相変わらず薄暗いプリズンの空の下、オレは作戦を練り上げていた。最終的な目標はチームラーレ全員を外に出すことだ。しかし相関係数を上手くやりくりしても伊栖美とノアと妙花を出すのが限界で、ウィッグ工房シスターズを外に出すのは不可能だ。
「何しれっと私をチームから外してるんですか。貢献度で言ったら上から数えた方が早いでしょう?」
貢献度よりも不快度の方が多い花丸が話しかけてきた。
「あと朗報です。土口精……ああ、ここじゃ九十九終でしたか。アイツ記憶喪失になったらしいですよ」
彼女からの話によると、落盤事故で頭を撃った影響か九十九さん自身の事を忘れてしまったらしい。プリズンの事も忘れているようで、当然ゲーム作りの事も覚えていない。となるとプリズンにある力だけでオレの作戦を成さないといけない。
「そんなアイツからの伝言です……"俺にはできない、君にしかできない事を成せ"だそうです」
彼ができなくてオレにしかできない事? 彼ができてオレにできないことなどいくらでもあるが、その逆はないと言っても過言ではない。伝言で伝えられるほどの確信を持てる何かが彼には思いつているらしい。
「何か思いついたら色々やってみてください。その中で私の力が必要になるなら貸しますよ」
彼女らしくなくやけに協力的だ。不思議に思ったので聞いてみる。
「なぜそこまで俺に関わる?」
「お前に恩を売っておけば巡り巡ってアイツに謝礼を要求できますから」
彼女らしい回答を残して去っていった。現段階では彼女はまだ必要ではないので、彼の残した言葉の意味をアマツくんと一緒に考える。
「オレにしかできない事って何だと思う?」
「彼は恐ろしいほどに有能だ。そんな彼ができなかったことから考えるほうが良いかもしれないね」
ならばと更生日記にオレの知っている彼の情報を並べていく。青藍島出身、滅茶苦茶強い、頭も良い、食べるのが大好き、妹がいた、ウィッグ工房の担当刑務官だった、囚人として活動する方が好き、研修中で囚人と刑務官を自由に行き来できる──────
「…………囚人と看守を自由に行き来できるからこそできないことがある?」
彼はこのプリズンの大半を構成する役職に自由になれる。自由であるからこそできない事と言えば自由になることだ。このプリズンから自由になる方法、特に彼が好きそうな方法といえば一つしかない。
「脱獄、か……」
いつだかオレは彼に脱獄か反逆をするつもりじゃないかと聞いたことがある。人前でその話はしないでほしいとは言っていたが、考えていないとは言っていなかった。そして青藍島を人質に取られた彼自身ではできないから完全な囚人であるオレに託した。
「本気でやるのか柊一郎? このプリズンから脱獄できたものは1人もいないらしいぞ?」
アマツくんの質問にオレはフッと笑って答える。
「このプリズンで看守と囚人を自由に行き来できた人間は彼しかいなかったよ」
「……そんな彼から託されたらやるしかない、って所かい?」
「露出狂は拘束から放たれるのが目的で露出するからね」
脱獄に成功すれば全員の目標が果たされ、失敗してもオレの目標だけは果たされる。ならばやるしかないだろう。
その日からオレは消灯後にダクトルートを通って更生不能房にいるラーレの皆に作戦を伝えていった。
「くつくつくつ……相変わらずお前さんはとんでもない事を思いつくもんだ……いいだろう、その作戦に乗ってやろうじゃないか」
「バカもここまで来ると笑ってしまいますね。お姉ちゃんにも話を付けてくれるなら喜んで協力しますよ」
「しょ、正気の沙汰じゃない……でぇ、も、それで沖ちゃんや皆が助かるかもしれないなら……頑張る、ぞ」
「水城がいる限りウィッグ工房シスターズに平和は来ないですからね。もちろんいいですよ。山城の血を手放したこと、獄の底で後悔させます」
