「黒乃くん、どういうことかしら? 一応弁明の機会は与えてあげる」
「……うーん、あはは……まぁ貸切ではないからね。こういうこともあるんじゃない?」
「そう……言い訳は苦手なようね」
放課後のプールサイド、水着に着替えた僕と堀北がストレッチをし始めた頃、女子更衣室の方からガヤガヤと賑やかな声が近づいて来る。そして、その声の中には彼女が邪険にする櫛田の声もあった。それを聞いた彼女は静かに立ち上がり、僕の背後に移動した。
「あら、ずいぶんと体が硬いのね。私が手伝ってあげるわ」
僕の背に手を添えた彼女は体重を乗せ、僕の上半身を潰しにかかる。
「いっ、痛い痛い痛い痛い痛いっ!! ギブッ、ギブギブッ!!」
体のあちこちが悲鳴を上げ、必死で静止を呼びかけるも彼女が力を緩める様子はない。
「スポーツにおいて柔軟性は大事だもの。泳ぎが速くなりたいのでしょう? だったらこれぐらい我慢しなさい」
声にならない叫びを上げている僕に天使が舞い降り、永遠にも思える地獄の責め苦が終わった。
「……えぇーっと、黒乃くん大丈夫?」
「……な、なんとか、ね」
心配そうな顔でこちらを見つめる櫛田。いや、僕がこの理不尽に晒されている要因のほとんどは君が占めているんだけどね。
「何の用かしら、櫛田さん」
「堀北さんは黒乃くんと二人で練習? 仲が良いんだねっ!」
「えぇ、彼に頼まれてしょうがなく引き受けてあげることにしたの。そういうわけだから、邪魔しないでくれると助かるのだけど」
僕がアイコンタクトを送ると、それに気づいた櫛田はすぐに話を切り上げた。
「そっか、頑張ってね!」
櫛田は振り返り、女子の集団に戻って行く。
……はぁ。そう簡単にはいかないよな。ま、ここまでは予想の範疇だ。
堀北に嫌われることは避けたいが、櫛田、いや、可愛い女の子からの頼みを無碍にするわけにもいかない。しかし、堀北と櫛田を友達にするためには、正攻法ではおそらく無理だろう。
そこで、僕が足りない頭を捻りに捻った結果、考えついたのが今回の「クールなあの子と大接近!? ドキドキ水泳大作戦」だ。……名前は適当なので、突っ込まないでほしい。
作戦を立案するにあたって、一番の難題は堀北を友達交渉のテーブルにつける必要があることだ。
堀北は先日、櫛田に今後は自分を誘うなと釘を刺したばかりである。この状態では堀北をカフェや遊びには誘えない。僕が間に入ることによって、誘うことに成功したとしても、友達にはなれないだろうし、お通夜になること間違いなしだ。なので、最終的に誘うにしてもある程度の段階を踏む必要がある。
……そもそも堀北は放課後や休日に人と遊ぶタイプの人間ではない。堀北は入学してから今日まで、綾小路と部活動の説明会に行ったのを除き、すべての行動が単独行動であり、モールも買い物以外には利用していないらしい。彼女が俗物であれば話は簡単だったんだけど、お堅いところも彼女の魅力の一つではあるんだから、難儀なものである。
つまり、攻めるなら彼女の価値観に合った正当性が必要になる。そこで、思いついたのが水泳というわけだ。
定番は勉強なんだろうけど、正直、今のところ授業内容が簡単なこともあって、僕自身全く困っていないから、どこかしらで演技にボロが出そうなので、勉強を教えてもらうことは早々に選択肢から消した。
その点、情けない話ではあるが水泳は僕より堀北の方が速いし、何なら櫛田も僕より速い。教えてもらうこと自体は不自然じゃない。
だから、まず僕は堀北に速く泳ぐコツを教えてもらうことを頼んだ。当然すんなりと承諾してくれはしなかったが、最終的には堀北が折れ、何とか交渉に成功した。
