※この作品はR-18です。

ゴールデンマッドドッグ イン プリズン   作:神剣狩刃

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8-67 七オホり八勃起

 作戦決行日、俺はあえて見送りを頼まずにNLNSの船に乗った。送り出してもらうほどおめでたいものではなかったからだ。

 

「良かったのか? 家族やSHOの人に何か言わなくて?」

 

 波飛沫に混じる淳之介の質問に軽く笑って答える。

 

「どうせ帰ってくるんだから何も言わなくていい」

「随分な自信だが、油断したりするなよ?」

「張り詰めすぎるとパフォーマンスは低下する。程々の余裕があってこそ最大限に動けるってもんだ」

 

 口先では幾らでも言えるが、内心ではまあまあな緊張が走っている。上陸にミスったら全てが台無しで、上陸してからは何が起こるか分からず、そもそも俺の正体が分かるものが何なのかさえ知らされていない。これ以上の不安を抱えるのはごめんだ。

 

「プリズンの通信の傍受を確認。すでに脱走は始まってるみたい。そして傍受できたってことは射程圏内だよ」

 

 麻沙音ちゃんの報告を聞いて噴射嫁を準備する。訓練は本番を想定し本番は訓練の様に順序良く、しっかりと装備してリモコンを握る。

 

「んじゃ、また後で」

「行ってこい────出撃(エンゲージ)だ」

 

 俺は16人の女と共にプリズンに向かって飛んだ。最高出力での飛行ということもあり速度が半端じゃない。練習していなかったら真っ直ぐ飛ぶこともままならなかっただろう。次第に近づいていくプリズンを前に笑みが止まらない。

 

「どうだ精!? 無事か!?」

 

 天手力機構から来る彼の通信に必死で答える。

 

「無事だから状況を伝えろ……!」

「確実に近づいているが、想定よりも距離が足りていない!」

 

 青藍島の常夏の気候と違い、嵐の前で湿度が高くなっているせいか。なら早めに着陸態勢に移った方がいいだろう。おあつらえ向きにイルカ桟橋に船が着いているので、そこに着地しよう。

 

「……これより着陸態勢に入る。ご武運を祈ってくれ」

「っ……絶対に死ぬなよ!」

 

 彼との通信が終わると同時に船に向かって糸を括り付けた羅漢銭を飛ばす。すでに時速10キロまで落ちていたので、もし噴射嫁だけだったら着水になっていただろう。手摺にクルクルと巻き付き確かな支えになったので、引き寄せて軌道を調整して船の側面に着壁する。

 

「おい……だ…………は?」

「波………………だけだろ…………な」

 

 ヘルメット越しのくぐもった会話から兵士の存在を確認したので、ヘルメットとリモコンとしぼんだ噴射嫁を海に捨てて甲板に躍り出る。

 

「波じゃなくて悪かったな」

「「何だこのオッサンどっから現れた!?」

 

 どうやら今ここにいるのはこの2人らしい。暴徒鎮圧用の武装に実銃と本格的な装備だ。

 

「誰がオッサンだコラ口の利き方気をつけろよ」

 

 なのでタックルでそのまま手摺に叩きつけて怯ませ、2人とも海に落とした。

 

「そのカーボン装備なら盾を捨てりゃ浮くはずだ。拾われるまで大人しく待ってろ。間違っても銃は撃つなよ? 体制崩して反動で沈むぞ」

 

 兵士の質もある程度確認できたので、俺は湊柊一郎の居場所を知るべくに施設に内部に向かって駆けだした。

 

 

 プリズンではすでに騒動が起きていて囚人と看守と兵士が入り乱れる混戦になっていた。

 

「キサマは土口精!? なぜここにいる!?」

「ちょいと野暮用でな! 殺すつもりはねえが大怪我はしてもらうぜ!」

「ぶべら!?」

「あぎゃあ!?」

 

 いくら兵士と言っても烏合の衆に過ぎず、武器を使うまでもなく倒していける。

 

「最優先は湊柊一郎だがこいつも対処しろ! もちろん生死は問わない! むしろ殺すつもりでいけ!」

「そっちは殺しOKなのはちとズルくねえか!? 大怪我のレベルを意識不明の重傷まで引き上げるぜ!」

 

 1人1人は大したことないが、大勢で来られると足止めをされてしまう。一刻も早く彼と合流しなければ────

 

「しゃがめ! 土口精!」

 

 俺の後ろから響いた女性の指示に反射的に従った。すると俺の頭上から銃声が響き、前にいた兵士が吹っ飛んだ。振りむくと金髪で背の高い、やや色白な美女が散弾銃を構えて立っていた。確か紅林ちゃんが絶対に頼りになると言っていた人間の特徴と一致している。

