翌朝4:30、やや早めの時間に目を覚ました俺は日課のトレーニングをしている。今日は山岸刑務官からこのプリズンでの心構え学ぶ予定だが、だからといってトレーニングをしなくていい理由にはならない。きっちり30分でトレーニングを終わらせ軽くシャワーで体を流し、渡された看守服を着ていく。長身のソフィーヤ看守長とほとんど同じようなデザインで、鏡で見た限りよくお似合いだった。もう少し金色要素があると良かったが、研修中の身で我儘は言ってられない。約束の時間になったのでの事務室に行ってドアをノックする。
「おはようございます。九十九です、ご指導願いに来ました」
ガチャリとドアを開けると今日も今日とて溌溂な山岸刑務官が笑顔で出迎えてくれた。
「おはよう土口……ではなくて九十九看守補佐! 昨日はすさまじい活躍だったな!」
「あはは……その節はお騒がせしました」
「しかし!力だけでは看守は務まらない! 規則に従い受刑者共を罰する正しい心も持ち合わせなければならない!」
「……正しい心、ですか」
ここにいる収容者達は大なり小なり罪を犯している。罪に応じた罰を受けるのは当然だが、その罰を一看守の権限で与えていいものなのか。いや、ここは青藍島でも本島でもなくチューリップ・プリズンで、ここにはここの守るべき規範がある。その規範が何をもたらしているのかも知らずに疑っていては話が始まらない。俺は両手で頬を叩き気持ちを切り替える。
「……看守として持つべき正しい心、ぜひともご教授お願いします」
「うむ! その心意気で行くぞ!」
山岸刑務官の後について『わいせつ房』へと向かう。他者に物理的怪我を与えない性犯罪を行った受刑者が収容される房で、囚人のヒエラルキーでは最下層に位置するらしい。そのため何かと問題事が起きやすく、最初の内はここで看守補佐を務めることになるそうだ。6時の起床サイレンが鳴り響き、山岸刑務官や他の看守と一緒に囚人の房を見回っていく
「おい、なんだこの乱雑に畳んだ布団は。正常なここをを取り戻すには、まず部屋を清くすること! 何度も言っているだろう!」
「はっ、はい……申し訳ありません……」
囚人と看守のやりとりを見るに、部下の指導をやっている時の俺から隠語を抜けばいい感じになりそうだ。帽子を深めに被って囚人の前に立つ。
「……掛け布団を綺麗に畳んでいる所は感心するが裏表が逆だ。取り繕っているだけだと一生まともな人間にはなれんぞ?」
「は、はいっ……って、あんた見ない顔だな────」
「喋る暇があったら直せ!」
「はいぃ!」
強く言えば返事をして動いてくれるだけまともな人間で助かる。返事をするくせに言うことを聞かない金髪ゴリラを従わせるのに比べたらだいぶ楽だ。
「たんぽぽ組、へんたーい、進め!!」
本当に性が禁止されているか怪しい山岸刑務官の掛け声が響き、囚人たちは規則正しく整列して移動する。そのまま食堂に向かい朝食の時間になる。
「はいB等食! ……次、あんた……は?」
いかにもなおばちゃんが俺の顔を見て唖然としている。
「看守って何等食なんですか?」
「何をやっているんだお前は!?」
山岸刑務官に引っ張られるが俺の体幹が強すぎて逆に俺に引き寄せられる。
「囚人と同じ場所で飯を食う看守がいるか!?」
「ここのプリズンは特別らしいからそうなのかなーって」
「看守の食事は看守自身でどうにかするんだ!」
「良かった……朝ご飯を2回も食べなくて済む……」
「看守が囚人の邪魔をしてどうする。早く退け」
いつの間にかいたソフィーヤ看守長に引っ張られて事なきを得た。俺を引っ張れたということはソフィーヤ看守長は結構力があるらしい、いつか手合わせを願いたいものだ。
「おい、こっちは立ち仕事でこんなんじゃ足りねぇんだよ……デザートをよこしな!」
「はっ、はい……」
屈強な囚人が小柄な高齢囚人からデザートを受け取った。明らかな不正授受が起こったので駆け足で咎める。
「そういうのは目の届かない所でやるんだよ」
「け、けど、ワシはもう食べられません……捨てるぐらいなら食べたい人にあげても……」
「じゃあ俺が食えば問題ないな」
俺は屈強な囚人の手にあったデザートを右手で奪って一口に頬張った。
「……囚人の飯も案外うまいもんだな」
