看守補佐としての研修が始まって5日が経った。ほとんどのルールを頭に叩き込み、目に見える違反者達に制裁を加え、休み時間には情報集めとかなり充実したものになった。まだ不慣れな所はあるが、8割方は看守補佐として振舞えるようになった。そんな今日この頃の深夜、水城所長から所長室に呼ばれて待ちに待った瞬間がやってきた。
「貴方を特別囚人として収監する準備が出来ました」
「待っていました! これで憧れの囚人生活ですよ!」
「……普通の人間でしたら喜ぶことはない事ですが、貴方は成長の機会だと喜べるのですね」
ということで早速9924と書かれた囚人服に身を通す。スーツに近いそれは俺の身体にぴったりと張り付いて、鍛え上げたボディラインをくっきりと浮かべる。可動範囲に関しては問題ないが、股間が結構窮屈だった。
「これ性的じゃないですか? 性的な体だから首から下を切り落とせとか言われそうで怖いんですけど……」
「お前は私達看守を何だと思っているんだ?」
後ろからあからさまに嫌な顔をしたソフィーヤ看守長が俺に話しかけてきた。
「えーっと今から囚人だから……囚人を正しく導く女神のような存在であります!」
「お前の中で女神は人の首を切り落とすのか?」
「そういう女神もいると思います!」
「多様性にもほどがあるだろ……ついて来い」
ソフィーヤ看守長に連れられてわいせつ房の一房にぶち込まれる。
「……貴様が望んだ身分だ、泣いて喜ぶことは許しても泣いて謝ることは許さんぞ?」
「了────」
「まだ就寝時間中だデカい声を出すな」
「了解であります」
ガシャリと房の鍵を閉められ孤独を享受する。まともな自由どころか人権すらなく、頼れるのは己の体と心だけ。かつて味わった、いやそれ以上の極限状態が再び俺の心に火がつく。そんな状態で眠れる訳もなく6:00を迎える。
「ほう、貴様が噂の特別囚人か……随分ご機嫌な顔をしているな?」
昨日まで優しかった山岸刑務官がゴミ屑を扱うように辛辣になっている。なんかもう、すっごい嬉しい。
「当別だろうが何だろうが囚人は囚人でHENTAIはHENTAI……覚悟しろよ?」
「サー・イエス・サー!」
「囚人が軍人の挨拶をするんじゃないぃぃぃったぁ!?」
山岸刑務官が放った鉄拳が俺の鋼鉄の腹筋の前に屈した。何事だと囚人たちがざわめきだす。
「うっせえんだよ手前等! 見世モンじゃねえぞ! 黙って並べ!」
「お、お前が仕切るな! 相姦係数+0.01!」
因みに俺の相姦係数は飾りであるが、ある程度の見せしめとして加算されていく。ウッキウキのまま食堂に向かい高らかに宣言する。
「B等食です!」
「並んでから言え!」
「B等食です!」
「並んですぐじゃなくて受け取る時に言え!」
「B等食です!」
「そうそのタイミングだ!」
「B等食受け取りました!」
「もう言わなくていい!」
なんだかんだと言われながらテーブルに着く。喫食の宣言と共に食事をかきこむ。ふりかけご飯に卵焼きにみそ汁と質素なものだったが、猿みたいにウキってる俺には絶品に思えた。ふと目の前を見ると、この間不正授受をしようとしていた小柄な高齢の囚人が座っていた。
「お、お前さん、この間は看守じゃなかったか……?」
「双子の兄貴がここの看守やってんだ」
「ほ、本当にそうか……? あのマヌケさはお前さんしかいないと思うが……」
「黙って食ってろジジイ。9924番食事終わりました! 用便願います!」
「まだ5分だぞ!? 食ったふりして隠したんじゃないだろうな!?」
「なら吐いて証明します!」
「指を口に入れるな! 分かったから早く下膳しろ!」
周りの囚人がざわめきだす。まるでチツノコとチュパカブラのハーフを見たかのような目をしている。そんな生き物がこのプリズンにいるのだろうか。下膳しながら辺りを見回してみる。
「お前だよ9924番! 早く行くぞ!」
山岸刑務官に連れられてトイレの個室を利用する。食堂に戻っても暇だったので、テーブルと椅子の清掃をしている文字通りの緑髪をしている女性を手伝う。
「あ、あのぉ、私がやっているんですけどぉ……」
「あ゛?」
「ぴぇえ! 手伝ってくれてありがとうございますぅぅぅ!」
ちょっと凄んだだけでこの様だ。周りの声から聞くにコイツはクソ森というらしい。便利な情報源や使い駒として覚えておこう。お楽しみの食事が終わってもお楽しみの仕事が待っている。オレンジのジャケットを着て"カンカン踊り"という、口を開けてアホ面を晒す身体検査を受ける。
