大学入学に合わせて上京し数カ月。勉学の方もどうにかこなし、夏休み期間に合わせてアルバイトも始めた。順風満帆とまではいかないまでも、結月ゆかりはそれなりにやりがいのある日々を過ごしていた。だが、人には当然悩みの一つや二つあるもので、その例にもれず彼女もまた悩みを抱えている。それは趣味のゲーム費用を捻出するための生活費のやりくりであったり、後期の履修登録をどうするかであったりと、ありがちなものが殆どであったが一番の困りごとはそれらではない。
『あっ…、あん、…っ、あぁ…』
隣の部屋から毎日の様に聞こえてくる嬌声。これが結月ゆかりの目下最大の悩みであった。趣味のゲームをしているときであっても、徹夜でレポートを終わらせるときであっても、こちらの都合など考えずに喘いでくるものだから、幾度となく寝不足や課題の進捗の不具合を味合わせられた。趣味のゲームだって集中できず、何度歯痒い思いをさせられたことか。
しかも、聞こえてくる女性の喘ぎは日によって違う人のもの、何股もしてるそういうことに遊び慣れた男性かと考えると、苦情を言いに行くのも怖い。大家を経由して苦情は入れてもらったものの一向に改善の気配はない。
『やっ…、ら、らめぇ…、んぅっ…』
「…っ、はぁ…」
だが、それ以上に厄介なのが、聞こえてくる嬌声に性欲を煽られることだった。ゆかりだって人間であり、年齢も若い。年相応に性欲も持ち合わせている。そんな時分に毎日の様に喘ぎ声を聞かされては堪ったものではない。ゲームや作業用のBGMの音楽を上げて無視しようとする日も多いが、生憎今日は内側で燻る熱量がいつもよりも高い。溜息を一つ零して、ゆかりはPCの電源を落とした。
「…やりますか」
誰に言うでもなく呟いて、ゆかりはベッドに仰向けになる。そうして、パジャマの前ボタンを開けて素肌を露にする。人よりもいくらか薄い胸を包むように揉み込むと、次第に内側で燻っていた熱が体表にまで現れ、額や首元に汗が浮かび上がる。頂を爪先でかりかりと弄れば「ん…んぅ…」と小さな喘ぎが口から漏れる。そのまま、自分の意志とは半ば無関係にもぞもぞと動く太腿のその奥でじわじわと湿ってくる感覚。そろそろいいかなと、ズボンと下着の内側に手を伸ばして秘唇に触れる。くちゅ、と指が沈む感覚がして背筋から全身に鋭い快感が走る。
「あっ…、っ…、ん、んぅ~~~~っ…!」
危うく大きく漏れそうになった声を、パジャマの襟を噛むことで堪える。隣人に声を聴かれるなど、『貴方達の行為の音を聞いて興奮を煽られました』と言っているようで恥ずかしいことこの上ない。そのままちゅこちゅこと浅いところを指を前後させて擦り、胸を弄っていた手も下着の中に入れて皮に包まれていた秘芯を摘む。
「ん、ふぅ、ぅ、う、ぁ…っ!!」
『ひゃ…っ、ら、らめぇ…!もう、イっちゃ…!!』
隣の部屋から聞こえる女性の声もスパートを迎えようとしている。それに合わせるように興奮を煽られて、ゆかりもまた絶頂へ押し上げられる。そうして、
「んっ、ぅ、~~~~~~~~っ!!」
『や、イく、イっ、ぁぁあああああ…!!』
二つの嬌声が重なり、ゆかりはベッドに身体を沈ませた。息を荒げながらズボンの中から手を取り出す。指先は愛液で湿っており、その感触に嫌悪感を覚えてヘッドボードの上に置かれたティシュへと手を伸ばして拭き取る。本当は服、特に下着も着替えたかったのだけれども、自慰行為からの脱力感とそれに耽ってしまった自己嫌悪で身体は動きそうになく、そのまま睡魔に襲われることを選んだ。
***
翌日、下着を一つ駄目にしたことを後悔しながら、ゆかりはぼんやりとバイトの制服に袖を通す。そのまま、壁に視線を向けながら伸びをしてたその後ろから、
「相変わらず、寝不足みたいだねぇ」
「ひゃうわぁ!?」
耳元で囁かれて思わず悲鳴を上げる。後ろに立っていたのは、バイトリーダーで先輩でもあるさとうささらであった。
「耳元で囁くのはやめてくださいよ…。くすぐったいっていつも言ってるじゃないですか」