「て、てめえ! 俺のデザートを!」
殴りかかってきた囚人の腕を左手で捻り上げそのまま動けなくさせた。
「いででで!?」
「右手汚れたからお前の服で拭かせてもらうぜ。それでこの件はチャラにしてやる」
「チャラにするな! ソイツは懲罰房へ送れ! お前はちょっと話がある!」
またまたソフィーヤ看守長に引っ張られて製紙工場に連れ込まれる。
「さっきから何をやっているんだお前は!?」
「すみません、この場所の勝手がよく分からないもので」
「だったら分かるまで見ていろ! 囚人よりも手がかかる看守など笑い物だぞ!?」
特別なプリズンだから看守も特別でなければならないと思ったがそうでもないらしい。あくまで一般的な看守の業務を行い、その中で囚人を厳しく律するらしい。なんだかんだあって製紙工場での作業を見守ることになった。遵守事項を違反している囚人がいないかどうか目を光らせる。
「……マンチカンってえっちな犬じゃないのか……」
「因みにこの世にはマンディブラリスフタマタクワガタってエッチなクワガタムシがいます」
「今すぐボルネオ島とスマトラ島の人に謝ってこい」
「ポルチオ島と素股な島!?」
「それは青藍島のプレイスポットです」
「あるのか……」
このプリズンで一番遵守事項を守っていないのは俺と山岸刑務官だと思う。11時になると作業が一段落し1度目の休憩がやって来る。気が緩むと口が軽くなり、看守としては囚人の失態を突くいいチャンスになるそうだ。俺はグラウンドに出て囚人達の様子を見ることにした。聞き耳を立てて集めた情報によると、囚人には"二つ名"というものがあるらしい。逮捕前の世間での呼び名だったりや、プリズン内でつけられたりと様々だ。気になったことが出来たので、その辺の囚人に圧をかけながら話しかける。
「そこのお前、二つ名がどうとか言っていたが……"狂犬"の二つ名を囚人はいるか?」
「い、います! 確か性犯罪房に"波多江の狂犬"って奴がいます!」
「……そうか感謝する」
俺は笑みを浮かべてそいつの頭を撫でてやった。そしたらガタガタと震えて失禁して他の看守に袋叩きにされてしまった。その様子を見ていたソフィーヤ看守長が頷きながら俺の肩に手を置いた。
「その調子だ九十九看守補佐。奴らはどうしようもないクズだ、遠慮なく罰してやれ」
「笑顔で頭を撫でただけなんですけどねぇ……」
「そういうことにしておいてやろう」
休憩が終わった13時、工場で事件が起きた。山岸刑務官より二回り大きな男囚がパンツを見せろとが女囚に襲い掛かったのだ。それを見たソフィーヤ看守長が俺の方をちらりと見た。その意図を察した俺はニヤリと笑った。
「……まさか見守ってろ、なんて言いませんよね?」
「汚名返上して来い」
その言葉と同時に駆け出し男囚を蹴り上げて天井に叩きつける。男は身動き一つせずに重力に身を任せていたため、俺がお姫様抱っこで受け止めた。
「そんなに下着がみたけりゃ近々会える
「看守じゃなくて特別警備隊で研修したらどうだ?」
「売れ残りの傘下になるぐらいなら"相姦係数"+0.5された方がましです」
このプリズンの象徴たる概念"相姦係数"は、簡単に言うとその人間がどれだけ犯罪に関心があるかを透明化した物だ。これによって看守の権限で刑期の増減化可能になり、囚人たちは善行を重ねようと必死になる。
「……青藍島じゃパンツなんざ太陽より当たり前に見る物だってのによ」
場所が違えば規則も違う。その場所での規則を守るべきで、この男囚はその規則を破ったから罰せられた。それは当たり前のことだ。だが、もしコイツが青藍島に産まれるか青藍島に来るかしていたら、ひとたび性癖の開拓者として賞賛を受けただろう。
────俺は青藍島に産まれただけで、彼らと同じなのかもしれない────
黙々と作業をしている囚人たちを見ながらふとそう思ってしまった。
ソフィーヤ看守長に男囚を受け渡したところで今日の研修は終わりということになった。現在の時刻は18:00で樋口さんのカウンセリングには遠いので、時間を潰すべく図書棟に向かった。性を想起させる文や部位に黒塗りの検閲が施された絵本などどうでもよく、帰った時にセレンの相手をするべくプログラミング系の本を読むことにした。
