僕の放課後は、あの日を境にどうしようもなく巨大な「余白」が空いてしまった。
図書室の窓際の一番奥。あそこに座る梶田さんが姿を消してから、心地よい静寂に満ちていたはずの空間は、ただ息が詰まり後悔が喉を締め付けるだけの苦しい場所に変わってしまった。失われた時間を埋めるように、あるいは彼女のことを考える隙間を強引に塗りつぶすために、僕は駅前の喧騒にまみれた居酒屋でアルバイトを始めた。
季節は秋を通り越し、吐く息が白く染まる冬の入り口に差し掛かっていた。
「あの、瀬戸くん。……この後、もしよかったら少しだけ、駅前で温かいものでも飲んでいかない?」
夜の10時。遅番のシフトを終えた僕に、同僚の女子学生が控えめに声をかけてきた。彼女が僕に対して明らかな好意を寄せていることは、周囲の誰の目にも明らかだった。明るくて、気立ても良くて、真っ直ぐに僕を見つめてくれる女の子。しかし僕は困ったように微笑み、そっと視線を外した。
「ごめん。……今日はちょっと、まだ明日提出の課題が終わってなくて、すぐ帰らなきゃいけないんだ」
「そっか……。ううん、急に誘ってごめんね! また今度、時間がある時に!」
無理をして明るく振る舞い、少しだけ寂しそうに帰っていく彼女の背中を見送りながら、僕は胸の奥がズキリと痛むのを感じていた。課題など学校での空き時間でとっくに終わらせている。それは彼女を傷つけないためについた、ただの嘘だ。
(……僕は、最低だ)
僕は姿を消した梶田さんのことがどうしても忘れられなかった。主を失った銀縁の眼鏡。「他に忘れられない人がいる」と正直に突き放してやれない自分の臆病さが、どうしようもなく嫌だった。
10時半。重い罪悪感を引きずるようにして、僕は歓楽街の裏通りを歩いていた。駅への近道として使うこの道は、けばけばしいネオンの光とタバコや香水の匂いが泥水のように混ざり合う、ひどく淀んだ場所だ。
ふと、客引きや酔っ払いたちを避けるように視線を落として歩いていた僕の足が唐突にピタリと止まった。
数十メートル先の雑居ビルの入り口。点滅するピンク色の看板の下に見覚えのある華奢なシルエットが一人きりで立っていた。納涼祭の夜に着ていた服を思わせるような、清楚な紺色のニットワンピースに白いショートコート。だが、彼女の顔にはいつも僕と世界を隔てる分厚い盾として機能していた「銀縁の眼鏡」がなく、コートの下から覗くスカートの裾は寒空に不釣り合いなほど短く直されている。
何より彼女は右サイドの長い黒髪を、わざと見せつけるように耳にかけていた。白磁のような右耳。そこに金属の冷たい光が四つ、連なって光を反射している。あの夜、男が暴いた左耳と合わせて八つのピアス。それはかつて僕が助けた地獄の泥濘で無数の男たちに蹂躙されていた『銀髪の少女』と全く同じ数だった。
(梶田、さん……? 嘘だろ、なんでこんな所に……)
僕の心臓が早鐘のように激しく鳴り始めた。思考が追いつくよりも先に身体が勝手に動いていた。コンクリートを蹴り、周囲の喧騒を掻き分けて一人で立ち尽くす彼女の元へと夢中で駆け寄る。
「梶田さん……っ! 梶田、さん!!」
切羽詰まった声で呼びかけると、ビルの壁に寄りかかっていた彼女がゆっくりと振り返った。
「あ、皓二朗くんだ! えー、びっくり! 奇遇だね、こんなとこで会うなんて」
彼女は僕の姿を認めるなり、花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。僕が図書室で見てきた静かで知的で、どこか憂いを帯びた『深窓の令嬢』の微笑みでは決してない。街角で見かける、どこにでも居そうな明るくて屈託のない普通の女の子の笑顔。そして淀みなく口から飛び出したカジュアルなタメ語と、「皓二朗くん」という初めての呼び方。