「えー。ゆかりちゃんリアクション面白いからなぁ、やめたくないなぁ」
「全くもう…」
そう怒ってみせるも、ささらはけらけらと笑いながら「ごめんごめん」と言うだけでやめるとは言ってくれない。そんな様子にはぁ、とわざとらしく溜息を付きながらゆかりはタイムカードを押しに機械へ向かう。そして、機械近くに貼られたシフト表を見て気付く。
「あ、珍しい。ささらさんと私、帰る時間同じなんですね」
「あー、そうみたいだねぇ。どうする?一緒に帰る?」
「まぁ、終わってから考えます」
「えー。そこは、一緒に帰りましょう、って即答するところじゃないかなー」
「意地悪する先輩には、当然の仕打ちです」
そう言いながらゆかりはタイムカードを押して、ぶーぶーと文句を言う先輩の言葉を軽く受け流しながらバイトに入る。先輩後輩でありながらも、互いにあまり気を遣わずに接することのできる、それがこの二人の関係であった。
そうして働くこと数時間、そろそろバイトも終わるなと思っていたところで店長から声を掛けられる。
「ごめんだけれど、吉田君少し遅れるみたいだから結月さんか佐藤さんどっちか吉田君来るまで残ってくれない?」
「あ、じゃあ私が残りますね。ささらさんお先にどうぞ」
「えー…、じゃあ終わるまで待ってるね」
「どんだけ一緒に帰りたいんですか…」
じゃあ待っててください、とささらを見送ってカウンターで十分程。慌てて駆けこんできた吉田を苦笑しながら迎えてバトンタッチ。謝罪と労いの言葉を受け取って事務室へと帰っていく。
「あ、お疲れー」
「お疲れ様です、お待たせしました」
事務室に戻ると、店長と会話を交わしながらスマートフォンを弄っていたささらがゆかりの方へ視線を向ける。タイムカードを押しながら返事をして、制服を着替える。
「待たせたのは吉田君なんだから気にしなくていいよ!代わりにガツンと言っておいたから!」
「あんまり苛めないであげてください、貴重な男性アルバイトなんですから…」
そう苦笑しながら制服を脱いで代わりに薄手の上着を羽織って着替えを終える。ロッカーに入れていた鞄も取り出して帰り支度は済ませた。
「それじゃあお疲れ様でした。ささらさんも、一緒に帰るんなら帰りますよ」
「あ、待って待って!お疲れ様でーす!」
そう言って二人が店を出た頃には外はすっかり日が沈み、街灯がないと不安なくらいには暗くなっていた。月も雲がかって明かりとするには心許ない。
「いやー、暗いねー」
「そうですね、それにこの季節になると流石に寒いです」
「そう?ゆかりちゃん寒がりだねー」
そう言うささらは本当に寒さを気にしていない様子で、街灯が一定間隔で照らす道路をくるくると回りながら歩く。相変わらず無邪気で自由な人だと、寒さを少しでも誤魔化すように自分の身体を抱きしめながらゆかりは笑う。
「そういえば、ゆかりちゃんって家どこら辺なの?折角だし、送ってくよ?」
「え?」
「?どうかした?」
「いや、その…。有難いですけれど…、ささらさんはどうするんですか?」
「え?送ったらそのまま帰るけど?」
「危なくないですか?心配してくれるのは嬉しいですけど…」
「大丈夫、大丈夫!これでも私腕っぷしには自信あるんだから!」
力こぶを見せるように腕を曲げてみせるささらに、呆れ混じりにゆかりは笑みを浮かべる。相変わらず、誤魔化すのが上手いのか下手なのか。全てを笑いに持っていくからその真意は分かりかねない。受け取る側としてはその一見楽観的な態度に救われるのだけれども。こうなったらきっとどう言っても最後まで見送られるのだろう、そうなら下手に遠慮するのも却って失礼かとゆかりは考えた。
「それじゃあ、よろしくお願いします。でも、それならなるべく急いで帰りましょうか」
「えー、ゆっくり帰ろうよ。お話とかしようよ」
「駄目です。お話ならバイトの時とかでもできますし、それに、私のせいでささらさんが危ない目にあったらいけませんし」
気遣いの押し付け合いをしながら笑って帰路につく。そうして今日も一日が終わるはずだった。
