盈虚の華燭〜嫁巫女は双子のような義兄に溺愛される 作:朱河なつめ
ドン、ドン、と規則的なリズムで鳴り響く太鼓の音が夜気を震わせる。
数え切れない篝火に照らされた祁月家の本邸は、時代劇に登場する武家屋敷そのものだ。玉砂利が敷かれた庭園に面する長い廊下を、紋付羽織袴姿の男達がぞろぞろと列を成して歩いている。
何十人もの男達は中高年ばかりで、若者は一人もいない。篝火に浮かぶ顔は皆揃って月のように青白く、これから結婚式の披露宴にでも参加するかのように陽気に談笑している。
庭園の端に建てられた小さな離れの障子戸の隙間から本邸を覗き見しながら、そよぐはぽそりと呟いた。
「本当に
障子戸の前で正座したそよぐは、涼やかな青磁色の振袖を身に纏っていた。
細い白糸や金糸で描かれた流水文を背景に、大輪の夏椿の花が袂や裾に幾つも咲き乱れている。袋帯に締めた白銅色の帯は地紋が入っているだけのシンプルなデザインだが、リボンのように結ばれた山吹色のしごきが華やかな印象を添えていた。
顔には薄化粧を施され、栗色の髪は滝のように豊かに流して夏椿の生花を一輪右耳の上に挿している。
お披露目の為だけに用意された衣装は、嫌味なぐらいそよぐによく似合っていた。
総刺繍のせいでずっしりと重い。一体幾ら掛けているのだろうか。
「嫁巫女が健在なら、十年以上祭が開かれない事が普通だからな。里の連中にとっては待ちに待った夜なんだよ」
傍らで胡座をかいた凌は、冷笑しながら吐き捨てた。
桂男役として共にお披露目に臨む彼もまた、男性の正装である紋付羽織袴姿だった。きちんと髪の毛を整えているせいで和装の花婿にも見える。
――これから始まる事が本物の結婚式だったら、どんなに良かっただろう。
二人がいる離れの小部屋は、お披露目まで巫女と桂男役が待機している控え室だ。
離れの一間は階段で下家と繋がっており、嫁巫女の夫や身の回りの世話をする使用人はこの離れを使って地上と地下を行き来しているらしい。
こうして祭が開かれているのは、自分の先代に当たる嫁巫女がいなくなったからだという事に今更気が付いた。
「前の祭は何年前にあったの?」
そよぐの質問に、凌は両目を瞬かせた。
「俺が里へ連れて来られる前――確か、十五年ぐらい昔だったかな。その時嫁巫女になった人は八尋のジジイの何人目だか分からない後添いとして、ずっと下家に幽閉されていたんだ」
「その人も、真鶴さんみたいに変若水が涸れて亡くなったの?」
凌は表情を曇らせて頷いた。
「伊織爺ちゃんからそう聞いた。嫁巫女に成ると、長くても二十年ぐらいしか生きられないらしい。昔はもっと長く生きた嫁巫女もいたらしいけど……爺ちゃんが知る限り、嫁巫女は皆短命なんだとさ」
暗く翳った双眸がそよぐを見つめる。
凌の左手が青磁色の袂を辿って右手に触れ、そっと握り込んだ。
「変若水は嫁巫女の命そのものなんだ。この家に囚われている限り、いつかお前も同じように殺される。……そんな未来、俺は絶対認めない」
そよぐは淡く微笑み、凌の左手を握り返した。
「そんな未来、来ないから大丈夫だよ」
凌は不意打ちを食らったように瞠目した。
膝でいざって距離を詰め、何時もの癖でぴったり身を寄せようとして化粧をしている事を思い出す。化粧を崩したり衣装を汚したりする訳にも行かず、むうと膨れた。
「何むくれてるんだよ」
頬を緩めた凌が苦笑を漏らした。
「お化粧してるせいでお兄ちゃんにくっつけない」
「ああ……少しでも口紅が剥げたりしたら、ジジイ共に嫌味言われそうだな」
