子供の成長は親が思っているよりも早いもので、ついこの間まで受精卵だったセレンが遂に誕生日を迎え性人になった。なので盛大に我が家でお祝いする運びになった。
「セレン! 性人おめでとう!」
「おめでとう……セレン……」
「おめでとう兄貴」
俺とレイラで協力して朝から豪勢な料理を卓上に並べ、礼を何とか起こして家族総出で出迎える。セレンは鋭い釣り目の目尻をゆるりと下げて笑っていた。
「ありがとうございます。僕がここまで無事に育ったのはお父さんやお母さんやレイラのおかげです。これからも精進していきますので、これからも見守って下さい」
毎回思うのだが、俺と礼の間に生まれたとは思えないほどの礼儀正しさだ。初めての子育てということもあり、橘家と協力して教育をしたからだろうか。ともかく我が子がまた一つ成長した事実に感動を覚える。
「俺と違ってこんな健やかに育つなんて……お父さん泣いちまうよ……」
「子は親に似るというが……成長過程は親に似なくてよかったな……」
「笑い辛い雰囲気作んなよ。バカ親は放っておいて飲み食いしようぜ兄貴」
「あはは……それじゃあ、いただきます」
食事を進めていく最中、彼の性人してからの夢をふと思い出し尋ねてみた。
「セレン、童貞を捧げたい相手は見つかったか?」
彼は多少良くなったとはいえ青藍島で育っているのに貞操観念がきっちりしている、というか"童貞を捧げたのなら一生も捧げるべきだ"というやや重めの価値観を持っている。"心からの射精をした時、童貞を捨てたと言える"を信条としている淳之介君ですら、"流石にそこまでガチガチになる必要はないと思う"と助言するほどだ。そんな彼だから色恋沙汰を全く聞かず、水乃月学園でも"清廉潔白"としてそこそこ有名にもなっている。
「うん。見つかったよ」
「「ぶふぅ!?」」
「夫婦そろって汚えな。んな所まで仲良くすんなよ」
レイラの言うことはもっともなのだが、両親も気付かぬ間にそんな存在ができたとあったら無理もない。息子はやらんなどという頑固親父になる予定はないが、流石にどんな相手かは知っておきたい。
「ど、どんな人だ?」
「ここ数ヶ月で青藍島に来た人で、毎日誰かのために駆け回ることができる、とっても優しい女性の人だよ」
「……年齢とか分かるか?」
「詳しい年齢は知らないけど、お医者さんをやってるみたいだから僕より年上だよ」
俺は彼の情報から1人の女性が思い当たってしまった。このまま2人が交際を始めたら間違いなくとある問題が起こるので、お祝いが終わったら彼女の所に向かって話し合うとしよう。
都心部から離れた森の入り口付近、そこにある小さな診療所に彼女はいた。
「お久しぶりです樋口さん」
「おっ! これはこれは九十九さん……じゃなくて精さんじゃないか!」
白衣を着た彼女は嬉しそうに笑いながら俺に近づき、再会の握手を固く結んだ。
「お互い忙しくて会えなかったからねー……寂しかったぞー?」
「ラーレのメンバーがお世話になったそうですね。お礼申し上げます」
規制真っただ中の青藍島に寄る辺の無いラーレメンバーを連れてきたのは彼女だ、と内呂君から聞いている。そのことに関してのお返しもしっかりしたいが、今はそれよりも重要な話がある。
「先生に紹介したい人がいましてね。あっ、患者の紹介じゃないですよ?」
「土口さんが私に個人的に紹介したい人かあ……もしかしていい人見つけてくれたり?」
「いい人どころか超優良物件ですよ。なにせ俺の自慢の息子ですから」
そう言って俺の左にいたセレンに手を向ける。
「むすこ セレン です」
「初めまして。土口セレンです」
彼女セレンの顔を見ると同時に持っていたカルテらしき書類をばさりと地面に落とし、バグったゲームのように固まった。多分、俺と同じような考えがよぎっているのだろう。そんな心情を彼が知る訳もなく、彼は純粋な優しさから落ちた書類を拾ってまとめ、彼女に差し出した。
「いつもお疲れ様です。先生のおかげでたくさんの人が助かっています」
「ひょえあ!? あ、うん、ありがとう! ちょ、ちょっと失礼するね!」
そう言って彼女はお手洗いと書いてあるドアの向こうに逃げるように消えた。彼の見た目は若い頃の俺をやや丸くして釣り目にした感じなので、俺では危なすぎて近寄れないという人間も彼になら親しみを覚えるらしい。それに加えて突然変異的な良心を持っているので、彼にトキメキを覚える女性も少なくない。彼女もその1人になったのだろう。
