ソフりんの採用試験から数日、俺はラーレに呼ばれて修平君からとある報告を受けた。
「精さん……オレ、ソフりんとノアと結婚することになりました」
「そ、そうか! よかったじゃあないか!」
俺の進言によって起きた出来事だからわざとらしく驚くしかできなかった。因みにまだ一夫多妻制は認められていないので、彼はソフりんと結婚したという体になっている。
「誰も止めなかったどころか、全員拍手と歓声で迎えてくれたよ」
「再就職と結婚おめでとうございますお姉ちゃん! 早速お祝いに何か食べに行きましょう!」
「節約中だったはずなんだが……まあ、めでたい席に出費はつきものだから仕方ないか」
「僕のお金は伊栖未ちゃんとの子育て用資金だから手出しさせないますよ」
「そ、そうだぞ……! 赤ちゃんのためにも、絶対に使わせないぞ……!」
それじゃあ俺が何か作ろうと舌先まで来たところで、受付のベルが鳴って来客を告げる。折角のお祝いを邪魔されたとノアちゃんが息巻きながら向かって、とんでもない人物を連れてきた。
「すみません、内呂修平さんはいらっしゃいますか?」
俺のお下がりの金色のジャージに左手の薬指にきらりと婚約指輪が輝いているセレンと。
「シューちゃん──!」
淡いピンクのタートルネックに黒の長いアウターキャミソールを着た、内呂君を柔らかくしたような女性がやってきた。
「おぉーいおいおい、おぉーいおいおい……!」
彼女は修平君を見つけるや否や独特な泣き声を上げながら泣抱き着いた。
「姉さん……」
「はじめましてぇ……姉の湊
彼は明らかに柔らかな笑みを浮かべて受け止めた。
「オレ、結婚することになったんだ」
「うえぇえええ!? ついにシューちゃんにお嫁さんが!? おぉーいおいおい!」
そういえば彼には姉がいると聞いたが、こんなに美人さんだとは思っていなかった。
感動の再会を果たした姉弟に水を差したくないが、ラーレの皆が明らかに俺とセレンの顔を見比べている。ラーレの力だけで頑張るということで俺が必要以上に関わることはせず、個人的なお付き合いもそこまでしなかったので紹介していなかった。黙っていても何も進むわけがないので、彼に手を向けて紹介を始める。
「紹介するよ、俺の息子セレンだ」
唐突な身内の判明に皆が目をぱちぱちさせて驚いている。
「この人が……樋口さんと……」
「すっごい優しい人でねぇ……道案内どころかここまで運んでくれたんだよぉ……」
「本当にお前の息子か? いくら何でも優しすぎないか?」
「一見で血のつながりを感じる見た目なんだが……明らかに雰囲気が違い過ぎるな……」
「ふ、二回りぐらい大人しくなった精さんみたい、だ」
「となると奥さんがとんでもなく穏やかな人だったますね」
各々が彼への意見を言う中、ノアちゃんは首をかしげて彼を見つめていた。
「どこかで聞いたことある声なんですよね……このアルファ波がふんだんに含まれているであろう優しい声……」
「父と母がくれた体ですから、とても感謝しています」
「それにこの低反発マットレスのように柔らかな話し方……ちょっと青藍島語言ってもらえますか?」
「……? 孕めオラァ、で良いでしょうか?」
「っ!? もしかして
「亀頭愛撫!? 初対面の人に何を言っているんだノア!?」
ここはプリズンじゃなくて青藍島だからいくらでも淫語を言ってもいいのだが、数言の会話からたどり着けるか。しかし、彼は自分の正体を言われてもなお優しい顔を動かさず、経験を積んで生まれた余裕をもって微笑んだ。
「よく分かりましたね。近所の人でも気づかない人がいるのに、凄い洞察力です」
いやバラすのかよ。でも、ラーレのメンバーだと気付くのは内呂君以外時間の問題だったか可能性が高い。だとしても身バレって結構な問題じゃないのか。有名な同人作家の実の父親が器の父でもあるとなったら、それなりにめんどくさそうな炎上をしそうだ。しかし、そんなことお構いなしに紅林ちゃんはとても楽しそうにきゃいきゃいしている。
「あれ聞きたいです! 生ドスケベ音頭!」
