盈虚の華燭〜嫁巫女は双子のような義兄に溺愛される 作:朱河なつめ
伊織が去った地下牢はシンと静まり返っていた。
時折天井の鍾乳石から滴り落ちる水の音が火明かりを震わせる。水琴窟の調べにも似た澄んだ音色に耳を傾けながら、そよぐは格子に背を預けて膝を抱えていた。
少し離れた所で胡座を組んだ凌は頬杖を突き、そっぽを向いたまま岩肌に揺らめく火影を睨んでいた。
――どうしよう。
伊織には二人で話し合えと言われたが、当の相手に取りつく島が微塵もない。幼少時の経験を踏まえるとこうなった凌はうんともすんとも応えてくれなくなるので、そよぐも黙り込むしかない。
――昔はどうやってお兄ちゃんの機嫌を直していたんだっけ。
時が過ぎるのをひたすら待っていたような気がする。根負けした自分が泣きべそをかき始めた辺りで凌が慌てて駆け寄ってくるパターンが多かった。
昔の兄はそよぐの涙に弱かったが、今はちょっと違う気がする。変なスイッチを押してしまいそうだ。
再会してから今までの睦み合いが走馬灯の如く甦り、そよぐは恥ずかしくなって膝に突っ伏した。
今日はまだ凌に触れられていない胸の先や陰部が疼くように熱い。落ち着かない気分で尻をもぞもぞさせていると、下腹部からどろりと愛液が溶け出した。
すっかりGカップまで育った乳房が重く張っている。背中を小さく丸めるとはちきれそうな膨らみが押し潰され、乳首が腿にこすれて切なくなった。
漏れそうになる声を堪えて縮こまる。自慰に耽りたい衝動と戦っていると、身動いた拍子に長襦袢の裾がはだけた。
雪のように白い素足が晒される。ほっそりとした向こう脛の奥に柔らかそうな太腿と、ぬるぬると綻んだ陰裂がチラリと覗く。
不意に右の足首を掴まれた。
「え……」
驚いて顔を上げると、格子に押しつけられるように唇を貪られた。
凌の体が両足の間に割り込んでくる。口づけながら抱き上げられ、いきなり膣口へ鉄の棒のような剛直を突き立てられた。
「んぁ!?」
ぬぷんッと泥濘に潜り込んだ陰茎は一息に子宮口を通過し、胎内の奥深くまで抉ってくる。
目を白黒させるそよぐの帯を乱暴に解き、ぷるんと飛び出した豊乳を左手で捕らえた凌は眉根を寄せた。
もっちりとした右の乳袋を緩慢に揉みしだかれる。同時に絡めた舌を優しく舐られ、そよぐは一気に絶頂を上り詰めた。
「――ッ、ふぅ!」
潮を噴き、後ろ手に格子に掴まって崩れそうな体を何とか支える。
自重によって屹立をずっぽりと咥え込み、子宮に挿入されている状態はまるで火に炙られているようだ。格子に凭れて身をくねらせると椀形の大ぶりな双乳がぷるぷると弾み、青年の手に揉み潰されては快感に張り詰めていく。
白らかな裸身が仄かな桜色に染まる。
栗色の髪は腰の辺りまで伸びて、甘やかな柔肌や逞しい腕にはらはらと降りかかった。
ぐり、と軽く腰を揺すられ、そよぐは目を瞠った。
凌は両手でたわわな乳房を愛撫しながら、ぐりぐりと亀頭部を押し込むように胎内を小突く。
そよぐの口から掠れた嬌声が零れ、再び潮を飛沫かせた。
「あッ、お兄ちゃ、んあァ……っ!」
ビクビクと震えて喉を反らすそよぐの首筋に噛みつき、凌は呻くように囁いた。
「淫乱」
「ふ、ぅえ、ぇ」
「こんな時までいやらしい事しか考えてねぇのかよ」
「ち、ちが……」
あまりの言い草に涙目で反論しようとすると、唇を啄まれて「知ってる」と苦笑された。
「ごめん、八つ当たり。淫乱なのもいやらしいのも全部俺が原因だもんな」
烟るような漆黒の瞳が鼻先で微笑んでいる。
「こんな可愛いお前、誰とも共有したくない」
「……あたしが好きなのはお兄ちゃんだけだよ?」