しかし、ここで僕と堀北と櫛田の3人で練習をするのは、おそらく堀北の反感を買うことに繋がると考えた僕は他のメンバーも入れて誤魔化すことにした。木を隠すなら森、櫛田を隠すならDクラス女子といったところだ。
櫛田の伝手で、松下千秋、佐藤麻耶、篠原さつき。愛里に頼んで、長谷部。僕は交友があった矢田澄と森寧々を誘ったので、堀北と僕を入れると全員で10人。このメンバーの中には諸事情(主に男子の視線)により水泳の授業に参加していない人もいるため、他の男子が参加することで、不参加になる女子が出ることを考えると、現状ではこれが最適解になる。どうせなら、ハーレムの方が役得だなと思った人選では決してない、決してね。
それに重要なのはこの後、練習が終わった後が本番だ。
僕はこちらに手を振る愛里に、手を振り返すと、背中に添えられた手に再び力が入った。
「お、終わったんじゃないんですか?」
「櫛田さんが来たから中断しただけよ。さぁ、他の部分も念入りに伸ばしてあげる」
櫛田、ここまでやったんだから、あとで胸の一つや二つ揉ませてくれないと、割に合わないからな。
プールには哀れな僕の悲鳴がこだました。
「もっと肩を大きく回しなさい。肩をグッと開いて。あと、さっき注意した姿勢の意識があまり出来てないわ。下半身をしっかりと浮かせなさい。足が沈んでいるわよ」
鬼コーチに扱かれること、50mを既に5本。うん、結構きつい。でも、教えてと言った手前、休むことは許されない。水泳は得意でも不得意でもないと言っていたのに、改善点をしっかりと挙げられるのは、彼女の優秀さの証左なのであろう。……いやでも、こういうイベントってさぁ、もっとこう、なんかあるんじゃないの? 愛里の時みたいに、イチャイチャしたいとまでは言わないけど、こんなゴリゴリな指導はちょっと話が違くない!?
「……堀北さん、ちょっとだけ休ませてはくれないでしょうか?」
「いいえ、まだ休憩は必要ないわ。徐々に改善はされているし、あなたのパフォーマンスも落ちていないもの。もう2〜3本泳いだら、一度休憩ね」
横を見ると、他の女子たちはキャッキャウフフと楽しそうにお喋りしながら、遊んでいる。……あっちに行きたいな。同じプールにいるはずなのに、雰囲気がまるで違う。
「さ、息はもう整ったかしら。用意はいい?」
「……は、はい」
結局、この日僕は50mを15本も泳がされることになったが、結果としてタイムは大幅に縮んだ。彼女の指導能力は目を見張るものがあるのだろう。……彼女のストイックさに着いていくことさえ出来れば、だが。
「ねぇ、堀北さんっ、黒乃くんっ。この後みんなでご飯に行くことになったんだけど、堀北さん達もよかったらどうかな? もちろん、無理にとは言わないよっ」
「……櫛田さん、あなたね」
「まあまあ堀北さん、ここは友人である僕の顔を立てると思って、今日だけでも付き合ってくれない? 明日は土曜日だし、僕も今日は疲れちゃって、ご飯作る元気もないしさ」
今日は華の金曜日、それに加えて泳いだ後だ。流石の堀北も疲れたことだろう。その上、皆で行く流れまで準備した。ここまで丁寧にアプローチしたんだ、頼むから乗ってくれ。
「嫌よ、帰るわ」
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した僕は失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した僕は失敗した失敗した失敗した
……いや、こんなところで諦めて良いのか? ここまで頑張ったっていうのに。……あきらめたらそこで試合終了だろ! そうだ。ボクが諦めるのを——諦めろ!!!