 

「……アンタがソフィーヤ・シコレンコか?」

「そうだが……その様子だと記憶喪失は本当のようだな……!」

「湊柊一郎はどこにいる?」

「おそらくこの先だ! 私が湊を見つけて上に投げるから、お前は回収してくれ!」

 

 随分とアクロバティックな作戦だが、彼女の身体を見るにそれを可能にするだけの力はありそうだ。俺はサムズアップで答え、彼女の背中に手を当てた。

 

「言っておくが俺の力は相当だ。転ぶなよ?」

「これでもお前とリングの上で渡り合ったんだ。むしろお前は遠慮をするなよ?」

 

 彼女の笑みを確認して思い切り背中を押す。群がる兵士の波をかき分け、一気に道ができた。

 

『イルカ桟橋より敵の増援が到着しました。数は100から150、全て暴徒鎮圧装備でシールドを携えています。注意してください』

 

 増援が来たら回収が困難になるだろう。彼女が彼を見つけると信じて、二丁拳銃で威嚇射撃をしながら一気に走る。

 

「────……湊ぉおおおおお!!」

 

 彼女の叫び声が聞こえたので跳び、更に壁を蹴って高度を確保する。すると人波の中から坊主頭で0720番の囚人服を着た男性が打ち上がった。間違いない、彼が湊柊一郎だ。

 

「この人混みの中じゃ見つけられなかったがよぉ……誰もいない空なら見つけやすいぜぇ!」

 

 銃をしまって右手から糸を放ち、彼を引き寄せて胸に抱きかかえる。

 

「お前が湊柊一郎だな!? お前に従えば俺の正体が分かるんだな!?」

「はい! だからこのままエレベーターに向かってください!」

 

 その言葉を聞いて笑顔で着地する。目の前には盾を構えた部隊が押し寄せていた。

 

「このファランクス部隊を両手が塞がった状態で返せるか!?」

「……返せねえな」

「ならブッ潰れよおおお────」

「返せねえから飛び越す」

 

 再び跳び上がり回避し、むしろ彼らの頭を足場にしてさらに跳ぶ。そして着地の勢いをバネにしてエレベーターに────地下に降りていてエレベーターがない。この状況で呼び寄せている時間はない。俺は迷わず飛び込んだ。

 

「ちょっと手を放すぜ!」

「何か策があるんですね!」

 

 落下中でも希望を捨てないあたり、彼も中々肝が据わっているようで安心した。俺は落下しながら糸を準備し、地面が見えてきた辺りでネットの様に展開した。バインと俺達を優しく跳ね返し、緩やかな着地に成功した。

 

「お前さん達ならこれぐらいやると思ったぜ!」

「エレベーターを下げておいて正解でしたねリーダー!」

 

 そこにはまさに炭鉱夫と言った屈強な男たちが待ち構えていた。俺の活動記録にあったくまさんチームの方々だろう。

 

「最低限の感謝だけしておくぜ! ありがとな!」

「あとコイツに乗っていけ! 少しでも足を休ませな!」

 

 指差された高速人車に乗って一気に距離を稼ぐ。俺の記憶にある限りだとそろそろ目的地にたどり着く頃だ。乗り降りて勾配の激しい坑道を歩いていくと、前から生気と正気を失ったような囚人達が現れた。

 

「チッ、全ての囚人が味方って訳じゃないか……!」

 

 俺は拳を構えて戦闘態勢を────

 

「みなさぁん、その人は敵じゃないですよぉ」

 

 場違いなほどに穏やかで、しかしながら本能的に警告を促す様な女性の声がした。

 

「思ったよりも早く来ちゃいましたねぇ……ここであなたたちに恩を売ろうと思ったのですが……」

 

 囚人達の中から茶髪で十字を刻まれたような瞳をした女囚が現れた。たかが一人の女囚にここまでのことができるとは思えない。俺は戦闘態勢を解かずに話を始めた。

 

「……本当に敵じゃないのか?」

「大丈夫です九十九さん。コイツに限ってはそんなことはしません」

 

 彼が言うのだからそうなのだろう。ここで立ち止まっている時間さえ惜しいので、軽く会釈だけして通り過ぎた。

 

「……救世主と神父様が揃えば、どんな相手でも敵じゃありませんよ」

「あの神父服はアンタから俺へのプレゼントだったのか。今度礼をするよ」

 

 彼女達と別れ、彼の指示を頼りに俺の常人外れの身体能力で複雑な道を進んでいく。そして明かりが点いた場所に出て────巨大な壁があるだけでその先に行く道がなかった。

 

「行き止まり……!? 道を間違えたか……!?」

「……いえ、合ってますよ。これが目印ですから」

 

