1話 淫魔神 が 生まれた日
突然だが少し考えてみてほしい。人は平等であるか否か。
そのように問いかけられたのなら、今の僕はこう答えるだろう。
人は平等ではない。生まれつき足の速い者、美しき者、親が貧しい者、病弱な体を持つ者、生まれも育ちも才能も、人間は皆違っておるのだ。そう、人は差別されるためにある。だからこそ人は争い、競い合い、そこに進歩が生まれる。不平等は悪ではない! 平等こそが悪なのだ! 戦うのだ! 競い、奪い、獲得し、支配しろ、その果てに未来がある!!!!
オーーーーーーーール・ハイル・ブリターニア!!!!
オール・ハイル・ブリタニア!! オール・ハイル・ブリタニア!!
……徹夜でギアスを見ていたせいか、頭の中が少しばかり愉快なことになっている。本当は徹夜する気など微塵もなかったのだけど、偶然見つけた一挙放送を最後まで見てしまい、今に至る。大切な日の前に夜更かしをしてしまうのは、緊張の反動なんだろうか。揺れるバスの車内であくびを押し殺し、外の景色を見ると、目的地が見えてきた。
『東京都高度育成高等学校』
僕が今日から通うことになった学校、通称「高育」は日本政府が優秀な生徒を育成することを目的に、あの鬼島総理が文部科学大臣時代に設立した学校であり、その存在を知らない国民はいないと言っても過言ではないエリート校である。
何故エリート校と呼ばれているのかというと、それは最高水準の進学実績、就職実績を誇っているためであり、どこまで本当かはわからないが、生徒が希望するあらゆる進路に対応してくれるらしい。これは入学しただけで勝ち確間違いなし!
このことから、受験倍率は公表されていないものの、日本で最も倍率の高い高校なのは多分間違いなく、全国各地から多くの中学生がこの学校を受験し、選ばれた160人だけがこの学校に通うことを許される。
さて、この情報を聞くと、そんな学校に合格した僕はさぞ優秀な学生だと皆思うだろう。ところがどっこい、僕は極めて平凡な学生である。どうして、合格したのか自分でも正直わからない。勉強は人よりは出来る方ではあるけど、地方の公立中で学年で10位付近をうろちょろするぐらい、塾には通ってなかったし、天才的なエピソードもない。
じゃあ運動や芸術に特別優れていたかというと、そういうわけでもない。運動能力は全国平均。芸術分野は所属していた合唱部で、一年生の時に一度だけ全国大会に出れはしたが、残念ながら銀賞、その後は部員も少なくなり、鳴かず飛ばずの実績に終わった。
…残るのはルックスぐらいか? いやいや、このご時世に、顔採用はコンプラ的にアウトでは? 仮にも公的な教育機関で顔採用はしてないと思いたい。まぁ、自身の外見偏差値は低くはないと思いたいけど、姉が勝手に応募した某アイドル事務所には普通に落ちてたし、彼女いない歴=年齢なことからも、おそらくイケメンではないのだろう……。………はぁ。いや、朝からこんな気持ちではいけない、ましてや今日から新しい生活が始めるのだから!
話を戻して、そもそもの話をすると、僕は去年の秋頃まで、この学校を受験する気は微塵もなかった。普通に地元の学校に進学する気満々で挑んだ三者面談で、担任がやけに高育を受験することをゴリ押ししてきたので、その圧に僕と母は負け、記念受験をする運びになったのだ。僕も東京に行ってみたかったので、半分観光気分で受験したところ、まさかの合格。いやはや、人生っていうのは、何があるかわからんね。
まぁ、そんなこんなでバスを降り校舎へ向って、おそらく新入生であろう人の流れに身を任せていると、目的の校舎に無事辿り着いた。うお、でっか。やっぱ、都会の建物はレベルが違う。
そして、掲示板の前に辿り着いた僕は少し時間は掛かったものの、無事自分の名前を見つけた。
1ーD
クラスがアルファベットで分けられているのは新鮮だ。今までは数字だったけど、あれってもしかして田舎だけなんだろうか。……D、Dね。嫌いじゃない。Diamond、Demon、Devil、Dust、かっこいい単語がいっぱいだ。そんな馬鹿なことを考えながら校舎の中へ入っていく。校舎は中も当然立派であり、流石に地元の高校とは比較するのが可哀想なくらいだ。
教室に入ると席はまだまばらにしか埋まってなく、席の上にはネームプレートが置かれている。幸いにも僕の席はすぐに見つかった。席は教室の一番後ろ、窓際の席の隣の隣。大当たりである主人公席が良かったが、まぁそこまでの贅沢は望まない。
僕の席の周りはまだ誰も来ていないようで、……出来れば誰かと話したい気分だったが、いないのであればしょうがない。少し肩透かしを食らったせいか、唐突に凄まじい睡魔が襲ってきた。ーー少しだけ、ねむろう、ほんのすこしだけ——、こういうのは一度眠った方がかえってすっきりするもんだ。僕は抗うことのできない甘い誘惑に負け、ゆっくりと目蓋を閉じていった。
