俺の期待に反して昼食も仕事もつつがなく終わってしまい、更には夕食も何事もなく終わってしまった。あれだけのことをやっておいて誰も手を出してこないというのは実に詰まらない。暇だし図書棟でも行こうかなと思っている時だった。
「君、9924番だね?」
後ろから声をかけられたので振り返ると。30~40歳ぐらいのハゲたゴリラのような男囚がいた。見た目の割にはいい笑顔をしていたが、こんな奴に声をかけられるような出来事は一つしかない。
「あの三下の関係者か……ちょっとツラ貸せってことですか?」
「……話が早くて助かる」
その男についていきレクリエーションルームに案内される。真っ暗な部屋だが、それはそれは喜びで震えあがるほどの殺気が満ちていた。思わず笑みがこぼれてしまう。
「成程、三下が言いかけていたのはこの事か……早く言ってくれれば、もっと派手にぶちのめしてやったってのに」
「……お前さん、自分が置かれている立場が分かって言ってんのかい?」
照明がつく。俺の前にはこわもての人間がずらりと並び。まるで仇を見るかのような険しい表情で睨みつけている。中央に、やや暗い緑髪の細身の少女が座っていた。
「ご足労いただいて悪いな、えぇ……?」
一目で分かった。ここにいるのは極道、言ってしまえば反社会的勢力だ。俺は体を斜めに構え、右手を前に出して名乗った。
「向いましたる上さんと今回初めての御目通でござんす。自分、わいせつ房家九十九終と発し、人呼んで腹ペコくんにござんす。後日に御見知り置かれ
すると少女は目を瞑ってくつくつと笑った。
「今時そんな挨拶する奴は珍しいね。昔どこかの組にでも入っていたのかい? アタシの名前は
下の毛も生えそろっていないような歳に見えるが、放たれる貫禄や圧は組織の長に立つに相応しいものだった。これだけの人間を従えるのも容易いだろう、と眺めていたら件の三下を見つけた。それで俺はこの事態を改めて理解した。
「……なるほど、上にチクったと。下っ端とはいえ極道なら自分でケジメつけたらどうだ三下?」
「もちろん
じゃあアイツは正確に言うと"波多江の強肩"で、異口同音で優良誤認させていたのか。そんなのに騙された自分が少し情けない。
「本題はお前さんの処遇だ。理由はどうあれ、うちの組員に手を出したそうじゃないか?」
状況を思い返す。確か三下が立場の違いをとかなんとか言って、面倒だから殴らせてそこから殴り返した。
「……これじゃ正当防衛は通りませんね。で、俺にも落とし前をつけてほしいと」
「話が分かってるなら何をするかもわかってるだろ? エンコ詰めだよ……指一本、ここに置いていってくれるか?」
組長が何処からともなく包丁を取り出して、畳の床の上に突き刺した。
「筋モンに手を出すっているのはこういうことだ」
「────ぶっ、くくく……」
あまりにもな状況に思わず笑いが堪えきれなかった。
「何がおかしいんじゃゴラァ!」
「ビビッて頭がおかしくなっちまったか!?」
「い、いや、本当に、くくく……おかしくて……ぎゃははは!」
ついには膝を着いて、床をバンバン叩きながら爆笑してしまった。
「あ、あんた達、何も知らないんだな……! お、俺が誰なのか、本当に知らないんだ……! こ、こりゃ傑作だ……!」
「ああ!? お前が何者だろうと関係な────」
俺は咄嗟に包丁を右手で取り、逆手持ちにして構える。
「敵に武器を与えてから抗争を始めるってのもある意味仁義かもな」
その様子を見て組長がゆらりと立ち上がる。途端に冷凍庫に入ったような感覚が身を襲う。
「……お前さん、それやっちまったら遊びでしたじゃすまねえぞ?」
「最初から遊びのつもりだ。あんたらみたいな半端者じゃ遊びにしかならないね」
「……本物の『狂犬』、試させてもらうよ」