あまりにも自然で、あまりにも明るい。その態度があまりにも板につきすぎていて図書室で小難しい文学のページをめくっていた彼女の方が作られた偽物で、今目の前で笑っているこの姿こそが彼女の『本当の素顔』だったのではないかと錯覚してしまうほどだった。
「……な、なんで」
混乱でうまく回らない舌を必死に動かし、僕は戸惑いながら一つずつ質問を投げかけた。
「なんで、こんな所にいるんだよ。……夏休み明けから、ずっと学校にも来ないで。連絡も繋がらないし……っ」
「んー? ああ、学校ね。もう辞めちゃったんだよねー。なんか私には合わなかったみたいでさ」
彼女は悪びれる様子もなく、あっけらかんと言い放つ。
「辞めたって……じゃあ、今までずっとどこに……それに、その格好はなんだよ。眼鏡も外して……耳のピアス、それ……」
「あ、これ? 可愛いでしょ? せっかく空いてるんだし付けなきゃ勿体ないかなーって。なんか、こっちの方が本当の私っぽいかなって思うし!」
彼女は嬉しそうに右耳のピアスを指先で弾き、チャラチャラと金属音を鳴らした。その無邪気な仕草の裏に、どれほどの絶望と自己破壊の衝動が隠されているのか。
「梶田、さん……君、一体なにを……」
悲痛な声で問い詰める僕に対し、彼女はピンク色のネオンライトに照らされながら言い放った。
「何って……んー、なんて言えばいいのかな。バイト? お仕事? ……うーん、なんかそういう普通の言葉だとしっくりこないんだよね」
彼女は夜空を見上げて人差し指を顎に当て、まるで休日の予定でも考えるような軽い調子で言葉を探している。やがて、「ま、いっか!」とどうでもよさそうに笑い飛ばした。
「要するに、お金稼ぎ! 知らないおじさんたちに声かけて、ホテルに行って、いっぱいいいことして、お小遣いもらうの。……ほら、あの頃と同じだよ」
「な……っ」
あまりにもストレートで、罪悪感の欠片もない告白に僕は息を呑んで後ずさった。
――銀髪、8個のピアス、売春。虫食いだらけで、あの納涼祭の夜、本人の口から聞けないでいた疑問がこんな最低な形で答え合わせが出来るとは思っていなかった。
「でもね、あの頃の私ってホント馬鹿だったなーって思うの」
彼女はケラケラと笑いながら、自身の凄惨な過去をまるで「学生時代のちょっとした失敗談」のように明るく語り始めた。
「毎日泣いて、嫌だ嫌だって思いながら無理やりやらされてさ。どうせめちゃくちゃにされるなら自分から楽しんじゃった方が絶対お得なのにね! 楽しみながら稼げるなんて、こんな最高なことないでしょ?」
「……やめろ」
「え?」
「やめてくれ、梶田さん……! 頼むから目を覚ましてくれよ!!」
僕は耐えきれなくなり、悲鳴のような声で叫んだ。
「君は、あんなに頑張って変わろうとしてたじゃないか! 過去を消すために九条綴みたいに凛とした人になるんだって……っ。僕は、そんな君の姿が本当に綺麗だなって思ってたんだぞ!?」
涙声になりながら彼女の肩を掴んで必死に更生を促す。もう一度やり直そう。君が抱えている痛みも全部僕が受け止めるから。僕の言葉には、そんな血を吐くような祈りが込められていた。しかし彼女は不思議そうに小首を傾げた。僕の必死の訴えは彼女の壊れた心には何一つ響いていなかった。
「そんなの疲れるだけじゃん。私にはこれが合ってるの。今の私、すっごくハッピーだよ? ……ねえ、皓二朗くんも私と遊ぶ? 皓二朗くんなら……特別に、タダでいいよ!」
悪意など微塵もない純粋な好意からの提案。そのあまりにも無邪気で、あまりにも醜悪な言葉を聞き、僕が絶望で呆然と立ち尽くしていた、まさにその瞬間だった。
ふわりと、歓楽街の香水の匂いが鼻腔をくすぐった。目の前の彼女が背伸びをし、僕の首に腕を回してきたかと思うと唇にひんやりとした34℃の柔らかい感触が唐突に押し当てられた。
(な……っ、梶田、さん……!?)