「大丈夫か?もうすぐ入学式だぞ?」
誰かに肩を叩かれたことで、意識が徐々に起き始め、声のする方を向く。
「……えーっと、入学式?」
「あぁ、もうすでに移動し始めている」
そこには、無表情でこちらを見る、1人の男子生徒が立っていた。きっと、彼が起こしてくれたのだろう。
周りを見回すと、ガラガラだった教室はいつの間にか人が賑わっており、何人かの生徒が教室から出ていっていた。
「……マジか」
「あぁ、マジだ。俺がこの教室に来た時から、担任の挨拶、ホームルーム、そして、自己紹介。ずっと寝ていたぞ」
どんだけだよ。内容的にそこそこ騒がしかったはずであろうに、僕はぐっすりと寝続けていたらしい。
「……起こしてくれてありがとう」
「あぁ。いや、もう少し早めに起こすべきだったな」
「いや、起こしてくれただけでもありがたいよ。君が起こしてくれなかったら、放課後まで寝てたかも知れないし。——えーっと」
「オレは綾小路清隆。よろしくな」
僕の意図を察したのか、彼は簡潔に名前を言った。綾小路、カッコいい苗字だ。
「僕は黒乃真。よろしく」
そう言って手を差し出すと、彼は一瞬だけフリーズした後、すぐにこちらの手を握ってきた。表情はあまり変わっていないが、なんだか気持ち嬉しそうな雰囲気を感じる。
そうして、手を離した後に、彼は僕の机の上にあるスマホ? を指差し語り始めた。
「それは持っていった方がいいと思うぞ。この学校の学生証だそうだ。来る前にパンフレットは読んできたか?」
「一応読んではきたよ」
入学前に事前に送られてきた資料には、学校の基礎的な情報、そして、学校の特別な取り組みが載っていたことを思い出す。卒業まで学校の敷地からは基本的に出られないこと、外部との連絡もNGだったはず。あとは、校内では現金ではなく、学校独自のポイントを使うだっけ?
「なら話は早いな。ポイントはそれで使うらしい、既に10万ポイント入っていて、1ポイント、1円相当、つまり、10万円分のポイントが配られているそうだ」
「10万も貰えるの!? すごい太っ腹だね!」
流石は高育!! お年玉でももらったことのない大金をポンと出してくれるなんて、本当にこの学校に入れて良かったと僕は心の底から改めて実感する。
「あぁ、すごいよな。他の奴らも盛り上がっていたぞ。あと、それはスマートフォンとしても使えるらしい。だから、学生証だけは持っていったほうがいいだろう。そろそろ俺たちも行こう」
「めっちゃ便利だね、うん、行こう」
そうして、スマホをポケットに入れ、教室を後にした。
入学式は至って普通の入学式だった。先ほどの10万ポイントのようなインパクトは無く、今まで僕が経験してきた式典との差異は見出せない。……まぁ、ここに期待するのは、無理があったか。先ほど、あんなに寝たというのに、睡魔が再び襲ってくる。徹夜の睡魔と退屈の睡魔。2人の睡魔の意気のあったダブルラリアットを受けて、僕は再び意識を失った。
気づけば式は終わっていた。——またしてもやってしまった。僕が目をパチパチとしていると、隣から誰かが元気な声で話しかけてきた。
「えーっと、おはよう! もう入学式終わっちゃったよ」
「おはようございます。…そうみたいですね。———っっっっっ!!!」
僕がそうして、目を向けるとそこには天使がいた。え、やば、都会ってすごい。地元のみんな、僕はもう戻れないかも知れません。テレビでしか見たことのないような美少女がそこにはおり、僕は思わず見惚れてしまった。
「ずっと寝てたから、大丈夫かなー? って」
「えっと、その大丈夫、です」
「それならよかった! 自己紹介の時も寝ていたし、入学式も始まってすぐ寝てたから、心配だったんだよ。でも、次からは寝ない方がいいと思うなっ」
「あっはい。気をつけます!」
「もうっ、同級生なんだから、敬語じゃなくていいよ! あっ、ごめんね、名前も言わないで急に話しちゃって。櫛田桔梗だよっ、よろしくね!」
こちらに微笑みかける彼女の可憐さに僕は思わず緊張してしまい、うまく喋れることができなくなっていた。
「黒乃真です。その、よろしく」
「黒乃君ねっ! あっ、そろそろ私たちのクラスの番かな」
櫛田さんが視線を向けた方を見るとCクラスの生徒が退場し始めており、残るはDクラスの生徒だけであった。どうやら、A、Bクラスはすでに退場しているようで、Dクラスは最後のようだ。
「それじゃあ、いこっか。キャッ!」
