俺が引退を撤回したと思ったらセレンが撃たれて、かと思ったらそれはドッキリで、でもなんか失敗しているらしい。一体全体何が起きているんだ。
「あっ、そうだ。お袋の口自由にしねえと可哀そうだな……ほら、言いたいこと何でも────」
「何そしているんだお前たちは!?!?!? 私、何も聞かされていないぞ!?!?!?」
「ごめんね礼ちゃん……これだけはどうしても礼ちゃんや精くんには言う訳にはいかなかったの……」
「あっ、いやっ、ヒナミは悪くないぞ!? 言わなかったセレンやレイラが悪いんだ!」
礼がピンク髪の少女を宥めている。あの様子を見るに礼すらも知らないらしい。となると、俺や彼女に知らさせずにセレンとレイラが何かしたに違いない。恐らく引退式というのは建前で、家族を人質に取って俺の本音を確認したかったのだろう。ただ当の家族本人が人質になるというのは、いくら何でも破天荒すぎる。
「あっ、今の親父は知らないだろうから紹介するぜ。こちらは株式会社NLNSの皆様だ。セレンがちょくちょく遊びに行ったり、かつては親父も参加していたらしいぜ。あと一人社長の妻がいるんだが、そっちは諸事情で離れている」
「文乃だな。今は文佳の傍で狙撃を教えている。我が娘ながらナイスシューティングだ……」
「淳之介のおっさんの命中率はいまいちだったらしいな」
「おっ、おっさんだと!? 俺は精と同い年だぞ!? あと3回目でデキたから悪くないだろ!?」
「ダメだよレイラちゃん。兄は2回目の時に文乃に本気で慰められたのが若干トラウマらしいから」
土口家と橘家はまあまあな友好関係を築き上げているらしい。何か悩んでいたのが馬鹿々々しくなってきた。ははっと軽く笑って礼に歩み寄る。
「……そういうことだ。もう邪魔しないでくれ」
すると彼女もははっと軽く笑って立ち上がった。
「……やっぱりこうなっちゃったか。まあ、こうなったら私も腹をくくるしかないな。お前の妻として、お前の行動が上手くいくように全力でサポートするよ。それが私の『やりたいようにやる』だからな」
こうして急遽"土口精復活祭"に変わった会場は、瞬く間に酒池肉林の宴へと変わっていたのであった。主賓及びその家族がいなくても大盛り上がりになったのはどうかと思うが、それだけめでたい事なのだろう。
翌日、俺はセレンとレイラから先日の会を開いた動機を聞き出していた。それぐらい自分で考えろとつっけんどんな返しだったが、それぐらい分からなければ青藍島が救えないということだろう。ならば考えるだけだ。俺は両手の指を合わせて考え始め────ずきりと頭が痛み集中が途切れる。
「ぐっ……後遺症ってやつか……! だがそれぐらいで止まる訳には────」
「いかないだろ? だから私がいるんだ」
礼が後ろから俺をギュッと抱きしめた。温かくていい匂いがしてとても心が落ち着く。痛みもスッと消えたので再び考え始める。セレンとレイラは俺の引退を撤回させたい動機があったはず。それは青藍島の復活だが、復活できると確信が得られる何かがなければここまで大掛かりな事はしない。ならその確信を何所で得たのか。少なくとも俺に思い当たる節はない。なら2人の手の届く範囲にあり、俺の知らない情報が眠っている物がどこかにあったはずだ。
「────俺のスマホにあったゲーム」
ストーリーを一通り見ただけで内部のデータを見たことはない。もしかしたらそこに何かあるかもしれない。データの入っているレイラのPCを起動してそのファイルを片っ端から調べる。イラストファイル1つと文章ファイル1つにパスワードがかかっていた。DLCのプログラムに"passcord:Priester"という文字列があったので入れてみた所、イラストファイルが開いて神父服を着た俺のイラストが出てきた。そのレイヤーの中に"パスワード"と名付けられた白い四角の何かが描かれたレイヤーがあった。
「────この間届いた金色の神父服か……!」
思い当たった神父服の内ポケットを調べたが何も入っていなかった。恐らくここにパスワードが書かれた紙が入っていたのだろうが、誰かが抜き取ってしまったらしい。それが可能なのはチューリップ・プリズンにいるこのゲームに関わったに人間だろう。つまり、プリズンにいる誰かと連絡を取らなければもう1つのファイルを開けないということだ。詰んだか? いや、今まで見てきたデータに青藍島復活の鍵は無かったから、セレンとレイラはこのパスワードを突破して青藍島復活の鍵を確信したはずだ。ならパスワードを知る人間と青藍島を繋ぐ誰かがこのゲームにいる。スタッフロールをもう一度見て見る。