「それも知ってるよ。俺以外の奴がお前を自分のものだって言い張る事が気に食わない」
「れ、恋愛的な意味じゃなくても? それに哭女様はお兄ちゃんのご先祖様でしょ?」
「だからどうした。そよぐは俺の妹で、俺の巫女で、俺の女なのに」
凌は心底忌々しそうに吐き捨てた。そよぐはそろそろと兄の首に腕を絡めた。
体重を預けるとより深く繋がって、二人は同時に吐息を漏らす。
裏葉柳の双眸が瞬き、透明な涙が紅潮した頬を流れ落ちていく。涙の跡を舌先でなぞられて、くすぐったさに笑みが溢れた。
「そよぐはお兄ちゃんのものだよ」
「哭女の内侍になるんだろ?」
「役割の話だよ。そよぐの身も心も、未来も、全部お兄ちゃんにあげたもん。内侍のお役目は哭女様が元の場所に戻るまでの……期間限定レンタルサービスみたいな?」
「レンタル巫女サービスって、なんかエロいな」
凌は小さく笑い、そよぐを抱き締めた。
「何年かかるんだよ、それ」
「分かんない……でも、ちゃんと哭女様を元の場所にお還ししないと、祠が壊れたら本気で神様として祟られちゃう」
そよぐはギュッと凌の首に抱きついた。
「お兄ちゃんが死んじゃうなんて、やだ」
「……俺の為に哭女の内侍になるのか?」
何故か嬉しそうな凌の問いに、そよぐはこくんと頷いた。
凌の両手が柳腰を掴み、ぱちゅんッと自分の腰を打ちつけた。
「あ、ぉ、ンあぁぁぁぁ!?」
思わず仰け反って体勢を崩し、格子へ倒れ込む。
左側を向くように身をよじり、格子にしがみついた状態で子宮を突き上げられた。
Gカップの淫乳が激しく縦揺れする。
「やぁ、いひゃ、お兄ちゃんっ、奥ばっか、ずんずんしちゃ、やらぁッ!」
髪を振り乱して懇願しても、胎内を穿つピストンは止まるどころか加速していく。体をを捻っているせいで抉られる角度が変わり、そよぐは泣き叫んだ。
「あっ、あァ――、だめ、ダメッ、そこ、ひッ……ふあァァァァァァッ!」
ずり下がった屹立がポルチオごと膀胱を突き潰し、甲高い悲鳴と共に小水が迸る。
ぐぽんッと子宮口を貫かれ、膣がきつく陰茎を締め上げた。
「はッ……」
額に汗を滲ませた凌は身を震わせて射精した。小水の細い流れに漏れ出した白濁色がうっすら混じる。
格子に凭れたまま啜り泣いていると、凌の眼前で揺れる右の乳房を鷲掴まれた。
「ひ、ぁ、やぁ……ッ」
ふにふにと乳肉を揉まれ、人差し指と中指で乳首を挟むようにして転がされる。
精液を吐き出し終えても屹立の勢いは衰えず、ゆるゆると抜き差しされるだけでポルチオ越しに膀胱を圧迫された。
凌の右手がひんひんと啼くそよぐの顎を捕らえる。
振り向かせると、乙女椿のように甘く色づいた花唇に吸いついた。
「おにぃ、ちゃ、お兄ちゃん、んっ、ふあッ」
必死に凌を呼ぶと、優しいのに酷薄そうな笑みが返ってきた。
「可哀想なくらい可愛いな、そよぐは」
「は……ぁ?」
「怖い神様に躊躇いなく自分を差し出せるほと、俺が好き?」
そよぐは夢中で首を縦に振った。
「好き、ンっ、好きだよ、お兄ちゃんが、好き、好きなのッ……神様になんか奪われたくない、そよぐの、お兄ちゃんなんだから……っ、ひゃあ!?」
ごちゅんッ! と膀胱から子宮口まで突き上げられた。
翡翠のようと女神に愛でられた瞳が見開かれる。
何度も弱い道筋を往復され、そよぐは潮とも小水ともつかない飛沫を上げた。
「やぁ――ッ! ひ、あッ、お兄ちゃん、やだ、いやぁぁぁぁぁぁッ!!」
女體が一際大きく跳ね上がり、ガクンッと崩れ落ちた。
陰茎がずるりと引き抜かれると、そよぐは格子に凭れたまま畳の縁に座り込んだ。長襦袢がくちゃくちゃになって両腕に纏わりついている。
