※この作品はR-18です。

ゴールデンマッドドッグ イン プリズン   作:神剣狩刃

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9-02 逢瀬は別れのアクメ

 ある日の夜勤後の昼前、俺は家に帰る途中で予期せぬ来訪者と遭遇した。

 

「あらぁ? 終さん改め精さんじゃないですかぁ、お久しぶりです」

 

 暗めの水色の生地にレモンとレモングラスが印刷された、本人とは不釣り合いな清涼感のある服を着た我妻樹里亜だった。やや疲れ気味だった俺も、想定していない友によって励まされた。

 

「おお樹里亜か。久しぶり。出所したんだ」

「さきほど釈放されましたねぇ、ありがたいことに無罪が確定したんです」

 

 電子ドラッグを使って強制的に性交をさせていたのは少々思う所があるが、正規の手段を踏んで無罪が下されたのであれば俺がとやかく言うべきではないだろう。

 

「まずは柊一郎ちゃん……今は修平ちゃんでしたか。の所に行こうと思ったんですけど、先に精さんに会っちゃったらそっちの方が大切です。夕方まで時間はありますから」

「そいつは光栄だな。折角だし俺の家来るか? 今なら昼飯が付いてお得だぜ」

「それは素晴らしいですね! 是非ともご一緒させてください!」

 

 軽い足取りで自宅に向かう。相変わらず大嬌声の街通りに彼女はニコニコしている。

 

「流石性の楽園ですねえ。どこもかしこも幸せそうな笑顔で一杯です」

「こうなるまでにありえないほどの苦労があったが、媚薬と避妊薬以外の薬は使ってないんだぜ」

「そうなんですねぇ。もっと早くに青藍島に来ていれば、あんな事件も起きなかったでしょうねぇ」

「これもすべて水城姫子って奴の仕業だな」

「私が長い間捕まっていたのもそうですからねぇ」

 

 ローション塗れのオナホのように掴めない彼女だが、以前に比べて毒が抜けたように見えるのは友情というフィルターがかかっているせいだろうか。

 

 

 辿り着いた自宅の玄関を開け彼女を家に招く。廊下には明らかに寝起きであろう白のネグリジェを着た礼がいた。

 

「ただいま。友達連れてきた」

「ああ……おかえり……ふわぁ……淳之介にしては普通の服を着ているな……自宅だと思ってゆっくりくつろいでいいぞ……やっぱりもう少し寝ようかな……」

「それは自由にしていいけど、今日はプリズンでできた友達を連れてきたんだ。あんまりだらしない姿見せると後で後悔するぞ?」

「えぇ……?」

 

 寝惚け眼を擦って目を寄せた礼が、樹里亜の存在を認識し始める。

 

「初めまして奥様、精さんの上司を務めていた我妻樹里亜です。意外と緩やかに歓迎されて光栄です」

 

 彼女は凄くニコニコしている。『金色の狂犬』の夫人なんてとても恐ろしい人物が想定されそうだが、実際は休日だと日が昇り切るぐらいに目を覚ますほど穏やかな人間なのだ。そんな人間だがしっかり覚醒すれば元大隊長の機敏な動きを見せ、俺の肩を掴んでガンガン揺らしてくる。

 

「何で急に人を連れて来るんだ!?」

「家主が家に客人を招くのに誰かの許可を取る必要があるか?」

「いやまあそうだが! ちょ、ちょっとお待ちください! 10分、いや、15分で支度しますので!」

「私の事はお気になさらずゆっくりしていて構いませんよ」

 

 ドタドタと騒がしくクローゼットに消えた礼が何を着て来るのか期待しながら、樹里亜を家具が多くなって程々の広さに落ち着いたリビングに案内する。

 

「何飲みたい? 水出し緑茶かアイスココアか水道水があるけど」

「折角だからアイスココアを頂きましょうかね。夕顔ちゃんとソフりんちゃんには振舞ったそうじゃないですか」

 

 あの時の俺は彼女をまだ理解できていなかった。今とて完全に理解したわけではないが、少しだけ歩み寄れているはずなのでコレを分かち合うことだってできるはずだ。お気に入りの金の彼岸花の細工が施された陶器のコップに入れて提供する。