「……お忙しい所を呼び止めちゃったみたいだね。出直したほうが良いかな?」
「いや、大丈夫だ。今話さないと3人ともロクな事にならない」
「……お父さんは樋口さんに何をしたの?」
「ご、ごめんね! ちょっと急にお手洗いに行きたくなっちゃって! それじゃあお話ししようか!」
半息ぐらいはついたであろう彼女が出てきたので皆で席に着く。とりあえず俺と彼女の一般的に話せる関係を話す。
「……とまあ、俺は樋口さんにプリズンで滅茶苦茶世話になったわけだ」
「精さんは問題行動ばかりだったからねー……胃液を吐いていた時期なんて気が気じゃなかったよ」
「そうなんですか……父がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「セレンくんが謝ることじゃないよ。それに……まあ……私もお父さんにご迷惑をおかけしたからね……」
もう話す気なのだろうか。しかし、先延ばしにしたところでダメージが大きくなるだけなのも事実だ。俺も覚悟を決めて大きく深呼吸をした。
「実は俺と樋口さんは体の関係があるんだ」
「……え?」
「その……私が悩み相談をしてもらって……精さんに慰めてもらいたいなーってなって……セックスしました……」
「…………え?」
一生を捧げようと思った相手が父親と体の関係がある。その衝撃は性人したての彼の脳には強すぎたようで、ぽかんと口を開けたまま瞬きを繰り返していた。
「子供の頃から不倫求愛シリーズ見てるからNTR耐性付いてると思ってたんだが……見るのは良くても体験するのはダメだったか……」
「英才教育が過ぎない……? っていうか、セレンくん私のこと好きだったの……?」
「人生を捧げるにふさわしい人だと思っていたぐらいには」
「よりにもよって私かぁ……嬉しいんだけど、よりにもよってとしか言えないなぁ……」
「……だからこそ樋口さんがいいんです」
現世に戻ってきた彼が力強く発言した。
「青藍島外で性行為をするというのは、外の価値観で性行為をするということです。つまり、樋口さんは父から見て青藍島外で性行為をしても問題ない程信頼できる、とても素晴らしい人間だということです。そんな人になら……僕の一生を捧げても良いと思っています」
恋による盲目の補正があるかもしれないが、いくら何でも許容能力が高すぎる。彼は本当に俺の子供だろうか。一度不安になって調べたことがあるが、99.99%で俺の子供だ。統計的表現を用いるため理論上100%とは表記されないが、事実上の100%といっても過言ではない。どこか俺に似た狂気的な決心を聞いて、俺達は顔を見合わせた。
「……こりゃ間違いなく精さんの子どもだね」
「……英才教育が過ぎましたね。で、後は樋口さんがどうするかですよ?」
そうだなあと彼女が目を瞑って悩み始めた。
「……セレンくんって家事できる?」
「一通りでできます。両親の仕事が忙しい時は妹の面倒を任されました」
「……学力は?」
「学園TOP3常連です。具体的には偏差値63を下回ったことはありません」
「……将来の夢は?」
「現実的に生きていくならSHO職員、甘えていいなら動画配信者をやりながら専業主夫になりたいです」
「……君にとって一番大切なものは?」
「家族です。僕を育ててくれた家族は全員守っていきたい大切な存在です。そして、僕の夢は"幸せな家庭を作る"です。父や母のように幸せな家庭を持ちたいです」
「……なるほど、セレンくんのことが少し分かりました……それでは診断結果を発表します」
熱気と重々しさが身に纏わりつき、息をするものやっとな雰囲気になる。
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
彼女がにこりと笑って頭を下げた。
「こ、こちらこそ! まだ若くて至らぬところばかりですが、よろしくお願いします!」
そして彼も続くように頭を下げた。常識では考えられないスピードでの縁談成立だがここは青藍島。出会って数秒でセックスすることも多々あるから、初対面で結ばれるのは何らおかしくない。俺は指笛をピーピー鳴らして2人を祝福した。
「良かったなあセレン! いくらお前が俺ぐらい優秀でも、ここまでうまくいくとは思っていなかったぜ!」
「あはは……でも、本当に僕なんかでいいんですか樋口さん? まだ信じてもらえるほど話したつもりはないんですけど……」