驚きに小さく開かれた僕の唇の隙間から慣れきった滑らかな舌が躊躇いなく侵入してくる。口内を隅々まで舐め回し、互いの唾液をねっとりと絡め合い、貪るように味わい尽くす、ひどく淫蕩で生々しいキスだった。ずっと憧れていた、大好きだった人との『ファーストキス』。けれど、そこで交わされるのは図書室の静謐な空気ではなく、どす黒い欲望と堕落の味だ。
「ん、ちゅ……ぁ……」
忘れられない強烈な初体験に僕の理性が悲鳴を上げた。これ以上は自分がおかしくなってしまう。耐えきれなくなった僕は反射的に彼女の華奢な肩を掴み、自分から強引に引き離した。
「はぁっ、はぁ……っ! やめ……」
激しい動悸が胸を打ちつける。しかし彼女は全く悪びれる様子はなく、再び僕の胸元へと崩れるようにしなだれかかってきた。
「やめて、くれ……梶田さん……」
首元にすり寄る彼女に対し、僕は絞り出すように制止の言葉を口にしたが、その声は弱々しく熱を帯びて震えていた。彼女は蠱惑的な笑みを浮かべて僕を見上げると、ゆっくりと腕を下に滑らせ躊躇うことなく僕の腰元へと手を伸ばした。
「ひっ……!?」
冷たい指先が僕のズボンの上を這う。言葉では必死に拒絶しているはずなのに健全な男子高校生である僕の身体は、大好きな人からの淫らな接触によって、すでに熱を孕んでしまっていた。彼女はズボンの布地越しに硬く昂ってしまったその部分を卑しくねっとりと撫でさすった。
「あ、ぁ……っ、だめだ、梶田さ……っ」
「ふふっ。……口では嫌って言いながら、ここ、すごく熱くなってるよ?」
言葉と身体の反応が完全にチグハグになっている僕の耳元へ彼女は吐息混じりに囁いた。
「九条綴みたいな堅苦しい女の子より、こっちの私の方がずっとかわいくて、君のこと気持ち良くしてあげれるよ? ……ねえ、皓二朗くん。我慢なんかしないで、私と一緒に、泥の中まで堕ちてよ」
完全に抵抗する気力を奪われた僕の手を引き、彼女はけばけばしいネオンの波をすり抜けていく。その足取りは、この淀んだ歓楽街の裏通りを隅々まで知り尽くしているかのように、ひどく軽快で慣れきったものだった。客引きの男たちを軽やかに躱し、迷いなく路地の奥へと進んでいくその後ろ姿は、図書室で静かにページをめくっていた少女とはまるで別人のようだ。
自分にとって対極にあるはずの「未知の世界」への道のりは、まるで夢の中の出来事のように一瞬だった。毒を盛られたように頭が麻痺し、足元がおぼつかない。ただ彼女の34℃の冷たい手の感触と、むせ返るような甘い香水の後を追うことしかできない。引き返さなければならないという微かな理性は歩を進めるごとに泥沼の底へと沈んでいった。
気づけば重い扉が閉まる鈍い音が背後で響いていた。されるがままに連れ込まれたのは薄暗い間接照明に照らされた、見知らぬホテルの一室だった。
「あーあ、外ちょっと寒かったね」
彼女はニットワンピースの裾がめくれるのも構わず、極めて無防備な動作でベッドの端に腰掛けた。そしてスプリングの感触を確かめるように軽く身体を弾ませると、トロンとした甘い瞳で立ち尽くす僕を見上げる。
「ねえ、どうする? 一緒にお風呂入ってシャワー浴びる? それとも……このまま、ここでしちゃう?」
まるでファミレスで食後のデザートを頼むかどうかを聞くような、あまりにも無邪気で日常的なトーン。その言葉の異常な生々しさに喉が、ヒュッと鳴った。止めなければいけない。彼女にこんなことをさせてはいけないし、自分もこの狂気から逃げ出さなければならない。
それなのに、脳と身体が完全に分離してしまったかのように、口からまともな言葉が出てこない。
「あ……いや、僕は……その……っ」
「ふふっ。そっか、皓二朗くんも我慢できないんだね。いいよ、私も……早くしてほしいし」
中途半端な態度を肯定と解釈した彼女はベッドの端から両手を伸ばし、僕の手首を思い切り引き寄せた。不意を突かれた僕の身体が吸い込まれるように前方へと倒れ込む。
「ほら……我慢しないで、めちゃくちゃにしてよ」
彼女は自分を押し倒すような形になった僕の首に腕を絡めて笑う。僕が慌てて身体を起こそうとすると彼女はその力を利用するようにして、くるりと器用に体勢を入れ替えてみせた。あっという間に仰向けに組み敷かれ、彼女は僕の胸の上に馬乗りになった。
「ふふっ。皓二朗くん、顔真っ赤。……こういうの、初めて?」
蠱惑的な笑みを深め、彼女は一切の躊躇いなく自らの白いショートコートを脱ぎ捨てた。そして僕の両手首をそっと掴み、滑らかな布地越しにその柔らかな曲線へと手を這わされる。ビクッと肩が跳ねたが、彼女は逃がさないとばかりにその手をしっかりと押さえつけ、自分の身体の熱と形を教え込むようにゆっくりと擦り付けた。
