お昼休み、僕と佐倉が学食の席に座っていると、思わぬ人物が近寄って来た。
「佐倉さんに黒乃くんっ! 2人で学食? 仲良いんだねっ! もし良かったら私もご一緒していいかな?」
「く、櫛田さん!? えーっと、いいですよ」
「ありがとう佐倉さん! 黒乃くんも大丈夫? お邪魔しちゃったかな?」
そう言いながら、トレーを僕の隣の席に既に置いてあるのが、陽キャの陽キャたる所以なんだろう。距離感の詰め方がエグい。昨日までの僕であれば、確実に初日の二の舞になっていたこと間違いなしである。
「全然、大丈夫だよ。それに、綾小路も一緒だしね」
手を挙げると、綾小路はすぐにこちらに気付き、僕の斜め前の席に座った。折角の機会だったので、堀北、綾小路にも声をかけたがどうやら正解だったようだ。佐倉、櫛田と3人でご飯を食べる胆力は持ち合わせていないからな。
「悪い、少し待たせたな。……櫛田もいるのか」
「綾小路くんも一緒だったんだね。ーーって綾小路くん、山菜定食なのっ!?」
「あぁ、案外悪くはないぞ」
僕も先日一緒に食べたけど、あれを美味しいと思えるのは……かなり特殊だと思う。食べれないことはないんだけどね。
全員が席に着き、各々が手を合わせ昼食を取り始める。
「3人はもう仲良しになったの?」
「いや、佐倉とは今が初めてで、黒乃とは先週一緒に学食を食べたきりだな」
「そうなんだっ。じゃあ、佐倉さんと黒乃くんが仲良しなんだね」
「昨日、たまたまモールで会ってね。そこから、ーー色々あって、仲良くなったんだ」
「へー、そうだったんだ!良かったね、佐倉さん」
「は、はい。黒乃くんと友達になれて良かったです」
男子三日会わざればなんとやらと言うが、
「そういえば、3人とも席近いよね。堀北さんは誘わなかったの?」
「……オレも黒乃も誘いはしたが、あいにく堀北は1人でご飯を食べるのが好きだそうだ」
「……そうだったんだ。みんなで食べた方が美味しいのにねっ」
こればかりは堀北の側に立ちたくなる。1人で食べるのが好きっていう人は、少なくないんじゃないだろうか?
「まぁ、堀北さんの気持ちも分からないことはないけどね。きっと堀北さんは、モノを食べるときは誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃ駄目、独りで静かで豊かで、っていう考えの人なんだと思うよ」
「ーーえーっと、そうなんだ。綾小路くんもそう思う?」
「……堀北の食に対する詳細なスタンスは知らんが、まぁ間違ってなくもない気はするな」
堀北と交流がない佐倉は少し戸惑っている。……3人とも通じてないっぽいな……。
「ところでみんなもう部活は決めたの?」
少し強引に話を断ち切り、別の話題を切り出す。
「私は部活には入らないかな」
「オレもだ」
「私もです」
……佐倉は何となく予想できてはいたけど、綾小路と櫛田さんも入らないのか。……ど、どうしよう。
「め、珍しいね。いや、みんなそんな感じなのかな?」
「うーんっと、入る人も少なくはないと思うよ。でも、半々ぐらいじゃないかな? 多分、みんな初めての一人暮らしで手一杯なんじゃない?」
「あー、なるほど。綾小路もそんな感じ?」
「あぁ、大体そんな感じだな」
「へー、意外だね。スポーツ続けなくていいの?」
「え? いや、オレは中学の頃は帰宅部だったし、スポーツは特にやってないぞ」
綾小路にゴリゴリの運動部オーラを感じていたが、どうやら違ったらしい。何もせずにその体格か……、フィジギフもしくは異常個体なんだろう。
「えーっと、黒乃くんは部活に入るの?」
「うーん、何かしらには入ろうと思ってるんだけど、ビビッとくるのはなかったんだよね」
「ど、どういうのが良かったの?」
「文芸部、古典部、奉仕部、隣人部、オカルト研究部、ーーあとは囲碁サッカー部とかかな」
「……櫛田の中学にはあったか?」
「えっと、多分どれも私の中学にはなかったよ」
……オタクネタはしばらく封印しよう。
昼休みが終わったあとの教室、お腹は満たされ、ポカポカとした日差しが教室に差し込み、教室のみんなはおねんねタイム。……私語が少ない(当クラス比)だけ、いつもよりマシと思おう。教壇に立つ茶柱は注意することもなく、淡々と授業を進める。
僕も別に良い子ちゃんではないので、あまり気にはしてなかったが……大袈裟に言えば学級崩壊一歩手前の教室を見て、多少思うところはあった。
だから、今朝催眠アプリを使ったのだ。
僕は黒板から少し目を離し、アプリを使用した人物に視線を向ける。
そこには、背筋をピンと伸ばし、集中して授業を受ける
彼にアプリを使ったのは、授業態度があまりにも悪く、授業中のイビキがうるさかったから。そして何より今朝、寮の同じフロアに住んでいる彼と偶然にもエレベーター前で会ったからである。
彼に挨拶をした後、スマホを見てもらい『授業を真剣に受けろ』と僕は願った。
その結果がこれである。板書をきちんとノートに写し、茶柱のちょっとした発言なども聞き逃さないように必死な様子、このクラスでは何なら少し浮いているぐらいだ。先週までの彼とはまるで人が変わったかのような変貌ぶり。……使われていなかった教科書や文房具もその役割を果たすことができ、心なしか輝いて見える。
……何にせよ、僕は既に佐倉にアプリを使ってしまったのだ。ならば、割り切って力を使う方が精神衛生上好ましい選択だと思う。
そして、力を使うのであれば、その力がどのような力で、どうしたらどのように作用するのかを、正確に、克明に、確実に、厳密に、きっちりと把握する必要がある。
一般に催眠もしくは洗脳、マインドコントロール系能力はフィクションの世界において、最強の能力の一角に挙げられる。『絶対遵守のギアス』『鏡花水月』『心理掌握』etc .