 照らされた壁をよく見ると何かが描かれていた。黒鐘ちゃんが地図に書いていたのと同じ、ラーレの表札にもあった、あのチューリップのマークだ。

 

 

 彼は俺から離れて一礼をした。

 

「ここまでこれたのは間違いなく九十九さんのおかげです。誠にありがとうございました」

 

 どうやって彼が脱獄するかは聞かされていないので、ここで彼とはお別れになるだろう。その前に俺は聞かなければならないことがある。

 

「俺の正体はどこに書いてあるんだ?」

 

 俺の質問に対し彼はマークの下を指差した。

 

「ラーレから九十九さんへのメッセージです」

 

 そこには何か文字が書いてあった。"LALE FOR GOLDEN MAD DOG"。直訳すると、ラーレより金色の狂犬へ────『金色の狂犬』。その言葉に反応して俺の頭に何かが流れた。

 

「────切って結ぶ蒼碧の檻を打ち破れ。睦言に狂乱する悪鬼を噛み砕け。礼賛以って三途の川を渡り世界を糺せ。精卵交わりて生まれる命の限りを尽くせ。俺は土口精、『金色の狂犬』だ」

 

 これは。

 

「私の分も!!! 幸せになってね!!! お兄ちゃん!!!」

 

 そうだ。

 

「卵、生まれて、きて、くれて、生きて、くれて、あり、がとう……! 本当に、ありが、どう……!!!」

 

 これもそうだ。

 

「だから!!! 私のために勝ってくれ、精!!!!!!」

 

 これだってそうだ。

 

「────『君のやりたいようにやれ』ばいいと思うよ。私もそうするから」

 

 これが『金色の狂犬』の始まりだ。

 

「ねえ、お兄ちゃん……私も、皆みたいに気持ちよく女の子とセックスできるかな?」

 

 これが『土口精』の始まりだ。

 

「助けて! お兄ちゃん! 助けて!」

 

 燃える車の中で少女が助けを求める。少女の手からは血が流れ、火が付いている。助けなければ────いや違う。助けちゃいけない。だって俺は。

 

「ここでお前を助けられなかったから俺は俺になったんだよな、卵」

「……やっと分かったんだね。お兄ちゃん」

 

 車の中から卵が出て来る。いつの間にか血は止まり炎も消えていた。

 

「『やりたいようにやる』……それでも届かない物はあるんだな」

「そうだよ。だからお兄ちゃんは頑張りすぎちゃったんだよ」

「だからこそ『やりたいようにやる』で届く範囲を大切にしなきゃいけないんだな」

「そうだよ。だからお兄ちゃんは頑張り続けられたんだよ」

「……相変わらず俺は失わないと大切な物に気付けないんだな」

「そうだよ。だからお兄ちゃんは頑張らなきゃいけないんだよ」

 

 これは間違いなく俺の記憶が作り出した幻だ。それでも俺の大切な妹である卵に変わりはない。それでも俺は涙を流しながら彼女を抱きしめる。

 

「……じゃあな、卵。俺は俺のために『やりたいようにやる』よ」

「……うん。じゃあね、お兄ちゃん」

 

 卵が消えていく。俺の心の中にずっとずっと残っていた後悔と共に。もちろんあの時助けられなかったのは残念で、助けられるなら助けたかった。でも、助けられなかったことを引き摺って枷にし続けるのは違う。その枷を外すには何もかもを手に入れらるほど強くなるのではなくて、ただそれを受け入れるだけでよかった。

 

 

「……九十九さん? 大丈夫ですか?」

 

 湊君の声で現実に引き戻される。彼の方を向いて敬礼をする。

 

「……ああ。おかげさまでもう大丈夫だ。それじゃ、ご安全に」

「……ご安全に」

 

 古ぼけたトロッコに乗った彼を見送って来た道を引き返していく。

 

「しかし我ながらひっでえ作戦だ……いくら決着をつけるためとはいえ、ここまで大掛かりな事をするか? まあ、そうでもしなきゃどうにもならねえ相手だしな……」

 

 戻った記憶と共に脱獄作戦と同時並行する作戦を思い出した。彼を脱獄させる以上、水城所長と交わした誓約書は意味をなさなくなってしまう。そんな状況から青藍島への規制をどうやって解除するか。そんなの至ってシンプルな方法で解決する。

 

「一番隊十九ヶ条其の一、敵を全滅すれば万事解決……確か兵隊の数は200はくだらないって言ってたか? 淳之介君との合流も考えたら……15分で片付けるか」

 

 さて、今回で三度となるリターン・フロム・リンボだ。40手前だろうが年甲斐もなく大暴れしてやる。

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