「コレ10歳にもなってない子が学ぶ奴じゃないだろ……」
土口家の血の力を信じて読み進めようと一つ深呼吸をし────妙な匂いを感じ取った。風呂キャンしたアサちゃんと火薬の匂いを混ぜたような、ただ事ではない匂いを感じ元凶を探る。どうやら棚や机によって生み出された死角から発せられているようだ。そこに足を運ぶと────真っ黒な髪に、見慣れない漆黒の布切れに近い服に身を包んだ、文乃ちゃんのように儚げな女の子がいた。
「…………こんにちは」
「────っ!?」
まさか自分が見つかるわけがないと思っていたのか非常に驚いていた。
「驚かせちゃってごめんね。俺の名前は九十九終。このプリズンに研修でやってきた看守補佐だよ」
「…………ゃ……ぁ……」
驚くにしては大げさすぎではないだろうか。それによく見たら手錠もついている。もしかして、何処の房から抜け出してここにいるのではないだろうか。だとしたら、まずは俺が敵ではないことを伝えるべきだ。
「……大丈夫、君の事を他の看守に言うつもりはないよ。どうもこのプリズンの人たちとはウマが合わなくてね。と言っても2日目で決めるなって話でもあるけどね」
「……ぉ……?」
どうも彼女はあまり会話が得意なタイプの人間ではないらしい。余計なことは話さず端的に話をするとしよう。
「俺、君の名前、知りたい。二つ名でも、大丈夫」
すると彼女は紙切れに『
「千咲都……良い名前、可愛いと思う」
「……ぅぇ……」
彼女はあまりいい顔をしなかった。自分につけられた名前が不服なことはよくある話だ。俺だって精という名前でいじられることは多々あったし、未だに礼が精の精液というと高確率で吹き出す。
「千咲都、邪魔して、ごめん。ごゆっくり」
「……ぁ……」
千咲都ちゃんは最後までなんとも言えない音を発していた。何かと気になる子だったが、看守が一定の囚人と仲良くなるのは何か問題がありそうだ。図書棟の死角に不思議な女囚がいた、と記憶の片隅に留めておくとしよう。改めてプログラミングの本を読んでいたら20:00になった。樋口さんの所に行こうと図書棟を後にしたら、ソフィーヤ看守長とばったりと出くわした。
「ここにいたか。これからチャプター19を行う。今の内から慣れておくと良い」
「ホテルが4や9を使わないように、このプリズンでは19と45と85は使わないようにした方が良いのでは?」
「業務の名称を変えてる暇はない、行くぞ」
そうして参戦したチャプター19は青藍島レベルの検査だった。なんと陰部摩擦の有無を調べるために、看守が囚人を絶頂させるというものだった。
「……コレをやるの? 俺が?」
「男なら射精をさせるのも簡単だろう? やってみろ」
ビーカーと手袋を渡される。これも研修だと思って一つの房に向かう。
「お、男の看守がやるのか!?」
「俺が受け入れたんだからお前も受け入れろ! オカズぐらい提供してやるから!」
俺は尻ポケットのメモ帳とボールペンを執って、即興でM字開脚したソフィーヤ看守長の裸を瞬時に描き上げた。
「うおおお!? マジかアンタ!?」
「黙って早く射精しろ! 俺だって一分一秒でも早く終わらせたいんだよ!」
口でメモ帳を開きながら、左手でビーカーを構えながら、右手で勃起した男性器を艶やかに擦る。時に早くときに遅く、時に強く時に優しく、時に締め付け時に離し、まるで膣がうねるかのような刺激を手で再現する。
「っぐぅ!!!」
1分も経たない内に射精した。出された精液をビーカーに入れ、数値を記録する。
「硬度、色合いは問題なし、射精速度と射精量は俺がやったから変動した、と……」
記録を紙に書いて取ってポケットにしまいソフィーヤ看守長の下に戻る。
「終わりました。記録用紙で────」
取り出した拍子にメモ帳が床に落ちパラリと開く。先ほど強く開いていたページが見えたので咄嗟に足で隠す。
「……人が描いてなかったか?」
「オカズが欲しいと言っていたので。不正授受ですかね?」
「……まあ、男同士でやるならそれぐらいは必要になるか。次からはお前は参加させないようにする」
「お気遣い感謝します」
こうして俺の研修初日が終わった。このプリズンでは肉体よりも精神が鍛えられそうだ。