凌は栗色の髪を掬うように右の指先を絡めた。
黒曜石のナイフのような双眸が優しく烟る。
「綺麗だよ、そよぐ。お前を見たエロジジイ共の目ん玉抉り出してやりたくなるぐらい」
「う、嬉しいけど……物騒過ぎるよ」
照れ臭さと戸惑いでもごもごと返すと、凌は物憂く表情を翳らせた。
「……ごめんな。お前の振袖姿、本当なら植村のご両親が一番見たい筈なのに――こんな形で奪っちまって」
そよぐは仄かに紅を差した唇を複雑に歪め、眉尻を下げた。
「お兄ちゃんのせいじゃないよ。あたしが自分で着るって決めたの、凌ちゃんの嫁巫女として」
「そよぐ……」
「あたしは凌ちゃんのお嫁さんになったから、植村の家には帰らない。哭女様の内侍の運命に植村の両親を巻き込む訳には行かない」
体の奥深く、仄暗い水面がゆらゆらと揺らめく。
我が内侍、と哭女の声がうっそりと囁く。
――父母の待つ我が家が恋しかろう、哀れで愛しい娘や。
――
――そなたがわたくしに相応しき内侍である限り、母のようにそなたを愛し、守ってしんぜよう。そなたが愛する者にも我が加護を約束しよう。
――その身に宿し我が水、決して濁らす事勿れ。
あたしの苦悩を見ていて楽しいの? と呆れ混じりに尋ねると、哭女の思念はくすくすと笑いながら水底に消えていった。
何ともひねくれた、恐ろしい女神様だ。
植村家に帰らないという決意が翻せば、彼女は
――絶対に殺させない。
障子戸から射し込む青い夜光を冷たく弾き、荒ぶる女神に愛された瞳が忌まわしい祭の熱狂を睨む。
せめて守ると決めた人達だけは、神様にだって奪われたりするものか。
「あの人達はこんな世界とは関わりのない、普通の――平和な人生を送るべき人達だから。親不孝な娘になるって、決めたの」
凌がするりとそよぐの右手を持ち上げた。
目を伏せて、何処か恭しい仕草で指先に口づける。
「お兄ちゃん?」
首を傾げるそよぐに、凌は薄く瞼を開いて微笑んだ。
「お前の人生、本当に全部俺にくれたんだなって」
「……何度も言ってるじゃん。そよぐはもうお兄ちゃんのものだよって」
「うん。惚れ直しただけ」
凌はクツリと喉を鳴らし、もう一度そよぐの指先でリップ音を立てた。
くすぐったさに首を竦めていると、障子戸の外から足を引きずって玉砂利を踏む音が近づいてきた。
凌の口元から笑みが消える。
太鼓の音が途絶えた事に気が付いた。
「凌坊っちゃん。お席のご用意が整いました。皆様、大広間にてお待ちです」
嗄れた老年の下男の声に、凌はそよぐを見遣った。
こくりと頷く。凌は眉間を引き絞り、「分かった」と言って立ち上がった。
障子戸を開けると、祁月家の家紋入りの提灯を手にした下男が縁側の下に蹲るようにして控えていた。
そよぐよりも小柄な痩躯を草臥れた着物に包み、裾を尻端折りにして黒い股引を穿いている。大きく背中が曲がり、禿げ上がった頭を常に垂らしているせいで、皺に埋もれた眼差しは滅多に凌やそよぐを捉えない。
凌によれば、八尋が当主の座に就く前から本家に仕えている古株の使用人らしい。伊織ですら正確な年齢を知らないそうだ。
何百年と変若水の恩恵に与ってきた沢鳴の里の男達は、長寿で
妻を亡くして以来、一切の変若水を断った伊織ですら実年齢より二十歳以上若く見えるのだ。この下男も、本邸の大広間に集まった男衆も――とっくに百歳を超えているような化け物なのかもしれない。
