上陸するや否や見慣れないガードマンの男があーしたちに話しかけてきた。
「こんな時間に子どもが何の用だ?」
真っ当な質問なのだが、あーしの女の勘に何かが引っかかった。兄貴も口元に手を当てて首をかしげているから間違っていないだろう。ここはひとつカマをかけるとしよう。
「土口精の娘、土口レイラだ。冷泉院会長に話があるからアポを取ってきたんだが……聞いてないか?」
男は通信機を使って何かを確認し、該当する件があったようであーしたちに頭を下げた。
「……すまなかった。どうやら連絡不十分だったらしい。お詫びに案内しよう」
「案内するのは構わねえがあーしには敬語使えよ」
「……何?」
「お前らストライクフォースこと5番隊の面々はあーしにボロクソに負けてんだからよ」
「……私は最近入ったばかりなので君と戦ったことはない」
ああそうかいと適当に流して兄貴と一緒に男についていく。そして監視カメラの死角になるであろうコンテナの横を通った時、男が分かりやすい右ストレートを放ってきたので、しゃがんで避けてお返しに右アッパーを叩き込んだ。
「な……なぜ……分かったんだ……」
「あーしはアポなんかとってねえ。夕飯前に突然決めたからな。あとSHOのストライクフォースは5番隊じゃなくて1番隊だ。その辺も分からねえような奴は正規のSHOの人間じゃねえ……この間来たらしい水城姫子ってヤツの兵隊だろ?」
意識を失った男の装備から警棒をあーしに、ハンドガンと通信機を兄貴に振り分けて目線を送る。
「宣戦布告してくれ」
「しないよ!? 冷泉院さんと話しに来たんだよ!? 戦闘は最小限にしようよ!?」
「半分冗談だよ。向こうに適当に一報入れて攪乱してくれ」
「相変わらずレイラは血の気が多いなあ……んんっ、こちら13番。発着場付近に不審な男女2名を発見。これより接触を図る。有事に備えて増援を頼む」
ハンドガンから男に割り振られた警備番号を読み取れる当たり、兄貴も中々の実力者だ。これで性格が好戦的だったらあーしどころか全盛期の親父に並ぶ逸材になるのに。
兄妹のファインプレーにより難なく会長室に辿り着き、律儀に3回ノックしてからそのドアを開ける。
「失礼するぜ冷泉院さん。あーしたちが持ってる物は手土産じゃないから気にしないでくれ」
「し、失礼します冷泉院さん……あ、後で返しますのでツッコミは後回しにしてもらえると幸いです……」
「あら……珍しいお客様ですね」
質素な玉座には相変わらず何を考えているのか分からない笑みを浮かべた冷泉院さんが座っていた。
「良い子は寝る時間ですよ? それにお父さんとお母さんも心配しちゃいますよ?」
「生憎あーしはいい子じゃねえし、親父とお袋には言ってある。心配してないでお茶を淹れてほしいな。ノンカフェインのヤツで頼む」
「いくらなんでも失礼だよレイラ……ごめんなさい冷泉院さん。話だけしたらすぐ帰りますので……」
彼女が構いませんよと慣れた手つきで薄茶色い液体を準備する。温かな湯気と共に異国情緒あふれるパファっとした香りが広がる。
「ルイボスティーか。相変わらず多趣味だな」
「淑女のたしなみですよ。セレンくんもどうぞ」
フーフーしないと熱くて飲めたものではないので、程々に冷ましながら話を始める。
「親父の勃起不全の事は聞いただろ? アレの治療方法について意見を申し上げに来たんだ」
「私も専門的に学んでいるわけではないのですが、一般的な治療方法で寛解すると思いますよ?」
「……会長サマともあろう者が寛解と完治を言い間違えている訳じゃないだろうな?」
寛解とは病気の症状や検査の異常が一時的、あるいは継続的に軽くなったりほとんど消えた状態の事だ。対し完治とは字の如く完全に治った状態で、寛解とは違い再発のリスクがない状態だ。あーしの指摘に彼女はふっと笑って頭を下げた。
「これは失礼致しました。では、完治と言い換えさせて────」
「普通の方法じゃ完治するわけねえだろ。子供相手だからといって温いお話しで済ませようってんなら、今すぐ手前をブチのめす」
カップの中身を一気に飲み干し、いつでも右手で投げられるように構える。
「れっ、レイラ!? 待って待って! 冷泉院さんが分かってない訳ないじゃないか!」
「だとしてもあーしがどんな覚悟でここに来ているか分かってもらわないといけねえ。んで、改めて聞くが……普通の方法じゃ完治するわけないよな冷泉院さん?」