「お前もっと腰落とせよ! 背が高くてやりづらいんだよ!」
「失礼いたしましたあ!」
「この距離で叫ぶな!」
「失礼いたしました」
「できるなら最初からやれよ!」
この看守も俺の腹筋に悶えた。検査が終わったので二番目に評判の悪いクリーニング工場にやってきた。後でソフィーヤ看守長に聞いたが、一番目評判の悪い所は楽しみに取っておいてあるとのことだ。いつかそこに行けるぐらいの囚人になりたいものだ。
「こぉ、ここは主に洗濯をするところでぇ……とにかくたくさん服を洗うところですぅ……」
「やり方を教えて下さい先輩」
「ひ、人にものを頼む時は頭を下げてぇ────」
「良いから教えろクソ森」
「囚人ごとに下着の状態を確認して担当の先生方に報告するんですぅぅぅ!」
クソ森から教えてもらった通りに、俺は片っ端から下着を見ては報告して洗濯機にブチ込んでいった。
「0905番愛液あり0606番夢精なし0333番夢精あり0019番愛液なし────」
「いや早すぎるだろお前!? 9924番が適当にやっていないか確認しろ!」
「ぜ、全部合っていますぅ……」
「コイツッ! 完璧に分けていやがるッ! まるで精密機械のようだッ!」
家事全般と言える作業はお手の物だ、二児の父を舐めるんじゃァない。乾燥した服を片付け、洗濯物を各房に届け、看守の服を綺麗に手洗いし────予定より10分は早く終わってしまった現場を見て全員が唖然としている。暇なので看守から仕事を貰うとしよう。
「……9924番、仕事願います」
「え? もう仕事────」
どうやら看守は俺の言葉が聞こえなかったようだ。一歩近づいてもう一度言う。
「9924番、仕事願います」
「だからもう仕事ない────」
更にもう一歩近づいて。
「9924番、仕事願います」
「いや、あの、だからもう仕事ない────」
ついには半歩分の距離まで詰め寄る。
「9924番、仕事願います」
「も、もう仕事ないって言ってるじゃん……休憩してこいよ……」
看守が俺の圧に屈してしおしおとへたりこんだ。
「……行くぞクソ森」
「うえぇ!? わ、私はまだ仕事があってぇ────」
「9924番と仕事願いまあす!」
「一緒にお仕事しますぅぅぅ!」
もぎ取った早めの休憩を活用しクソ森から情報を絞り上げる。
「わ、私わいせつ房の顔役でぇ……私が色々便宜を図っているから困らせると大変でぇ……」
「じゃまずは俺を顔役補佐にしろ。そのほうが色々と便利だろ?」
「い、いや顔役に補佐とかなくてぇ────」
「便利だろぉ!?」
「その通りですぅぅぅ!」
どうせコイツの事だからそんな約束してないですぅとか言いそうだが、とりあえずは良い立場を手に入れられそうだ。引き続き情報を捻じり出す。
「で、どこかに花丸凛って囚人がいるはずだ。お前のクソさとシンパシーを感じるから知り合いのはずだ」
「うえぇ!? 何で新人さんが凛さんのことを知っているんですかぁ!?」
この反応は間違いなく知っている反応だ。この調子でガンガン詰め寄っていこう。
「同郷でな。アイツの現状を知りたいんだ」
「も、もしかして新人さんは凛さんのことがぁ……す、好きで────」
「それ以上言ったら殺すぞ?」
「ぇぅっ……」
コイツは命の危機を悟ると言葉が出なくなるタイプの人間らしい。叫んでる間はまだ余裕があるということだ。
「殺されたくなかったらアイツの居場所を教えろ」
「た、確か今日は電話センターで誰かをイジめるってぇ……」
アイツここでもそんなことしてるのかよ。とりあえず知りたい情報は知れたからコイツは用済みだ。俺はクソ森に伝言を託す。
「凛の世話になってるならアイツに伝えてこい────お前の天下が終わるとな」
用便を済ませた俺は電話センターに向かった。センターと言っても半野ざらしの電話ボックスが並んでいるだけだ。そしたら下衆な笑いを浮かべたポニーテールの奴がいた。
「何も知らない馬鹿に"もしもし"を言わせるのは最高ですねえ!」
俺は奴の背後にそっと回り、感動の再会をサプライズした。
「0545番、"もしもし"はドイツ語で女性器を指す"モシ"に空耳する禁止隠語だ」
「ひえええ!? こ、これは違うんです看守先生! もしも新幹線に乗る時はと説明していたんですぅぅぅ!」
