礼との夕食及び入浴を楽しんだ後、妙に息を切らしながら帰ってきたセレンとレイラから話を聞く。
「何があったんだ?」
「ああ……冷泉院さんと話してきてな……」
「桐香様と何を話してきたんだ?」
「お父さんの引退式を開こうってなってね……ちょっと議論が白熱しちゃった……」
子供達曰く、銅像じゃなくて金像を建てたいとか、海鮮BBQをやりたいとか、記念AVを撮りたいとか、様々なプランを話したそうだ。そういうのを引退する本人無しで決めるのはどうかと思ったが、サプライズとしてやりたかったらしい。
「だから親父には内容を知らせないで、当日参加してもらうことになる。ドレスコードはちゃんとしろよ」
「じゃあ……」
「金色のジャージは論外だからな?」
「それじゃあ」
「プリズンから届いた金色の神父服もダメだよ?」
「……金色のスーツを特注で作るか?」
「フツーのスーツあるだろこの金色バカ親父が」
家族総出で止められて俺の晴れ着が決まってしまった。本当に俺の引退を祝う気があるのかと疑ったが、衣服からしっかりとした引退なら俺含めて島民全員が受け入れられるだろうとのことだ。それなら仕方ないかと諦めてその日を待つことにした。
それから1週間程経ち、ついに土口精引退式の時がやってきた。俺の引退を見届けようと所狭しに人々が並ぶドスケベ遊園地の一角、そこに準備された会場は壇上、カーテン、足場、骨組みと目に付くあちこちに金を散りばめた煌びやかな俺好みの物になっていた。レイラ曰く、冷泉院さんに無茶言って今年の予算の10分の1をつぎ込ませたらしい。その予算案を通した本人が壇上に上がって挨拶をする。
「皆さんおはようございます、SHO会長の冷泉院桐香です。本日は"土口精引退式"にお集まりいただきありがとうございます」
ただ礼儀正しく挨拶しただけで会場は静かに、しかし確実に熱を帯び始めていった。
「私から色々話しては主賓に失礼ですので早速来てもらいましょう。治安管理委員会委員長兼特殊戦闘部リーダー、土口精さんです」
呼ばれたので舞台袖から姿を現す。わあわあパチパチと盛大な拍手と歓声に包まれ、会場は大盛り上がりを見せる。彼女からマイクを渡されたので、昨日の夜にやっと纏まった台本を読みながら話を始める。
「えー……正直な話ですが、私にはこの青藍島で何をしたのかの記憶が全くございません。知りもしない過去の栄光に
台本には『これを機に家族と穏やかな余生を過ごそうと思います。皆様、本当にありがとうございました』と書いてある。後はこれを言うだけだ。そうすれば俺は全てから解放される。家族と仲良く過ごし、たまに礼や郁子先輩や会長サマからしっぽり絞られ、幸せそのものの人生が待っている。
「こっ……これを、機、に……」
なのに言いたくない。視界が揺れて滲み台本が読めなくなる。言ったら取り返しがつかないとんでもない事が起こるような気がする。でも、ここで俺が諦めないと家族が、青藍島が、俺の生きた証が危なくなる。だから早く言うべきだ。
「かっ……かぁ、かぞっ、くと……」
それでも言いたくない。訳が分からなくなって頭を抱えて膝から崩れる。会場がざわざわと困惑しているが、今の俺はそれどころではない。自身の欲求と欲求への危機が葛藤する。心からバンバンと心音にも似た、でも明らかに何が違う音が頭に響く。助けてくれ。俺はどうすればいいんだ。
────本当にそれでいいの? ────
どこかで聞いたような少女の声に顔を上げる。そこには今すぐ消えそうなほどに淡く、それでも確かに居る、夢の中で助けた少女がいた。
「本当にお兄ちゃんは私を助けたかったの?」
何でそれを今聞くんだ。疑問を増やさないでくれ。早く答えを見つけて楽になりたいんだ。今の俺はお前のことなんかよく分からないんだ。見ず知らずの妹らしき人物なんてどうでもいいんだ。
「……それでいいんだよ……じゃあね」
何がいいんだ。教えてくれ────ドオンと明らかにヤバイ爆発音が響く。辺りに煙幕が漂い視界が封じられ、その中から鼓膜を引き裂くような破裂音が響く。
「誰だテメエ!? どさくさに紛れてあーしに触るんじゃ────ぐぁ!?」
「レイラ!? よくもレイラを────ぎゃっ!?」
「2人ともどこだ!? 何だ!? 何が起きて────むぐっ!?」
破裂音の間から家族の悲鳴が聞こえた。今すぐに向かいたい所だが、まるで何かに縛られたように体が動かない。いや、動いたとしても動きたくない。今ここで俺が動いて事態を大きくしたら、また青藍島が────
「こんなにうまくいくとはなあ……土口精も所詮人間でしかなかったという事か……」
破裂音が止み、怪しげな男の声が俺の後ろから囁かれる。コイツが首謀者か?
