淫界人柱アラカ短編集 作:名無し犬
アラカ新作漫画発表おめでとうございます。
姿見の前で、念入りに身だしなみを確認する。服も化粧も、ここまで気合を入れるのはいったいいつぶりだろう。
「…よし」
ようやく満足のいく仕上がりになって、ふっと笑みをこぼす。これから会う彼がどんな反応をしてくれるか、つい期待に胸を膨らませていた。
(あら、随分と可愛いらしい恰好ね)
それを遮る様に、頭の中に響く声。今日のデート最大の不安要素が、ひどく楽しげに話しかけて来る。
(分かってると思うけど)
(言われなくても、大人しくしてるわ。祓われたくないし)
釘を刺すまでもなく、思いの外あっさりとカーラが引き下がる。なんだか拍子抜けだ。もっとからかってくるとばかり思っていたのだけど。
(それより良いの?約束の時間まで大分余裕があるけれど。そんなに彼と会いたくて仕方がない?)
などと考えていると、やはり楽しげに響く声。なまじ図星を突かれているだけに、何も言い返せない。久々のデートだからか、どうにもそわそわとして落ち着かなくて。つい準備を進めてしまったけど、時間がだだ余ってしまっている。
(…そうよ、悪い?)
(別にー?ただ、意外と乙女よね、アラカって)
言い訳も思い付かず観念して開き直れば、帰ってくるのはからかいの言葉。まるで普段はそうじゃないみたいな言い草だ。全くもって心外である。一瞬こぶしを握りかけるが、止めた。せっかくのデートなのだ。カーラの言葉にいちいち構ってなんていられない。
(デート、上手くいくと良いわね。危なくなったら代わってあげましょうか?)
(結構よ。むしろ、勝手に出てきたら今度こそ祓うから)
こんな軽口の応酬も慣れたものだ。この悪霊ともすっかり長い付き合いになってしまった事に、複雑な気持ちを抱きつつ、私は家を出るのだった。
◆
さて、逸る気持ちのまま家を出たものの、待ち合わせの時間まではかなり余裕がある。どれだけゆっくり歩いたところで、一時間前は固いだろう。浮かれてしまっている自分を客観視して、恥ずかしくなりながら公園まで歩く。彼が来たら、今来たところだと言ってごまかそう。そう、思っていたのだけど、
「「あっ」」
タイミング良く、公園の入り口で鉢合わせてお互いに間抜けな声を上げる。うん。この展開は予想しておくべきだった。何しろ、私を助ける為に怪異に突っ込み、異界に突っ込み、浪人してでも大学までついて来た人だ。…改めて振り返ると、ちょっと私の事を好きすぎないだろうか。
「その、早いのね」
「うん、ちょっと落ち着かなくて」
彼は照れくさそうに頬を染めていて。多分私も同じ顔をしているんだろうな、なんて、どこか他人事みたいに考える。他人事に思っておかないと、恥ずかしさに耐えられない。
「少し歩きましょうか、まだ時間もあるし」
「そうだね、そうしよう」
場の空気を変えようとそう提案すれば、幸い彼も乗ってきてくれた。予定は外れたけれど、久々のデートの始まりに私は胸を高鳴らせて、彼と手を繋いだ瞬間、固まってしまった。
「…?あっ、嫌だった?」
「ちが、そういうのじゃなくて、なんていうか、その…」
こちらを気遣って離れようとする手を慌てて繋ぎ止める。嫌じゃない。嫌なわけがない。むしろその逆というか、何というか。
「久々過ぎて慣れないっていうか、昔より変に意識しちゃって」
握る手の大きさや硬さ、何より彼の体温を意識してしまってずっと心臓がうるさい。まだデートは始まったばかりだというのに、既に私の胸はいっぱいだった。
思えば、あそこで過ごした時間を含めれば、彼とこうして過ごすまで、あまりに長い時間が経っている。慣れ、なんてものがあるはずも無い。
「…何だか、やっと帰って来れた気がする」
彼と離れてから、今までの事を思い返して、ついそんな呟きが吐いて出た。自分で決めたこととはいえ、寂しさはあって。彼といる日々がすっかり日常になっていたから、今思い返すと、戻ってこれた実感が薄かった気がする。
「おかえり、アラカ」
「うん。ただいま」
そんな私に、彼が穏やかに微笑みかけた。それだけで心がフッと軽くなって、私も釣られて笑う。示し合わせたわけでもなく、二人揃って歩き出して。数年振りのデートも、素敵な思い出になる。そんな予感がしていた、のだけど。
(まずいわね、これ)
公園を散歩しながら、ちらちらと彼の横顔を盗み見る。こうして見ると、なんだか前にも増して…
(かっこよくなった?)