そうして、櫛田さんが振り返ろうとした時、前に並んでいた人とぶつかってバランスを崩し、咄嗟に僕の方に手を伸ばし、僕にもたれかかる状態になった。そう、僕に体を預ける状態になったのだ。僕の胸板には櫛田さんの頭があり、その下には何か柔らかな感触を感じる。
「おっぱい」だ。「おっぱい」である。咄嗟の出来事であったが故に、その柔らかさがなんなのかを認識するまでに時間が掛かってしまったが、そのことを理解した瞬間に僕の体に電流が流れ、全神経を櫛田のおっぱいが当たっている部分に集中する。
これはいわゆるラッキースケベであるが、その中でも大吉、いや超大吉と言っても過言ではないだろう。昨日、バスで妊婦さんに席を譲ったのを神様は見ていたのだろう。ありがとう、神よ! どこの神かは知らないが、おそらくはおっぱいにまつわる神様なんじゃないかと思う。僕は自分が知り得る全ての地母神に心からの感謝を捧げた。しかし、幸福な時間はそう長くは続かないものだ。奇跡のような時間にも終わりが来てしまった。
「黒乃君、ありがとう! 黒乃君がいなかったら、転んじゃってたよ。」
「いや、全然大丈夫です!お役に立てて光栄です!」
「また敬語になってるよ。ふふっ」
そう言いながら、櫛田は僕から確かな柔らかさを連れて離れていった。
僕は第二の乳離れの喪失感を得ながらも、新たに発生していた危機感に対処するべく、櫛田が離れ体勢を整えてる間に、激しく主張するそれのポジションを無理やり全力で修正した。
幸いにも、これから移動することから注目される可能性は少ないだろうが、万が一にも、櫛田に認識されようものなら、それ即ち死、天国から地獄に急転直下だ。
「ごめんなさいっっ!」
「大丈夫だよ!」
幸いにも、ぶつかった人が櫛田さんに謝ってこちらから注意を引いてくれている。ありがとう、名も知れぬAさん。僕はその隙に微調整を行う。もちろん注目してみられたら、バレるのは間違いない。だが櫛田さんは、歩いている最中に、わざわざ隣の男子の下半身を凝視するような変態ではないだろうし、教室に着く頃までには鎮めてみせる。あぁ、乗り越えてみせる、世俗も肉欲も。やってみせろよ、マフティー。なんとでもなるはずだっっ!!
ミッションコンプリート。作戦は完璧に成功した。幸いにも、櫛田さんはAさん、いや王さんとの会話が弾んでいたため、さりげなく僕が位置を交代することで、事態の発覚を防止。その後、心頭滅却、心を無にすることによって、無事沈静化に成功した。
そうして、改めて席に座ると、教室を出る前とは違い、空席は存在しておらず、騒がし……いや、とても賑やかであった。
両隣を確認すると、左隣には皆が浮き足立っている中、我関せずと本を読んでる美しく長い黒髪が特徴的な美少女。その更に隣には綾小路。主人公席は綾小路だったのか。羨ましいな。
そして、右隣には、結構姿勢が悪めの眼鏡を掛けた女の子。だが、僕にはわかる、彼女は相当なものを持っている……おそらく櫛田さん以上であることは間違いなさそうだ。さらに、それだけではない、少し似合わない眼鏡をしているが、顔の造形は少しの幼さを残しつつ、非常に整ったものであり、臆病そうな雰囲気と相まって、非常に庇護欲がくすぐられる美少女だ。
……少し落ち着こう。さっきのラッキースケベで僕は少しおかしくなっている。普通のテンションに戻さないと、この先の学校生活が目も当てられないことになる。
目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。
よしっ! 気持ちを切り替えた。これで何がきても、大丈夫なはず。
僕がそんな心持ちに切り替えた、その瞬間だった。教室のドアが勢いよく開けられ、ヒールをカツカツと鳴らしながら、スーツ姿の女性が教室に入ってきた。
僕は驚きのあまりに、目を見開く。
そこには、教員といったある種の聖職者には似つかわしくはないほど、開かれた胸元、そしてその胸の豊かさを雄弁に語る谷間が惜しげもなく晒されていた。
——負けを認めよう。僕は潔く白旗を揚げ、オリエンテーションが終わり次第、即行で自室に帰り、この昂りを鎮めることを決意した。
浴室から出て、ドライヤーで頭を乾かしながら、今日1日を総括する。振り返ると、本当に酷い滑り出しと言えるだろう。まともに会話したのは、たったの2人。しかも、入学式後のオリエンテーション以外は、ほとんど夢の中という始末だ。こういうのって、スタートが肝心って言うけど……、明日から挽回して見せよう。そう心に誓い、支給されたスマホを手に取る。
学外への連絡ができないルールがあるため、今日持ってきたスマホは回収されたが、少し触った感じ、このスマホの方がかなりスペックが高そうだ。UIがちょっと独特ではあるが、そもそも学校が独自の端末を制作することに、驚きを禁じ得ない。差し詰め、Sシステムを運用するにあたって必要だったのだろう。