しかし、その一方でこれらの能力は往々にして破られる運命にあり、自身の能力を最強であると誤解した催眠系能力者の寿命は短い。要は使い方と弱点、仕様を把握した上で、上手に立ち回りましょうねってことだ。馬鹿な失敗で身を滅ぼしたくはないからね。
僕は入学式の日、直前にコードギアスを見ていたことから、このアプリを『絶対遵守のギアス』に類するモノだと考えた。ーー実際、類似点は少なくない。相手が見る必要があること、願いを口にする必要があること、そして、同じ相手には使えないこと。確実なのはこの3点。
その一方で明確に違う点は、目ではなくスマホを用いること、一度に対象にできるのが1人であること。……確実なのはこの2点。
それ以外にも、相違点はいくつか思い浮かぶが、推測をするにしても、いかんせんサンプルが少なすぎる。
だからこそ、牧田には実験台になってもらう必要があった。催眠の効果を正確に把握するためには、経過観察しやすい同じクラスの生徒が一番都合が良い。しかし、この高校生活で一番接する機会が多いのも、このクラスの生徒であるため、1年生の4月にあまり使いすぎるのは、少し考えものである。
……僕自身の能力やその他諸々を加味すると、とりあえず後2、3人、同じクラスの適当な男子に催眠を掛け、どのような効果を発するのか確認するのが安牌だろう。
……それにしても「催眠」か。昨日の夜、興奮冷めやらぬ僕は夜中まで催眠について調べていた。催眠とは一般に、「他人によって与えられた暗示により、精神的変化、肉体的変化が引き起こされた状態」とされている。この定義からしてみれば、僕が手にしたアプリは「催眠アプリ」と言って差し支えないものであると言える。
しかし、一般に催眠とされているものは、相手に暗示を与えるまでに意識を集中させる必要があったり、相手に信じてもらう必要があったりと、そのハードルは決して低くない。また、暗示によって引き起こされる効果も、多くの場合は高が知れている。
このアプリはそれらの問題を、超常的な力で強引に解決してる。暗示にかけるまでのプロセスは馬鹿みたいにシンプルだし、その効果も現時点で観測している範囲では非常に強力なものである。粗暴な牧田は授業中には限るが真面目になり、佐倉の場合はおそらく……。いや、現時点での推測は誤った結論を導き出しかねないので考察はこの程度にしておこう。僕は教室を見渡し、適当な候補を見繕いつつ、退屈な授業に耳を傾けることにした。
放課後、無事タスクを完遂した僕は折角なので、昨日催眠について調べていた際に気になった本があったので、ワンチャン置いてあることに期待して、図書館を訪れた。
図書館は思いのほか閑散としており、おそらく上級生であろう生徒が数人勉強しているだけであった。まぁ、テスト期間になったら利用する人も増えて、ここにある机も埋まるんだろうけど。……なんていうか、立派で大きな建物に、人が少ないとテンションが上がるなぁ。
そうして、書架を次々と散策していると当初の目的もどこへやら、何冊かの本を手に取り、普通に図書館を楽しんで回っていた。
ーーあれ? あの本って、去年出たばかりだよなと思い手を伸ばすと、隣から伸びてきた白く小さな手が僕の手に触れる。思わず、互いに短く声が漏れ、そっと手を引く。王道ラブコメの始まりを予感し、僕の思考回路はショート寸前だ。
「お先にどうぞ」
柔らかでとても穏やかな声でこちらに譲る少女、僕は本を取り彼女に手渡す。
「ちょっと気になっただけですから、大丈夫ですよ」
「では、お言葉に甘えさせていただきますね、ありがとうございます」
彼女は受け取った本を指でなぞる。
「ーーあの、1年生の方ですよね?」
「は、はい」
「でしたら私たち同級生ですね。もしよろしければ、少しお話ししませんか?」
答えは言うまでもないだろう。
「Cクラスの
「Dクラスの黒乃 真です。よ、よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくていいですよ。楽にしてください。どうぞよろしくお願いします」
淡い水色の髪がロビーに差し込む夕日を乱反射させ、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる彼女は、暖かな微笑みを投げかける。
「えっと、椎名さん?」
「椎名でも、ひよりでも、お好きな方で大丈夫ですよ、黒乃くん」
