※この作品はR-18です。

ようこそSアプリ至上主義の教室へ   作:MAMAMAJO

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6話 出会って5秒でアプリ

 授業が終わった後、誰もいなくなった教室で一人思索に耽る。

 ーー綾小路への催眠をどのように評価するべきか。

 

 僕は昨日の放課後、図書館に向かう前に、綾小路と少し話をし、彼に催眠を掛けた。

 催眠を掛けた理由は別に大したことではなかった。

 現時点でクラスの男子の中では、最も交流が多い綾小路。彼はクラスの中であまり良い交友関係を育めていなかった……まぁ僕も人のことをとやかく言えるほど上手くいっている訳ではないのだが。しかし、彼と一緒に過ごして、彼のコミュニケーション能力や人間性、それ自体に特別大きな難を感じたりはしなかったことから、彼に必要なのは何かしらの”きっかけ”だと思った。

 しかし、彼が”事なかれ主義”を掲げ続ける限り、その”きっかけ”は発生しないだろうと思った僕は、彼に入学式の前に起こしてくれた恩を返すべく、ささやかな贈り物をすることに決めた。

 

 何かを好きにさせるのは、催眠の十八番である。

 

 彼の肉体は明らかに運動に向いている、翌日にはプール授業がある、だったら水泳を好きになってもらうのはどうだろう? まぁ、こんな感じ。

 

 事実、催眠は彼に最良の結果をもたらした。レースが終わった後、男女問わず、多くのクラスメイトが彼を褒め称え、一躍クラスの人気者にのし上がった。

 その後、彼は体育教師のスカウトを受け入れ、今後は水泳部のエースとして活躍することが約束されている。

 これ自体は素晴らしい。当初、僕が思い描いていた結果とは比較にならない程、素晴らしい結果だ。

 

 しかし、出した記録が記録である。

 僕は水泳に詳しくない。だから、最初にあの記録を聞いた時、純粋に「速っ」としか思わなかった。競争相手に高円寺がいたことも、僕が事の重大さに気づけなかった要因である。

 あの2人が拮抗しているってことは、速い生徒はあれぐらいなんだろうなと誤解していた。

 

 ーーだが、その記録は高校生男子の日本記録に並ぶものだったのだ。もちろん、大会のように正確な計測が行われたわけではないので、多少の誤差はあるだろう。しかし、スイマーとして全国トップクラスであることはほぼほぼ間違いなく、今日のDクラスの決勝レースは事実上、IHの決勝レースと言っても過言ではないものであったのだ。

 ……いや、これ高円寺も悪くないか? なんでそんなに泳げるやつがクラスに2人もいるんだ?

 

 まぁ、何にせよ、中学時代帰宅部であった綾小路は日本記録を出した。……これにどこまで催眠の効果があったのだろう?

 仮説を立てるのならば……。

 

 一つは、綾小路の水泳の潜在能力が非常に高く、それが催眠によって完全に覚醒したパターン。……彼の恵まれた筋肉が本当に生まれ持ってのものであるのなら、こう考えるのが自然である。

 それに、ある種のお約束のパターンではあるからな。小早川瀬那や小野田坂道のように、自覚のなかった自身の肉体の才能が、競技に合致し、驚くべき結果を出すっていうのは。

 元々持っていた水泳向きの肉体、催眠によるマインドセットの確立。この二つが彼の才能を目覚めさせ、日本記録を叩き出した。

 

 それともう一つは、催眠による強化幅が僕の想定を遥かに超えているパターン。……こっちの可能性は低いだろうけど、なくはない。

 精神は時に肉体を凌駕する。火事場の馬鹿力みたいに限界を超えてその力を出させ、驚くべき記録を出した。

 

 いや、でも、こっちの可能性はどう考えても薄そうだな。……仮にこの仮説が当たっていたとしたら、僕はあらゆる天才をこの世に排出できる可能性がある。しかし、失敗した場合のリスクは決して低くはないだろう。

 仮に山内をバスケの天才にしたとしよう。彼の頭の中では、常に彼自身はバスケの天才だ。しかし実際問題、彼は肉体もフィジカルも須藤には遠く及ばない。そこを精神だけで乗り越えられるとは……到底思えない。……この場合、僕は自分をバスケの天才だと信じ切る、哀れな怪物を産み出してしまうことになる。……それは何ていうか……気分が良くない。