(黙ってて!)
(はいはい。じゃあごゆっくりー)
またも図星を突いてきたカーラに、否定も出来ず怒鳴りつければ、適当にあしらわれた。やや悔しさを感じつつも、それを表に出さないよう気を付けて、もう一度彼の横顔を盗み見る。もう大学生なのだから当たり前なのだけど、たくましくなったというか、大人びたというか。
男子三日会わざればと言うけど、なるほど。久々に再会した恋人は確かに、以前よりも魅力的に見える気がした。そんな風に思っていると不意に彼と目が合って、慌てて視線を逸らした。
「その、ごめんなさいじろじろ見て」
「いや、こっちこそごめん。綺麗になったな、って思って、つい…」
どうやら彼も同じことをしてた様で、そんな事を言ってくる。顔が熱い。ああもう。どうしてそういう事をはっきり言えてしまうのか。ついだらしなく緩みそうになる顔を必死に抑えるのが、どれだけ大変か分かっているのだろうか。
「そういう君は、かっこよくなった」
お返しに口にした言葉は、努めて平静を装うとしたけど、少し上ずってしまった。でも彼には効果抜群だった様で、顔を真っ赤にして押し黙る。お互いに気恥ずかしさで口を閉じて、場に沈黙が流れた。
(あ〜あ、どうするのこの空気?)
楽しげに茶々を入れてくるカーラに言い返す余裕さえ、今は無かった。ただもうしばらくは、気恥ずかしさはあっても居心地は良い、そんなふわふわとした空気に浸っていたかった。
◆
当然の事として、デートはつつがなく進んだ。いや、彼の一挙一動に、一々心を乱される今の状況が問題無いとは言えないけれど、とにかくつつがなく進んだ。
「映画、面白かったわね」
「うん。見に来て良かった」
映画館を出て、歩きながら感想を語り合う。見たのは最近話題になってる恋愛映画。主人公とヒロインが様々な困難を乗り越えて結ばれる、言ってしまえばそんなありきたりなお話だけど、王道ど真ん中を突き抜けていて痛快な内容だった。それこそ、私には眩しく見えるくらいに。
「…私も、あれぐらい素敵な女の子になれれば良かったのだけど」
「アラカは素敵な女の子だよ」
つい漏れ出た本音に即答されて、私は押し黙る。ああもう、だからどうして、そういう事を堂々と言えるのか。顔は赤くて照れているのが丸分かりなのに、瞳だけはまっすぐこちらを射抜いていて、そんな目で見つめられたら何も言えなくなる。
「…ありがと」
何か言おうと考えて結局、お礼の言葉を絞り出す事しか出来なかった。うん。やっぱり、こうやってまっすぐ気持ちを伝えられる所はカッコいいし、敵わないなと思う。だなんて思っていると、不意にぐう、と腹の虫が隣で鳴いた。
「あはは、カッコつかないな…」
恥ずかしそうに笑う彼にフッと笑みが溢れる。こういう抜けてる所も可愛げと思えてしまうくらい、どうやら私はベタ惚れらしい。
「そろそろ良い時間だものね。どこかお店に入りましょうか」
「うん。アラカは食べたいもの、ある?」
その問いかけに、私は待ってましたとばかりに笑みを深めた。実は、最初から食べたいものは決まっていたのだ。内心抗議しているカーラを無視して、私は懐かしい気持ちになりながら、かつてのデートを思い返した。
「ラーメン、食べにいきましょう?」
どれだけ時が経っても、私達が変わっても、それでも。服についた油汚れすら、君とのデートの愛しい思い出の欠片だって、そう思える心は変わっていなかった。