「────花丸凛……確か青藍島にも花丸って名字の奴がいたはずだ……」
「あの凛がこのゲーム制作に関わっていたのか!? 言われてみれば女性キャラの1人の声が似ていた気がするな……」
礼は花丸凛について知っているらしいので聞いてみた。何でもFS最大の汚点と言われる程態度が悪く、俺としょっちゅう揉め事を起こし、最終的には本島で宗教関連の事件を起こして捕まったらしい。そいつにはSHOで働いている花丸蘭という姉がいて、もしかしたら何か連絡を取っているかもしれないとのことだ。なら早速SHOの連絡網から彼女の番号を調べて話をしてみよう。
「もしもし? 俺だが?」
「あら、精さんじゃないですか。昨日はとっても花丸な演説を聞かせてくれてありがとうございました」
「アンタの妹の花丸凛から俺当てに伝言を預かってないか?」
「えっ、セレンくんとレイラちゃんから聞いてないんですか?」
ビンゴだ。セレンとレイラはとっくに辿り着いていて、父への伝言があるはずと言って引き出したのだろう。それが恐らくパスワードのはずなので、事情を説明して教えてもらう。
「確か……"
「それが聞きたかったんだ。ありがとう。今度礼をする」
聞いたパスワードを入力する。恐らく俺の事だから人名の最初のアルファベットを大文字にしているだろう。予想的中でついに文章ファイルが開いた。
『水城所長は俺を消すつもりでいた。彼女は青藍島の人間に娘を殺されたことをきっかけに青藍島を憎んで、俺によって世間の青藍島への印象が変わりつつあることが許せなかったらしい。俺が提案したこととはいえ、湊君に俺の排除の指示が出されたのが何よりもの証拠だろう。だから俺は彼女の目をかいくぐってこの島から出る必要があった。そのために君達19班を利用した。俺の頭では君達と敵対してどこかで重傷を負って救急搬送で出るという作戦以外思いつけなかった。多分研修は今回の戦いで終わりになると思う。君達に俺と敵対する気苦労及び良心の呵責に関してここで謝罪させて欲しい。本当に申し訳ありませんでした。君達との日々は故郷では体験できないとても楽しいものだった。俺の事は偶々巡り合った奇妙な人ぐらいに覚えておいてくれると嬉しい。間違っても君達の枷なるような存在になりたくない。それでは、『やりたいようにやらせてもらいました』。良きドスケベライフを。
P.S 水城所長にはまだ『やりたいようにやらせてもらいました』とは言っていない
追伸 これだけあれば十分だろ親父? 頑張ってお父さん』
息子と娘の介護によってようやくかつての俺が何をしたかったのかが分かった。俺は青藍島に規制をかけたあの水城姫子を失墜させたかったのだ。そのために一度青藍島に戻って増援を要請したかったのだが上記の通りの事情で事故を起こし、運悪く記憶喪失に至ったと言う訳だ。
「くっくっく……流石は俺だ……」
自惚れるのは良くないと分かっているが、ここまで来るともはや笑いをこらえることができない。
「だがどうやって相手を失墜させるんだ? 武力で乗り込んでもうまくいくとは思えないぞ?」
礼の冷静な質問が気分の高まりを止めてくれた。確かに1つの島に規制を敷くような相手に対し、単純な武力で抗った所で痛くも痒くもないだろう。だがしかし、俺の事だから何かとんでもない策を考えていた事だろう。今度はそれを知る必要がある。それはとても簡単で、再び花丸蘭に電話をすれば済む。
「俺だ。凛とはどうやった連絡が取れる?」
「刑務所のお昼の休憩時間に電話をかけてくれますね。あと30分もすればかかってくると思います。丁度ショッピングモールにいるので、来てくれれば話せると思いますよ」
「今すぐ向かう。折角だから好きな物1品買ってやる」
ということで早速一緒にショッピングモールに向かって蘭と合流し凛との連絡を待つ。蘭の弟さんにDXティラミス・モダン(記憶喪失だが本人のサイン入り)を買ってあげ、遊びに付き合っている間に凛から連絡が来た。
「もしもし? 姉さんですか?」