「そういえば聞いてなかったけど、マンション?アパート?ってどこら辺なの?」
「もう、そこの電柱を曲がればすぐですよ?あの角を曲がったところに一階に薬屋があるマンションあるじゃないですか、あそこです」
「…え?そこなの?」
「?なにか問題ありました?」
「いや、私も同じマンションだよ!何階?」
「え、二階ですけど…」
「私も二階!いやー、偶然だね!」
「そうですね、二階のどの部屋ですか?」
「んー、着いたら教えるよ!」
そう話しているうちにマンションに到着する。ささらはゆかりを急かすように時々振り向きながら階段を一段飛ばしに上っていく。それを追う様にゆかりも後に続いて二階へと辿り着いた。そうして、ささらはどの部屋かと顔を覗かせて、思わずその場で固まってしまった。
「私の部屋はここだよ。ゆかりちゃんのとこはどこ?」
そう言ってノックすることで示したその部屋は、階段から一番遠い最奥の部屋。その部屋の手前、階段から二番目に遠い部屋がゆかりの部屋であった。
「その、一個前の部屋、です」
それ即ち、ゆかりの部屋の隣、喘ぎ声の聞こえる部屋の主こそ、この気の合うバイトの先輩であるさとうささらであることを示すに他ならなかった。
「へー、そうなんだ。奇遇だねぇ」
マンションの廊下であることを考えてか、帰り道よりも幾分か声量を抑えながらも楽しそうに話すささらに、ゆかりは何を言ったらいいのか分からないでいた。ささらが隣人であるなら同居男性の言わば本命こそ彼女なのだろうか。それなら彼女経由で頼めば少しはましになるのでは。しかし、隣人だと知った途端にいきなり苦情を入れるのも失礼ではないか。思考が脳内を巡り、何かいい案を出そうとするも思いつく気配はない。そんなゆかりの心持を知ってか知らずか助け舟を出したのはささらだった。
「ねぇ、折角だからお茶していかない?お隣さんって知った記念にさ」
そう言ってドアを開けながらウインクするささらの提案をゆかりはこれ幸いと首肯する。同居する男性がどういった人物か知ってからでも遅くはなかろう、そうでなくともここで話を切り出すよりは余程自然に話せるだろうと、部屋に入るよう迎え入れるささらの後にゆかりは続いた。
「コーヒーしかなかったけど大丈夫かな?あ、砂糖いる?」
「あ、ブラックで大丈夫です。ありがとうございます」
「いいのいいの!それじゃ、二人の出会い?を祝して、かんぱーい!」
「か、かんぱーい」
彼女らしい明るい雰囲気に吞まれるようにして手にしたマグカップを軽く上げる。そうしてカップに口を付けながら、失礼にならない程度を意識して部屋の様子を見る。ささらが飲み物を用意してくれている間にも眺めていたが、基本ゲームやネット関係以外には頓着しない自分とは違い、小物や化粧品などが目立つ如何にも年頃の女性らしい部屋だった。差し出されたマグカップも可愛らしいイラストの描かれたものでつい笑みが零れそうになる。
しかし、それはそれとして。部屋に男性が住んでいる、それどころか出入りしている気配がないのはどうしてか。部屋干ししている洗濯物にも男性用のものは一切ない。そういえば、入る時に何となく視界に入った洗面台にも歯ブラシは一本しかなかった。
「いやぁ。しかし、お隣さんとはねぇ。世間って意外と狭いものだねぇ」
「そうですね、私も意外でした。…あ、今更ですけど、引っ越してきた時とか挨拶してなくてすみませんでした」
「んー?そんなの気にしなくていいよ。今時挨拶なんてしない方が普通だって」
そう何気ない会話が続く。やはりささらとの会話は気が楽だ。ある程度の付き合いの長さはあるが、フランクな彼女の態度は自然と壁を取り除いてくれる。そういえば、と自然な形で振られる話題に合わせるだけで会話は弾んでいく。気付けば当初の目的、彼女の同居人へのお願いも忘れてささらとの話に夢中になっていた。カップの中身も空になって、それでも続いた会話は、ふとゆかりが時計を見て一度途切れた。視界に入った文字盤の短針はいつの間にか二目盛近く進んで、長針があと一周と少し回れば日付も変わる頃合いだった。