「かっかっか……いいねいいねえ……そういう鉄火場は大歓迎だ。これでも青柳流の継承者なんでね、荒事は任せな」
「ふわぁ……ここは光が無くて眠くなるます……話は聞いてるますよ。伊栖美ちゃんや皆のためにも頑張るます」
「看守である私にそれを言うか……だが、この異常事態を切り抜けるにはそれしかないだろうな。どうせいつかお前との交流がバレてクビになるんだ、辞表代わりにこっちから叩きつけてやる」
「……流石アイツが見込んだだけの事はありますね。脱獄の手伝いなんて故郷への土産話に悪くないですからね」
皆からの賛同を得ることができた。そうしたら樋口さんにも伝えておく必要がある。
「……キミはキミでとんでもない方法で外に出ようとするなあ……類は友を呼ぶってやつかな?」
「止めたりはしないんですか?」
「それが柊一郎さんの『やりたいようにやる』なんでしょ? 私なんかじゃ止められないよ……頑張ってね、柊一郎さん」
そう言って餞別代りのアメを、何と両手から貰った。何となく気付いていたが、先生から明かす日がくるとは思っていなかった。これで心残りは無くなったので、後はオレが今の内にできる準備をひたすらしていくだけだ。筋肉と肺活量のトレーニング、脱獄ルートのシミュレーション及び確認、プリズンに残しておく情報の配置。失敗したらチームラーレの初めての仕事が最後の仕事になりかねない。悔いの無いように可能な限りをやらねばなければならない。
「柊一郎、九十九さんの力は借りなくていいのか?」
「来てくれるならとても嬉しいが……彼に頼り切ってしまうのは良くない」
確かに彼の力を借りればかなり楽に物事は進むし、あのエピローグを見ればこのプリズンに来るのは間違いないだろう。しかし、俺が脱獄するドンピシャのタイミングで来るかどうかは分からない。一応花丸に彼の協力を得てほしいとは言ったが、青藍島全体で彼を保護する方針を執っているから期待できないと返された。
「いわゆる上振れ札って考えたほうが良いと思う」
「なるほど……そこまで考えていたとは……大分成長したな柊一郎」
「来てほしいのに変わりはないけどね」
こうしてオレたちの作戦の準備は終わった。後は水城と最終交渉を進めるだけだ。オレは所長室に行って彼女に直談判を行った。
「伊栖美とノアと妙花を解放してほしい」
「いきなり訪れたかと思えば……あの3人なら解放してもらえると思ったのですか? 相姦係数が0にならない限り、釈放することはできない決まりです」
そう来るだろうと思ってオレは切り札を切った。
「3人の相姦係数は、オレがすべて引き受ける」
そうすれば彼女たちは外に出られる。ウィッグ工房シスターズは彼女の元手駒で簡単には外に出られず、そもそもプリズン側の戦力として残すと話し合ったから問題ない。
「構いませんが……3人の相姦係数は波多江妙花が0.011、紅林ノアが0.2、黒鐘伊栖美が0.5、あなたの元々の相姦係数0.2を足して0.911になりますよ?」
彼女が淡々と述べた通りで、これでオレは懲役92年ととんでもない刑罰になる。しかし、オレの作戦を遂行するためにはまだ足りない。そこで俺はジョーカーを切ることにした。
「その上で九十九さんの相関係数を引き受けたい」
「……何ですって?」
聞いた話によると彼は俺がソフりんに撃たれた事件の時に結構な担当抗弁をして、それなりの相関係数を喰らったそうだ。彼曰く飾りだから大丈夫と言っていたが、彼女の事だからそれを理由に着けて彼を縛りかねない。しかし、それは彼女にとっても煩わしい縛りである。なぜなら彼女自身が決めた相関係数の制度を研修生だから、という軽率な理由で無効にしては台無しだからだ。厄介な囚人2人を処理できるこの提案はいくら不自然でも彼女にとってまたとない好都合だ。ならば答えは当然────