 

「……私物まで金なんですねぇ……分かりやすくていいと思います……まぁ! ココアの味はとってもいいですね! 今まで飲んだココアの中で一番です!」

 

 まるで別の何かは良くないみたいな言い方でちょっと気に食わないが、製薬会社の令嬢のお墨付きとあれば俺の腕は衰えていないということだろう。

 

「さ、先ほどはお見苦しい姿をお見せしました……!」

 

 何とかいつものオフスタイルの姿にまとまった礼がやってきたので、リクエストを聞いて昼飯を作るとしよう。

 

「何食いたい?」

「折角ですからあの時のチーズリゾットが食べたいですね」

「お前我妻さんにそんなお洒落なもの振舞っていたのか? 私も食べてみたいな」

 

 ということで作った。

 

「手際が良いですね。家庭的な一面が垣間見えて、とても『金色の狂犬』には見えないですね」

「どんな家事でも私よりも上手くやれるんです。自慢の夫です」

 

 礼が腕を組んでふふんと得意気に言っている。彼女の誇りの一端になれている事をひそかに喜びながら料理を食卓に並べ皆で食べる。

 

「今回は胡椒が効いていてキレがありますね。コクの濃いチーズとの相性がばっちりです」

「具材の玉ねぎとベーコンも主張しながらもリゾットを邪魔していない……完璧な調和だな」

 

 確かに美味しいのだが、俺にはあの彼女の嘔吐物と混ざった酸味が微かにフラッシュバックしている。そうさせないために分かりやすい味付けにしたのだが、それすらも貫いてくるあの経験は俺にとってとても貴重なものになっている。

 

「そうでした。私、奥様に謝らなければならないことがあるんです」

「何ですか? 精と体の関係を持ったのなら別に気にしなくても────」

「奥様たちに襲撃者を送ったのは私なんです。誠に申し訳ありませんでした」

 

 急にぶっこんできた。レイラがいるから大丈夫と心配していなかった俺はともかく、事情も何も知らずに襲われた礼は彼女に相応の感情を持ってもおかしくない。礼はあー……と気まずそうに目を逸らしてやけに新しい壁紙を見つめた。

 

「そうだったんですね……こちらこそ加減できなくて申し訳ありませんでした」

「「え?」」

 

 何故か謝り出した礼に俺達が止まる。

 

「その……娘がつい本気を出して全員一時は意識不明の重症になってしまって……いくら何でもやりすぎですよね……」

 

 撃退したとは聞いたが、どの程度の傷を負わせて撃退したかまでは聞いていなかった。想像の数倍は酷い有り様に俺達は笑うしかなかった。

 

「……な? 人質に何かできないだろ?」

「……ええ。そのようですね。世間一般的には私側にしか非がないので奥様及びお嬢さんは何も気にしないでさいね」

「すみません……他にも迷惑をかけていなければいいのですが……」

 

 後は俺が彼女の宗教団体を壊滅させたことぐらいで特に何もないと思う。

 

「旦那様が私の処女を奪ったことぐらいですかねえ」

「ぶふぅ!?」

 

 あまりにもぶっこみすぎだ。

 

「待て待て待て!? 膜破った感覚なかったぞ!? いや自慰行為や日常の動作で処女膜が破れることはあるから膜の有無が処女の証明じゃないが、そもそも樹里亜はあのミサを度々開いて乱交パーティーしていたから非処女だろ!?」

「じゃあ旦那様が上司の1人とお口でエッチした事ですかねえ」

 

 口を開けば爆弾発言しかしない。

 

「何でお前がそれを知ってるんだよ!?」

「洗脳した時に聞きました。はいかいいえでしか答えてくれませんでしたが、しっかり聞き出せましたよ」

 

 アクメイターの魔女かよ。いや、(うみ)女神(めが)のスープか? いやいや、それどころじゃない。礼の方から肌を刺す様な怒りが来ている。しかし樹里亜から処女を奪った所以外はどれも事実だから否定しようがない。

 

「……我妻さん。折角ですから旦那と遊んできてはいかがでしょうか? 友達と遊ぶのはとても楽しい事ですから」

 

 そんなに目を目尻をピクピクさせながら言われても俺は楽しめない。

 