 

 ……いや、そもそもこのアプリの催眠はそういう感じじゃないんだよな、多分。ーー暗示が相手の深層心理に干渉して、意思決定を歪めている。……価値観、認識、あるいは気分、ここに強く作用し、結果として望んだ方向性の出力がなされているっぽい。

 

 ……まぁ、まだ5人しか催眠を掛けてはいないから、全然確証は得られてないけど。

 

 だから、現時点での結論としては、催眠は綾小路のやる気スイッチを強く押した。その結果、水泳の素養があった綾小路は十全な結果を出すに至った、ってところかな。

 

 何にせよ、綾小路の結果は現時点ではあまり参考にし過ぎない方が良さそうだな。……外れ値っぽいし。

 

 飲み終えたパックのいちごミルクをゴミ箱に捨て、教室を後にした。

 

 

「失礼します。1ーDの黒乃です。えーっと、確か……東山先生っていらっしゃいますか?」

 コーヒーの香ばしい香り、プリンターが休みなく稼働する音、若干寒くすらある冷房。職員室っていうのは、どこか緊張してしまう。

「東山先生? 東山先生は今の時間はもう部活じゃ……あっいた! 東山先生ー!」

 僕のことに気づいた女性教師が対応してくれた、何だか気さくで良い人そうだ。

「俺に何か用か?」

「あ、はいっ、1ーDの黒乃です。えっと、水泳の練習がしたくてですね、プールって使えたりしますか?」

「ほう。授業外で自主練か。殊勝だな。ーーそうだな、明日の放課後であれば、水泳部も休みだから自由に使って貰って構わない。ただし、19時30分頃から清掃が入るから、それまでには終わらせるように」

「ありがとうございます!」

「あぁ、頑張れよ。それと準備運動はしっかりするようにな」

 そう言い、東山は職員室を後にした。

 やっぱり、良い先生だったな。

 

「水泳の自主練? 偉いねー!」

 先程、東山先生を呼んでくれた先生がこちらに近づいてくる。どこかあどけない仕草の彼女からは、濃厚な甘さと柔らかさのある匂いがした。

「あっはい」

「えーでも、どうして? 補習ではなかったんでしょ?」

「その、もうちょっと泳げるようになりたいなと思いまして」

 彼女は少し意地悪に微笑み、僕の体をピンクで彩られた指先でツンツンと突く。

「なるほどね〜、好きな子に良いとこ見せたい感じなんだ? このこの〜!! 男の子だもんねー!」

「えっ、いや、そういうわけでは……」

「違うのぉ?」

「ち、違……違くはない…です」

「そうでしょ?ふふっ」

 ……堀北や櫛田より遅いことに、ちょっと思うところがあるのは……まぁ、その、なんていうか……ないわけじゃない。

「先生はそういうの良いと思うなー。えーっと、黒乃くんだっけ? うんっ、先生は黒乃くんのこと応援しますっ!!」

「その、あ、あんまり、揶揄わないで下さい……」

「えーー、どうして? もしかして照れちゃった? 可愛いねーーって痛っ!!」

 乾いた音が彼女の頭の上で鳴る。

星之宮(ほしのみや)、何をしている?」

「サエちゃんってば、いきなり叩くなんて酷いよ〜」

「お前がうちの生徒にちょっかいをかけるからだ」

「あ、そっか、サエちゃんのクラスの生徒()だったもんね」

 我らがクラスの担任、茶柱先生が星之宮先生の後ろにどこか呆れた様子で立っている。

「黒乃、一体何の用だ?」

「黒乃くんは水泳で良いところ見せたくて、自主練の申し出に来たんだよ〜」

「えっと、星之宮先生? あの前半部分は余計です……」

「はぁ、なるほどな。それで許可は貰えたのか?」

「あ、はい」

「そうか、では他に用はあるか?」

「ちょっと、サエちゃんっ! 折角の機会だし、もうちょっと色々聞こうよぉ」

「すまんな、黒乃。こいつのことは気にしないでいい」

 茶柱先生と星之宮先生は結構仲が良さそうだ。良く言えば、クールビューティー、悪く言うのであれば、無愛想な茶柱先生にもいつもと違いどこか親近感を覚える。……他に用……あっ。

「ーーあの、クラス毎でカリキュラムに違いはあったりするんですか?」

 