「……彼の9924番としての相関係数は0.089です。それでも引き受けますか?」
こうするしかないだろう。もちろん俺は喜んで引き受けた。となれば後は簡単だ。
「すべてを合計すると……相関係数1.0。懲役100年、自身の寿命を超えてなお、一切の更生の余地なし……」
脱獄を考えているような囚人に更生の余地などあるわけがないだろう。
「つまりあなたは、彼女たちの罪をすべて背負い……────……死刑になる覚悟がある、ということですね?」
「はい」
死刑にできるのならば、という言葉を飲み込んで覚悟を伝えた。
それから数日後、オレと伊栖美とノアと妙花とソフりんはグラウンドから近い"イルカ桟橋"の上にいた。彼女たちが船に乗るのを見届け、一緒に来るんだろ? いや俺は乗れないのような別れのやりとりをして涙を流す。すごい演劇の学校に通っていたノアとソフりんが演技指導したから問題ないだろう。ソフりんとも涙の別れをしてプリズンをブラつく。いつだかプリズンの壁に書いた落書きの前で釘谷さんと出会った。
「やぁ、お前さん。これから死ぬ人間とは思えないほど余裕そうだな」
「死刑執行後に生き返れば再執行は無いと知りましたので」
「その可能性に賭けているのか。今までの作戦の中で一番運頼みだな」
何気なく話しているが受刑者の見送りは許されていない。なのにここに彼がいる理由は一つしかない。彼は水城所長と繋がっているからだ。彼に裏切られていたと判明したのは少しショックだが、悔やんでいる暇はあまりない。
「恨むかい、俺を」
「恨みませんよ。釘谷さんにはお世話になりましたから」
「……九十九を間接的にあんな目に合わせたとしてもか?」
彼は青藍島生まれで、チューリップ・プリズンになってすぐに看守たちから酷い仕打ちを受けたらしい。そこで彼女から手を差し伸べられていろいろ学び、オレと同じプログラムを受けたが青藍島の存在を消すという行為に肯定できず落ちた。そこからは彼女の手駒として調達やと情報屋をやっていたという。九十九さんの情報や行動も彼女に全て通していたという。
「それは九十九さんが釘谷さんを恨むかどうかの話で、オレが釘谷さんを恨む理由にはならない」
それでもオレは彼を恨むつもりはなかったが、代わりに疑問を抱いていた。
「どうして戦おうとしなかったんだ? なぜ大切な故郷を奪われたのに、水城所長と戦おうとしなかった?」
「戦う、はっ、そんなことできっこない。誰しもお前さんみたいに強くはない────」
「なら協力してほしいと言ってくれれば力になった。多分、九十九さんも同じことを言うと思う」
その言葉がオレの地上での最後の言葉となり、隔離された更生不能房で死刑の時を待つことになった。ただただ真っ暗で狭く、時間の流れすらも分からなくなるような、体と心を確実に削っていく苦痛が押し寄せてきた。一日一回の少量のおかゆと水では空腹はごまかせず、まともに体も動かせない閉鎖空間では閉塞感が纏わりつく。
「……別れの挨拶に来た。やはり懲戒免職処分になったよ。お前と関わってと散々な目に合ったが……楽しかったのも事実だ。生まれ変わったらまた色々やろうじゃないか」
「私も派遣元に圧力をかけられて解雇されちゃった。私は故郷で何とかうまくやっていくから君もうまくやって……って、これから死んじゃう人に言うのは変だよね。でも、ご飯だけはしっかり食べるんだよ?」
ソフりんや太田部隊長といった親しい人からの別れも、味方がいなくなっていく事を実感して心が折れそうになった。
「大丈夫か柊一郎?」
「ああ……とても辛いが……辛いだけだ……死ぬほどじゃない……」
それでもオレはオレを保っていた。九十九さんがこのプリズンに来るかもしれないという、不確定だからこそあり得るかもしれないという希望があるからだ。