一方、その代償のように子供の数は減り続け、十九年前に凌が生まれて以降、桂男の血を引く男児は世に現れていない。何人里の外から女を攫ってきても誰一人孕まず、男衆は自分達の種を残せずにいる。
――嫋やかな女の手がじわじわと縊り殺そうとするかのような、深い怨念。
死を望んだ巫女はどうして哭女に呼ばれるのか――その理由に思い至り、そよぐは唇を引き結んだ。
沓脱石の上に並んだ草履を履き、凌に手を引かれて庭に下りた。
群れるような篝火の光が揺れる夜の庭を、下男の先導に従って本邸に向かって渡る。下男の足が悪いせいか、はたまた慣れない和装のそよぐを気遣っているのか、ひどくゆっくりとした歩調だ。
霧深い沢鳴の里の空は、今宵も星一つ見えない。
噎せ返るような、濃い水の気配。
「ああ……同じだ。懐かしい、あの夜の水の匂い」
歩きながらぼそりと呟いた下男に、凌とそよぐは思わず目配せし合った。
「伊織坊っちゃんの華燭の夜も、透悟坊っちゃんの華燭の夜も、こんな深い水の匂いが里を包んでいました。哭女ヶ淵のほとり、あの谷川から流れてくる霧と同じ……水の
「……爺さん、何が言いたい?」
警戒しながら凌が尋ねると、下男は溜め息を吐くように笑った。
「ただの老いぼれの戯言とお聞き流し下さい。坊っちゃんは本当に、お爺様とお父様によく似ておいでだ。だから懐かしくて懐かしくて……
どうぞお許しを、と笑う下男に、苛立った様子で凌が手を伸ばしかけた。
「なりませんよ、坊っちゃん」
穏やかな老人の声が青年を窘める。
「皆様が不審に思われぬよう、決して歩みを止めず――何事もなかったように、為すべき事を為さいませ」
「は……」
唖然とする凌の代わりに、そよぐは密やかに口を開いた。
「お爺さんは、喜世さんや凍鶴さんの事もご存じなんですか?」
「ええ、ええ。お二人ともお美しい、坊っちゃん方にお似合いの花嫁御寮でございました。祭の間も、嫁巫女に成られた後も、手前がお世話させて頂きました」
「……二人を可哀想だと思っていましたか?」
「いいえ。お二人共、ご夫君以外には心も肌も許さず、沢鳴の男と見れば喉笛を食いちぎってやらんとばかりに睨みつける勇ましい目をしておられました。本当にお美しい、気高い烈婦であると」
ふ、と下男が吐息を揺らした。
「ですが凌坊っちゃんの御寮人様は、お二人と似ているようで少々違っていらっしゃる。貴女様は我々里の者を厭いながら
凌が強くそよぐの手を握った。
「この里が最後に迎えるに相応しい、稀なる花嫁御寮だと思っております。貴女様の花嫁道中の先駆けのお役目を賜りました事、身に余る冥土の土産にございます」
「爺さん――」
「手前は長く生き過ぎました。この里に生まれ、里の男として暮らす以外の道を知ろうともせず、生き恥を重ねて参りました。ですが、このような老いぼれでも、一度盈ちた月は虧けなければならぬ定めは重々承知しております」
そよぐは息を呑んだ。
立ち止まった下男がくるりと振り返り、深々と頭を下げる。
何時の間にか本邸の前に辿り着いていた。
「坊っちゃん。こちらをお爺様にお返し頂けますか」
提灯を脇に置いた下男は懐から布包みを取り出すと、頭を垂らしたまま凌へ差し出した。
「有り難くお心付けを賜りましたが、間もなく暇乞いする身には過ぎたるもの。伊織坊っちゃんにお渡し下さい」
「暇乞い?」
凌が怪訝そうに眉を顰めると、俯いた老人の口元がうっすらと微笑んだ。
「ええ、そろそろお暇を頂こうかと。……漸く、哭女ヶ淵で待つ妻を迎えに行ってやれます」
年若い桂男役と嫁巫女は、枯れ木のように老いさらばえたかつての桂男役を見つめた。