起動すると、いくつかのアプリが確認できる。ポイントを管理するもの、学生証を表示するもの、連絡先、メール、電話、カメラ、録音。Sシステムに関するもの以外はどのスマホにも標準的に搭載されているものであったが、1つだけ名前が表示されていないアプリがあった。
「……これは、何のアプリだろう?」
アイコンはたくさんの円で構成された幾何学模様で、色はモノトーン、今まで僕が目にしたことのないものであった。
「とりあえず起動してみるか」
そうしてアプリを立ち上げると、利用規約? のようなものが表示された。
・本アプリはベータ版であり、製品の品質向上のために配布されたものです。
・本アプリのご利用は、契約者様本人に限ります。また、本アプリはこの端末に紐づいているため、別の端末への移行等には対応しておりません。
・本アプリの利用期間は、契約から3年間です。
・また、本アプリはご利用状況に応じてテスト報酬が支払われますが、利用が継続して確認できない場合は、警告の後、ご利用を停止させていただきます。
・上記事項に同意していただいた場合は、同意するにチェックをして、先に進んでください。同意しない場合は、本アプリを終了してください。なお、終了した場合、本アプリは削除されるため、ご注意ください。
……少し落ち着いて考えよう。どこからどう見ても、怪しい内容ではある。だって、このアプリで何ができるのか、肝心なことが全く書いてないからだ。何ができるのかもわからないのに、契約する馬鹿はこのご時世には既にいないだろう。
だがしかし、その一方で魅力を感じてしまっている自分もいる。ベータ版にテスト報酬、何とも心惹かれる文言だ。何ができるかはわからないが、契約したくなってしまう。
それにだ。この端末は今日配布されたもの。大した情報は入っていないし、何らかの問題が発生したら、学校に報告すればいい。多少、注意は受けるかもしれないが、僕個人の落ち度はほんの少ししかないだろう。
そう考えた僕は、チェックボックスをタップし、次に進んだ。
『黒乃真様、ご契約して頂き誠にありがとうございます。本アプリのご利用は本日から、3年後の3月31日までとなっております。本アプリの使用を通じて、黒乃様の人生がより充実したものとなることをお祈り申し上げます。』
——名前バレしとるやんけ! 表示された文章に思わず面食らってしまったが、僕が読み終えたと同時に次の文章が表示された。
『今から、アプリの使用方法をご説明します。なお、この説明は一度しか行わないため、ご注意下さい。』
利用規約もそうだったけど、なんていうか全体的にホスピタリティー低くない? まぁ、そんなことを言っても、文句を言う相手はいないんだけど。すると、画面を横にする案内が出たので、その指示に従い、スマホを横向きに持ち変えると、動画が再生され始めた。
『只今より、本アプリの使用方法をご説明します。
まず、アプリを起動すると、白い画面が表示されますので、それをアプリを使用したい人物に見せて下さい。この際、相手に画面にある程度注目してもらう必要があること、また、対象人数は1人だけであることにご注意下さい。
次に、画面を認識した相手は瞬時に待機状態になります。待機状態の最中は、目が虚になり、一時的に意識を失います。
待機状態になったことが確認できたのなら、相手に対し、貴方の願いを口にして下さい。願いは相手の認識や、価値観、状況に応じて処理されるため、十分に考慮することを推奨いたします。
最後に、願いを口にした後に、アプリを終了していただければ、願いは効力を発揮します。なお、効力を発揮するのは、1人につき1回限りとなります。
また、本アプリはご利用状況に応じて、テスト報酬をご用意しております。報酬につきましては、アプリを起動し、画面中央を長押ししていただければ、報酬を受け取ることができます。
本アプリはご契約者様のより良い人生に寄与することを目的に開発しているアプリであるため、願いの内容によって、より良い報酬が贈られます。
ご視聴頂きありがとうございました。以上をもちまして、本アプリのご利用方法についての説明を終了とさせていただきます』
……動画が終了すると同時に、アプリは終了し、ホーム画面に戻ってきていた。もう一度アプリを起動すると、動画であったように、真っ白な画面が表示されていた。
……僕はスマホの電源を落とし、ベットで横になる。
何とか頭の中を整理していく。そうして、1つの結論を導き出した。
「……『絶対遵守のギアス』、いやどっちかっていうと、『催眠アプリ』か」
「
言い忘れてたけど
これは僕が最高の
「ようこそ