「うーん……周りの人が良いなら歌いますけど……どうですか?」
少しぐらい遠慮してもらいたいものだが、ファンサ精神とモラルが旺盛すぎる彼にも自重してもらいたい。ただ、誰も止めようとしなかったので、セレンの美声によるドスケベ音頭が聞けたのはちょっと良かったかもしれない。
「くーっ……! この癒される声からちんこまんこなんて直球ワードが出るのがイイんですよ……!」
「そうか……? 私は普通に喋っているほうが安心するが……」
「あ、そちらはもしかしてソフィーヤさんですか? 父がお世話になりました」
「……なるほど、確かにノアの言っている通りかもしれないな……」
彼のファンがまた一人増えたようで何より────
「わぁ……! 本物だぁ……!」
柊菜子さんが同じぐらい目を輝かせて驚いている。まさかこの人もファンなのか。こんな清楚な見た目をしているのにあんな配信を見ていると思うと、よくない衝動がほとばしってしまう。友達の姉を性的に見るというのはお決まりの展開なのだが、ここまで年齢が離れていると絵面が非常に良くない。なぜ知っているのか聞いて意識を逸らすとしよう。
「色んな意味で父として言いたくはないんですけど、あまり女性向けの配信はしてないですよ?」
「色んな意味で……? もしかしてあなたがこんじきわんこ先生ですか……!? シューちゃんに会えるだけじゃなくて、憧れの人に2人も会えちゃうなんて……!」
「憧れ……? もしかしてセレンと同業者ですか?」
「あっ、そうなんです……! 『
「えっっっっっっ!!!!!!??????」
「本当ですか!!!!!!??????」
ノアちゃんとセレンがすごく食いついてきた。そういえばノアちゃんは推しだと、セレンはある人に憧れて配信者をやってみたいとかなんとか言っていたような気がする。夢の人に出会えた者同士、部外者が入れないような熱量で会話が始まる。
「私"院生"です! あと"
「僕は収益化が通ってから入りました! 今度お祝いスパチャ送ります!」
「2人ともありがとう! 私も"雌牛"なんだ! 今度コラボ配信やらない!?」
「いいですね! あっ、でも女性と男性でコラボしたら炎上しそうですよね……お父さん! いいアイディアあるかな!?」
よりにもよって俺に聞くか。一応正妻公認とはいえ浮気をしているから、正しい男女の関わりについては指導できない。じゃあラーレのメンバーに聞こうと思ったが明確に2人の妻がいる内呂君、女性同士の交際をしている妙花さん、唯一男女一人ずつの組の四色夫妻、実に2/3組がまともな異性交際をしていない。とりあえず、女性配信者に必ず湧いてくる
「既婚者ってことを言えばいいんじゃないか?」
「なるほど……! それならこの2人にそういう関係はできないって証明できますね!」
俺ならともかく、誠実で真面目なセレンなら通る理論だ。しかし、ノアちゃんがいやいやと首を横に振って否定した。
「世間はそう甘くないですよ。とあるVR配信者は経産婦なのにユニコーンが湧きましたからね」
「あの界隈の闇は深いからね……でもコラボしたいなあ……とりあえず今は私の事務所と相談して様子を見るしかないね……」
「そうですね……その日がくることをお待ちしています」
一気に熱が冷めて現実的になってしまった。ここは『金色の狂犬』らしく、そのコラボをやってやろうじゃないか。父として息子の夢は応援してやりたいし、自他ともに認めるシスコンとして友達の姉を悲しませる真似はしたくない。
そして幾日が経ち、炎上予防にかなりの対策を施したセレンこと鬼頭アイブと柊菜子さんこと平等院スザクのコラボ配信が始まる。まずはチャンネル主であるスザクさんの挨拶から始まる。
「皆さんこんばんは。平等院スザクです。今回は株式会社ラーレさんから案件で、ラーレさんのゲーム『ドスケベ・アンド・ザ・シティ』を実況します」
炎上対策その1。企業案件にして、下手な騒ぎを起こすと顔に泥を塗ることになるぞとファンに何となく圧をかける。