コイツ人の顔も見ず土下座して靴を舐めだしやがった。というかクソ森はコイツに何も伝えなかったらしい。クズとクソはそこまで仲がいい訳ではなさそうだ。
「……お前の耳は飾りか? 男の声も区別できなくなったか? 流石はSS最大の汚点だな」
「────ッ!? 何でお前がここに!?」
バッと立ち上がった奴は即座に地面に唾を吐いてこちらを睨みつけた。
「確かお前は看守補佐として研修に来ていたはず……!」
「特別囚人としても研修を受けることになったんだよ。どこかの屑畜生がやらかさねえか見張るためにな」
「なんだってぇ……!?」
「因みにわいせつ房に入っている。罪状は……特に決めてなかったな。適当に公然猥褻でいいか。青藍島でしょっちゅう全裸になってたしな。んで、話があるんだが────」
「オイオイオイ! なに新人の"腹ペコくん"が凛さんに話しかけてんだよぉ!?」
背中から誰かに左肩をぐっと掴まれる。首だけ振り返ると、モジャっとした金髪に耳にピアスを開けた0333番といういかにもな三下がいた。"腹ペコくん"というのは多分、今朝の食堂での一件で決まった俺の二つ名だろう。誰かが俺に絡んで来るというまたとない機会に胸が震えると同時に、0333という今日見た番号の記憶を遡る。
「……お前、夢精してただろ?」
「なっ、なんでそれを……?」
「さっき洗濯してる時にお前の番号の下着を見つけた。この腹ペコくんが洗ってやったんだ、感謝しろよ?」
「……お、お前初日から洗濯に飛ばされたのかよ! まあ、腹ペコくんじゃそれがちょうどいいか! ぎゃははは!」
三下が笑うのに比例して屑畜生女の顔が青くなる。
「まぁ見ててくださいよ凛さん! "波多江の狂犬"が立場の違いを分からせてやりますから!」
マジかこんな奴が"狂犬"を名乗っているのか。今の俺は『金色の狂犬』を捨てているからそこをとやかく言うことは出来ないが、立場の違いを分からせてくれるというのだから教えてもらおう。左肩に置かれた手を右手で掴み軽く握りしめる。ゴリッと鈍い音が響き三下が跳び上がった。
「いっでぇ!? 何しやがるんだてめえ!?」
「いやね、先輩がどうやって立場の違いを教えてくれるのかなーって気になったもので」
くるりと振り返って俺の身体を見せつける。後ろ姿である程度分かっていただろうが、相当鍛えた体が目に入ったはずだ。
「ッ……! ちょ、ちょっと鍛えてるからって調子乗るんじゃねえぞ? 大体、先輩に対して挨拶もしないような奴は────」
俺はここに撃ち込めと言わんばかりに自分の胸をトントンする。あからさまな挑発に乗って三下は拳を握って威嚇しだした。
「な、舐めやがって! 俺が手を出さないように見えんのか!?」
「手を出すようにしか見えないからやってるんだよ」
「だったらお望み通りにしてやるよお!」
三下の拳が俺の胸を捕らえる。ゴッとあからさまにやばい音がして三下が震えだした。
「いっでえええ!? なんだてめえ!? 鉄板でも仕込んでんのか!?」
「自前だぜ。さて、次は俺の番だな?」
俺が拳をポキポキ鳴らすと三下は目を丸く見開いて驚いた。
「……は?」
「何アホ面してるんだ? まさか殴られるつもりも無いのに殴ったのか?」
「え、いや、お前が殴れって────」
「胸をトントン叩いただけで殴れと言った記憶はないな」
三下の胸ぐらを右手で掴んで俺に引き寄せ、歳を重ねて深みと重みが出た金色の三白眼をガチ恋距離で拝ませる。三下は最後のあがきを見せるように口を動かした。
「俺に手を出したら────」
何か言いかけていたがお構いなしに右手を離し、そのまま握りしめてボディブローを決める。三下は蹲って言葉の代わりにゲロを吐き出した。
「手を出したら何になるんだ? お前が負け犬になったがそれが言いたかったのか?」
「チッ……私の警告を忘れやがって……」
屑畜生女の悪態が届き、ゲロの上の三下がでようやく事態を理解し始める。
「も……もしかして……凛さんが言っていた……絶対に敵に回しちゃいけない『金色の狂犬』って……」
「俺を誰かと勘違いしているようだな。俺はわいせつ房の腹ペコくんだ。『金色の狂犬』なんて大層な名前はついていない」
休憩の終わりを告げるサイレンが鳴った。この後は昼食、そしてすぐに仕事だ。胃の中が空っぽになった二人がいるから、昼食は騒がしくなるだろう。楽しみでしょうがない。