「おいバカ放せ! どこに連れてく気だ!? あとさりげなく胸を触るな! あーしまだ手前と違ってロリだぞ!?」
「放せ! あっ、ヤバっ……ちょっと待って……」
「むぐう! むむむー!」
家族の声がこちらに近づいている。ただ、どう考えても誰かから何かをされて動けないようだ。そして煙が晴れると────壇上に拘束された家族が転がっていた。セレンとレイラは口の自由が聞いているが、礼は布で縛られていて真面に喋れそうもなかった。
「礼! セレン! レイラ!」
「おっと騒ぐのは止めてもらおうか……命の保証はできないぞ? 家族の後ろを見て見ろ」
男の声にしたがって見た家族の後ろには目の周りをバタフライマスクのようなゴーグルで隠し、水乃月学園の制服を改造したような服の女性4人が拳銃を突きつけていた。ピンク髪の小さい女の子、暗めの茶髪のポニーテールの女性、紫髪の妙に美味しそうな匂いのする女性、明るい橙色の髪の女性。どこかで見たことあるような気がするが思い出せない。
「お前らは誰……っ」
家族の命のために一切の疑問や動揺を捨て、両手を頭に当てて組んで背後の謎の男に服従を示した。
「……何が要求だ」
「話が早くて助かるな……お前の引退の撤回だ」
俺の引退を望まない存在などどこにいるのだろうか。青藍島の誰しもがこれ以上俺に活躍するなと言っていた。だとしたらこいつらは青藍島の人間ではない? 本島で俺の活躍を望む人間────いる。その存在が悪名を轟かせている記事を俺は最近見た。
「……正交尾勢力か」
「そうだ。我らは正交尾勢力・NSNS、No Sex No Seiranだ」
一瞬即発の雰囲気の中、俺は諦めたように乾いた笑いを吐き出した。
「何がおかしい?」
「残念だが俺は引退しなければならない。たとえ家族を人質に取られてもだ」
「このままだとお前の家族は死ぬぞ?」
「俺が活躍しても死ぬんだ、だったらこのまま一家心中でいい。俺は地獄に落ちて他は天国行きだから悔いはない」
活躍すれば青藍島は滅び、引退すれば家族が滅びる。だったら少しでも長く青藍島を残すために家族を差し出すのがベスト────
「ふざけんなクソ親父!」
レイラの怒声が響く。
「あーしまだセクササイズしかしてねえんだぞ!? セックスした事ねえんだぞ!? 男も女も関係なく抱いて大乱交してえんだよ! それなのに死ねっていうのか!?」
まだ一桁の歳だというのに凄い欲望を持っているようだ。だが、俺がどっちの選択をしてもそれが果たされることはないだろう。
「お前に死んでほしい訳じゃない……だが、俺がまた活躍したらお前が性人する前に青藍島が滅びるかもしれないんだ……」
「かもしれないだろうが! ここで抗わなかったら確実に死ぬんだぞ!?」
「確実に死ねるならいいじゃないか……俺は死ぬべきだったんだ……夢で見る事故に巻き込まれて……記憶を失った落盤事故で……死ぬべき存在だったんだ……」
俺は生きていたら何かを巻き込んで望まぬ変化を生んでしまう。人一人が持っていてはいけない力を持ち、その力を自分の意思のままに振りかざして迷惑をかけてきた。そんな奴は死んでしまえば────
「そんなに死にてえなら青藍島救ってから死ねよ!!!」
俺が青藍島を救う。
「確かに手前のせいでこの青藍島はメチャクチャになったさ!!! でもなあ!!! そもそも手前はあーしや兄貴が生まれる前に手前は青藍島を救ったんだよ!!!」
俺が青藍島を救った。
「そして手前は青藍島発展に死ぬほど貢献したんだ!!! 性的マイノリティを理解する活動を誰よりも行って、青藍島を"全ての性を受け入れる島"にしようとしていたんだ!!! だからあんなに祝われたんだよ!!! 手前にはそれだけの力があるんだよ!!!」
俺が青藍島を変えていった。
「迷惑をかけるから何だ!?!?!? んなの人間が生きてりゃ当たり前の事だろうが!!! 迷惑かけた奴が全員死ななきゃならねえなら人類全員死ななきゃなんねえだろうが!!! だから功罪っていう言葉があるんだよ!!! 手前はかけた迷惑以上に功績があるから許されてきたんだよ!!!」
俺は青藍島に許されていた。
「だったら今回もやりゃいいだろうが!!! 誰それ構わず迷惑かけて!!! その上で青藍島を救って!!! それでいいじゃねえか!!! だから手前の『やりたいようにやる』を貫けよ!!!」