「あぁ、もうこんな時間かぁ。ゆかりちゃん大丈夫?時間とか」
「あ、私は平気ですけど…。その、同居の方とか大丈夫ですか?まだ帰られてないみたいですけど…」
「えー?私一人暮らしだよ?」
「えっ」
思わずゆかりの口から間抜けな声が漏れる。
「なに?誰かと同棲してるとか思ってた?残念ながらささらさんは人肌恋しい独り身ですよーだ、これでも正直顔には自信あるんだけれどなぁ…」
「え、いや、それもあるんですけど。その、夜に声が…」
そこまで言ってしまって、ゆかりは自分の軽率さを呪った。他人に夜の情事が筒抜けだと言われていい顔をする人間がどこにいるものか、そう思って謝罪か誤魔化しか何かしらを紡ごうとするも、うまく言葉が出てこない。その間に、
「…あー、聞かれちゃってた?」
「あ、え、その、あの…ご、ごめんなさい!」
「いやいや、むしろ悪いのはこっちだし。いやー、恥ずかしいですなー、他の娘との遊びの一部始終とか聞かれてたなんて」
「い、いや、全部を聞いてたわけじゃなくて、ただたまーに聞こえてただけで…」
気恥しそうにぽりぽりと頬を掻くささらを本人なりに気遣う様にゆかりは言葉を続ける。しかし、そこで有耶無耶に流せばよかったものに気付いて話を止めてしまった。『他の娘との遊び』とささらは言った。それの意味するところはつまり、とゆかりが思い至ったのを察したのだろう。その視線に冷たい熱を含ませて、ささらはふっとゆかりとの距離を縮ませる。
「…ねぇ、ゆかりちゃん」
「ひゃ、ひゃい!?」
気付けば隣にささらが居り、耳元で聞こえた声と意図的に熱が込められた吐息、そしてテーブルの上に置かれた自らの手に重ねられた彼女の柔らかい手の感触に、自分でも変だとしか思えない声を出してしまう。かわいい、とクスリと笑いながら呟かれて再び背筋にぞわりとした感覚が走る。
「もしかしてゆかりちゃん、そういうことに興味あったりする?」
「い、いや、そういうわけじゃ…」
つい数分前までの朗らかな雰囲気とはまるで違う、妖しさを纏わせた声色と微笑みにどぎまぎしながらゆかりは答える。今の今までゆかりは、自身の性対象に女性の存在をカウントするという考え自体がまるでなかった。話に聞いたことはあるが、自分には縁のない、言ってしまえば対岸の火事だとばかり思っていた。それが今ではどうだろう。少なくとも、そちら側の趣味は持っているであろう人物、それもある程度親密で好印象を抱いている女性に迫られているのだ。動揺など隠せるはずもない。
「ふぅん、でも…」
ぎゅ、と抱きしめられる。ふぁあ、と情けないことこの上ない声が漏れるのも気にしないで、ささらは彼女自身とは違うゆかりの薄い胸に耳を押し付ける。
「こっちはすごいどきどきしてる。期待してるんだぁ」
クスクスと笑いながら出されたささらの言葉に、ゆかりは自問する。同性愛者か少なくともバイセクシャルだと判明した今でも、ささらに対して嫌悪感や忌避感はない。恋愛感情と彼女に抱いているそれが同様のものかは兎も角として、好意的な感情を抱いているのは確かだ。加えて、女性的な柔らかさと熱の籠った吐息が昨夜自らの身体を駆け巡った熱を思い出させる。その熱は加速度的にゆかりの身体の内側を焼きこれからの期待を呼び起こさせた。ゆかりちゃん、と吐息が頬で感じられるほどに迫ったささらの表情は普段の明るさとは縁遠そうな淫靡なもので、
「嫌なら、抵抗してね?」
言葉面とは殆ど真逆の、勝ちを確信したような笑みを浮かべながらのその言葉を、拒むことはゆかりにはできなかった。
***
「ねぇ、こっちも初めて?」
「は、はい」
「そうなんだー。じゃあ私が初めて、貰っちゃうね?」
「ん…」
微笑みながら唇を指で指し示す様子からささらが何を言わんとしてるかを察してゆかりは正直に答える。それにふわりと笑い、ささらはゆかりの唇に自身のそれを重ね合わせた。ただ触れるだけの口付けであったが、当然記憶の限り初めてのものであったゆかりはただその柔らかさに驚きと一種の感動さえ覚えていた。この世界に触れただけでこんなに心地いいものがあるのか、と。
