青藍島の規制解除後、俺の周りはめでたい出来事ばかりだったが、本日は悪いニュースから始まった。なんと、あの花丸凛が帰ってくると花丸蘭から連絡があったのだ。
「凛が逃げないように力を貸してほしいんです!」
アイツと関わるとロクな事にならないからお断りしたいのだが、俺の記憶喪失および青藍島奪還騒動で花丸姉妹に多大な恩があるので断るわけにはいかない。
「……任せろ。アイツが逃げだしそうになったら縛ってでも捕まえてやる」
ということで新調した金のジャージにアザレアのストールの装備でヤツを出迎える。船から降りてきた奴は俺の顔を見るなり露骨に顔をしかめた。
「胸やけしそうな匂いに目が腐り落ちそうなセンスのヤツがお出迎えですか……もうしばらくプリズンにいても良かったですね」
「奇遇だな、俺もお前にはまだプリズンにいてほしかった」
「そんなこと言ってる場合ですか! ほら来てください」
「姉さん」
蘭の横から2人によく似た顔の少年、花丸悠がひょっこり顔を出した。流石に姉弟に出迎えられてはいくら奴でも逃げることはできないだろう。
「ずいぶんおおきくなったじゃありませんか……悠くん」
奴は諦めたように溜息をついて2人の手を取った。もう俺がいる必要はないだろうから、一言だけ残して立ち去るとしよう。
「祝いの食事がしたかったら1週間前までに予約を入れてくれ。何とか予定を開けてやる」
「……ココアとティラミスを死ぬほど作らせてやりますから覚悟してください」
そいつは楽しみだと笑って別れる。後日、奴に散々罵倒されながら作ったティラミスは腹いせに洋酒多めで作ってやった。おかげでとても面白いものが見れたのだが、それはまた別の話だ。
そんな話が風に乗ったのかとある休日、我が家のココアタイムに激震が走った。
「精さん! 約束を果たしてもらいますよ!」
インターホン越しに気息を荒くしているのは"NLNSのアレ"こと畔美岬だ。何のことだと礼に目線をやったら、俺が入院した時のお礼として俺の料理を腹一杯奢ると約束していたとのことだ。なら仕方がないので早速畔の家に行き、彼女の母親に迷惑をかけますと一言断ってキッチンに立つ。
「美咲ったら昨日の晩御飯から何も食べてないんですよ」
「1日3食の人間だったら普通のことです」
「家にあるに食品なんでも使っていいのでとにかく美味しいものを一杯お願いします!」
「本日の畔家のエンゲル係数はヤバそうだな……とりあえず手短に作れる奴からバンバン作っていくからな」
まずは朝食としてトーストとハムエッグとサラダを提出する。
「これぞ朝ご飯って感じですね! バターとシュガーのトーストなんて最適解ですよ!」
「美咲が楽しみにするのも納得の味ですね。足りないものがありましたら買ってきますので、遠慮なくお申し付けください」
「それは訳ないと言いたい所ですが……今からメモする物を買ってきてもらえますか? 俺の家に行って子供たちを助っ人にしていいので」
A4の紙びっしりに書いたメモを渡し、分からなかったら電話をしてほしいと頼んで送り出す。コイツの食欲を際限なく解放し、調理時間を考慮したら、最大24時間に渡る食事になるだろう。これは俺も覚悟をしなければならない。とりあえず食間のココアとクラッカーで場を持たせていると、思いもよらぬタイミングでピンポンとインターホンが鳴った。
「すみませーん、土口精さんいますかー?」
鶯色のおかっぱヘアー、スクエアのサングラス、上下セットで黒いスーツを着た、
「えーっと……どちら様でしょうか?」
「あ! その声は狂犬先生ですね! 私ですよ! あっ、この姿は初めて見せましたから分かりませんよね……この目で思い出してくれるといいんですけど、沖奈ちゃんや御白子ちゃんみたいに特徴的じゃないからなぁ……」
そう言って彼女はサングラスを外して、マルっとした水色の瞳を露にした。そして俺に稲妻が落ちたかのような衝撃が走った。
「お前山城かあ!」
ウィッグ工房シスターズの名前と共に見せてくれたおかげで何とか思い出せた。彼女は顔面騎乗過失致死によって長い間あのプリズンに入っていて、最近になってようやく出所を果たしたということだろう。だからと言って全ての疑問が解決したわけではない。特に俺に会いに来たというのに、俺の家でなく畔の家に訪ねている理由が全く分からない。
「お知り合いですか? でしたら入れても大丈夫ですよ。1人で食べるよりも2人で食べる方が美味しいですし」