「鈴音さんっ! そこをなんとかっ! 何でも、何でもしますからっ! 本当にお願いしますっ!!」
「…………はぁ。今回だけよ」
僕の必死さが伝わったのか、あるいは滲み出る苦労を感じ取ったのか、彼女は渋々了承してくれた。ホント、こういうところが彼女の良いところだ。変に優しいというか、甘いというか。そういう人間らしさ、嫌いじゃないぜ。
「ありがとう!! よしっ、じゃあ行こうか!!」
「その前に、名前で呼ぶのはやめて頂戴。そこまで気を許した覚えはないわ」
「……でも、ほら苗字だと会長と被っちゃうしさ。友達なんだし、名前の方が自然でしょ?」
「……そういうことなら仕方がないわね。いいわ、許しましょう。……でも、兄さんの名前を出せば、私が何でもかんでも認めると思ったら大間違いよ」
……ば、ばれてたか。流石に短期間で擦りすぎたな。
僕は櫛田に堀北が参加することを伝え、無事作戦の第一段階を成功させた。
「それじゃ、みんな今週もお疲れ様っ! 5月からも一緒に楽しんでいこーね! 乾杯!」
櫛田の乾杯の挨拶に合わせ、同じテーブルの人とグラスを当てる。僕の隣には堀北と愛里、正面には櫛田と松下。……櫛田と堀北の仲を取り持たなければいけないということに目をつぶれば、天国と言えるんだろうけど……はぁ。
「えーっと、黒乃くんだっけ? 話すのは初めて……だよね?」
「松下さん。うん多分、そうじゃないかな? よろしくね」
「うん、よろしく。それで……黒乃くんはどっちと付き合ってるのかな? あっ、それとも、まさかまさかの櫛田さん?」
「——えっ、あーいや、残念ながら僕に彼女はいないよ。3人とも仲良くさせてはもらってるけどね」
「そうなんだ。まだ付き合ってはいないんだね」
全く、ただでさえ面倒な状況なんだから、これ以上僕に負担を掛けないでくれ。頼むから。当の松下はそんな僕の気苦労もつゆ知らず、気楽にストローを咥えジンジャーエールを飲んでいる。
「——か、かか、彼女」
漏れた声がする方を見ると、愛里は頬を染める一方、反対側に座る堀北は一切動じることもなく、澄ました顔で佇んでいた。
「もう、松下さんっ。私も誰とも付き合ってないよ」
「そうだよね。ごめんね櫛田さん、変なこと言って。でも、軽井沢さんと平田くんみたいに、他にもカップルがいるのか気になっちゃって」
Dクラスの正統派イケメン平田とオタクに優しくないギャルの軽井沢が付き合ったことは、数日前からクラスの話題の中心だ。平田はこの際どうでもいい。イケメンだし、遅かれ早かれ彼女ができるのは分かっていた。問題は軽井沢だ。
軽井沢と僕にはちょっとした因縁がある。それは今週の水曜日、僕と外村が今期のアニメについて語っているのを見た軽井沢が通りざまに「キモっ」と言ったことは、僕と外村に深い傷を残していった。
……いや、いいさ。オタクに優しいギャルなんてのは幻想だって分かっていた。悲しいけどこれ、現実なのよね。
「それで言ったら、綾小路くんと小野寺さんはどうなのかなっ? 黒乃くんは綾小路くんと仲良かったよね。何か知ってる?」
「えー、どうなんだろうね。そこら辺は聞いたことないかな。二人とも熱心に部活に取り組んでいるから、一緒にいることが多いだけだと思うけど」
女子はやっぱり誰が惚れた腫れたとか、そういうゴシップが好きだよね。松下さんも、櫛田さんも、その例に漏れず。……僕もそういう話は嫌いではない。男女問わず、心の奥底ではそういった下世話な話を好んでいる人は多いんじゃないだろうか。そうじゃなければ、芸能人や政治家の不倫や浮気がトップニュースになったりしないだろうし。