そうして柔らかさを堪能しているゆかりの唇に何かが当たる。ぬろ、と柔らかく湿った暖かいもの。それがささらの舌であると気付くまでには少しの時間を要した。もしかして、とゆかりが恐る恐る唇を開く。その隙間を縫うようにしてささらの舌がゆかりの口内へと侵入した。
「んぅ!?ん…、ふぅ…っ!」
「ん、ちゅ…。じゅ、ちゅる、ん…、ひぃこ…」
驚いて口を閉じようとするのをどうにか我慢したゆかりを褒めながら、ささらはゆかりの舌に自身のそれを重ねる。重なった二人の唇の間から水音が零れ、唇の端を唾液が伝う。ゆかりはフィクションの中でしか知らなかった温かく柔らかい感触に目を白黒させた。口内の粘膜を削ぎ取るように舌が動くたびに、背筋にゾクゾクとした感覚が走る。未知の感覚への恐れと、段々と苦しくなっていく呼吸に耐えられなくなったゆかりの眦から生理的な涙が零れ落ち、ささらの上着の裾を握る手に力が込められる。それに気付いたささらは絡み合った舌を一度解き、重ねた唇を離した。
「ふぅ…、どうだった?」
「よく…、わかんなかった、です…」
「そっかぁ。慣れてくれば気持ちよくなるんだけどねぇ」
「で、でも…」
ささらは余裕を見せながら荒く息をつくゆかりに初めての深い口づけの感想を尋ねる。ゆかりは息を整えながら口の端を伝う唾液を袖で拭いつつ答える。曖昧な回答に苦笑したところで、何かを言いかけたゆかりの口から続く言葉をささらは待った。
「なんていうか、もっとしたいかも、って…。ゾクゾクするのも段々癖になるっていうか…。すみません、やっぱりよく言えないですけど…」
そう言ったゆかりは、しかし一向に返事が来ない様子に不安を覚えて顔を上げる。もしかしたらささらの気を悪くしたかもしれない。そう思って恐る恐る表情を伺おうとしたところでぎゅう、と抱きしめられた。
「あー…、ゆかりちゃん。ほんと、かわいい」
「え、あ、あの」
「そこまで言うなら、もう少しキスしよっか」
有無を言わさず、といった様子でささらはゆかりの唇を奪う。ささらの機嫌は悪くない、むしろ上機嫌であることに安心したものの、不意に訪れた再びの感触にまた思考が麻痺する。訪れた感覚が快感であると自覚したところで、呼吸に限界が来た。それを察してささらは唇を一度離す。
「口は使えないから、鼻で呼吸するの。やってみて?」
「は、はい」
そうして、二度三度と唇を重ねては息を整えてを繰り返す。初心者であるゆかりも数を重ねるごとに息の仕方を覚えてきたようで段々と一度の口付けが長くなる。その時間に比例して快感も大きく膨らんでいくのは当然のことで、ゆかりはささらが与えるその快感へと身を委ねていく。
一方で、ささらは舌を絡めるとともに恍惚とした様子でキスに夢中になるゆかりの様子を観察していた。ささらの見立てでは、ゆかりは快感に対してかなり弱い。そしてそれは事実そうであった。キスだけでここまで感じられるのであればこの先はどうなるのか。快感を与えながら、ささらはこれからどの様に彼女を頂こうかと思考を巡らせる。そのうちに、ゆかりの呼吸が荒くなるのを感じて、そろそろ頃合いかと判断したささらはズボンの上からゆかりの秘部を膝を押し付けるようにして刺激してやる。ただそれだけの快感で、つい先刻まで与えられる性感を知らなかったゆかりは身体を震わせた。きゅ、と一瞬強張った身体はすぐに弛緩してささらに凭れ掛かる。その様にささらは恍惚と優越を覚えた。
「ゆかりちゃん、大丈夫?」
「ぁ…、す、ごかった、です…」
「これからもっとすごいことするんだよ?それとも、今日はやめとく?」
ささらは、わざとらしく逃げの選択肢を用意する。必要なのは、選ばせること。早く、その選択肢を捨て去って。堕ちてきて。欲しいのなら、自分の意志で。
「い、いや、です…」
「なに、が?進むのが?終わるのが?」
「や、やめないでください…。もっと、もっとほしいです」
