「・・・・・ちゃん・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ね・・・・・・ちゃん・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「起きろ!」
微かに聞こえてきた声に失っていた意識が徐々に回復していく。
(う・・・・・・ん・・・・・・・・)
「着いたぜ。」
目を開けるとそこは見知らぬ場所。
「ここは・・・」
「・・・どこや?」
「あ? ああ、宮野さんの別荘。」
「別荘・・・・・。」
見れば、ログハウス仕立ての大きな家がある。ワゴンはその敷地に着陸したようだった。
「湊伸、余計なこと言うなよ。それより早く降りろ。」
湊伸と小倉はそれぞれ大きな紙袋を持って、開け放たれているログハウスのドアへと向かっていった。ガラガラと音を立てて紙袋を持っていくふたりの後を蘭と和葉が続いた。中へ入ると、小倉はドアを閉め、錠も下ろした。手際がいいところを見ると、小倉たちも何度かここを訪れているようだ。
「・・・・・・・・。」
大きな部屋だった。フローリングの洋間だったので何畳あるかわからないが、10メートル四方くらいはありそうだ。南側には大きなフランス窓があるが、もう厚いカーテンが引かれている。照明は、天井上に大きなシャンデリアがあるが、それは点灯していない。代わりに、四隅に設置されているブラケットライトのみが明かりを放っていた。室内は、暗くはないが、本が読めるほどに明るくはない。
調度品も立派なもので、アンティーク調のキャビネットやチェストが置かれている。50型くらいの液晶大画面テレビもあった。部屋の中央に、大きめのガラステーブルとレザー製の大きなソファがひとつ、そして個掛けのソファがふたつほどある。テーブルとソファの下には、毛足の長い絨毯が敷き詰められていた。蘭と和葉はよく知らなかったが、どうもペルシャ絨毯らしい。
そして部屋の奥には、これまた大きなベッドが鎮座していた。キングサイズと呼ばれるもので、おとなふたりに加え、子供も一緒に眠れるという大きなものだ。巨大と言ってもいい。前板にも派手な装飾が施され、自らの高級さを誇っているかのようだ。いかにも贅沢三昧に作られた部屋だった。その大きなソファの真ん中に、宮野は主のようにして腰を下ろしていた。
「・・・・・おっ、湊伸、マジで連れてきたな。」
宮野が、蘭と和葉を見て顔を輝かせた。
「宮野さん、来ましたよ。」
「入れろよ。」
「わかりました。」
蘭と和葉が中に入ると、湊伸は小倉と協力して扉を厳重に閉めた。不安がよぎり、一度振り返った蘭と和葉だったが、すぐに気持ちを立て直した。相手は小学生である。自分たちは高校生なのだ。その小学生が「過ぎた悪ふざけ」をしている。しかもそれは相手に危害を加えかねない行為だ。先輩として目上として、きちんと注意し、躾け、叱りつける義務があると思っていた。蘭たちは腕組みをして言った。
「あんたら、どういうつもりなん?」
「・・・・・・。」
「圭太くんはどこ?」
宮野は顎をしゃくって小倉に合図を送った。すぐに小倉が動き、部屋の隅っこから、公を引き起こしてきた。
「公くん! 大丈夫!?」
「蘭お姉ちゃん・・・・・・和葉お姉ちゃん!」
「心配すんなよ、姉ちゃんたち。どこも怪我はしてねえよ、まだな。」
「あたしたちは公くんに聞いてるのよ!」
「公くん!」
蘭と和葉の声に勇気づけられたのか、圭太は小さく頷いた。ざっと全身に目を走らせたが、どこにも怪我の様子はない。痣もなかった。しかしTシャツを着た腹部でも殴られていればわからない。そこで蘭と和葉は異様なものに気づいた。少年は手を前に回していたが、その手首には何と手錠が掛けられていたのだ。
「あ、あなたたち、何てことしてるの!? 公くんから手錠を外しなさい!」
「・・・・・・・。」
「聞こえへんの!? さっさと・・・・・」
「うるせえな。」
宮野がぼそっと呟いた。
「少し黙れよ、姉ちゃんたち。まだこいつには手出ししてねえが、あんたたちの出方次第じゃわからねえぞ!?」
「ど・・・・どういういことよ?」
「あ、あんたらいったい・・・・・・・」
何をしようというのだ。蘭たちは、ソファの上に座っている宮野の足下にタバコの吸い殻が落ちているのに気がついた。この子たちは喫煙までしているらしい。まだ小学生なのに。不審が不安となり、それが徐々に大きくなっていく。子供だと思って舐めてかかると、思いも寄らぬ悪辣なことをされるかも知れない。
「あん時は世話になったよね。」
「・・・・・・・・・。」
「俺としては、あんたたちに落とし前つけなけりゃメンツが立たねえ!」
「何言うてんの!?もともとあんたが悪いんやろ! 逆恨みや!」
「何でもいいよ。とにかく、このままじゃムカついて収まらねえんだよ。」
「じゃあなに? どうするって言うのよ?」
「・・・・・・・。」
宮野の目が憤ったように仁王立ちになる蘭と和葉の身体を這う。それこそ、爪先から頭まで舐めるように観察している。
「何よ、その目は?」
「・・・・・脱いでもらおうかな。」
「え?」
「服を脱いでくれって言ってんの。」
宮野の言葉を聞いて、小倉も湊伸も「ひょおっ!」と奇声を上げた。蘭と和葉は顔を赤くして叫んだ。