そよぐの前で膝立ちになった凌は、藍染めの着流しの帯をしゅるりと解いた。
逞しい腹筋の割れ目から濃い陰毛が茂る下腹部まで露わになる。天に向かって勢い良く飛び出した陰茎に、思わず喉が鳴った。
「舐めて、そよぐ」
「な……ぇ、えっ!?」
「出来ればおっぱいで挟んでこすりながら先っぽしゃぶってほしい。パイズリとフェラ、知ってる?」
「し、知ってる、けど」
「沢鳴の出身だって言うだけで小中はずっとハブられてたんだけど、高校は県外から来る奴もいてさ……一人だけ、友達が出来たんだ。そいつのお陰で健全な男子高生らしいエロ知識は身に付いた」
「えぇ……」
凌は劣情に染まった眼差しで強請ってきた。
「駄目?」
「お兄ちゃんのおちんちんおっきいから、おっぱいで挟めるか分かんないよ? 後、あたしの口に入り切らないと思います……」
「先っぽだけで良いから」
陳腐な成人向け漫画のような台詞を、まさか兄との濡れ場で聞く事になるとは思ってもみなかった。
そよぐは暫し目を泳がせていたが、重い体の向きを凌の正面へと変えた。
ぺたんと座り込んだまま凌の膝元に近づく。
身長差のお陰で、前傾姿勢を取ればなんとか実践出来そうだ。
恐る恐る陰茎に手を伸ばす。
精液その他諸々を被ってぬるつく表面には彫刻の如く青筋がくっきりと浮かび、鋼の芯が入っているかのように硬い。
さわさわと竿の部分を撫でながら上目遣いで見つめると、凌は真っ赤な顔で口元を押さえていた。
「だ、大丈夫?」
「……鼻血出そう」
「えっ」
「視覚的な効果が半端ない。そよぐ、エロ過ぎ」
「お兄ちゃんのせいじゃん」
むうっと膨れて睨みつけると、凌はとうとう天を仰いだ。
「俺の妹最高……」
感極まっている兄を放置して、そよぐはずっしりとした双乳を左右それぞれの手で持ち上げた。
竿の部分を谷間で挟み込むようにして、両側から乳房を押しつける。眼前に突き出された亀頭部と暫くにらめっこしていたが、意を決して丸っこい天辺をぺろりと舐めた。
青臭い苦味が鼻まで突き抜け、そよぐの眉間に皺が寄った。
「――ッ、ふ……っ」
凌が掠れた吐息を漏らす。
お互いの体液を潤滑油にして、乳房で竿の部分を扱くように動かす。
青年の肩が跳ねて、着流しの片袖が滑り落ちた。
アイスクリームを舐めるように亀頭部を舌先で愛撫すると、凌の体が面白いほど震えた。
左手の甲で口元を隠したまま、興奮した表情で凝視してくる。
どうやら気持ち良いようだ。気分が乗ってきたそよぐが雁首の下にある裏筋を舐め上げると、凌の腰が激しくわなないた。
「あ、そよ、ぐ……ッ」
びゅるッと白濁色の精液が走り、そよぐの顔や胸元に点々と飛び散った。
突然の暴発に唖然とすると、短い射精を終えた凌も放心した様子で肩を上下させていた。
「お兄ちゃん、あの、平気?」
「過去最速で出た」
「え」
「全部出てないけど……こんなの誰だって早漏になるしかねぇだろ」
呼吸を整えた凌は、着流しの袖でそよぐの顔に飛んだ精液を拭い取った。
「あの、そよぐちゃん」
「はい?」
「もう一回やってくれない?」
「えぇー……」
そよぐはじとりと半眼で凌を睨んだ。
「お兄ちゃんこそ助平で変態じゃん。妹のパイズリとフェラで興奮するなんて」
「仰る通りです」
「そよぐのおっぱい、そんなに気持ち良かった?」
凌は真顔で答えた。
「うん」
「即答しちゃうんだ……」
呆れながらも、そよぐは再び双乳で凌の陰茎を包み込んだ。
精液の残滓がぬちぬちと音を立てる。凌の喉が大きく鳴った。
「同じとこ舐めればいいの?」
「……口」
「へ?」
「口ん中、入るだけ入れて」
押し殺した声で懇願されたそよぐは、そろそろと口を開いて亀頭部を頬張った。