そう、強請るような視線を向けるゆかりの様子を見て、ささらは慈母のごとき笑みを浮かべてゆかりを抱きしめた。それなら、ベッドに行こう。ここだと身体痛めちゃうから。そう促しながらゆかりの手を引くささらの内心は、信徒を堕落させ愉悦に浸る悪魔のそれであったが。
「…あんまり、見ないでください」
「どうして?こんなに綺麗なのに」
ベッドへと連れられたゆかりは、ささらに促されるようにして下着以外の衣類を脱ぎ去り仰向けに寝かされていた。一方のささらも同様に服を脱ぎ去って下着姿になるとゆかりの上に馬乗りになる。
「だって…ささらさんみたいに、大きくないし…」
「大きさなんて関係ないと思うけどなー。女の子らしくてちゃんと可愛いよ」
そう言って、ささらはゆかりのお腹を指先ですっと撫でる。その感触にもひゃっ、と小さな悲鳴を上げるその様も、ささらの嗜虐心を昂らせていく。もっと虐めたい、弄びたいという欲求がむくむくと育っていたささらは、吸い寄せられるように先程指を這わせた箇所に唇を寄せてぢゅう、と強く吸い付いた。ただのキスだと思って油断していたところに訪れた強い刺激にゆかりは身を震わせる。痛みにも似た刺激に驚いて視線を下げると、脇腹の辺りに赤い跡が残る。
「これで、ゆかりちゃんは私のものね」
そう、悪戯っぽい笑みを浮かべられては刺激に驚かされたのも許さざるを得ない。それ以上に、所有物の様に扱われているはずなのにそれに対して悦びを覚えてしまっている自分に困惑を覚えた。その困惑も、キスマークの上から這わされた舌から与えられる快感にかき消されて、ささらから与えられるものが今この時間の全ての様に感じられた。
「ねぇ、ゆかりちゃん。これ外しちゃっていいかな?大丈夫なら、背中上げてくれる?」
「は、い…」
ささらのお願いを二つ返事で了承して、ゆかりは緩慢な動作で上半身を少し起こす。その僅かな時間も待ちきれなかったようで、ささらは持ち上がったゆかりの背に性急に手を伸ばすと慣れた手つきでホックを外し、上にずり上げて胸を顕わにした。
「やぁ…」
恥ずかしそうに手で隠そうとするのを許さないというように、ささらは胸元に動こうとしたゆかりの腕をベッドに押し付けるようにして固定する。冗談交じりに言った力自慢も華奢なゆかりと比べれば確からしい。半分は快感で力が抜かれたせいではあるが、抑えられた手首が動く気配はない。
「だぁめ、こんなに綺麗なんだから。ちゃんと見せて」
「うぅ…」
「うん、やっぱり。ここ、ぴんって膨らんじゃってるね」
「ひゃうんっ!」
笑いながら、胸の中心で自己主張する薄桃色の蕾に息を吹きかける。その僅かな刺激にもゆかりは喘ぎを漏らし身体を震わせる。その姿に興奮を煽られて、ささらは堪らず蕾に口を寄せる。
「はっ…、ちゅ、ちゅる、れる、じゅ…っ」
「あっ、はぅ…っ!うぅん…!あぁ!」
隠すものがなくなったゆかりの胸元をささらの舌が這う。赤く血色のよい舌のその先端がちろちろと蕾を上へ下へと弾いていく。時折唇を押し付けて吸い付く刺激も混じり、与えられる異なった快感にゆかりは快感を逃がすように、固定された手でシーツを握っていた。悩ましげな喘ぎと熱い吐息を漏らしながら快感に身を捩るゆかりの様子を見て、ささらは今ならと腕を押さえつけていた手の片方を外して胸に這わせる。
「ふぁあ…!?」
穏やかな丘陵を中心に寄せていくようにして胸を揉みしだく。その緩い快感でさえ喘ぎを漏らす弱さにささらは苦笑した。それならば掌の中心に当たるこの固い蕾を直接刺激してみせたならどう反応してくれるのか。その好奇心のままにささらは爪先でかりかりと引っ掻くようにして蕾を刺激する。
「や、いっ、あぁ!あ、あぁ、ぁんっ!」
「ゆかりちゃん、気持ちいい?」
「ぃ、ぃいいっ!きもち、いいで、すぅ!」
快楽に涙を流しながらも健気に返答する。可愛らしくてしょうがない。しかし、ゆかりの体力もそろそろ限界だろう。それに、既に十分乱れる彼女のより敏感な場所を虐めてあげたらどこまで善がり狂うのか。それが見たい、コースを頂くならメインディッシュは外せないでしょう?そんなことを考えながら、ささらは胸はここまで、と二つの蕾に手を伸ばす。そして、親指の付け根を使って引っ張り上げるように強く抓り上げた。