ここは美岬の好意に甘えて彼女を食事で懐柔しながら色々と聞き出すとしよう。上がってきた彼女は鼻をスンスンと鳴らし、三大欲求の1つを刺激する匂いに涎を垂らし始めた。
「お、お食事中でしたか……じゅるり……ご、ご同伴してもよろしいですか……?」
「一緒に作ってくれるなら」
「それなら任せてください……! 副職として多国籍料理店で働いていたことがありますので、腕には自信があるんです……!」
なんでそんな経験があるんだと思いながらキッチンに戻る。そして彼女と美咲が対面し────その光景を視界に捉えた俺に再び稲妻が落ちた。
「た、体形と目が同じだ……」
色々違い過ぎる2人だからか、同じ所が逆に強く目立ってしまった。それはもう、血のつながりがあるんじゃないかと思うほどに。2人も同じような口をあんぐりと開けた驚き方をして固まっている。
「……昔、私の母親が試練として私の父親について調べろって言った時に知ったんですけど、私の父親は青藍島に住む畔って名字の人らしいんです」
「……前にお母さんが言っていました。私たち4人以外に腹違いの姉がいるって。そして親権は向こう方になって、それに伴って山城という名字になったらしいです」
マジかよ。2人は姉妹だったのか。だが、そうだとしたら山城の色々な不思議な所に合点がいく。まず排泄を見せつけて興奮するという性癖だが、美咲の俺でもやや引くアナル狂に性癖の共通が見える。そしてプリズンで見せた異様な食欲も、美岬の食いっぷりに通じるものがある。何よりも、俺の知らぬ所で暗躍している有能さと存在感の薄さ。
「あなたが私の腹違いの妹なんですね……」
「あなたが私の腹違いの姉なんですね……」
片やプリズン行の前科持ちで、方や青藍島育ちの"アレ"呼ばわり。同じ
「それじゃあ妹のために頑張って料理しちゃいますよ!」
「それじゃあハンバーグをお願いしますお姉ちゃん!」
しかし、この適応力の高さは同じ
「そう言えば何で俺がここにいるって分かったんだ?」
「まずは狂犬先生の家に行ったんですけど、畔美岬さんっていう人の所にいるって言われました。その段階で私はその人の身内だとなんとなく思ったので、腹違いの姉ですと言って情報を引き出してここまで来ました」
どこぞの組織の人かなと思うような見た目でも、俺ですら納得したその目を明らかにすれば誰も疑わないだろう。
「よし……とりあえず19人分はできましたね」
「いや早いなオイ。俺が作るよりも早いじゃねえか」
「言ったじゃないですか、副職で多国籍料理店で働いていたって」
「副職でこのレベルなら本業は何やってたんだよ」
「諜報員ですね」
見た目通りだったのかよ。人を見た目で判断するのは良くないと常日頃から思っていて、何より露骨すぎて絶対ない思ってしまった。
「だからプリズンで釘谷さんが一目置いていたのか」
「かもですね。仕事での面白い話もあるので、今度ラーレに行ったときにお話ししますよ」
非常に気になるが今は美岬の胃を満たすのが先だ。2人で作って2人で食べるの繰り返しを続け、2つの横たわる風船が出来上がったのは日付が変わるギリギリだった。
「最高の1日でした……またお願いしたいです……」
「そうですね……今度は私も食べるだけの立場になりたいです……」
「そうしたら3日はかかっちまうわ。余程の恩ができない限りやらねえからな」
凛以上に恩を作ってはいけない人間が2人も出来てしまった。当面の間は不必要に青藍島からでないようにしよう。
一時の殺人的多忙は収まったにしても、青藍島はまだまだ大繁盛している。なので今回の休日は家族との都合が合わず、俺1人だけの静かなものになるはずだった。
「狂犬先生! ラーレに行きましょう! 美咲ちゃんと一緒にお弁当も作りましたから!」
山城が来るまでは。あまりにも無遠慮すぎるからこちらも無遠慮に断るとしよう。
「まだ朝の5時半だぞ? 家族との一杯ぐらい楽しませろよ」
「奥さんは昨日から夜勤ですし、お子さんたちも今日は登校日でまだ寝ている時間ですから、そんなはずないですよね?」
コイツの情報収集能力どうなってるんだよ。何をどう経由して知れたんだよ。
「SHOの情報管理委員会に就職できたんです。それで軽く調べたら狂犬先生のヒマな日が割り出せました。パスワードは入力上限を無しにして、1日1回は変えないとダメですよ」