「ん、む……」
エラの張った雁首まで飲み込む。両の乳房で竿の部分を扱きながら鈴口の溝を舌先でほじくると、凌が格子を掴んで背中を丸めた。
「ぐほ!?」
自然と亀頭部を押し込まれ、息苦しさに涙が滲んだ。
「ごめっ……そよぐッ……」
凌はそよぐの喉の奥まで突きたい衝動を必死に堪えているのか、ぽたぽたと大量の汗を滴らせている。
息苦しいが耐え難いほどではない。そよぐはちょっと考え、亀頭部に歯を立てないよう注意しながら口腔全体で吸い上げた。
雁首と裏筋の境目辺りをチロチロと舐める。凌が両目を瞠り、全身の筋肉が盛り上がるほど緊張する。
「そ、よ……アッ、ぅ――」
陰茎が硬直し、堰を切ったように精液の奔流が迸る。
そよぐは口の中に溢れ返った精液を反射的に嚥下した。すぐに陰茎が引き抜かれ、激しく噎せる。
「馬鹿ッ、何飲んでるんだよ!」
慌てふためく凌が背中をさする。
彼の腕にくったりと寄り掛かったそよぐは、唇にこびりついていた白濁色の残滓を舐め取った。
「苦い……」
「当たり前だろ、腹壊すぞ!」
「お兄ちゃん、飲んでほしかったんじゃないの?」
きょとんと見上げると、凌は何とも言えない顔で押し黙った。
「……そんな汚いもの、飲まなくていいよ」
「毎日あたしの中に出してるのに」
「上と下じゃ大違いだろ。お前に苦しい思いさせたいつもりじゃ……ない」
そよぐは下瞼を持ち上げて微笑むと、膝立ちになって凌の太腿を跨ぐように乗り上がった。
「お兄ちゃんのくれるものなら全部、残さず頂戴」
「は……」
「凌ちゃんはそよぐのお兄ちゃんで、そよぐの桂男役で、そよぐの男でしょう? 全部、そよぐに頂戴」
男らしい首に腕を回し、堅い胸板に乳房を押しつける。触れ合う肌越しに早鐘を打つ凌の鼓動が響く。
呆然とする凌に口づけると、恐る恐る抱き締められた。
「俺……、……俺で良い、のか?」
「うん」
そよぐは凌の肩に頬を寄せ、しっかり頷いた。
「貴方が良い」
凌が疎み、嫌悪し、憎む桂男の血ごと、宿命ごと、彼を愛したい。彼が欲しい。
喜世の気持ちが痛いほど分かる。少しだけ、始祖の桂男の気持ちも。
どんなに愛しても永遠に癒されない渇き、恨みすら覚える孤独な苦しみ。
恋い焦がれ、渇愛に狂った魂の慟哭を、嘆きの女神の末裔であり巫女である自分だけは否定しない。
泣いて泣いて、哀しみは水に流すのだ。
神話の時代から、そうやって人は立ち上がってきた。明日を向いて生きる為に。
――滾々と、水が湧く。
滔々と、水が走り出す。
仄暗い、凍てつくように洌い水が身の裡に流れ込んでくる。
溢れ、盈ちて――同化する。
水の滴り落ちる音が冷たく響く。
凌が息を呑む気配に、そよぐは静かに顔を上げた。
牢の奥――上座の位置に、冷然と哭女が佇んでいた。
青白い瞼は半分閉ざされ、闇色の水を湛えた二つの眼窩が微笑むようにそよぐを見つめている。
女神はゆるりとその場で横座りをすると、骨より白い唇を解いた。
「汝、稀人の内侍」
「時満ちぬ」
そよぐは一つ瞬き、頷いた。
「はい」
「……そよぐ」
凌がそよぐの腕を掴む。横目で笑いかけ、哭女に向き直った。
「一つ、約束して下さい」
「何ぞ」
「お望みの通り貴女の内侍になって、貴女のいらした土地まで必ずお連れします。だから……この人と、この人のお爺さんは見逃してあげて下さい」
哭女の虚ろな視線が凌を見遣る。
女神は我が子を慈しむように笑った。
「許す、許そうぞ。月桂の杣人よ、吾が血潮、吾が水流るる
「内侍が願い、喜世が願い、凍鶴が願い。叶えてん」
一頻り笑い、哭女はスッと表情を打ち消した。
肌が粟立つような怖気が走る。
「許すまじ、驕慢なる月桂の子」
