プロローグ
蘭はその日、友人の遠山和葉と一緒に道をあるいていた。二人は最近、増えつつある少年犯罪のことで話し合っていた。
「まあ、そうやろうね。最近の未成年者はおとな顔負けの犯罪を犯すようなのもいるし。」
「そうなのよ。しかもそれが・・・・その、暴行事件だそうで。」
「暴行って・・・強姦? 子供が、そういう性犯罪を?」
二人がそんなことを話しながら小道を曲がると、その先に子供達が数人集まって、何か騒いでいる。ランドセルを背負っている子もいるところを見ると、小学生のようである。
「あれ?」
「どうしたのかな?」
蘭達はぴたりと足を止めた。何となく、雰囲気が尋常ではなかったのだ。三人ほどがひとりを囲んでいる。どう見ても友好的ではなく、責め立てているようにしか見えない。つまりは。
「いじめ・・・・・?」
「いじめられてる、あの子!」
「あ、蘭ちゃん!」
駆け去る蘭を、和葉が慌てて追いかけた。一足先に到着した蘭は、泣いていた子を庇うように少年たちの前に立ちはだかった。
「ちょっとあなたたち、何してるの!」
いきなりの闖入者に、子供たちもやや戸惑っている。
「な、なんだよ、あんた!?」
「あたしの方が聞いてるのよ。この子に何してるのよ!?」
「・・・・・・。」
「虐めなんてやめなさい、みっともないわよ。」
「いじめ・・・・・・?」
それまで蘭の後ろにいた子を小突いていた連中が薄笑いを浮かべた。
「僕ら別にいじめてなんかいないよ。」
「そうだよ。なあ公くん? 俺たち別におまえをいじめてなんかいないよなあ?」
「・・・・・・・・。」
いじめられていたと思しき少年は、彼らの視線から隠れるようにして蘭の後ろから
出てこない。ようやく和葉も追いついて事態に気づき、少年の手を引っ張って自分の側に寄せた。いじめっ子たちは、蘭たちが駆けつけ、いじめを指摘しても、逃げ去るでもなく、またいじめを認めて謝るでもなく、恫喝するような目でいじめていた子を睨みつけている。いじめ馴れているというのか、実にふてぶてしかった。
蘭は少年たちを観察する。身長は150~160くらいだろうか。最近の子供たちは成長が早いようだが、顔はまだまだ子供である。見たところ小学生の高学年といったところだ。いじめていたのは三人組で、元太ほどではないが小太りの子と、少し頭でっかちな感じの子だ。そしてそのふたりとは明らかに違った雰囲気を持った子が彼らの後ろに控えている。頭目なのだろうが、小学生らしからぬ落ち着きというか、達観さすら感じる子だった。
もしかしたら中学生かなとも思ったが、彼らの言動からするに同級生くらいらしい。そもそも中学に上がったら、小学生とつるむなんてことは普通しないだろう。
子供らしからぬ目つきの鋭い少年は、それまで和葉に手を引かれた少年を見ていたが、すぐに蘭へ視線を向けた。ローファーを履いた足下から徐々に視線が上がり、胸から顔まで舐め回すような目でじろじろと見つめていた。
(なに、この子・・・・・)
蘭はその目に、そこはかとない悪意と男の視線を感じた。それを振り払うように蘭は両手を腰に当てて言った。
「ふざけないで。どう見たってこの子をいじめてたでしょ? どうしてそういうことするのよ、友達でしょう?」
「友達?」
その言葉を聞いてふたりの手下は呆気にとられ、すぐに爆笑した。リーダーらしい少年はくすりとも笑わず無表情だ。
「そうだよ、お友達だよ。だからいじめてなんかいないよ、そうだよな、公。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・返事しろよ。」
さらに脅迫するようにたたみかけてくるのを蘭が止めた。
「いい加減にして。これ以上いじめるなら先生や学校に報告するわよ!」
「学校?」
「そうよ。あなたたち帝丹小の生徒でしょ? あたしもそこのOBなんだから!」
「・・・・・・。」
「そうよ。」
和葉も割り込んできた。そして蘭と同じように怖い顔をして少年たちを睨む。
「お姉さんたちが優しく言うとるうちに、おとなしく引き下がった方が身のためよ。こっちの姉ちゃん怒らしたらエライことになるで。だって空手の有段者やねんから。」
「それは関係ないよ、和葉ちゃん。いいからもうきみたちはこのまま帰りなさい。この子はあたしたちが送ります。」
「・・・・・・いくぞ、湊伸、小倉」
何を思ったのか、大将らしい男の子が手下どもに声を掛けた。
「・・・・・けっ。」
「憶えとけよ、公。」
湊伸、小倉と呼ばれたふたりの少年も、捨て台詞を吐いて彼の後を追う。時々、ちらちらと後ろを振り返りながらぶつぶつと文句を垂れていた。それを見送っていた蘭は、ふっとひとつため息をつくと振り返る。
「・・・・大丈夫だった? それとも、余計なことしちゃったかな?」
「あ、いいえ・・・・」
蘭に微笑みかけられ、少年はちょっとびっくりしたように返事をした。和葉に肩を押され、蘭の前に引き出される。
「公くん・・・・・っていうの? あの子たちがそう呼んでいたけど・・・・。」
「は、はい、主人公・・・・・・です。」
「そう。あたしは毛利蘭ていうの。そっちは遠山和葉。」
蘭はそう言って優しく笑った。
「さっきも言ってたけど、わたしはあなたの先輩だから。同じ小学校出身。だからそんな
に緊張しないで。」
蘭は両手を膝につき、少し屈んで少年に目線を合わせた。少年──公は、さっきまでいじめられていたことも忘れて、目の前の年上の美少女を見つめていた。
何て綺麗な人だろう。びっくりするような美女、近寄りがたいような美人、というのではない。モデルのような、一種冷たい美貌とは対極を成すような親しみやすい美少女だった。真っ黒でしなやかそうな長い髪。全体的に細作りなのだが、痩せぎすといった印象はない。スカートの裾から覗く脚は官能的なカーブを見せている。公は、そろそろ興味を持ち始めた女性タレントの水着グラビアを思い出していた。蘭にそのような格好をさせたら、どれだけ素敵だろうか。そして何より、黒目がちのぱっちりとした大きな目が美しかった。見つめていると、その瞳に飲み込まれてしまいそうな、そんな目だった。その美しい目で見られていることを意識すると、少年の頬は熱を持ち、赤らめてくるのだった。少年は、さっきまでの地獄のようないじめを受けたことすら忘れ、こんな綺麗な女の人に助けてもらったということに、小さな誇りのようなものすら感じていた。
「きみ、家どこ? よかったら一緒に帰ろ。ね?」
「え、あ・・・・でも。」
「遠慮せんといて、はい。」
「あ」
和葉はそう言うと、公の手を握った。蘭も微笑んで手を繋いでくる。少年は、左右を先輩の女子高生に挟まれ、手を繋いで帰途に就いた。
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