「あー、でも黒乃くんに言われて思い出したけど、前に小野寺さん、恋愛とかはちょっと気恥ずかしいって言ってたから、流石に入学して一ヶ月もしないで付き合うとかはしないかもっ」
「へぇ、流石だね櫛田さん。顔が広いだけあるね。情報通ってやつ?」
「もう、そんなんじゃないよっ」
これは櫛田に嫌われると、自動的に全女子にがっつり嫌われるパターンのやつか? いや、でも櫛田に限って、そんな陰湿なことはしないだろう。彼女は天使のように優しくて純真無垢なのだから。
「黒乃くんは好きな人とか、気になっている子はいるのかな?」
「あっそれ、私も気になるかも!」
櫛田に同調する松下。……いやいや、勘弁してほしい。無茶振りが過ぎる。それにこういうのはどう言っても角が立つ。間違いなく。
「……あはは、どうだろうね」
「えー、それじゃあ、この中だったら誰が一番タイプかな?」
「ナイス、櫛田さん」
……ど、どうすればいい。どう答えるのが正解なんだ。無難に関係値のある佐倉にするべきか? それとも堀北? 一周回って櫛田か? ……いや、松下さんも美人ではある。
——いや、ここは一旦逃げよう。ここでの発言は後々、命取りになりかねない……気がする。逃げるは恥だが何とやらだ。
「……み、みんな綺麗で、選べないかなー……なんて」
「えー、つまんなーい」
「もう、松下さん、このぐらいにしてあげようよ。でも黒乃くん、好きな人が出来たら教えてねっ。私応援するからっ」
ナイスカバー、櫛田! ——いやいやいや、待て待て。思い返したら、そもそもこの話題にしたの櫛田じゃない? ふー、危ない危ない、騙されるところだった。全く、油断の隙もありゃしない。
そうしている内に料理が運ばれ、櫛田がサラダを取り分け、堀北は黙々とパスタを食べ始めた。……あのー、鈴音さん。一言ぐらい話してくれても……あっ、駄目そうですね。彼女の話し掛けるなオーラをひしひしと感じた僕は愛里や松下に話を振り、今日の会食の雰囲気を維持することに務める覚悟をした。
「ふー、美味しかったねっ。堀北さんはどうだった?」
「……えぇ、そうね、料理は美味しかったわ」
「そっか。うん……今日は来てくれてありがとうっ!」
今日の会食から僕達が得るべき教訓は、同じ窯で焼いたピザを食べても大して仲は深まらない、ということだ。作戦は大失敗。彼女たちが友達になるためには、もっと劇的な何かが必要なんだろう。……普通の高校生活ではそんな機会はなかなか訪れないだろうけども。
「改めて思うけど、この学校って本当にすごいよねっ。こんなに店もいっぱいあるし、その上毎月10万ポイントも貰えちゃうんだもんねっ」
「うんうん。本当にそう。その上、進学や就職も面倒見てくれるなんて、想像以上の待遇だよね」
「……あれ? あっ、そっか、櫛田さんにはまだ言ってなかったっけ」
「んっ? 何を?」
「毎月貰えるポイントは変わるかもしれないって話」
仲が良い人には今後貰えるポイントが減るかもしれないから節約した方がいいかもと、それとなく言っておいたけど、そういえばこのメンバーの中では愛里にしか話していなかったな。
「え? 毎月10万ポイント貰えるんじゃないの?」
「そうだよね櫛田さん。佐枝ちゃんセンセーもそう言ってたよ黒乃くん」
「あぁ、いや、厳密にはそうは言ってなかったって話なんだけど……」
どうしようか。ちゃんと説明しようとすると、実力云々の話もしなきゃいけなくなるから、長いし、面倒なんだよな。上手く出来るかな?