「作戦の頼りにはしないが……精神的な頼りにはするよ……」
「それは悪くない考えだね。その頼りは死ぬ直前まであるからね」
彼だったらこれぐらいの逆境は喜んで成長の糧にすることだろう。俺も少しは見習って耐え抜かないと、彼に会った時に笑われてしまう。ならばここでできることを何かしよう。とりあえず更生日記にこれまでのプリズンでの出来事を書くことにした。いろんな人と出会って、いろんな事件があって、とても刺激的な物だった。1冊には収まらなかったので2冊目を用意してもらい、なんだかんだで2週間はかかってやっと今に追い付いた。読み返すと楽しい事しか書いておらず、19班や真19班やラーレの皆の事で一杯だった。
「……また会えるといいな」
「明日死刑執行だ」
運命の日というのは身構えてない時に来るんだなあと思った。
遂に迎えた死刑執行の日、オレは食堂でリクエストした山かけ海鮮丼とティラミスを味わっていた。美味しいには美味しいが、小沢と九十九さんが作った時の方が美味しかった。最後の電話は誰にも余計な心配をかけないために行わず、教誨も我妻看よりも胡散臭かったから適当に聞き流した。そしてついに執行台に立ち、最期の言葉を残すだけになった。
「何か言い残したいことはありますか?」
水城所長からの言葉に対し、オレは九十九さんの様にギラついた笑顔を見せて応えた。
「オレはオレの『やりたいようにやらせてもらう』……『物故ろしてやるぜ、ベイビー』」
その言葉と共に足場が無くなり体が落ちた。残り数秒でオレの作戦の成否が分かる。
「…………随分と余裕があんじゃねェか修一郎ォ!」
首にかけられたロープが切れ、小沢の声が聞こえ、オレは小沢に抱きかかえられた。つまり作戦は成功しつつあるということだ。
「まずは第一関門突破、だな」
「んなこと言う余裕あるなら自分で走れェ! 死ぬなよ柊一郎ォ!」
久しぶりの運動で思ったより速度が出ないが、それでも生き延びるために走る。そして辿り着いたブリズンでは囚人たちが暴動を起こしていた。
「やーっと主役がきましたか! 道は私たちが作るから早く行ってください! 礼はアイツから死ぬほどふんだくってやりますので! お前達は憂さ晴らしと時間稼ぎをしなさい!」
「あの人の言った通り水城所長はこのプリズンを私物化しようとしている! なら私たちがするべきはただ一つ! このプリズンを守れ!」
花丸凛の扇動と刑務官の命令で、囚人と刑務官たちが水城の兵たちを抑える。
「君たちの作戦通りうまく行ってるよ。だからもう振り向かないで行って、湊くん」
いつの間にか戻って来ていた太田部隊長を筆頭に夕顔の特別警備隊も加勢する。これでついに道が────
『イルカ桟橋より敵の増援が到着しました。数は100から150、全て暴徒鎮圧装備でシールドを携えています。注意してください』
敵にも増援が来て妨害が激しくなってきた。囚人と刑務官の即席部隊では統率の取れた水城の部隊は────
「────……湊ぉおおおおお!!」
後方からものすごい勢いでやってきたソフりんがオレを抱きかかえた。
「混乱に乗じてやってきたが想像以上だな……! 私だけだと足止めが精いっぱいだ……!」
「それじゃあ────」
「
そしてオレは上空へ放り投げられた。このままだと落下と同時にオレは捕らえられる。しかし、オレには同じく上空から迫ってくる人影が見えた。
「この人混みの中じゃ見つけられなかったがよぉ……誰もいない空なら見つけやすいぜぇ!」
その人物は右手から糸のようなもの放ち、オレに絡め引き寄せその胸に抱きかかえた。
「お前が湊柊一郎だな!? お前に従えば俺の正体が分かるんだな!?」
この騒動にも負けない大声に顔を見上げると、薄暗い曇り空を吹き飛ばすかようにギラギラとした笑顔を浮かべる九十九さんの顔があった。