「……流石精さんの娘ですね。私が同じぐらいの時よりずっと聡明です」
彼女は面白いものを見たように手を叩いて笑い、窓の外を眺めながらポツリと言葉を漏らした。
「
あーしの想定通りの言葉だった。今までの親父の活躍を聞くに、親父は常に追い詰められながら求め続けてきた人生を送っていた。そんな奴が何もするなと言われて安寧に挫けたらどうなるか。極限状態に適応した心身ではストレスしか感じず、まともな生活が送れなくなるのは時間の問題だった。
「……礼が『金色の狂犬』を隠蔽してほしいといった段階で、いつかはこうなるのではないかと懸念はありました」
改めてあーしたちの方を向いた彼女はこれまた想定通りの言葉を続けた。
「杞憂に済めばよかったのですが……嫌な予想とは悉く実現してしまうものですね」
「それに関しては同感だ。ただ、あーしもお袋の指示に従って親父に何も言わなかったから、アンタやお袋をどうこう言う権利はねえから安心しろ」
「僕もお母さんとお父さんに安全に過ごしてもらいたかったかんです……現状を予想できたとしても何もするつもりはありませんでした」
誰しもが優しくしたが故に害になってしまったありがちすぎて笑うことしかできない結果に、あーしは空のカップを彼女に向けておかわりを催促した。
「だから今度はあーしたちで親父を取り戻す」
彼女は穏やかな笑顔を張り付けたままカップに液体を満たしていった。
「……そんなことができるのですか?」
「あーしはコイツを見てできると確信した」
あーしはあのゲームデータの中から『エピローグ』という、パスワードのかかったファイルを提示した。彼女はパスワード入力画面で固まり、流石に笑顔を崩して真剣な顔であーしに聞いてきた。
「パスワードは分かったのですか?」
「パスワードを知っているであろう人間を知っている。親父をそこに辿り着かせることができれば……目覚めるかもしれねえ」
我慢汁や愛液が引く糸の方が頼りがいのある、あまりにも細くて脆い道筋だ。だが、これ以外の方法で親父を目覚めされられるかといったら、あーしたちの頭では何も思いつかなかった。
「今の親父は求めることを諦めている。そこに求めることの快楽を教え込めばあるいはって所だ」
「かなりの荒療治になるというのは分かっています。でも、僕たちは前のギラついていた頃のお父さんに戻ってほしいんです」
あのまま無難に過ごしてもらうよりも一か九かの勝負に出る、これが兄妹で話し合った結論だ。彼女も多少は同意してくれるようで、うんうんと頷いてはいる。
「その気持ちは分かります。しかしこのファイルに辿り着かせるまでの
ここであーしは待っていましたと言わんばかりに謀略を説明する。
「……ってのがあーしのプランだ。だから冷泉院さんに話をつけに来たんだ」
「お母さんには何も伝えていません。絶対に反対されますから」
彼女は目を瞑って首を横に振った。
「瓜の蔓に茄子はならぬ、とはよく言ったものですね。お父様が青藍島の規制解除のためにあのプリズンに行ったのと同じように────」
「いたぞ! 侵入者だ!」
背中側のドアが蹴破られてガードマンが数名入ってきた。どうやら時間稼ぎはここまでのようだ。
兄貴と一緒に振り返ると同時にカチャリと銃を構えられる。制圧用のライオットガンとはいえ、子ども相手に向けるのは大人げないなと思った。
「ご無事ですか会長!?」
「今すぐ武器を捨てて投降しろ!」
「子どもが相手だろうとSHOに危害を加える者は容赦しない!」
どいつもこいつも見たことがない顔ばかりだった。なので彼女に聞いてみることにした。
「あーしより弱い奴は全員リストラしたのか?」
「流石に私はそんな酷い事はしませんよ。1番隊以外は水城姫子の手によってかなりの人事異動を受けましたからその影響でしょう」
彼女はわざとらしく手を開いて肩をすぼめた。規制がある手前黙って受け入れるしかなかったというのだろうか。だからアンタはケツがデカいままなんだと軽口を叩きながら立ち上がる。
「部下に手を出されても黙ってる程落ちぶれたんなら、明日からあーしがその玉座に座ってやる……いや、たった今からだな」
そして警棒を振り上げて彼女に襲い掛かる。
「待ってレイラそんなこと────そういうことか」
パンパンと乾いた発砲音が数発響く。そしてあーしの警棒が彼女の頭の上でピタリと止まる。まるで見えない何かがそこにあるかのように。
「……交渉成立ってことで良いな?」