「黒乃くん、どこからそんな考えに至ったのかしら。茶柱先生は確かに毎月一日に自動的にポイントを振り込むと言っていたし、ポイントが変動するなんて言ってなかったわ。……あぁ、あなたはあの時ぐっすり寝ていたものね。だから、そんな的外れなことを口にしたの」
「いやいや、確かに寝てたけど……」
「あら、それじゃあ、どうしてそう思ったのか聞かせてもらおうじゃない」
「えぇ、まぁいいけど……えっと、あくまで仮定の話だからね」
珍しく堀北さんも気になっていることだし、この機会に全部話しておくべきか。後になって、どうして教えてくれなかったのって言われる方が大変そうだし。そうして僕は椎名の推理をかいつまんで話すことにした。
僕が話を終える頃には、堀北は青筋を浮かせて、あからさまに不機嫌になり、他の女性陣(途中から話を聞いていた隣のテーブルの女子も含め)は、不安そうな表情を浮かべ、狼狽えている。
「ま、話す前に言ったけど、絶対そうと決まったわけではないからね」
「……そうよね、安心したわ。あなたの予想だもの、信じるに値するわけではないものね。それに、私がそんな評価を受けているはずがない。あなたの話が仮に真実だとしたら、学校に何かしらの不備があったとしか考えられないわ」
あなたは最も低い評価の生徒たちが集まるクラスに配属されている、なんて言われたら、自尊心の高い堀北ならばそう思うのも無理はないか。
「でもさ、納得できる箇所は多いと思うんだよね」
「……えぇ、確かに私も入学してから、どうしてこんなに愚かな人しかいないのかは、常々疑問に思っていたわ。でも、実力でクラス分けをしたのなら、私がDクラスにいるのはおかしいもの。だから、あなたの予想はただの妄想に過ぎないのよ」
あのー、堀北さん、今この場にいる人はもれなく全員そのDクラスなんですけど……。
「……えーっと、櫛田さんはどう思う? 櫛田さんは他のクラスにもたくさん友達がいるんだよね?」
「……えっ? 私? わ、私は分からないかな。そ、それに、実力? だなんて、そんなの聞いていないし」
櫛田に同調するように、他の女子も「私もそんなこと聞いてない」「そんな説明なかったよね」と口にする。
「うーん、なんかドッキリみたいな感じなんじゃない? ほら、今日もいきなり小テストがあったでしょ? あとは……この前の水泳の競争とかもそうだけど、前もって知らされなかったよね? だから、学校の仕組みのことも、自分たちで気づけみたいな感じなんだと思うよ」
今日の3時間目に行われた茶柱の授業では、突如小テストが行われた。しかも、この小テストの内容は茶柱が担当する社会系の科目だけではなく、国数英理、主要5科目全てが取り扱われており、その上、数学の最後の問題は馬鹿みたいに難しく、全く分からなかった。
事前に椎名の推理を聞いていた僕からすれば、タイミングも内容も難易度も、どう考えても不自然ではあったが、他の人が気づけなかったのは無理もないのだろう。
「えっ? でも今日の小テストは成績には関係しないって言ってなかったっけ?」
「正確には、成績表には反映されることはない、とは言ってたね。今後の参考用とも言ってたかな。……まぁ、だからクラスの実力を測るためのものだったんじゃないかな」
松下の疑問に答えると、何人かの顔色が悪くなり、彼女らは「どうしよう」と声を漏らし始めた。どうやら想像していた以上に、深刻に捉えられてしまったらしい。
「……うーん、あっ、でも、仮に予想が当たっていたとして、貰えるポイントがどのくらい減るのかは分からないし、減るかもしれないことを頭の片隅に入れておけば問題ないと思うよ。用心するに越したことはない、みたいな?」
「そっ、そうだよねっ。教えてくれてありがとう黒乃くん」
「い、いや、急に変なこと言っちゃってごめんね。……あっ、そうだ! 今日は僕がご馳走するよ。僕は節約していた分、ポイントには余裕があるから」
僕は伝票を2つ持ち、会計に行くことで、この気まずい空気から抜け出すことに決めた。
「返すわ、私の分」
櫛田がお開きにし、各々が帰った後、最後に残った堀北はそう切り出した。
「えっ、いや、いいよ。鈴音さんには無理言って、来てもらったわけだし」