────『君のやりたいようにやれ』ばいいと思うよ。私もそうするから────
────精が思うように、やりたいようにやってくれ────
『やりたいようにやる』。誰かが勧めた"そうあるべき姿"では満足できない。俺の望むがままに動いて"やりたいようにやった姿"を受け入れたい。それでいいんだ────俺の心が今の空の様に一気に広がった。
「……んじゃ、そうさせてもらうぜ……」
俺はすっと立ち上がって、いつの間にか落としていた台本を破り捨てた。そしてマイクを拾って話を始める。
「よく聞けお前ら……俺は今から青藍島を救うために動く。俺が今の滅びゆく青藍島を作ったのなら、俺が救わなきゃ筋が通らねえ。誰が相手だろうと邪魔をするなら立ち向かってやる。敵は当然、身内だろうと立ち向かってやる。その間にお前らの身に危険が及ぶかもしれねえ。だが、このまま黙っていたらどのみち滅びる。だからお前らも命を張ってこの問題に抗ってくれ。俺が解決するまで、あるいは俺が死ぬまで」
そしてマイクを投げすて、大きく息を吸い込んでから俺の声で叫ぶ。
「要は俺の『やりたいようにやらせてもらう』ってことだ!!! 俺は引退しねえ!!! 俺が引退するのはこの青藍島を救ってからだあああ!!!!!!」
俺の覚悟はすべてぶちまけた。たとえどんな反応が返って来てもやるつもりだが、できることなら島民にも受け入れてほしい────
「これでこそ私たちが惚れた精さんです」
「最っ高だよ精くん! おまんこびしょびしょになっちゃったよ!」
「これっすよこれっすよ! 精さんといったらこのギラついた感じっす!」
「君のためなら僕のデータの全てを捧げるよ!」
「うほあああ! 今の精さんはきんぴかのおわんこであります!」
「それを言うなら……いえ、それで合っていたわね」
「そうだぜ精さん! アンタはそうやって滅茶苦茶やっちまう人だぜ!」
「アンタがその気なら俺たちもやるしかねえな!」
SHOの同僚たちを皮切りに、一般青藍島民も湧き上がってきた。
「「「せーい!!! せーい!!! せーい!!!」」」
響き渡る精コールに俺は右手を上げて応え────
「お父さん危ない!!!」
セレンが俺の前に飛び出し────パアンという乾いた銃声が響き、セレンが俺に向かって吹っ飛んできた。倒れながらなんとか受け止めたが、彼の腹部が鮮やかな赤色に染まっていた。
「せっ、セレン!? おいセレン!?」
「うっ、ぐぅ、ごはぁ!」
彼が口から腹部と同じ色の液体を吐き出した。早く止血して病院に運ばないと────
「お、おとう、さん……まって……」
「待ってられるか! 誰か救急車を────」
「腹部を撃たれて口から鮮血が出る訳ないよ……家族思いを確認できて嬉しいけど……もっと冷静になるべきだよ」
すると彼はすっと立ち上がり、客席に向かって両腕で大きな丸を作って向けた。
「OKです! ネタバラシお願いします!」
ネタバラシ? 何? 何されたの俺? そんな俺の困惑を吹っ飛ばすように空に花火が打ち上がる。空の青と対を成すような赤い光で、ドッキリ大性交と書いてあった。
「ドッキリ……?」
「あっちゃー……文字間違えてるや……成功のはずなのに……文字担当は誰だっけ?」
「企画のパンフ作りは麻沙音の姉御に任せたはずだが……そうだよな姉御?」
縛られていたはずのレイラがいつの間にか自由になっており、茶髪ポニーテールの女性に声をかけていた。
「そ、そうだけど……アレ……? もしかして誤変換やらかした……?」
「まあ……青藍島だから大性交でお願いしますって言っても誰も疑問に思わないと思うわ」
「確か美咲ちゃんの知り合いのおじいちゃんに花火を頼んだんだよね?」
「あー……それなら間違いなく通りますね。イキな文字だってウキウキだったって大喜びだった理由が分かりました」
「おいおい……一世一代の俺の演技が台無しじゃないか……」
何でこんな緩い雰囲気になって────
「このぐらいの変装も見破れないとは……衰えたな、精」
ゴーグルをしていた5人がそれを外して素顔を明らかにする。そこには以前飲み会で見た6人の内の5人の顔がそこにあった。