「それではお言葉に甘えちゃいますね。それじゃあ行きましょうか精さん」

 

 俺の今夜が地獄になることが確定し、それまでの現実からの逃避行が始まった。

 

 

 樹里亜が内呂君を一目見ておきたいと言っていたのでラーレのビルに転がり込む。受付には社長である内呂君がいた。

 

「精さんと……我妻ですか……」

「そんなに嫌な顔されたら悲しいじゃないですかぁ」

 

 彼女がやってきたことを振り返れば、彼が口をへの字にする理由などすぐに思い当たる。とりあえずなぜ社長自ら受付をしているのかから会話を始めるとしよう。

 

「何で君が受付を?」

「今はお昼休憩なので受け付け体験をやっています。で、何の用でしょうか?」

「ここに来た理由なんですけど、私、あの事件で実家から勘当されちゃったんですよぉ」

 

 身内が引き起こした電子ドラッグによる不祥事など、製薬会社からしたらたまったものではないだろう。妥当な結果だと彼と一緒に頷く。

 

「でも許してもらう方法が一つあって、それが婿養子を見つけてきて家庭に入って落ち着く、というものです」

 

 彼女に付いていくなど、余程の人間でもない限り破滅しかしないだろう。ただ、青藍島の人間は性に関しては人並み外れているが、それ以外の日常的な所は常人的だ。とても彼女のお眼鏡にかなう人がいるとは────目の前にいた。

 

「それで内呂君を攫おうと?」

「攫うだなんて物騒な事言わないで下さいよぉ。流石に合意の上で連れ出しますよ?」

「俺は行きません」

「私、お金ならたくさん持っていますよ? 組織の運営にはいくらお金があっても足りませんから、私の財力は力になりますよ?」

「いざとなったら俺が援助するし、そもそも沖奈がまあまあな金貰ったらしいから要らないと思うぞ?」

「沖奈……ああ四色ちゃんですか。なぜ今ここで名前が出るんです?」

「沖奈はここの女性社員と結婚して入社したからな」

 

 こちらからのぶっこみ発言に彼女が止まった。あの特徴的な眼と微笑みのまま瞬きを繰り返しているからちょっと面白かった。そして納得したのか急に弾けた様に笑い出した。

 

「あははは! 相変わらずあなたの周りでは面白い事が起きますね精さん!」

「俺も含め面白い人しかいないから当然だけどな」

「精さんを面白い人の一言で片付けるのは無理があると思います」

「とりあえず振られちゃいましたし行きましょうか! ほら行きますよ精さん!」

 

 彼女の引っ張られてビルを後に────

 

「「あっ」」

 

 話に上がっていた四色夫妻とばったり出くわした。伊栖未ちゃんはともかく、沖奈は彼女の洗脳によって病床生活を味わう羽目になった。それなりに思う所もあり、沖奈自身にそれなりの実力があるから暴力沙汰になってもおかしくない。俺は一応警戒態勢を取った。

 

「お久しぶりますねシスター。プリズンでは世話になったます」

「ご結婚おめでとうございます沖奈ちゃん。よろしければいい教会を紹介しましょうか?」

「この島の大社で挙げるつもりだから、気持ちとご祝儀だけ受けとるます」

「お、沖ちゃんはこう言ってるけど、できれば気持ちだけがいい、です……」

「それでは式の日時が決まったら教えて下さいねぇ」

 

 意外とすんなりと別れてメインストリートに出られた。

 

「あんな幸せそうにしているのに、水を差したら悪いですからねぇ。それにしてもあの2人が結ばれるなんて……夕顔ちゃんが知ったらひっくり返りそうですねぇ」

「今度プリズンに行くときに教えてやるつもりだから言うなよ?」

「どうせ連絡がつかないので安心してください。そうだ、連絡先だけでも交換しておきませんか?」

「そういやしてなかったか。連絡先も知らないのに友達ってのも変だしな」

 

 いつものスマホを取り出してお互いの電話番号を登録する。

 

「これでいつでも繋がれますねぇ。時代は便利になったものです」

「便利になることが良い事とは限らないがな……んじゃ、適当に歩いてくか」

 