「っ、ぁあああああっ!!?」
少々刺激が強すぎたのか、背筋から脚の先までをぴん、と伸ばして身体を弓なりに反らせる。そうしてすぐにくたり、と脱力する。身体を小刻みに震わせながら息を整える。そんなゆかりをささらは緩く抱きしめた。抱き寄せようと触れたそれだけでもビクンと身体を跳ねさせたのを見て、やりすぎたかなと少し反省しつつも、この後のお楽しみを頂こうとささらは淡い藤色の髪をかき分けて、小さく形のいい耳に唇を寄せた。吐息がかかるくらいまで近寄せて囁いてみせる。
「ゆかりちゃん、大丈夫?」
「ぅ、は、ぃ…」
「ごめん、やりすぎちゃったね…。本当はもうちょっとだけやりたいのもあったけど、今日はこれくらいにしとこうか?」
「ぇ…」
ささらの提案にゆかりは戸惑いを見せた。その反応に、ささらはぞくりと背筋に冷たい愉悦が走るのを感じる。強引に進めて屈服させてしまうのも嫌いではないが、自分から望んで堕ちるように誘導する方が好みだった。
「どうしたの?」
少し不安そうな声色で尋ねてみせる。こうすればきっと、
「ぁ、あの…、だいじょうぶ、ですよ…?」
「え?」
「ゎ、たしも…、ほしいです、から、も、としてください…」
快楽に染まった舌足らずな声で自分から快楽を強請ってくる。この瞬間、ゆかりは己の意志でささらから与えられる快楽、あるいは快楽さえ置き去りにしてささら自身を望んでいた。それこそがささらの求めていたもので。
「…本当に、いいの?」
「はい…、だから、はやく…」
そう、今にも泣きだしそうな顔で見つめてくるゆかりの頬に唇を落として、ささらはゆかりの身体を支えるようにしながら自分と一緒に起き上らせる。そうしてベッドの上に座るようにしてゆかりを後ろから抱き締める。ぎゅ、とまずは安心させるように抱きしめて、首元に置いていた手を、鎖骨から胸元、そして真っすぐ薄い腹部へと撫で下ろしていく。軽く触れるだけのその刺激でも声を漏らすその様子に満足しながら、最早意味をなしていないじゅぷじゅぷと濡れた下着に手を伸ばす。
「あはっ、ぐっしょぐしょだぁ…」
「だ、って、きもちよすぎて…!」
「うん、分かってるよー。ちゃんと感じてくれてえらいえらい」
そう笑いながら宥めて、下着の上から秘唇を擦り上げる。
「んぅ、ぅあぁ…!」
「きもちいい?いいよね、ゆかりちゃん?」
「いい、いいで、す!も、もっとぉ…!」
そう言って自分から指へと下半身を押し付けるゆかりの姿がいじらしく、ささらも我慢が利かなくなってくる。湿り気で重さの増した下着を乱暴に脱がすと、ひくひくと物欲しげに動く中心へと指を突き入れる。勢いよく、しかし、純潔の証は破らないように丁寧に。初めての相手は奪わない、はささらが己に課した決まり事だった。
「ひゃ、ぁああ!?な、に、これぇ…!?」
「気持ちいい?自分で弄ってるのと違うでしょ?」
「ちがっ、こんなの、しら、にゃ、あぁあ!」
身悶えしながら快感にむせび泣く様子をもっと見たくてぐじゅぐじゅと秘所をかき混ぜる。
「ゃあっ!」
その中で一際、反応の善いところを見つけた。くすり、と笑ってざらりとしたそこを重点的に責め立てる。挿し込んだ指の先を擦り付ける様に。そうすれば、ゆかりは短く高い喘ぎ声を断続的に漏らす。
「ひ、ぁあ、ふ、ふぁああ!」
部屋に響く声が高く大きくなるにつれて、ささらは責められていないはずの自身の快感のボルテージが上がっていくのを感じる。何も咥えこんでいないはずの秘唇から愛液が流れ、ゆかりのことを笑えないほどに下着が濡れているのを感じていた。
「ゆかりちゃん、気持ちいい?イキそう?イっちゃいそう?」
「ぃ、ぃいい!ひもちいぃ!来る、何か来ちゃうぅっ!」
「そうなんだ、じゃあ、気持ちよくなっちゃえ、イっちゃえ!」