「大丈夫だよ。私、矯正施設でカウンセラーの経験があって、人を見る目だけは確かだから」
俺や内呂君に協力していたのだから間違いないだろう。それにと彼女が彼についての分析を話す。
「セレンくんはお父さん以上の包容力があると思ったの。丁寧な受け身ながらもしっかりと自分を表現して、それでいて見返りを求めている感じがしないんだ」
確かに俺の行動なんて俺からガンガンぶつかって行き、ガッツリ何かを欲しがっている。対し彼は日常生活でも争いごとは滅多な事では起こさず、誕生日にやっとあれこれ欲しいというぐらいの物欲の無さだ。歳の割にはかなり落ち着いた人間性を持っていると言って良いだろう。
「……それに、セレンくんの能力が半端じゃないぐらい優秀だからね。これを逃したら絶対に後悔するって直感的に思っちゃった」
「……樋口さんを疑う訳ではないのですが、嘘を吐いている可能性は考えないんですか?」
「こんないい子がお父さんを前にして嘘を吐けるほど訳ないでしょ? 」
「信じてくれてありがとうございます。一応、証拠としてスマホに色々入ってるんですけど、必要なさそうですね」
最近の学園はスマホ1つで成績の確認ができるようになっているらしい。一度見せてもらったが、水乃月学園卒業生の教師が"模範的優等生としか言えません。お父さんよりも輝いています"とやかましい事が書いてあった。ともかく、折角良い関係になったのだから今の内に家族紹介をしたほうが良いだろう。彼女も午後は休診だからと乗ってくれたので、早速お義父さん面させてもらおう。
浮き足駆け足で我が家に着き、ただいまと同時に吉報を叫ぶ。
「セレンの結婚相手を連れて来たぞ!」
「ちょ、ちょっとお父さん……それはそうなんだけど……もっと言い方が……」
「まるで狩りから帰ってきたみたいだね。まあ、私からしてみたら婚活っていう狩りをしていたのかもしれないけどね」
リビングからエプロンを結んだ2人がドタドタと飛び出してきた。
「相変わらず急だなお前は!? あっ、セレンの母の土口礼と申します! 息子をよろしくお願いします!」
「いい女選んだじゃねえか! あーしは兄貴の妹のレイラだ! よろしくなお義姉さん! 生地焦すとマズいから話は後だ!」
そして嵐のように消え去った。扉から流れてきた甘い匂いから察するに、ケーキ的な何かを焼いているのだろう。
「……あれは間違いなく精さんの娘だね。間違いなくやんちゃだし、エプロンの下になにも着てなかったし」
「妹がお見苦しい所をお見せしてすみません……でも、悪い子ではないんです……」
ギリギリ悪い子ではないの間違いだろ、という言葉を飲み込み3人でリビングに入る。ふわっと香るバニラやバターの夢みたいな匂いが2人を歓迎してくれた。
「あっ、ヘラが折れたァ!?」
「それはセレンに食わせるなよ、っと……」
「……何でお前はヘラを使わずに生地をひっくり返せるんだ……?」
「文乃ばあちゃんが言っていた。料理は分量と経験が全てだ、と」
親子仲良くホットケーキを作っているようだ。出来上がるまでは2人には隣り合うように席に着いていてもらい、俺はケーキに合わせるココアホイップを作ることにした。
「精ぃ……代わってくれぇ……」
「礼の手作りの方がセレンが喜んでくれると思うぜ?」
「……じゃあ頑張るぅ……」
「他人様の前で惚気てんじゃねえよ。アレが義理の両親になるのかって気まずそうにしてるじゃねえか」
イチャつき方の見本を見せたつもりだが、ちょっとハイレベル過ぎたようだ。ともかく愛の力を遺憾なく発揮しながらホットケーキとココアホイップを完成させ、2人を祝うようにデコレーションを施していく。
「お待たせしました。『ホットケーキ~ファーストバイトの予行演習仕立て~』です」
「飲み物はあーしの入れた水出し緑茶だ。土口家の味、楽しんでいってくれよ」
「精さんが2人いるみたい……それじゃ、はい、セレンくん。あ~ん」
「うぇっ!? は、はい! あー!」
「そんなに口開かなくても入るって。どう? おいしい?」
「おいし────っだあ!?」
彼が蛇や鱈のように大きな口を開けてケーキを頬張り、緊張しながら咀嚼をしたせいで内頬を噛んだ。我が子の微笑ましい姿に思わず頬が緩む。
「遂にセレンも結婚かあ……結婚式とかになったら、俺と礼は病院送りになるほど泣くだろうな……」
「だな……ヒナミに手を引かれてバージンロード歩いた時なんか、私は前が見えなくなったからな……」
