕たちの晩御飯はとっておいて。レイラと一緒にSHO本部に行ってくる」
この間とは逆にレイラがセレンに耳打ちをして連れ出した。相変わらず兄妹仲がよろしいようで親としては安心だ。礼も俺と同じようにやや困ったような顔をしながら頷いていた。
「少しやんちゃが過ぎるがな……ところで、今晩はなんの予定だ?」
「特に何も決めてないな……一緒に冷蔵庫の中身を見て決めようか」
結果としては残り物の野菜と冷凍シーフードミックスを活用したなんちゃって八宝菜になった。まあまあ美味しかった気がする。今夜からの礼とのスキンシップは大人しいものになっていくだろう。それもまた楽しいものになるはずだ。もうそれでいいような気もしてきた。だって俺には、もう────
揺れる船の上から眺める夕日は美しいかもしれないが、今のあーしにはそんな心の余裕はない。泳いだ方が早いんじゃないかと思うぐらいにしか進まない船がムカつく。
「落ち着いたほうが良いよレイラ。本部に着いたら冷泉院さんと話さなきゃいけないからね」
「あーしは最悪の場合は実力行使を考えているが、兄貴はどうだ?」
「どんな話をするつもりなの……? どれだけ最悪でも戦いは良くないよ……」
相変わらず軟弱な兄貴だ。あのあーしの大っ嫌いなグリーンピースを彷彿させる緑色の不気味な存在にはそれぐらいで挑まないと負けかねない。あれでも全盛期より衰えているというのは驚きでしかない。
「……僕たちの作戦を通せるかどうかは今回の対談にかかっているからね。戦いならともかく、話し合いなら僕たちにもまだ勝機があるかもしれないから」
「普通に話したら勝てないだろうが……幸いあーしたちには切り札がある。それでうまい事切りヌけるしかねえ」
スマホに入ってる親父の関わったゲームデータを眺めながら到着の時を待つ。親父やお袋が腑抜けた今、あーしたちが動くしかない。
「さあて、ちっと早めの反抗期と洒落こむか」
「お父さんとお母さんには悪いけど……僕たちがやるしかないからね」