その言葉を聞いて、俺は咄嗟に包丁を組長に向けて投げつけた。組長は最低限の動きで包丁を叩き落とし、俺との距離を一気に詰めてきた。この身のこなしは常人にはできない、相応の武術を嗜んでいるようだ。
「────なら右手で十分だな」
飛んでくる拳を右手と上半身の動きだけでいなしていく。
「やれー! やっちまえ組長!」
「俺の仇を取ってください!」
オーディエンスは盛り上がっているが、当の組長の顔は険しくなっている。俺は励ますように微笑んで拳を受け止める。
「ほらほら、部下の前なんですから格好いいところ見せないと」
「くっ……! うらぁ!」
組長の右脚が俺の脇腹に直撃する。大きな声援が沸き上がり、会場のボルテージは最骨頂になった。
「決まったあ! アレは俺でも動けなくなる────」
「いえ、お待ちください……! 会長の表情を見てください……!」
インテリ眼鏡の男囚の発言でその熱が冷めていく。俺は余裕の笑みを浮かべており、むしろ蹴りを決めたはずの組長の方が苦しそうな顔をしているからだ。
「お前さん……この体を持っているから
「身の程知らずが罵ってくる時ほど面白い物はないですから!」
そして本物の蹴りはこうだと言わんばかりに組長の脇腹に俺の左脚を────そっと優しく当てた。
「でも物知りな貴女は違う。無知な部下に本当の脅威を教えるために、勝てるわけもない戦いに敢えて挑んだ……違いますか?」
俺は当てた左脚と掴んでいた拳を元に戻し、組長に向けてニッと笑った。それを見て組長は目を瞑って両手を上げて諦めたように笑った。
「それもあるが……伝説の『金色の狂犬』と手合わせ願いたかったんだ」
何事だとざわめく組員たちに組長が一喝を飛ばす。
「コイツの本当の名前は土口精! あの青藍島の『金色の狂犬』だ! 手前らが束になったって勝てる可能性は一厘もねえ!」
「な、なんだって!?」
「き、聞いたことがあります……かつて本島にいた裏風俗を稼業とする手嶋組を壊滅させた存在であると……」
「直接壊滅させたのは俺じゃないですけど、きっかけは間違いなく俺でしょうね」
かつて故郷であった元県知事誘拐未遂事件の懐かしい話をされて、思わず武勇伝の様に語ってしまった。
「飯を食うことしか考えてなさそうにヒャヒャっとしたアンタが……そんなギンギラな奴だったのかい……」
「諸事情で本名と『金色の狂犬』であることは隠していましたからね」
「……するとお前さん、俺に黙ってついてきたのって……」
「その気を出せばこの部屋の前でサンドバッグにして、それこそ本当の抗争を始めることもできたかな」
「お、俺、そんなヤバい奴に立場を分からせるって言っちまったのかよぉ……!?」
「これで立場が分かっただろ三下。二度と"狂犬"名乗るなよ」
こんな俺の強さと危険性を、自身の面目を潰す覚悟で組員に伝えた彼女は流石だ。改めて称賛の拍手を送る。
「弱きを助け強きを挫く、その精神に関心致しました。先ほどまでの無礼な態度、お詫び申し上げます」
「……そんなわざとらしいのは止めてくれ。事情どうあれアタシの負けに変わりはない。負けた者らしく、可能な限りで頼みごとを聞いてやるよ」
じゃあ下の毛を生やして見せつけながら足コキして、と言いそうになったのを何とか飲み込み別の言葉を出す。
「下の……じゃないや、俺と組長で五分の盃を交わして頂きたいです」
「五分で良いのかい? アタシが負けたから六四でも七三でも構わないぞ?」
「お互い必要以上の干渉をせず必要な時だけ力を貸す……だとしたら五分が良い所でしょう」
「……落としどころの見極めが上手いじゃないか。手前ら、アレを────」
「約束と言ったらコレでするものでしょう?」
俺はピンと右手の小指を立てた。会長は俺の意図がなんとなく分かったようで、同じように右手の小指をピンと立て返した。
「極道にコレで約束すると確約されないかもしれないぞ?」