そよぐは、股引の裾から覗く下男の両足首に引き攣れた傷痕を見つけた。
まるで両足の腱を抉るように刻まれた古傷は、哭女ヶ淵のほとりで妻を失った伊織の左目を彷彿とさせた。
これまで何人の巫女達が哭女ヶ淵に身を投げ……何人の男達が愛する妻を見送るしかなかったのだろうか。
桂男の業を背負い、桂男の罪を雪ごうとした
仄暗い水面が微かに震える。
頻りに誰かを呼ぶ女の囁きがあぶくと共に浮かんできたが、あまりにか細く聞き取れない。
それほど遠い、何代も昔の巫女の思念なのだ。
女の声は啜り泣くような残響を残し、波紋に掻き消された。
「伊織坊っちゃんからのご伝言です。披露目の後、
凌は物言いたげに口を動かしていたが、布包みを受け取った。
「伊織爺ちゃんに必ず渡すよ」
「宜しくお頼み申し上げます」
膝が汚れるのも構わず平伏する下男に一礼し、凌とそよぐは履物を脱ぐと連れ立って縁側に上がった。
提灯の火を消した下男は二人の履物を揃えて沓脱石に置き、その脇で草履を脱いで後に続いた。
障子戸越しに男達の喧騒が聞こえてくる。障子戸の前で膝を突いた下男は、嗄れた声を張った。
「花嫁御寮のお越しにございます」
喧騒がぴたりと止んだ。
下男が静かに障子戸を引く。パァッと視界に射した眩しい光に、そよぐは目を細めた。
無数の燭火に煌々と照らされた大広間の両側に、紋付羽織袴姿の男達がずらりと並んでいた。
一斉に突き刺さる視線に怖気が走る。
肉欲を隠しもしない男達の目が全身を舐め回し、吐き気が込み上げてきた。
大広間の中央は花道のように空けられ、豪奢な金屏風が聳える上座まで真っ直ぐ進路が伸びていた。
金屏風の前には、にこやかな笑顔で脇息に頬杖を突いた八尋と、その腕にぐったりと抱かれた振袖姿の娘が座していた。
――
そよぐは彼女の名前を叫びそうになる衝動を必死に堪えた。
友人の片割れである紫葡は、一ヶ月前とは別人のように様変わりしていた。
そよぐより明るいミルクティーブラウンに染めていた筈のミディアムヘアは艷やかな黒に戻り、絵巻物の姫君のように緋毛氈の上で蜷局を巻いている。青白い面は顎が尖って小さくなった気がするのに、女體を包む花嫁衣装は官能的な肉感を隠し切れていない。
鮮やかな紅色の地に白と銀の流水文、妖艶な黒百合の花が縫い取られた振袖は、胸元と裾が大きくはだけていた。そよぐ以上に豊満な乳房とむっちりとした太腿が半ば曝け出されている。
黒髪に山百合の花を飾った紫葡は、頬を上気させて茫洋と視線を彷徨わせていた。
同性のそよぐでも胸騒ぎがしそうな白痴美と、大広間の外まで漂ってくる乳臭さに目眩を覚える。
「待っていたよ、凌にそよぐさん。さあさあ、こちらへ」
八尋は上機嫌で二人を手招いた。
凌は短く息を吐き、そよぐの手を引いて大広間へ足を踏み入れた。
そよぐはぎゅっと凌の手を握り締めた。凌の指先が励ますように力を込める。
男達がひそひそと耳打ちし合う。
「前の嫡男の孫か」
「あそこの倅は嫁巫女を連れて里抜けをしようとして、手足を潰されて哭女ヶ淵に投げ捨てられたんだったか?」
「前の嫡男も、ご神木の祠を壊そうとした事があったな」
「碌でもない血筋の癖に、ご当主のお気に入りと言うだけで生き延びて、抜け抜けと孫まで儲けやがって」
「ご当主にも困ったものだ。里抜けは死罪と決まっているのに、最後まで孫息子を始末するのを渋っておられた」
「前の嫡男はほら、先代の最後の嫁巫女の――」