「もちろんです。方々への手回しが済み次第連絡を入れますので数日程お待ちください」
最大の協力者を得たことを兄貴に伝えるため振り返る。するとガードマンは全員人中を撃たれて仰向けに倒れていた。
「初めて人に向けて撃った割には正確な射撃じゃねえか」
「毎日デカチンジャーを見てたおかげかな」
的確に急所を撃ち抜く射撃の腕もさることながら、大切な家族を傷つけたくないの一心だけで躊躇わなかったその精神もすさまじい。
「あと冷泉院さんが糸を張り巡らせてくれたから防御を気にしなくてよかったっていう安心感もあるかな」
「あの一瞬で見抜いてしまうとは……流石ですね。1番隊にいい席を用意しましょうか?」
「お気持ちは嬉しいですけど……僕はあまり戦うのが好きじゃないので……」
「だったらあーしに譲ってくれと言いてえが……あーしは子供を産めるようになったらバカスカ産んで土口部隊を作りてえんでな。産休ばっかになるから重要な役職はごめんだぜ」
振られた会長はちょっと眉をひそめながら、それでもあーしたちを尊重して笑ってみせた。
「折角ですから船まで送りましょうか? 帰り道も危ないと思いますよ」
「んじゃお言葉に甘えるとすっか。兄貴、冷泉院さんを運んでやってくれ」
兄貴が彼女をおんぶしたので準備万端だ。帰るまでが遠足だから存分に楽しませてもらうとしよう。
「気をつけろよ冷泉院さん」
「大丈夫です。おんぶ紐を結びましたから」
「なら楽しみな。ドスケベランドのアトラクションがつまらなくなるほどの兄貴の背中をよ」
会長室を飛び出て早速ガードマンの包囲網に出くわした。
「発砲許可は出ている! 撃て!」
打ち出される銃弾を小柄なあーしは足元を潜り抜けて、機動力のある兄貴は壁を蹴って頭上から超えて通り抜ける。
「まだだ! 後ろから────」
「私を背がいるというのに撃とうとするということは、そういうことですよね?」
兄貴の動き隠されて張り巡らされた彼女の糸がガードマンたちを一瞬で縛り上げる。敵にすると恐ろしいが、味方になるとこんなに頼もしい人は中々いない。
「必要以上に動かず、広くて信頼感のあるいい背中ですね。レイラちゃんが眠っちゃうのも納得です」
「その背中で眠るのはいいが赤ん坊の頃のあーしみてえに濡らすなよ」
「言ってる場合じゃないよ! 正面からかなり来てるから窓を割ってショートカットします!」
兄貴が窓ガラスに銃弾を撃ち込んでヒビを入れ、続くようにあーしが警棒を投げてぶち破り、彼女が糸を紡いで柔らかに着地させる。青藍島最高峰の連携を前にガードマンたちは追いつくことができず、あーしたちを船に乗せることを許した。
後処理は任せてくださいと彼女が責任を引き受けてくれたので、あーしたちはとっととずらかることにした。まだまだ騒々しい本部から離れたのを確認して、あーしは一息ついて甲板に座り込んだ。
「あー疲れた……あんな大勢を相手にしたのは流石に初めてだぜ……」
「相手の練度が低くて助かったね……一歩間違えてたら大怪我だったよ……」
これが本物の1番隊相手だったら、今頃あーしたちは都合のいい人質になっていた事だろう。まだまだあーしたち強くならなければならないし、親父にも早く立ち直ってもらいたい。火照った体に夜風が当たり、少し頭と体が冷える。折角だから先の戦いの評価を兄貴とするとしよう。
「あーしの動きはどうだった?」
「そうだね……レイラが銃を使っていたら?」
「今のあーしの身体で銃を撃ったら反動がヤバい。もうちっと体ができてからじゃねえと話にならねえ」
「じゃあレイラが冷泉院さんを背負っていたら?」
「背負った所でお互いの負担にしかならねえし、あの場で加減した動きができるとは思えねえ。上下から出されるのはお袋で十分間に合ってる」
「そこまで分かっているなら大丈夫だよ。初めてだということを加味すれば十分動けたと思う」
戦いは好きじゃないが戦いに関しての分析は得意のようだ。兄弟喧嘩すらまともにできないような闘争に向いていない気質が本当に悔やまれる。
「レイラは僕の動きを……僕より前にいたから見てる暇なかったよね」
「銃の扱いに関しちゃ間違いねえと思う。かつての文乃ばーちゃん伝説ぐらいまでイケるんじゃねえか?」
「拳銃と狙撃中の扱いは同等に語れないからなあ……でも、レイラが良いっていうならよかったよ」
兄妹の初陣は上々ということが分かったという所で船が着く。早く帰って晩飯と風呂を頂いて休むとするか。