 それからいくつかの観光スポットを巡った。並び立って見た彼女の笑顔は心底楽しそうなものだった。もしこの笑顔をプリズンで見ていたら彼女を信仰していたかもしれない。今更そう思った所で過去は変えられないが、彼女の未来は変えられたのではないかと勝手に満足した。

 

 

 いつの間にか空は橙に染まり彼女と別れる時が来た。友との別れは名残惜しいものなので、港まで彼女を見送ることにした。

 

「樹里亜はこれからどうするんだ?」

「そうですねえ……この島では良いお相手が見つかりませんでしたし……まぁお金には困っていませんので、これからゆっくり考えましょうかね」

 

 宗教法人は法の抜け穴を突けば非課税でそれなりの利益が手に入る。あれだけのことができる彼女が言うのなら金銭面は心配ないだろう。

 

「そうか……もし行く当てがなかったら青藍島に来るといい。俺が良い感じに口を利かせて、SHO相談窓口の電話対応役の席を作ってやるよ」

「それもおもしろそうですねぇ。でも精さんにおんぶにだっこじゃ悪いですから、最後の手段として考えておきますね」

 

 一応神の使いである修道女の彼女ならクレーマーも気を許してしまうだろうから、冷静で的確な判断だと思ったのだが。非情に残念だ。

 

「……私は幼い頃から、このような性格で育ちました。だから自分の生き方が変わることは、もうないでしょう」

「俺もあの日から『金色の狂犬』として生きるって決めたから、その気持ちはよく分かるぜ」

「ですからあなたも私もきっとこの精神のまま生き続け、そして死んでいくのだと思います」

 

 俺とて人間でいつかその結末がやってくるだろう。その日まで俺は『金色の狂犬』であり続け、この島にいた証を残していくのだろう。

 

「でも、もし……もし私にも……あなたのような人が、身近にいたのなら……もう少し面白い人生を歩めたかもしれませんね」

 

 きっと彼女には羨望や信仰といった目上の存在になることはあっても、友達という対等な立場の存在になることはなかったのだろう。それはかつて独りで全てを変えようとして、恐怖と憐憫の存在になった俺とよく似ていた。

 

「……かもな。俺もお前みたいな人間にもう30年ぐらい早く会えていたら、もっと楽しい人生を歩めたかもしれないな」

 

 俺の本心から漏れた言葉に、彼女は諦めと安堵を相混ぜにした笑みを見せた。

 

「……その頃に会っても、私はまだ普通の製薬会社の令嬢でしたよ」

「そこから関係を持って逆玉の輿もあったかもしれないぜ?」

「うふふ、そうかもしれませんね。でも、私とあなたの子どもなんて誰も手が付けられなさそうですね」

「穏やかな礼との間に出来たレイラですら手を焼いているんだ、そいつは違いないな」

 

 ケラケラと笑い合っている内に船がやってきた。ここからは友の後ろ髪を引かないように背中を押して送り出すことに専念しよう。

 

「……それでは精さん、どうかお身体には気をつけて。主の御加護が……いえ、限りない試練があらんことを」

「そっくりそのまま返すぜ樹里亜。体に気をつけながらあらゆるもの事に挑んでいけ。それが一番退屈しない人生だ」

 

 お互いに十字を切って、お互いの未来を祈る。ここで別れたらしばらくは、もしかしたら一生会えないだろう。俺によく似た彼女は、最後の最後まで笑顔のままだった。その目尻に微かに涙が浮かんでいたような気がしたが、見て見ぬ振りをして背を向けて歩き出した。

 

「……そういや礼の母親の事話さなかったな……まあ、全部話さない方が良い事もあるか」

「まだ隠し事をしているのか精ぃ……?」

 

 正面から礼の声と共にガシリと肩を掴まれる。ああそうだった。俺はこれから地獄を見なきゃいけないんだった。

 

「……早速試練がやってきたな……夜勤明けだから手加減してくれますか?」

「遊べるほど余裕はあるのにか?」

 

 翌朝にセレンとレイラから何があったんだと心配される程、ぎっちり絞られた。事情を説明したら流石に俺が悪いと言われた。俺もそう思っているから間違っていないということだろう。今日は俺が昼間まで眠ることになりそうだ。

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