「俺は約束をすると約束を破ってから出ないと果たせない人間ですので、それぐらいの約束の方が良いんです。指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます、指切ったっと」
これで背後から命タマ取ったらあ! みたいなことは起きなくなるだろうが、案外そういうハプニングがあった方が面白いかもしれない。しかし、結んでしまった約束を取り消したら小指がなくなるので黙っておこう。
「そう言えばお前さんは看守補佐として研修で入ってきたと聞いたが、なんでわいせつ房の囚人になったんだ?」
「囚人の方が鍛えれると思ったからですかね」
俺の言葉を聞いてまたもくつくつと笑った。
「やっぱりお前さんはイカレてるよ。あいつらにはお前さんが『金色の狂犬』だってことを隠すようにキツく言っておくよ」
「そうしてもらえるとありがたいですね」
この手の人間は誓った約束を保護するような輩ではない。俺は円満に部屋を後にした。
諸連絡も終わり日記を書いて眠りに着こうとした時だった。
「チャプター19だ……! チャプター19が来たよ……!」
上履きの妖精という文学少女風の女囚の警告に思わず色々な物が起き上がってしまった。
「0654番、0698番、0720番、0781番、9924番……」
ソフィーヤ看守長が番号を読み上げていくが、聞き間違いでなければ俺の番号が聞こえた気がする。参加させないと言っていたが、看守としての話であって囚人としてはやるのか。ソフィーヤ看守長が坊主の囚人を射精させると、俺の房に向かってきた。死んだ目と威圧感によってそれはもう非常に興奮する目つきだった。
「名乗れ」
「9924番であります」
「よし、脱げ」
言われるがままに脱ぎ俺の裸を顕現させる。
「うおっ……!? ふ、服の上からでも分かっていたが……かなり鍛えられているな……」
「……どこ見て言ってるんですか。下を見ないと」
「え? ひゃあ!?」
生娘のような悲鳴が上がった。この人こんな声出すのか。
「な……いや、お、大きすぎるだろ……!?」
「というか俺にもやるんですね……一応既婚者だから遠慮したいんですけど……」
「き、既婚者も何もあるかこの
勃起した男根を乱雑に掴まれ扱かれる。手袋のさらりとした感触が心地いいが、お世辞にもテクニックがあるとは言えない。とはいえ、その初々しさに興奮を感じることが出来る。
「な……!? まだ大きくなるのか……!?」
思い返せばここに来てから忙しくて一発も射精してなかった。40手前になってもお盛んな俺が、片手を超える日数も我慢すれば何が起こるか。それは常人では考えられない、雄の本能を煮詰めたような男性器が完成する。
「くっ……! ぜ、全然射精する兆候が見られないぞ……!?」
「でしょうねえ……」
俺が射精する相手と言えば礼か郁子先輩か礼の膣内を再現したオナホールだ。どれも極上の名器で、色んな意味で肥えてしまった俺の下では物足りなさがある。ここはソフィーヤ看守長の面子を保つためにも妄想で補うとしよう。俺は目を閉じて礼との数々のプレイを思い出した。家でホテルで街道で旧軍跡地で砂浜で海中で空中で、あの青藍島で行ってきたありとあらゆる生産行為を思い出す────これなら絶頂ける。
「────ふっ!」
「うわあ!?」
それは射精と言うにはあまりにも派手だった。熱く、強く、重くそして大量過ぎた。それは正に濁流だった。
「こ、硬度、色合い、射精速度、精液量……どれもこれも基準値の3~5倍だぞ……!? どうなっているんだ……!?」
「少ないよりかは良いかと思いますよ? 早く次に行っては────」
「うるさい! お前は無罪放免だ! 着席を許可する! 9924番、異常なし!」
出来の良い提出物を出したのに怒られてしまった。ソフィーヤ看守長もお年頃という奴なのだろうか。ともかく、久々にすっきりできた俺はぐっすりと眠ることが出来た。