「……ああ! ご当主が先代から寝取った、あの嫁巫女の腹か」
「そうそう。父親のお手付きを添い臥しに指名した挙句、まんまと誑かして自分の嫁巫女にしちまったんだよ」
「その嫁巫女も、最期は哭女ヶ淵に沈んだんだっけ?」
「さあ、どうだったかな……下家の窓から身を投げたって聞いた気もするがね」
「まあ何にせよ、ご当主は今でも
「一人の女に入れ込んで狂う血筋――ハッ、全く桂男の鑑じゃあないか」
「して」
燭火の揺らめきにぎらつく目が好色に笑う。
「
凌が足を止め、声が聞こえてきた方を一瞥した。
十代の青年が放つにはあまりに苛烈な殺気に、男達は石仏のように沈黙した。
「……生意気そうな目が、死んだ父親にそっくりだな」
ぼそりと誰かが呟き、さざめくような冷笑が広がる。
「おい見たか。あの嫁巫女、緑眼だぞ」
「異人との
「異人混じりの娘の変若水は、どんな味がするのかねぇ」
そよぐは裏葉柳の瞳に怒りを込め、下卑た笑いを漏らした男達を睨んだ。
ほう、とあちこちで感嘆の声が上がる。
濁った油の面に落ちた一滴の水のような、清冽な色彩の眼差しが男達の獣欲をいたく刺激したらしい。
緋毛氈が敷かれた上座の前に着くと、八尋は自分の右側を指し示した。
「こちらに座って、皆に新しい嫁巫女を見せてあげなさい」
「……要人と、彼奴の巫女はどうした?」
凌の問いに、八尋は冷ややかに目を眇めた。
「ああ――後で来るよ」
緋毛氈の席は、どう見ても凌とそよぐが座る分しか空いていない。
凌は眉を顰め、そよぐは下唇を噛み、無言で指定された席に正座をした。
「さて」
八尋が脇息から身を起こすと、男達がザッと居住まいを正した。
「久方ぶりの祭だったが、皆それぞれ楽しんでくれたようだね」
八尋は右腕で抱えた紫葡の胸元に左手を潜り込ませると、仰々しい手つきで生白い乳房を揉みしだいた。
発情した雌猫のような嬌声が紅い唇から迸る。
男達が興奮した様子でどよめく。そよぐは咄嗟に口元を片手で押さえた。
そよぐと紫葡の間に位置する凌は、自分の体でそよぐの視界を遮るように妻の肩を抱き寄せた。
「此度の祭で、我々は二人の嫁巫女を得た。実にめでたい事だ」
「誠におめでとうございます」
上座の程近くに座る初老の男が祝いの言葉を述べて一礼した。風に靡く蘆の葉のように、男達が次々と「おめでとうございます」と倣う。
その間も紫葡の喘ぎ声は大広間に響き続けた。とうとう振袖の胸元から片方の乳房が零れ落ち、男達が「おおッ」と声を上げて身を乗り出す。
八尋は満足そうに口端を吊り上げると、弱々しくわななく娘の頬をねっとりと撫でた。
「此度の祭に参加した巫女は三人。しかし、嫁巫女と成った娘はこの場にいる二人だけだ」
「……残る桂男役は、確かご嫡男でしたな。お姿が見えないようですが――」
初老の男がちらりと凌を見遣る。鋭い凌の視線をいなすように口元に笑みをのぼらせた。
八尋は困ったように苦笑した。
「ああ、要人には可哀想な事をした。初めての桂男役に張り切っていたと言うのに、嫁巫女に不相応な娘を宛てがってしまったようだ」
「それは不運でしたな。嫁巫女に成るか否かは、巫女の器量に拠る所。ご嫡男は外れ籤を引いてしまわれましたか」
「そのようだ。しかし倅には外れ籤でも、ここにいる多くの者にとっては首を長くして待ち侘びていた
男達が声を立てて笑う。
八尋は腕の中の嫁巫女を甘くよがらせながら、左手でパンッと膝を叩いた。
「祭は明けた。月が盈ちぬまま刻限を迎えた成り損ないの巫女をここへ――宴を始めよう」