個人情報保護どうなってんだよと言われるかもしれないが、俺は桐香様によるSHO組織改革の際に"問題点を見つけるための悪事は不問とする"という超法的実力主義を一時導入したため、今回は調べられた俺及び保護がなっていなかった情報管理システムの責任になる。
「……今度委員長に推薦しておくから、絶対に俺のPCに触らないでくれ。あと、子供達の朝食を作るから待ってくれ」
ということでセレンとレイラを起こし、事情を説明して朝食を済ませてからラーレに向かう。今日は御白子もいるようで、ついにラーレメンバーが完全に揃った。因みに凛は組織の面汚しになるので、俺と内呂君の独断で除名しておいた。
「と言う訳で山城が来た」
「お久しぶりです皆さん! お弁当持ってきたので食べながら色々お話ししましょう!」
絶賛節約中のラーレメンバーにとって食べ物の差し入れは効果絶大で、二十段ぐらいあるお重がみるみる軽くなっていく。
「こんなこってりしたものが配達されるのは姉さんのミートソース以来だ……!」
「和洋どころか中米まで折衷しているなんて……! どこのシェフに頼めばこうなるんですか……!」
「身体を動かすようになってから食欲がすごくてな……! こういうガツンとくるものはありがたいんだ……!」
「あたしの分はあたしで取るから遠慮するな御白子。尽くしてくれるのはありがたいが、あたしにも意地ってモンがあるんだ」
「いや……ちと脂がキツくて……あたしの分まで食べてください、妙花さん……」
「ガツガツ! むしゃむしゃ! ゴクゴク! ……ぐぅぐぅ」
「血糖値スパイクで眠るのは身体に良くないますよ伊栖未ちゃん。若いうちに不摂生を治さないと老後苦労するますよ」
ラーレの始まりは内呂君がリーダーになり、俺が一緒にいるからと何とか始まった2人組の19班だった。それが今や7人とラーレも大分にぎやかになったものだ。最古参なのにメンバーにいない俺でも、思う所があり涙がホロっと落ちる。
「しみじみしないでくださいよ。私の面白い話があるんですから」
「ああ……そうだったな。で、何を話すんだ?」
「私が捕まる切っ掛けになった顔面騎乗過失致死事件の話ですよ。おかしなところがあると思いませんか?」
生憎俺は法律の専門家ではないため、スマホで過失致死について調べないと何も分からない。
「お前は過失致死でプリズン行きになったのか? それはおかしな話だ。普通の過失致死なら罰金刑だけだぞ」
ソフりんの言う通り、過失致死を起こした者は五十万円以下の罰金に処されるが、拘禁刑になることはない。ただスマホ調べによると、重大な過失がある場合の重過失致死罪になると5年以下の拘禁刑になるらしい。その通りですと彼女が嬉しそうに話を続ける。
「飲酒後に顔面騎乗をしたのが重大な過失になっちゃったんですよ。裁判では"飲酒後に性交に及ぶのは大変危険で、人が死傷する結果が簡単に予見できる"なんて大真面目に言われちゃいまして……自己弁護にして弁護士さんがいなくて本当に良かったです」
「何で付けなかったんだ? どんなヤツでも弁護士を呼ぶ権利はあるだろ?」
「捕まった段階で組織から破門書を貰いまして、じゃあ刑務所にいた方が安全だなと思ったんです。あの界隈はしくじった人間への制裁がスゴイですから。確か同僚の男の子は去勢及び整形手術を施されて別人されましたね」
面白い話という割には非情すぎて変な笑いが出てしまった。美岬の血縁者だけあり、彼女も中々にヤバい奴だったようだ。
「で、なるべく長くあのプリズンにいようと思って、あの性癖で相姦係数を伸ばし続けたんです。そうしていく内に狂犬先生と会って……って感じですね」
「あの性癖はブチこまれる前からなのか……」
「いつだか夕顔が9101番の失禁は事故なのか故意なのか判別がつかなくて困るって言ってたな……」
「多分故意ですよ。コイツは私の盗撮に百発百中で気付き……あれ? その時あなたはすでにプリズンにいるはずなのに、何で写ってるんですか?」
「それは多分同僚の元男の子ですね。私と同じ性癖があって、背丈も似ていたから私になったんだと思います」
彼女の所属していた組織の闇が深すぎる。というか、後継が作られる程こいつは有能なのだろうか。
「方々に対しての威嚇みたいな存在でした、とだけ言っておきます。諜報員のデータ何て残ってちゃいけないですから」
いざとなったら出てこれる本物というのが今の彼女なのだろう。今回もあまり深入りしない方が身のためな様な気がするので、そうかそうかと適当に流す。
「んで、お前はこれからどうするんだ?」