「ひ、ひよ……、椎名さん、は、話って?」
「あら、名前で呼んでくださらないのですか? ……ふふっ、すみません。少し揶揄ってしまいましたね」
沈む夕日なんて目じゃないくらいに顔を真っ赤にさせる僕を見て、彼女の中に眠る僅かな嗜虐心が顔を覗かせてしまったのだろう。
「私が黒乃くんと話したいと思ったのは、そうですね……ぜひ黒乃くんとお友達になれたらな、と思いまして」
「もちろん、その僕でよければ、喜んで」
「ありがとうございます。……こんな早くにお友達ができるとは、思っていませんでした」
少し前屈みになり、こちらを見つめる彼女と目が合い、思わず目を逸らしてしまう。
「い、意外だね。椎名さんだったら、その、誰とでも仲良くなれそうだけど」
「あら、そうでしょうか。しかし、残念ながらCクラスの方とはまだあまり仲良くなれていませんね。それに……少し血の気が多い方達ですので、彼らと仲良くなれるのはもう少し先になりそうです。……ですから、黒乃くんとお友達になれて本当によかったですよ」
Cクラスも治安が悪いのか……え? この学校大丈夫なの? 血の気が多い人がたくさんいるって、牧田とか須藤みたいな人がたくさんいるってことだよな。控えめに言って、ヤバくない?
「そういえば、この本、本当に先にお借りして良いんですか?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。本当にちょっと気になっただけだから。それに、他にも借りるつもりだったし」
僕は手元の本を見せる。
「そうだったんですね。何を借りるんですか?」
「えーっと、『地下室の手記』と……『貧しき人々』」
「……ドストエフスキーがお好きなんですか?」
「いや、その、なんて言うかな……読んだことはないよ。えーっと……うーん、隣の人が『罪と罰』を読んでるから、話のきっかけになるかな? と思ったんだけど……あれかな? ちょっとキモイかな?」
図書館を回ってる最中、ふと目に入ったロシア文学コーナー。隣の席の堀北を思い出し、少し勘案してこの2冊を手に取った。同じ本は狙いすぎてると思い、他の著作の中から、掲示されていた紹介文を読み、この2冊に決めた。……改めて、考えるとちょっとあれな気がする。
「どうでしょうか……私はその人ではないので確かなことは言えませんが、私でしたらそうは思いませんよ。自分の好きなものを理解しようとしてくれるのは、一般に良い信頼関係を築く上で、大事なことだと思いますから」
「……ありがとう、彼女が椎名さんと同じ考えを持ってくれていることに期待するよ」
「そうだといいですね、あとの一冊はなんですか?」
僕は下にあった最後の一冊を取り出し、彼女に見せる。
「えっと、この本は前にこの作家の本を読んで面白かった記憶があったから、借りようかなーって思ったんだけど……椎名さん?」
「ーーあっ、すみません。ーー黒乃くんもこの作家が好きなんですか?」
「あれ? 椎名さんも知ってるの? 『かみないつし』」
リアルでこの作家のことを知っている人には初めてかもしれない。この図書館にも入ってるぐらいだから、まぁ、根強い人気はあるんだろうけど。
「えぇ、知っていますよ。……なるほど……これは少々そう言った類のものの存在を信じてしまいそうになりますね」
「……?えっと、……?」
「いえ、こちらの話です。気にしないでください。そろそろ日も落ちますし、借りてきちゃいましょうか」
まぁ、細かいことはどうでもいいか。その後、僕たちは無事、貸出手続きを終え、クラスの話や学校の話、たわいのない話をしながら帰路についた。
「あっ、報酬」
明日の水泳の準備も終え、横になっていた僕はアプリの報酬のことを思い出す。確か……アプリを起動して…中央を長押しっと。
「計5人だもんな……何かしらあると思うけど」
そうすると確認画面が現れた。
「「テスト報酬を受け取りますか」か、毒を喰らわば皿までってな」
チェックマークをタップすると、画面からは眩い光が放たれ、思わず顔を顰める。
光が収まると画面には報酬の内容が書かれていた。
「……そういう感じね」
見覚えがある文言だ。……このアプリのことだから、僕がわかりやすいように表示されているんだろう。……なんか少し癪ではあるが、実際理解しやすいから困ったものだ。
天性の肉体(性) D +
騎乗 D
直感 E