興奮を抑えられぬままにささらは自らの胸をゆかりの背中に押し付けて快感を得ながらゆかりを絶頂まで導こうと責めを加速させる。指先を弱点に一際強く押し込んで、もう一方の手で蜜を絶え間なく流す秘裂のその上でぷっくりと膨らんだ芽を一緒に摘む。
「く、くる、きちゃ、ぃ、い、イくぅぅぅううう!!!」
「っ、くぅう…っ!!」
二か所から与えられる強烈な快感をトリガーとしてゆかりは絶頂へ導かれた。蜜を垂れ流す秘唇はぎゅうぎゅうとささらの指を締め付けるように咥えこみ離さない。快感に耐えるように前方へと丸められていた身体は、その呪縛から解放されたかのように後ろへと仰け反ってそのまま後ろにいたささらへと凭れ掛かっていた。支える立場となったささらも静かに絶頂まで昇りつめその余韻に浸っていた。
「お疲れ様、ゆかりちゃん…」
「ぁ…、は、ぃ…」
そう呟きながら自分を労るように抱きしめるささらに視線を向けようと精いっぱい身体を動かしながらゆかりは返事をする。その姿をいじらしく思いながらささらはゆかりの頭を撫でてやる。それが心地いいのか、ただでさえ度重なる絶頂とそれに伴う疲れとで緩んでいたゆかりの表情は更に蕩けたものになっていく。
「疲れたでしょ?ごめんね、無理させちゃって。今日は泊っていいから、もう寝ちゃって?」
「はい…、ありがとう、ございまぅ…」
最後の方はもう言葉にならないほどに蕩けた様子で、ゆかりは夢の世界へと旅立っていく。その様子に満足そうな笑みを浮かべながら、ささらはゆかりをベッドへと横たわらせた。
***
一通り後始末を済ませて一息つきながら、ささらはスマートフォンを手に取ってSNS画面を開く。とりあえずこれは済ませなければ、と明日の午前中に会う予定だった誰かに、急なシフトが入って会えない、と噓のメッセージを送る。顔もいまいち思い出せない娘ではあったが、それなりに従順だし不用意に干渉してこない娘だったはずだから、ゆかりと鉢合わせになって修羅場とかはないだろう。そもそも前提として身体だけの関係と公言しているからドタキャンした方については責められてもどうとでもなるが、ゆかりの心象は少しでも良くしておきたい。
初対面の時からささらはゆかりのことを狙っていたと言っていい。第一条件である顔とスタイルは余裕で合格点。凹凸に欠ける身体にコンプレックスを抱いている彼女だが、そんなもの些細な事。ストックしている遊び相手と比べても群を抜いていた。ついでに性格も知る限りではあるが、全然許容範囲。興味のないことにはドライなところは少し気になるが、あれこれ干渉してきたり自分の理想を他人に強要するような面倒くさいタイプではない。それだけでも子飼いするには十分。
そして、この夜で身体の具合も自分好みであると分かった。ささらは性行為において自分が気持ちよくなるよりも、他人を気持ちよくする方が好きな人間である。自分が相手より優位に立っている状況に快感を覚える性質であるため、まず責める側に回ろうとするタイプは苦手である。そうしたタイプは絶対にアウトというわけではないが、自分の責めを従順に受け入れる人間をより好むのは当然の帰結である。その点において、ゆかりはささらが与える快感にただただ溺れるだけで、満足度が高いもので。その上、与えられる快感に対して耐性がないことも非常にポイントが高い。無論、ささら自身も“遊び”の中で性に関する知識や技術は貪欲に吸収しているが、それでも相手が感じにくい体質であれば興も削がれる。それでご破算になった関係も少なくないささらにとって、過剰な程に感じやすいゆかりの身体はささらの理想像といって差し支えないものだった。
この夜でどこまで堕とせたかはまだ分からないが、今日で確実に自身の痕跡を彼女の中に残すことはできた。後は今まで通り快楽を餌にして自分のもとへと誘い込めばいい。そうして自分の与える快楽なしでは耐えられないようにしてしまえばいい。これまでに集めた“遊び”のストックを差し出せと言われたなら、そんなもの容赦なく天秤にかけるだろう。絶対離してなるものか。これは私の所有物だ。ささらは眠るゆかりの頬を撫でながら、心の中でそう呟いた。