「SHOで働きながらあの人が来るのを待ちます。あの人は居場所を求めていましたから、私がその居場所になれたらなあって感じです」
やはり彼女にはあまり立ち入らない方がよさそうだ。
遂に40が目前に迫った今日この頃の昼休み、俺は礼に誕生日プレゼントは何がいいかと質問されて悩んでいる。例年通り豪勢な食事と望んだ相手とのドスケベセックスがいいと言いたいのだが、折角節目を迎えるのだから特別な事をやりたいというのが本音だ。
「礼の時は青藍島での思い出巡りデートだったからなあ……連続で平和に終わらせるのはちょっともったいないような……」
「無理に大事を望まなくてもいいじゃないか。折角青藍島が戻ってきたんだ、今年はゆっくり考えて来年に実行するでもいいと思うぞ?」
確かにいきなり新企画を始めた所で頓挫するのは目に見えている。仮に100歳まで生きるとしたら折り返しにすらなっていなから、彼女の言う通りにするのありかもしれない。しかし、何かしたいという気持ちばかりはやってスッキリしない。こういう時は物理的にスッキリすると心もスッキリするというものだ。
「うーん……ちょっと一発ヌいてくる」
「オナニーでいいのか? 今なら私も郁子も空いているぞ?」
「たまには自作AVで致すのも乙ってモンよ」
ということで早速PCを開いて必見動画ファイルを開いて────ない。俺の珠玉のプレイの数々を録画した自作AVが、PCの何処のファイルを探しても無い。
「おや精くん、昼休みなのに勤勉だね。感心するよ」
呑気なシューベルトの声が聞こえたので、俺の動画データについて聞いてみる。
「俺のAVデータ持ってない? 何かPCから消えててよ」
「僕のデータにはないね。そもそも礼さんが必死の形相で消してたから……あっ」
実にいいデータが取れた。俺は即座にピキピキの笑顔を携えながら礼と再会した。
「れぇい? 俺のAVデータ消したって本当かぁ?」
「なっ、何のことだ!? わっ、私は知らないぞ!?」
「シューベルトが口を滑らせたぜぇ? スス子ちゃんも聞いてこようかぁ?」
「あ、あのバカ……! あ、いや! 違う! やってない────」
「正直に答えろ」
距離を詰めて零距離壁ドンを決める。彼女はひゅっと断末魔にも近い息を出して、ガタガタと震えだした。
「き、記憶喪失の時に、ちゃ、チャンスだと思って、け、消しました……」
「あれだけ撮るの大変だったんだよ? それに礼との大切な思い出だから残してたんだよ? それを相談せずに消したの?」
「ごっ、ごめんなさい……」
彼女がへにゃりと座り込み、しょわわわと恐怖を股間から漏らした。流石に騒ぎになって目立ってきたので、お姫様抱っこで抱えて場所を変える。彼女の恐怖は腕の中でもなお止まらず、何ならもう一種の恐怖すらも出始めていた。ただ、責任は俺にもあるので、汚れることに何のためらいもなく医務室へ運んで行った。軽く着替えてから彼女の粗相を掃除していると、ガードマンの制服に身を包んだソフィーヤが近づいてきた。
「何をしているのですか土口委員長?」
「……俺のせいで妻が粗相をしたので掃除している」
「……何をしたのか聞いても?」
「妻が俺のAVコレクションを勝手に消したのを問い詰めた……それだけだ」
「委員長の詰問は命の危機を感じますからね……私も所属初日に喰らった時は体から色々な物が出て、一生消えない思い出になりましたから……」
炭鉱の落盤に巻き込まれた時にああなっていたら、二度と看守としての尊厳が戻らなかったことだろう。データにしか残せなかったAVと違い、心に残ったものはずっと残り続ける────なら心に残るAVを作ってしまえばいいのではないか?
「なるほど……いいアイディアじゃないか……」
掃除が終わったら早速色々考えるとしよう。今年の誕生日は騒がしくなりそうだ。
「うーん……流石に礼ちゃんが悪いんじゃないかなあ……精くん、
「それに彼とのセックスによる負担を減らすための、彼なりの努力でもありましたからね。やはり一言断りを入れるべきだったと思います」
「……やはり迂闊な行動でしたか……何と言って彼に詫びたらいいか────」
「礼! 仕事終わったら行為室でドスケベセックスしようぜ! それで今回は許すからよ!」
「自分の宝物を台無しにされてもドスケベセックスで許すなんて……なんだかんだ愛妻家だねえ」
「ふふっ、今回はお邪魔してはいけませんね。時間の許す限りお楽しみください」
「…………ふふっ、私もまだまだアイツの事を理解していないみたいだな」