「それとこれとは話が別よ。それに、私はポイントに困ってないもの」
「……それじゃあ今度学食でも奢ってよ。それでチャラってことで」
「……はぁ、分かったわ」
櫛田も同じことを言ってきたが、一度払ったものを返されては、こっちも妙な気分になるので断った。……10人分で、27,000ポイント。これで雅先輩から貰った10万ポイントはほとんど使い切ってしまったが、泡銭だし、パーっと使うべきだろう。ありがとう、雅先輩。
「鈴音さん、今日はどうだった?」
「時間の無駄だったわね。今後はこういったものには誘わないで頂戴」
「……あはは、了解です」
まぁ、誰にでも向き不向きがある。僕もクラスの集まりとかは、別に好きじゃないし。
「ねぇ、さっきの話についてなのだけど」
「話って?」
「学校の仕組みの話よ」
「あぁ、あれね。僕はかなり真実に迫ってると思ってるけど、君は信じられないんじゃなかった?」
さっき、僕が語ったのは椎名の推理の要点だけ。あまり細かい話はしていない。
「……えぇ、全く信じていないわ。……でも、私を除けば、妥当な部分は多かったとも思うの」
「なるほどね。うん、君がそう思うのも、無理はないと思うよ」
「……どういうことかしら?」
彼女が引っ掛かっているのは、自身の実力に関する部分だろう。優秀なはずの自分がなぜ、Dクラスになったのか。
「さっきは話していなかったけど、総合的な能力、この学校でいうところの実力ってやつは、表面的な能力、勉強とか身体能力だけではないんじゃないかって、僕は考えているんだよね」
「学校がそれ以外の能力を重視しているとでも?」
「うん。入試には面接もあったでしょ? それに、中学から調査書も出されているだろうし、内面も評価されていると考えるのは自然でしょ?」
医学部では、面接落ちの人も結構いるらしいし、学校が内面を重視すること自体は、不思議なことじゃない。
「それはそうね」
「……実際、僕も君のおかげで、そのことに気づけたんだよね。君は頭も良いし、運動も得意、おまけに顔も可愛い。じゃあどうして、Dクラスにいるのか」
「……それを覆って隠すほどに、内面に問題があるとでも?」
「そう、その通りっ!!」
その瞬間、堀北の鋭い手刀が脇腹に突き刺さる。苦悶の表情を浮かべる僕を心配する様子は一切見せず、何事もなかったかのように彼女は話を続ける。
「どこが問題なのかしら。納得がいかないのだけど」
「……そ、そういうとこかな」
「今何か言ったかしら?……コンパスも持ってくるべきだったわね」
文房具であるはずなのに、何故かとてつもなく物騒な雰囲気を感じたが、彼女が現在、凶器を持っていないことを神に感謝するべきなのだろう。
「……暴力反対!! DVはダメだよ!」
「あなたと私がいつ家庭を共にしたの? はぁ……どうやら教育が必要なようね」
「……じょ、冗談です」
「そう、あなたの文化レベルの低さには哀れみすら覚えるけども、一旦忘れてあげましょう。それで、どうして、私が、Dクラスなのか、きちんと説明してくれる?」
え、なっ、なぜ、彼女が上の立場になっているのだろう。ま、まあいいか。
「はっ、はい。鈴音さんは一人が好きで、言葉をオブラートに包むことがなく、ごく稀に言葉より先に手が出てしまうことがあるから、ですかね?」
「あら、そう。それがあなたの生涯最後の言葉ね?」
「いやいや、最大限表現を濁したんですけどっ!?」
「……はぁ、全く、それらの何がいけないのかしら。それに、あなた以外には手は出していないじゃない」
……えぇ、そんなオンリーワンは別にいらないんですけど。
「何にしても納得はいかないわね。明日学校に問いただしに行ってくるわ」
「ご、ご武運をお祈りします」
「えぇ、あなたの下らない予想が外れていることを私が証明してあげましょう」
……バカみたいに泳がされ、ポイントもたくさん使ってしまい、堀北には痛めつけられた挙句、櫛田の依頼は果たせなかった。骨折り損のくたびれもうけ、とはまさに今日一日のようなことを言うのだろう。
前の神室さんのエピソードは、次に神室さんが登場するまでには書き直したいと思うので、もうしばらくお待ちください。