「でも、私にはR-18のゲームの知識があまりないので……とある方々に来てもらいました! まずは鬼頭アイブさんです!」
「院生の皆さん、こんばんアイブです。皆を癒すために今日も頑張ります、鬼頭アイブです」
前にラーレは彼に取り上げてもらうのはどうなんだと言っていたが、"平等院スザクに取り上げてもらい解説役として参加する"という三点法のような抜け道を使った。
「そして! さらにもう1人ゲストが来ています! どうぞ!」
画面に写実的なゴールデン・レトリバーが表示される。その口が開いてとんでもない名前を発言する。
「どうも。こんじきわんこ先生です」
炎上対策その2。サプライズで俺が出て話題になり、ユニコーンの炎上以上の騒ぎを作る。
「アイブさんのママにして、このゲームの制作にも携わっているこんじきわんこ先生に来てもらいました!」
「まさかの保護者同伴でエロゲー実況です。ちょっと緊張しますね」
「俺のエロ本の読み聞かせじゃないから大丈夫だろ。それではスザクさん、よろしくお願いします」
流石に全編を流すわけには行かないので、体験版の中盤までを紹介する形になる。因みに彼女の配信は本島の配信サイトを使っているので本島準拠の規制を行う。なので一部ボイスは3人で上手い事アテレコし、シーンによっては俺の手書きの俺達2人と1匹のイラストで全面的に隠していく。
「因みに今主人公にやられたモブGの声は作中でも俺なんですよ。イラストの指導するからチョイ役に出してほしいなーって冗談で言ったら通りまして」
「いくら何でも本気過ぎませんか……? 骨の1本は折ってないと出ませんよ……?」
「だったらスザクさんも対抗していつもの"アレ"やったらどうですか?」
「しょうがにゃいなあ……ひ゛い゛ぃ゛ぃ゛ん゛き゛や゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「うおびっくりしたあ!? なに今のレトロゲームの怪物みたいな声!?」
「げほっ、ごほっ!」
「咳助かる!! ここまでがテンプレだよママ」
度々九玉さんが動画をアップロードしていた理由が分かった。滅茶苦茶楽しい。戦えなくなったら俺も動画配信者デビューをしようかな。
「あ、この先エロシーンだから気をつけてください。スザクさんにやらせるわけにはいかないから俺とアイブでやります。アイブ、間違っても淫語言うなよ?」
炎上対策その3。エロシーンには絶対に彼女を関わらせない。やるなら男だけでやってソッチ方面でウケさせる。
「郷に入っては郷に従えだからね。ママも本気で演技しちゃダメだよ? スザクさんのチャンネルをBANしたら流石に僕でも怒るからね」
そこからは親子による、俺が主人公で彼が敵の戦闘エロシーンが始まった。
「ばっ、バカな……!? 俺の"旋風"を受けてより強く勃っていられる……!?」
「くっくっく……アタシの"DEPS"は"
「それにこの濃い匂い……あ、頭がくらくらする……!」
「ご存じなくて? 体毛は異性を惹きつける性フェロモンを保持・拡散するためにあるのよ? あなたは私の"DEPS"と相性が良いのよ! それに……体の相性もね!」
ここはもろに顔面騎乗をくらうシーンなので画面全体を隠す。
「ぐあっ……!? ぐっ、やめ、ろ……!」
「あら……? あなた攻められて興奮するタイプなのね……うふふ、イジメ甲斐があるわ……」
「その薄汚い『自主規制』を近づけるんじゃねえ……!」
「因みに私は"DEPS"を最大限に活用するために入浴は4日に1度と決めてますの」
「日本の猿の方が暖かいお湯入ってるじゃねえか……!」
「そんな猿未満の女に……次のセリフってコンプラ的に大丈夫かな?」
「……これは伏せたほうが良いが、猿未満も伏せた方が良かったな」
「……そんな『自主規制』の女に『自主規制』される『自主規制』は差し詰め『自主規制』といった所でしょうね」
「……これ何言って何してるかなんも分かんねえな」
「規制だらけだから仕方ないね。後で僕の"Tbitch"配信で無修正版アップしておくよ」