「バカなこと言わんで! なんでそんなことせなあかんの!?」
「どうして、ったって、そりゃ姉ちゃんたちの綺麗な裸を見てみたいからさ。」
「『な・・・・・』」
蘭と和葉は本当に仰天した。まさかこの子たちは、おとなと同じ欲望を持っているのだろうか。確かに小学生とはいえ高学年になれば、そろそろ性に目覚め、異性に興味を持ち始める子もいるだろう。よくは知らないが、保健で習った記憶では、男子は10歳~14歳くらいで精通があるはずだ。ということは、そのあたりで女性への関心が高まる時期になるのだろう。だが、そんな要求に応えられるはずもない。
蘭はきっぱりと拒絶した。
「いやよ。何であたしたちがそんなことしなくちゃならないの!?」
「理由か? 決まってる、あんたたちが脱がなけりゃ、こいつはタダじゃ済まないって
ことだよ!」
小倉と湊伸が、手錠された公を左右から挟むように立っている。それぞれが左右の腕をしっかりと掴んでいた。宮野は座ったまま、いつのまにかコンパスかディバイダのようなものを持ち、手で弄んでいる。それを見た公が「ひっ」と喉で悲鳴を上げる。
「こいつでぶっすり行くぜ!」
「『・・・・・・・。』」
蘭と和葉は黙っていた。いくらなんでもそこまでやるだろうか。ナイフではなく学用品で脅すというのは可愛げがあるが、それでもコンパスの針で刺せばかなり痛いだろう。もちろん出血もする。蘭が「まさか」と思っていると、拓馬は伸ばしたコンパスの先で実にあっさりと圭太の腕を突いた。
「痛い!」
「何するの!?」
公の悲鳴と同時に蘭は叫んだ。ほんの少し刺されただけのようだが、血の玉がぷくりと膨れあがっている。痛みもあるが、それ以上にショックの方が大きいようだ。公はもう半べそをかいていた。
「ウソじゃないよ。本当に刺す。今度はこんなもんじゃないよ!」
「や、やめて! やめてよ、宮野さんっ!」
「うるせえ!」
必死に懇願し、止めようとする公の声を振り払うようにして、宮野はためらいもなくコンパスの針を腕に突き刺した。今度は先っぽだけではない。いっぱいに伸ばした針の長さ分──4センチくらいを、本当にぶっすりと突き刺したのだった。
「ぎゃああーーっ!」
「『やっ、やめて、やめてぇぇ!』」
公と蘭たちの絶叫が室内に大きく響いた。
「あ・・・・・あ・・・・・・」
公はショックと痛みで泣くことも出来ないらしい。いや、涙は出ているが泣き声にならない。あうあうと呻くだけだった。そして半ズボンは大きく染みを作っている。子供らしい細い腿に液体が伝い落ちている。
恐怖で失禁したのだ。
仲間──というより子分であるはずの湊伸や小倉も、さすがに驚いていて声もなかった。叩いたり蹴ったりくらいはするが、凶器で相手を傷つけるなどという行為はしたことがない。それを宮野は実に呆気ないほどにやってのけた。
やはり宮野は自分たちとは違うと、畏敬と恐れを抱いた。
「あ、あなたたち・・・・・!」
蘭と和葉は、黒い瞳を怒りに染めて少年たちに近寄っていった。空手家や合気道家である蘭と和葉は、無闇にその腕を振るうことは出来ない。まして相手は大人びているとはいえ小学生だ。彼らを武道の餌食にするというのは考えられない。しかし、平手で一発くらい打ってやらないと堪えないだろう。そう思った蘭と和葉だったが、その脚はすぐに止まった。
「それ以上近づくな。近づけば・・・・・・」
宮野は針を抜くと、それを公の顔の前に持っていき、さらに凄んだ。
「さあさあ、どうするよ姉ちゃんたち。このままこの野郎が穴だらけ、血まみれになるの
をそこで見ているかい?」
「・・・・・・・。」
「それとも、まだ脅しだと思うかい? なら、そこで見ていなよ。今度はほっぺたに
刺して貫通させてやるからよ!」
「ま、待って、待ちなさい!」
どこまで本気かわからないが、それだけに怖かった。目にでも刺されたら取り返しが付かない。
「・・・・・待ってもいいが、どうするんだい?」
「『・・・・・・・・・。』」
「脱ぐってことかな。」
「『・・・・・・・・・・。』」
「・・・・・そうか、違うのか。じゃあ・・・・」
拓馬がコンパスを頭上に振り上げるのを見て、また蘭と和葉が絶叫する。
「わ、わかったからっ! わかったからやめて!」
「へえ、何がわかったんだい?」
「ぬ・・・・脱ぐ、から・・・・」
「・・・・・・。」
「脱ぐから約束して。」
「約束?」
「あ、あたしたちが裸になったら・・・・、公くんを自由にして。手錠を外して。」
「いいよ。」
宮野はにやりと笑った。コンパスを持ったまま、腕を膝に立て、手のひらで顎を支えている。
「おら、早くしろって。」
「う、うるさいわねっ。」
何でこんなことになったのだろう。よりによって小学生に命令され、その前でストリップじみたことをしなければならないとは。悔しさと恥辱を感じつつも、脱がざるを得ない。何を考えているのかわからない相手だけに、予想外の行動を取るかも知れない。すっかり脅えている公のためにも、もうこれ以上の暴力行為をやめさせねばならない。
蘭と和葉は、服のボタンに手を掛けた。
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