「吾が恨み、喜世が恨み、凍鶴が恨み、真鶴が恨み、透悟が恨み、吾が寝ぬる淵に沈みたる子らが恨み、忘れまじ」
「許すまじ。八尋、要人――……月桂の子ら、悉く許すまじ」
死を予言する女神の口が、凌と伊織を除く祁月家の人間、その血に連なる里人の名前を冷淡に読み上げる。
哭女が名前を呼ぶのは死者か、あるいは近いうちに死ぬべき人間だけ。神が定めた絶対の法則を思い知らされ、そよぐは戦慄した。
「稀人の内侍」
「
哭女が手の甲を下向けて左手を差し伸べる。
掌の中心から忽ち水が溢れ、しなやかな指先から滴り落ちる。
夢の続きだ。
あの水を飲めば、そよぐは哭女の
「そよぐ」
凌が小声でそよぐを引き留めた。
「お兄ちゃん?」
情事の名残を丁寧に拭われ、はだけた長襦袢を直される。凌自身も着流しを整えると、そよぐの右手を取って苦笑した。
「神前に出るなら身綺麗にしないとな」
ぱちくりと瞬くそよぐの頬を撫で、繋いだ手を一度だけ強く握った。
「行ってこい。何度だって、また掴んでみせるから」
優しく解かれた手をそっと握り込み、そよぐは笑って頷いた。
凌に見守られながら、哭女の前までいざり出る。
恐ろしい美貌をひたと見据えると、女神は唇で笑みを描いた。
哭女の左手から流れ落ちた水滴を両手で掬い取る。水は刺すように冷たく、青く澄んでいた。
両手一杯に溜まった水を一息に呷る。
――深い水底で柔く腐り落ちた、屍肉の味が喉の奥まで広がった。
「グッ、ぅ……!!」
反射的にえずきそうになり、両手で口元を押さえた。
一滴たりとも零してはなるまいと直感し、死ぬ気で嚥下する。
骨まで凍りつきそうな腐り果てた泥水を、そよぐは残さず飲み干した。
「ほ」
「ほほ」
「ほ、ほほ、ほほほ、ほほ、ほほほ、ほほ!」
哭女が高らかに笑声を上げた。
そよぐは口元を拭って女神を凝視した。
「見事! 見事だ、我が内侍!」
「素晴らしい、素晴らしいぞ! 流石わたくしが見初めた
「
哭女の口調は明らかに変化していた。
水を介してそよぐの知識を探り、彼女なりに現代語訳しているらしい。神様の力って便利だな、と他人事のように感じた。
「我が内侍、翡翠の瀬の瞳持ちし娘や」
「……何ですか?」
「ほほ、良い良い。まこと美しく
濡れた袖で口元を隠し、驚いて固まっている凌をちらりと見遣る。
「『後は若い二人で』楽しむが良い」
「余計なお世話です!」
思わず怒鳴ると、女神はころころと笑った。
「ほほ、まこと愛い子だ。――では、また」
ぱしゃんっと水音を立てて哭女の体が崩れ落ちた。
上座に広がった水溜まりは暫く火明かりを映して揺らめいていたが、唐突にフッと掻き消えた。
へなへなとへたれ込むと、駆けつけた凌に抱きかかえられる。
「そよぐ、大丈夫か!?」
「お兄ちゃん……」
凌の腕に凭れて頷くと、彼は安堵の息を吐いてそよぐの額に口づけた。
「急に哭女の言葉遣いが変わってなかったか?」
「自動現代語訳機能」
「は?」
目を丸くする凌に、そよぐは乾いた笑いを零した。
「飲んだ水を通して中で繋がってるから、あたしの知識や記憶を自由に覗けるんだよ。それを参考に現代語っぽく訳してるの。ほら、あたしが分かり辛いって文句言ったから」
「……プライバシーの侵害過ぎるだろ」
まさにその通りだが、どうしようもない。逞しい腕に甘えているうちに眠気が込み上げ、瞼が重くなってきた。
「そよぐ? 眠いのか?」
「ん……」
微かな声を漏らした唇を食まれ、背中や腰をするすると愛撫される。
「側にいるから――ゆっくり休め」
優しさだけで出来ているような声に口づけを返し、素直に意識を手放す。
そよぐは温い微睡みの底へと沈んでいった。