「あ……っ、んん……っ」
触らせているのは梶田さんの方なのに、彼女の口から漏れたのは過剰なまでに甘く、そして演技じみた嬌声だった。それは男の庇護欲と劣情を同時に煽るために最適化された、泥の底で生き抜くための悲しい「技術」そのものだ。
「すごい……皓二朗くんの手、大きくて、すっごく熱いね……っ」
「カヤ、さん……やめ、てくれ……っ」
「やめない。……ねえ、キスして? さっきみたいに、いっぱいいいことしよう?」
僕の弱々しい抵抗など意に介さず、梶田さんは身を屈めて再びその唇を塞いだ。今度は逃げ道を与えないよう、後頭部に両手を回し、深く、そして執拗に舌を絡ませてくる。チュッ、チュル……という卑猥な水音が静かな密室に響き渡る。彼女の34℃の冷たい舌先が口内の粘膜を隈なく撫で回し、未知の快感で脳髄を白く焼き切っていく。僕は息継ぎすらまともに許されず、初めての経験に翻弄されるだけだった。自分の口元から情けない吐息が漏れる。冷たい指先は、まるで息をするのと同じくらい自然な動作で僕のシャツのボタンを次々と外していく。
「……皓二朗くん、図書室にいる時よりずっとかっこいいね。体もこんなにしっかりしてるんだ」
彼女の口から飛び出した『図書室』という単語に心臓が激しく軋んだ。二人だけの神聖で何にも代えがたかったはずのあの静寂な空間。それが今の彼女にとっては、ただ男の劣情を煽るための安っぽいフレーズの一つとして消費されてしまっているのだ。
「やめろ……頼むから、その時の話は……っ」
「どうして? あんな退屈な場所より、こっちの方がずっと楽しいのに。……ほら、リラックスして?」
拒絶しなければならないという理性とは裏腹に、かつて泥の底で男を喜ばせるためだけに最適化された凄絶な『技術』は僕の身体を容赦なく作り変えていく。彼女は僕の胸板に顔を埋めると冷たい唇で肌の上を滑るように這い、ちゅっ、と湿った音を立てて赤い痕を刻みつけていく。その度に僕の身体はビクンと小さく跳ねてしまう。
「あ……っ、ぐ……ぅ……」
快感と絶望が入り混じった情けない呻き声が漏れる。彼女を突き放そうとシーツを握りしめていた両手から、ついに完全に力が抜け落ちた。どうあがいても彼女をあの光の当たる場所へ引き戻すことはできない。自分がいくら純粋な想いをぶつけても今の壊れてしまった彼女には届かない。それどころか彼女の纏う圧倒的な泥濘の引力に自分自身が飲み込まれようとしている。彼女を救えなかったという強烈な無力感と、これから自分が彼女と同じ泥の底へと堕ちていくのだという絶対的な絶望。天井の薄暗い間接照明が滲み、僕の目から、ひとすじの涙がツーッとこぼれ落ちた。
「……あれ? 皓二朗くん、泣いてるの?」
その涙に気づいた彼女は不思議そうに目を丸くしながらも、優しく指先でその涙を拭い取った。しかし、そこに宿っているのは大切な人を想う慈愛ではなく、壊れた玩具を愛でるような歪な執着でしかなかった。
「泣かなくていいんだよ。……私がこれから、もっといっぱいいいことして、全部忘れさせてあげるからね」
彼女は僕の耳元に唇を寄せ、甘く、ひどく残酷な呪いを囁いた。右耳で揺れる四つのピアスが、チャラリと冷たい音を立てる。それは僕が愛した「九条綴」という少女の、完全なる死を告げる鐘の音だった。
「……梶田、さん……っ、あぁ……」
最後にもう一度だけその名前を呼んだ僕の唇を彼女の冷たい唇が再び深く塞いだ。もはやそこに抗う意志は欠片も残っていなかった。僕は目を閉じ、自らの身体を這い回る甘い毒を受け入れ彼女の細い背中にゆっくりと腕を回す。
「んっ……、ちゅ……ぁ……っ」
息継ぎのタイミングすら完全にコントロールされ、僕の口内は彼女の滑らかな舌によって隈なく蹂躙されていく。キスの合間に意図的に漏らされる作られた蠱惑的な吐息が僕の鼓膜を打ち、密室の空気を極限まで甘く、重くしていく。脳髄が真っ白に溶かされていくような未知の快感。僕の背中に回された細い腕がシャツを完全に剥ぎ取った。
「ほら……皓二朗くんも、こんなに熱くなってるじゃん」
唇をわずかに離し、銀の糸を引かせながら彼女が妖艶に微笑む。そして冷たい手が僕のズボンのベルトにするりと掛けられた。カチャリ、と。無機質な金属音が部屋に響く。それは瀬戸皓二朗という人間がこれまで守ってきたモラルや僕を僕たらしめていた理性のタガが、完全に外れ落ちた音でもあった。
ベルトを引き抜かれ布地越しに直接的な熱を撫でられた僕の身体は、ビクンと大きく跳ねた。もう思考が追いつかない。目の前で淫らに微笑む少女は、かつて僕が愛した「九条綴」の面影を持った全く別の美しく悲しい生き物だ。図書室の窓際で感じた日向のような温もりは、もうどこにもない。ここにあるのは、ひたすらに甘く、粘り気のある底なしの泥濘だけ。