「淳之介君のスピーチも面白かったなあ……学生時代の面白エピソードで殴り合いの喧嘩出すなんて思わなかったぜ……」
「お色直しの時間で一発シたのがバレた時なんか、心臓が止まるかと思ったぞ?」
「だってウェディングドレス姿の礼があまりにもエロかったからさ……買い取ってしまってあるから今夜着てみるか?」
「だから他人様の前で惚気んなっつてるだろーが。後半の話で気が気じゃなくなってるぞ」
彼は知識ばかり豊富な童貞で、彼女は俺との一度しか経験がない。是非とも指導してやりたい所だが、彼の土口家の長男としてのプライドに水を差すのは良くないだろう。なら『金色の狂犬』らしく、それとなく促すだけにしておこう。
「今夜は俺と礼がうるさくなるから、樋口さんの所に泊めてもらったらどうだ?」
「おま……いや、そうだな。たまには外で寝てこい」
流石の礼も何かを悟ったようで、腕を組んでフフンと笑った。
「えっ、あっ、いや、そ、それは迷惑じゃ────」
「1人で怖いから一緒にいてほしいなー?」
彼女が逃げそうな彼の肩に顔を置いて引き留めた。
「んひぇっ!? じゃ、じゃあ僕が樋口さんを守ります!」
純潔を守りすぎた弊害がやや見えてしまっている。もう少し女性経験をさせればよかっただろうか。でも、これからしっかりと正しく積んでいくから誤差のようなものだろう。
「なーにが……言ったからには男見せろよ兄貴」
あのレイラですら茶々を入れるのを辞める程だ。多分、翌日の樋口診療所は諸事情で休診になるだろう。今の内に水乃月学園へ明日はセレンが休むと連絡しておこう。様々な準備を済ませて彼らを玄関から送り出す。
「んじゃ、悪い奴が樋口さんを襲わないようにしっかり守るんだぞ」
「は、はい! が、頑張ります!」
「今までは旦那がお世話になって、これからは息子がお世話になります。今後も変わらぬお付き合いの保、よろしくお願いします」
「私もセレンくんのお世話になるかもしれません。こちらからもよろしくお願いします」
「何かやばい事になったら遠慮なく親父やお袋を頼ってくれよ。今日から義姉さんも家族だからな」
かくして新たに結ばれた夫婦が2人の愛の巣へ帰っていった。
「……よし! こっからは俺達の番だ! 新婚時代を思い出す様な、滅茶苦茶激しいセックスするぞ!」
「全くお前という奴は……満足するまで絞ってやるからな、旦那様」
「2人もどっか行ってヤって……ああドレスとタキシード着てやるから無理か。防音グッズ勝手に借りるからな」
土口家にまた新しい家族が増えるのも時間の問題だろう。
翌朝、仕事前に2人がいるであろう診療所に寄ってみた。案の定"諸事情で本日の診療はお休みします"という張り紙が────
「樋口さん……樋口さん……!」
「セレンくん……♡セレンくぅん……♡」
扉の隙間から睦まじいやりとりが聞こえてきたので、きっちりと閉じてあげてから立ち去った。連絡船を待つ間、世間を欺くために女装をした内呂君が、ポストに何かを入れるのを見かけたので声をかけた。
「おはよう内呂君。何を送ったんだい?」
「おはようございます精さん。オレの露出被害に遭った人たちへの罪滅ぼしです」
彼はこの島に来てから一度も露出をしておらず、心身ともに成長して改めて自身との罪に向き合い、『やりたいようにやる』を見つけた結果らしい。頑張れよと肩を叩いて励ますと同時に、俺も彼に謝らなければならないことがあったので白状した。
「……確か君は樋口さんと仲が良かったよな?」
「ええ、今でも大好きです」
「……彼女、結婚するんだ」
「っ……!? そ、そうなんですか……おめでとうございます」
「……それも俺の息子とだ」
「っ……!?!? ……お、おめでとう、ございます」
「……俺の紹介でそうなった」
「っ……!?!?!?」
遂に彼が白目をむいて倒れた。とりあえずラーレのビルに届け、受付の紅林ちゃんに後日にリクエストスイーツを作って謝罪すると伝えた。
「お前は鬼ですか? こんなエロゲーの知識しかない奴に"好きな人が友達の紹介によって友達の息子と結ばれた"、なんてハードなエロゲーみたいな展開を叩きつけたらこうなりますよ」
「……ラーレの次回作はNTRものかな」
「これぞネトラーレってやかましいですよ。それにどちらかといえばBSSでしょう?」
彼にもチューリップが咲くような春が訪れることを祈り、俺は俺の成すべきこと仕事に立ち向かっていった。