名前通りの凛とした声で驚いたが、そんな暇はないので端的に情報を伝える。
「俺は土口精だ。記憶を失って────」
「この会話は録音されているんです。不必要な事を喋ると相姦係数に関わるので止めてください」
かなり厳しく言われたが、俺を憎む奴が所長をやっているのだからおかしくない話だ。ならば向こう方に全てを委ねたほうが良いだろう。
「……俺に言っておきたいことはあるか?」
「……そちらではチューリップが咲いているはずです。一度見に行ったらどうですか?」
この青藍島は常夏の島で育つ植物もそれに従っている。故にチューリップなど自然に咲くはずがないのだが、わざわざこうやって言うということは何かあるのだろう。
「……何所で咲くんだ?」
「……少なくとも野山には咲きませんよ。街中にぽっと咲くでしょうね」
恐らくチューリップに関する何かが街中に現れるから、聞きたいことはそこで聞けと言うことだろう。それだけ分かれば十分だ。
「……今度家族と一緒に見に行くとしよう。感謝する」
「……それはどうも。お礼は好きなだけしてくれていいですからね」
獄中の奴に何を送ったら喜ぶだろうか。お礼は後々考えることにして、早速街中を散策する。するとストリートの一角に"LALE FROM THE ISLAND"と書かれ、チューリップのようなマークを表札にあしらった、こじんまりとしたビルがあった。スマホで調べたところ、トルコ語でチューリップをそう言うそうだ。なら間違いなくここだ。俺はその入り口のドアを通って受付のベルを鳴らした。
「はい、どちら様で──────」
奥から現れたのはやや暗めの緑色の髪をして、どこか幼さを残しながらもそれに似つかわしくない圧倒されるような雰囲気を持った女性だった。彼女は俺の顔を見るやくつくつと笑って目を閉じた。
「これはこれは……まさか本当に来るとはなあ……流石は修一郎が見込んだ男だな、九十九さん?」
彼女は俺の活動報告書にあった囚人番号0720番の本名と、研修中の俺の偽名を知っていた。彼女は間違いなくかつての俺の味方だっただろう。なら話は簡単に通るはずだ。
「俺が記憶を失う前に企てた計画の情報が欲しい。話せるか?」
「元よりそのつもりだ。とはいえ、立ち話もなんだからオフィスで話そうか」
彼女は快く頷いて俺を案内し、オフィスと言われた部屋のドアを開けた。いくつかの机と椅子とPCが並ぶありがちな事務室で、赤いツインテールで薄紫の瞳の女性と黒のショートヘアーで薄青の瞳の片目を隠した少女がいた。
「ようやく来ましたね九十九さん」
「おぉ、お久しぶり、です、九十九さん……」
彼女達も味方だ。早速事情を話して俺の計画を教えてもらうとしよう。
記憶喪失の事情を話してかなり驚かれたが、それでも伝えましょうと赤いツインテールの女性こと紅林ノア、暗緑の髪の女性こと波多江妙花、黒髪の少女こと黒鐘伊栖美が話を始めた。
「九十九さんは柊一郎に脱獄をするように頼んでいました」
「正確には花丸凛に伝言を頼んだ、だな」
「それで私たちは九十九さんの協力を得るためにここに来た……」
刑務所からの脱獄とは随分な事を考えたものだ。しかも、あの刑務所は孤島だから船が必要だ。俺は船舶免許を持っていないから力になれないはずだ。
「……悪いが俺は船の運転は出来ねえ。力になることは────」
「九十九さんに頼みたいのは船じゃない。脱獄に伴って出てくるであろう所長の私兵を対処してほしいんだ」
それならお安い御用だろう。力と技だけなら全盛期に戻りつつある俺なら、人の定義から外れた化け物でもない限り相手ができる。
「ふ、船に関してはNLNS? って人たちに頼んであるから、九十九さんはその人たちと一緒にプリズンに行ってくれれば大丈夫だ……プリズンにも九十九さんの味方がいるから……」
彼女達曰く、ウィッグ工房シスターズなる存在がいるらしく、プリズンでも屈指の有能さを誇るらしい。そんな奴らを事前に手の内に収めていた俺は有能の二文字では語り切れないだろう。ここで頷いても良かったのだが、最後に1つだけ聞いておきたいことがあったので確認する。
「プリズンに行けば俺の正体を知ることができるか?」
彼女達はニコリと笑って首を縦に振った。ならば俺も断る理由がない。早い所家族やSHOの人に話して作戦に参加するとしよう。