彼女は僕の上に完全に覆い被さるようにして、その34℃の冷たい肌を密着させた。右耳で揺れる四つのピアスが僕の頬を冷たく打ち、むせ返るような歓楽街の香水の匂いが僕の視界をぐらぐらと揺らした。恐怖と悲哀と、そして決して抗うことのできない暴力的な快楽。僕はついに決壊したように嗚咽を漏らし、彼女が差し出す泥の底へと完全にその身を委ねようとした。
――だが。
完全に理性のタガが外れ、泥の底へと沈み込もうとしていた僕は、ふと冷水を浴びせられたようにハッと我に返った。
「待って、梶田さん……っ。なにも、つけてない……このままじゃ、だめだ……っ」
焦燥に駆られて制止する僕。僕にとって、それは最低限のモラルであり、これ以上彼女を傷つけないための最後の防波堤だった。しかし、彼女は無邪気な声を上げて笑ったのだ。
◆
「ああ、そういうこと? 大丈夫だよ。私、今日皓二朗くんに偶然会う前ね、お医者さんに行ってちゃんと検査してきたばっかりだから。変な病気とか、何ももってないよ? しかもね、お医者さんに行ってから、一番最初にするのは皓二朗くんだよ。……えへへ、光栄でしょ?」
私がそう微笑みかけると、皓二朗くんの顔からスッと血の気が引いていくのがわかった。図書室でいつも私を真っ直ぐに見つめていた、あの優しくて力強い瞳。それが今、圧倒的な絶望とショックに見開かれ、みるみるうちに光を失っていく。それと同時に、さっきまで私の手のひらの中で熱く硬く昂っていた彼の中心が急速に萎縮していくのが伝わってきた。心だけじゃない、彼の身体まで嘘みたいに意気消沈してしまったのだ。
「ごめ……っ、僕、やっぱり……こんなの……」
取り返しのつかない現実から逃げ出そうとするように皓二朗くんは力なく身をよじった。その情けなくて、無防備で、ボロボロに傷ついた顔を見下ろした瞬間だった。私の胸の奥底でドロリとしたどす黒い感情が鎌首をもたげた。
(……ああ。なんて、可愛いんだろう)
あんなに大きくて頭が良くて、私なんかよりずっと「正しい世界」の住人だった男の子。それが今、私のたった一言で絶望し、涙を流しながらこんなにも惨めな姿を晒している。私と同じ泥の底で震えることしかできない彼の姿が、どうしようもなく愛おしい。そして同時に背筋が凍るような歪な『嗜虐心』が、私の中で激しく燃え上がった。
「……ふふっ。皓二朗くん、元気なくなっちゃった」
私は蠱惑的な笑みを深め、逃げようとする彼の上に再び馬乗りになった。ただし、さっきとは逆向きに――お互いの顔の前に互いの下半身が位置するような倒錯した体勢で。萎縮してしまった彼の逃げ場を塞ぐように私の柔らかな太腿で彼の顔を挟み込み、上からしっかりと捕らえる。
「だめだよ、皓二朗くん。……私と一緒に、泥の中まで堕ちてくれるんでしょ? 私が、ちゃーんと元に戻してあげるから」
「やめ……っ、梶田さん、もう……っ」
「やめないよ」
私は彼の中心へと直接顔を寄せながら、かつて地獄のような泥濘の中で無数の男たちから嫌というほど教え込まれた手練手管を惜しげもなく披露した。どう触れれば男が抗えないのか、どこを責めれば理性が焼き切れるのか。私の身体はそれを完璧に記憶している。怯えて竦み上がる彼の急所を冷たい指先と滑らかな舌で直接的に、そして執拗に弄り、もてあそぶ。彼の視界は私の下半身で完全に塞がれ、むせ返るような匂いを強制的に浴びせられながら男としての最も弱いところを容赦なく蹂躙されるのだ。
「あ、ぁ……っ! やめっ、ひ、ぁ……っ」
ほら、やっぱり。皓二朗くんの心は「こんなことは間違っている」と泣き叫んでいるのに、男を狂わせるためだけに最適化された私の技術と、この圧倒的に淫らな状況は彼の心を完全に置き去りにして、その肉体だけを強制的に再び極限の興奮状態へと引きずり上げていく。
「あはっ。ほら、またすぐ熱くなってきた。……皓二朗くんの身体、心と違ってすっごく正直で……ホントにかわいい」
涙を流し、首を振りながらされるがままになっている皓二朗くん。でも、まだだめ。ここで終わらせてあげるほど私は優しくない。皓二朗くんの準備が整ったところでもう一度体勢を元に戻して私はわざと焦らすように、自分の柔らかく濡れそぼった部分を彼の熱を持った急所へとゆっくりと擦り付けた。一番欲しいであろう決定的な繋がりだけを寸止めして生々しい摩擦だけを何度も、何度も繰り返す。
「梶田、さ……っ、あ……も、う……っ」
「もう? もう、なに……? 皓二朗くん、どうしてほしいの? ちゃんと自分の口で言ってくれないと、わかんない」
限界まで焦らされ、熱に浮かされた彼の目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