「じゃこの辺丸っとスキップで良いか。時間的余裕も欲しいし」
この"エロゲーの案件でエロシーンを飛ばす"という俺の英断は、後に『こんじきわんこ先生迷場面集』の第1号として残されることになった。そんなこともあってか、SNSで反応を見ている彼女から嬉しそうな声が飛んできた。
「見てください2人とも! トレンド1位ですよ! しかも同接19万人越えです! 歴史的快挙ですよ!」
「エロゲー配信界隈でも中々聞かない数字だよ!」
ここまでくればユニコーンによる炎上など、精液の中の精子1つぐらいにしか思えないだろう。大団円を迎える中、彼女にシメの挨拶をお願いする。
「ということで今回も楽しく配信することができました! この場を提供してくれたラーレさん、協力してくれた鬼頭アイブさんとこんじきわんこ先生、誠にありがとうございました!」
「僕も憧れの人とコラボできてよかったです! ラーレさん、本当にありがとうございました! あと、ママも!」
「解説補佐ぐらいのつもりで来たんだが、思ったよりも大事になっちまったな……まあ、2人が喜んでくれたのなら何よりだ」
「それではお疲れさまでした! バイバイ!」
その後に彼のTbitchで無修正版及び感想配信を行い、伝説の夜は幕を閉じた。その結果2人のチャンネル登録者だけでなくラーレのゲームや俺の過去作品の売り上げが爆増し、全員が幸せになってハッピーエンド、と言いたかったがそうもうまくいかないのが現実だ。
ラーレは株式会社としてはまだまだ未熟で、今回のバズりについていけていなかった。バグや誤字脱字やイラスト修正の対応もそうだが、利益を啜ろうとするよからぬ輩が言い寄ってきた。後ろ盾のない彼らに必要なのは経験豊富で、見た目から大人な人間なのだがそんな人間は都合よくいない。とりあえず今は姑息な手で凌ぐしかないので、俺は『かりそめのひまく』に足を運んだ。
「水引ちゃん、御白子しばらく借りれる? ラーレで必要なんだ」
「今のところ受注生産は入ってないからいいよ。でも、必要になったら返してもらうからね。御白子ちゃーん? 精さんが呼んでるよー」
「何だ狂犬先生?」
水引ちゃんのお下がりであろうブリの切り身のシャツがコラ画像にしか見えない、相変わらずの形相をした御白子が現れた。このシャツでこの怖さなのだから、俺の家に来た時のあの服装なら誰でもビビり散らかす事だろう。俺は彼女に事情を話し、力を貸してほしいと頼んだ。すると彼女はカッカッカと豪快に笑って頷いた。
「この顔が役に立つならいくらでも貸してやろうじゃないか。しかも妙花さんと一緒の屋根の下で過ごせるんだろ? 断る理由がどこにもねえな」
ということで早速ラーレの顔役として彼女に立ってもらった。
「今日こそはこの条件で飲んでもらいますよ? じゃなければ────」
「コイツは随分と杜撰な契約書じゃねえか、ええ?」
「ヒッ!?」
「こちとら慈善事業じゃねえんでな……原作使用料は最低でも500万からだ。じゃなけりゃ……その身で誠意を示してもらおうか?」
「す、すみませんでしたぁ!」
「流石だ御白子。あの交渉は波多江組でも通じるだろうよ」
元極道現伴侶のお墨付きの適性だった。しかし彼女の本業はラブドール作りで、いつでもラーレにいるという訳ではなかった。そうなるとやはり先に挙げたような人間が必要なのだが、内呂君には当てがあるという。いつ来るんだと質問したら、彼はビル前の花壇を弄りながら笑って返した。
「のんびり待つつもりです、いつまでも」
その花壇には春にしか咲かないチューリップの球根が埋まっていたはずだ。かれこれ1年ぐらい経っても咲いた例がないから不可能に思えるが、数々の困難を乗り越えてきた彼ならやってしまうかもしれない。
「……そうかもう青藍島が復活して1年経つのか……」
あれから時間が経ち、気付けばあと1ヵ月で俺は40を迎えてしまうが、俺は今でも進み続けている。青藍島復活という快挙を成し遂げてなお、まだまだ何かを求めている。俺もまた何か一つ大きなことを成し遂げてみたいなと、改めて