「私と一緒に泥の中に堕ちたいなら。……このまま私の中に挿れて、めちゃくちゃにしたいなら。……皓二朗くんからお願いして?」
私の意地悪な強要に彼はついに完全に屈伏した。
「いれ……て……っ。僕を……っ、梶田さんの、なかに……いれて、ください……っ」
「あはっ……!」
その情けない懇願を聞いた瞬間、私は歓喜に満ちた声を上げて笑った。理性を捨てて快楽を乞う愛おしい少年の顔。私は彼の涙を指先で優しく拭うと焦らすのをやめ、彼の腰に跨ったまま自らの体重を深く沈め、その熱を私の一番深い場所へと一気に迎え入れた。
「あ、あぁぁぁッ!!」
「んっ……あはっ、すご、い……っ」
私の奥底が彼の熱くて大きなモノで隙間なく埋め尽くされる。未知の圧倒的な快感に脳髄を焼かれた皓二朗くんは獣のような叫び声を上げて私の背中にすがりついてきた。そして完全に理性のタガが外れた彼は本能のままに私を強く抱き込むと、勢いよくベッドの上で体勢を反転させた。
ぐるりと視界が回り、今度は私が仰向けに組み敷かれる。乱れたシーツに背中をついた私に対し、上から覆い被さる形になった皓二朗くん。彼は「こんなことは間違っている」という絶望と逃げ場のない快楽に引き裂かれながら、もはや自分の身体をコントロールできなくなっていた。
「梶田、さん……っ、あぁ、ごめ……っ、ごめんなさ……っ」
「謝らないでって言ったでしょ。……ほら、もっと私を見て? ずっと、私だけを見てて……っ」
私はシーツに沈み込んだまま、下から彼を見上げてその首に腕を絡ませる。謝罪の言葉をうわ言のように繰り返しながらも、私の上に覆い被さった皓二朗くんの腰は抑えきれない本能のままに上から激しく打ち付けられていく。私をきつく抱きしめ、荒い息を吐く彼の顔は絶望と快楽に完全に歪みきっていた。
「いく……っ、僕、もう……っ!!」
彼の限界はもう目前に迫っていた。その涙に濡れた無防備な顔を下から見上げた瞬間、私の脳の奥底にこびりついていた分厚い「泥」のような記憶の靄が、唐突に晴れていくのを感じた。
(ああ……そうか。わたしは……)
完全に屈伏し、泣き叫ぶ彼の顔。それは私がかつて「誰か」を虐げ、その人生を徹底的に破壊した時の暗い喜びと完全に重なり合った。私は悲劇のヒロインなんかじゃない。最初から、他者を虐げることが大好きな、最低で最悪の化け物だったのだ。
でも、昔と違うことが一つだけある。目の前で涙を流す彼に対する、この狂おしいほどの『愛情』は本物だ。
愛している。誰よりも愛おしい。だからこそ正しくて眩しい場所にいる彼が、私の毒に侵されて泥まみれに堕ちていく姿が見たくてたまらない。私を苛烈なまでに汚し、少しも大事にしてくれなかった『正しい世界』なんて彼にも捨ててほしい。あんな眩しい世界はもう見ないで私しかいない真っ暗な泥の底へと彼を引き摺り込みたい。彼にとっての絶対的なヒロインになりたい。
「ねえ、皓二朗くん」
私は限界を迎えようとしている彼の耳元に唇を寄せ、ゆっくりと段階を追って語り始めた。
「『アスリス』って病気、知ってる?」
「え……? あ、す……りす……?」
熱に浮かされていた彼が荒い息を吐きながらうわ言のように聞き返す。
「そう。身体の性別が変異しちゃう、すっごく珍しい病気。……私ね、ずっと隠してたんだけど元々は『男』だったの。それがその病気のせいで、こうして女の子になっちゃったんだ」
唐突な告白。普通の時なら、きっと彼は混乱して手を止めていたはずだ。でも今の皓二朗くんは違う。未知の快感に脳髄をドロドロに溶かされ、ただひたすらに絶頂へと向かって猛進している。今の彼の思考回路は、その言葉の異常性を深く処理することなんてできなかった。
「ねえ。元は男だったこんな変な身体でも……皓二朗くんは、私のこと愛してくれる?」
試すように甘く囁いて、わざと私の内側をきゅっと締め付けてあげる。すると彼は、もどかしそうにさらに激しく腰を打ち付けながら私の首筋にすがりついてきた。
「あぁ……っ、愛してる……っ、愛してるから……っ、お願い……っ」
ただ目の前の快楽と解放を求めて。彼はいま自分が何を言っているのかもまともに理解しないまま、一切の思慮を欠いた言葉で私の存在をあっさりと受け入れたのだ。
(ああ、かわいいなあ……)
私は愛おしさと、どうしようもない滑稽さに歪んだ歓喜の声を漏らした。私を愛してくれるんだ。元が男でも、全部受け入れてくれるんだね。なら、とびきりの絶望をプレゼントしてあげる。
「ふふっ、すっごく嬉しいな。……じゃあ、そんな皓二朗くんにもう一つだけ教えてあげる」
「梶田、さん……っ なにを……っ」
愛の言葉を口にしながらも、どこか焦点の定まらない目で私を呼ぶ皓二朗くん。
「ぶっぶー。ハズレだよ、皓二朗くん。……私の名前、カヤじゃないの。区切るところが違うの。『梶田、カヤ』じゃなくて……『梶、貴也』。それが私の本当の名前」
私の中に挿入っている彼の一部を通して皓二朗くんの心臓が早鐘のように激しく鳴り始めたのがわかった。
「かじ、たかや……?」
熱に浮かされた頭で彼がその音の響きを反芻する。私は彼の汗ばんだ頬を優しく撫でながら、わざと白々しく、ひどく楽しげに語りかけた。
「実はね、私たちって偶然、同じ小学校に通ってたんだよ。……世間って狭いよね」
「え……? おなじ、小学校……?」
「うん。……ねえ、覚えてる? 五年生の時。皓二朗くんが池に落ちちゃった時あったでしょ? 誰かに後ろから思い切り突き飛ばされてさ、膝ぐらいの浅さしかないのにパニックで溺れそうになってて。だから、助けてあげるから代わりに土下座しろって言ったら、びしょびしょになって凍えながら土下座する皓二朗くん……ホントに傑作だったなぁ」
その言葉を聞いた瞬間。快楽に溶けきっていた皓二朗くんの瞳に明確な『恐怖』が走ったのがわかった。
それは絶対に他の誰かが知っているはずのない、いじめの首謀者と被害者という当事者しか知り得ないあまりにも生々しい記憶。彼の心の奥底に封じ込められていた決して消えないトラウマ。
「なんで、そのことを……まさ、か……っ」
まさか、嘘だろ、そんなことが。頭の良い彼のことだ。断片的な情報が繋がりで自分が今、愛を誓い、熱を注ぎ込んでいるこの美しい少女が「誰」なのか、完全に導き出してしまったのだろう。みるみるうちに青ざめ、理解を拒むように激しく引き攣っていくその顔。
「あはっ! 気づいた? ねえ皓二朗くん、気づいてくれたんだね!」
彼の顔に浮かぶ圧倒的な絶望がたまらなく愛おしくて、私は嬉しそうに彼の頬にすり寄った。
「親が離婚してね、苗字が変わったの。……昔の姓はね、『宮本』。皓二朗くんの人生を、一番最初におかしくしてあげた……あの名前だよ」
「あ…………っ、あぁ、あ……っ!?」
彼の全身の血が一瞬にして完全に凍りついた。目の前にいる私が彼がかつて最も憎み、そして最も恐れていた『宮本貴也』の成れの果てだと完全に理解したのだ。あまりの衝撃に私の中にある彼の熱が急速に萎えようとする。
でも、そんな逃亡を私が許すはずがない。
「逃がさないよ、皓二朗くん。……ずっと、私だけの世界にいて」
私は下から皓二朗くんの首に強く腕を絡ませると同時に自らの白く細い両足を彼の腰にしっかりと巻きつけ、逃げられないように万力のように締め上げた。そしてパニックで引き攣る彼の顔を強引に引き寄せて、その唇を深く乱暴に貪った。
「んんッ!? ん、ぐ……っ!」
完全に彼を捕らえたまま私の一番深い場所で逃げ出そうとして萎縮しかけていた彼の中心を、意地悪にきゅぅっと強く締め付けた。さらに身じろぎをするように腰だけを小さく、ねっとりとくねらせて彼が一番感じるところへ直接的な刺激を擦り付けるように与えてあげる。
「ひっ……! あぁっ……、やめ……っ。お願い、だから……っ、はなしてくれ……っ!」
私の脚の拘束の中でもがき、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら皓二朗くんは哀れな声で懇願してくる。でも私がそんなお願いを聞くわけがない。私は彼の悲痛な声を完全に袖にして、もう一度、彼の唇を塞いだ。今度はさっきよりももっと深く、ねっとりと互いの唾液を交換するようにじっくりと舌を絡ませてあげる。
「ん、ちゅ……、れろ……ぁ……っ」
「んんっ……! あ、ぁ……っ」
すると、どうだろう。恐怖で竦み上がって逃げようとしていたはずなのに私が彼の口内を蹂躙して舌を吸い上げるたび、私の中にいる彼の中心がビクン、ビクンと脈打ち、さっきよりもずっと熱く、硬く膨張していくのがわかった。
「……ぷはっ。あははっ、やっぱり」
私は銀の糸を引きながら唇を離し、息も絶え絶えになっている彼を見つめて意地悪に微笑んだ。
「皓二朗くんってさ……チュー、すっごく好きだよね?」
「あ……っ、ちが……っ」
「違わないよ。口では嫌がってるのに、こうやって舌を絡めてあげるだけで私の中でこんなにビクビクして……またすぐパンパンに熱くなっちゃうんだもん。……私が『宮本貴也』だってわかっても私のキスでこんなに感じちゃうなんて、ホントにだらしなくて……最高に可愛い」
極限まで開発された女の身体から与えられる暴力的な快楽と逃げ場のない粘着質な摩擦。そして蕩けるような甘いキス。彼の肉体は心と完全に切り離され、強制的に極限の興奮状態へと引き戻されてしまう。
(いやだ……っ、抜か、ないと……っ、こんな奴のなかに……っ!)
自分が今交わっているのが、かつて自分を壊した『男』だと理解した皓二朗くんは再び悲鳴を上げながら、腰に巻きついた私の両脚を強引に引き剥がそうとした。
普段の健康な皓二朗くんなら私のような細い身体の拘束なんて、いとも簡単に振りほどけたはずだ。でも、今の彼は違う。初めて知る圧倒的な快楽で脳髄をドロドロに溶かされ、限界の限界まで追い詰められていた彼の身体は完全に腰砕けになっていて、私から逃げるための力なんてちっとも残っていなかった。おまけに唐突に突きつけられた絶望とパニックで、まともに筋肉を動かすことすらできていない。
だから無駄だよ。絶対に、あの眩しい世界へは帰してあげない。
皓二朗くんは、逃げられない現実にパニックに陥りながらもがくように叫んだ。
「いやだ……っ、放せ……っ、たのむ……っ!!」
私は妖艶に微笑み、彼に最後通告を突きつける。
「だーめ♡ ……このまま、私の中に全部出して?」
「だめだ……っ、ああぁぁぁッ!!」
悲鳴のような咆哮とともに皓二朗くんの肉体はついに限界を迎えた。腰を締め上げる私の両足から逃れることはできず、彼は最も逃げ出したかったはずの相手の最奥深くへと自らの熱のすべてを強制的に解き放った。
ドクン、ドクンと、彼が絶望と共に吐き出した熱い脈動が私の内側を直接打ち据える。その瞬間、私の身体が雷に打たれたように大きく弓なりに反り上がり、歓喜に満ちた絶叫が口から弾けた。
「あっ……ぁ, あぁぁ……ッ!!」
肉体の擦れ合いなんかじゃない。かつて私が壊した男の子が絶望の涙を流しながらも抗えずにすべてを私に注ぎ込んだ。彼を完全に支配し、汚し、私だけの泥濘へと完全に引き摺り込んだのだ。その圧倒的な達成感と狂おしいほどの愛情が臨界点を突破し、私は自らの『脳髄』で直接的に達してしまった。
視界が真っ白に弾け、背骨を暴力的なまでの快感が駆け抜ける。間違いなく、これまでの人生の中で一番の絶頂。そして、これからの人生で絶対に二度と味わうことはできない至高の感覚だった。
「はぁっ……はぁっ……あ、ぁ……」
肺が破れるほどの荒い呼吸を繰り返し、絶望のあまり痙攣しながら皓二朗くんは糸が切れた操り人形のように私の胸へと崩れ落ちた。最高の絶頂の余韻に身を委ねながら、私は涙と汗でぐしゃぐしゃになった彼の頭を優しく、優しく抱きしめる。
「……よくできました、皓二朗くん♡ すっごく……気持ちよかったよ」
「……あ、あぁ……、なんで……っ」
私の腕の中で彼は虚ろな瞳のまま、ただ弱々しい嗚咽を漏らすことしかできなかった。抵抗する気力も私を突き放す理性も、もう彼には一欠片も残っていない。
「泣かないで。私がこれから、いーっぱいいいことして、あの頃の怖い記憶も全部、気持ちいい記憶に書き換えてあげるから……っ」
右耳で揺れる四つのピアスが、チャラリと冷たい音を立てる。私は、すべてを諦めた愛しい彼の涙を舐めとり、再びその唇を甘く塞いだ。けばけばしいネオンの光がブラインドの隙間から私たちを冷たく照らしている。これからはずっと私しかいないこの真っ暗な泥の底で、あなたは私の与える快楽なしでは息もできない身体で生きていくの。
私があなたをこの世で一番可哀想な目に遭わせて、そして誰よりも深く愛してあげるからね。
図書室で紡がれるはずだった二人の静かな物語は、こうして歓楽街の薄暗い密室の中で永遠に外に出ることのない凄惨な共依存へと姿を変え、完全にその幕を下ろしたのだった。
――完璧な余白は、最も醜く、最も悲しく、そして最も歪な愛の色で塗り潰されてしまった。