 その瞬間、二人の纏う空気が一瞬で切り替わった気がした。

 

「ーーどうして、そう思った?」

「えっと……クラス分けって、あの…意図的にやってますよね? だから、その後で何が違いがあるのかなーって思ったんですけど」

「クラス分けについては何も答えられない。カリキュラムに違いはない。」

 告げられた答えは冷たく、無機質なものであった。

「質問は以上か?」

「ーーは、はい」

「そうか、では気を付けて帰るように」

「黒乃くん! 私は普段放課後は保健室にいるから、何か進展があったら、いつでも話に来てねー!」

 

 

 うーん、あの反応は何だったんだろう。職員室を後にし、先程のやり取りを思い出す。

 「クラス分けについては何も答えられない」ね。……どういうことなんだろう。公にはしないんだろうか? いやでも、そうすることで何かメリットがあるのか? そうする必要がある? どうして?

 

 階段を登り、4階へ足を運ぶ。

 

 もうほとんどの生徒が下校している。折角の機会だ。今のうちに普段はなかなか行けない、上階に行ってみよう。

 

 4階は3年生のフロア、あと……生徒会室か。Dクラスは、……ん? 何か変だな?

 何が違うんだろう。少し広い? いや、教室のサイズ自体は同じだよな。

 ーーあっ。席が少ないのか。

 でも、どうして? 学年の人数が違うのか?

 

 Cクラスは……Cクラスも少ない。……Bクラスも欠けている。

 

 ーーAクラスは40人だ。

 

 3年生は学年全体で149人。最初からこんな半端な人数だったとは思えない。……それに、クラスごとでこんなに人数に差があるのもおかしい。

 

 Aクラスには欠けがなく、Dクラスはボロボロだ。

 

 一般に高校からは義務教育ではない。……実態はともかくとしてだ。

 そして、義務教育との一番の違いは、留年と退学があることだろう。

 

 ……留年制度があるとしたら、1ーDが40人であることはおかしい。……3年次への進級が特別厳しい可能性はあるが、一般に進級条件が厳しい学校であった場合、2年次への進級も同様に厳しい方が自然である。

 

 ……ってなると、退学説が濃厚か。

 

 学年全体では、3年生進級率が93%。

 しかしDクラスに限れば85%。Aクラスの100%と比べれば、その差は歴然か……。

 

 3ーAを出ると、廊下の奥から足音が聞こえてくる。

 

「ん? おい、お前。そこで何をしている」

 

 まずい、バレてる。どうしよ、どうしよ。

 

 ……落ち着け。僕にはあれがある。

 困った時には使っちゃおう、上級生だろうし、使える期間は短い。雑に使っても、無問題。

 

 アプリを起動し、こっちに近づく相手に画面を向ける。

 

「ん?ーーー」

 

 やっぱり、スマホを見せると大抵の人はその画面を見るよな。マナー的にはどうなんだろうか? 一応、個人情報いっぱい入っているんだけど、目を逸らしたりしないのかな?

 ま、そのお陰で楽できるんだけど。

 

 えーっと、内容考えないとな。そうだな……先輩だから……。

 

『僕のことを弟のように気にかける。優しい先輩になって欲しいです』

 

 アプリを閉じ、催眠を掛ける。もう6回目慣れたものだ。

 意識が目覚め、先輩と目が合う。

 

「すみません、少し気になることがあって」

「ーーへぇ、なるほどな。何か収穫はあったか?」

「クラスの人数、あとは退学? についてですかね」

「ーーふっ。おい、この後時間はあるか?」

「あっはい、大丈夫です!」

「じゃあ、そうだな……とりあえず飯でも行くか」

「はいっ!!」

 

 

「高っ! せ、先輩、めっっっちゃ高いです」

 入ったのは僕でも知っている某高級焼肉店。メニューに載っているポイントを見て、少し青ざめる。

「安心しろ。今日は俺の奢りだ。気にせず好きなだけ食べていいぞ」

「せ、先輩っ!!」

 おぉ、この人こそが神だったのか。そうしてメニューを見ていると、桁が違うメニューが目に入る。

「……先輩、この1皿15,000ポイントの特選シャトーブリアンは流石に駄目ですよね……?」

「何? 俺がその程度を払えない男だと思うのか?」

(みやび)先輩っ!! い、いいんですか!?」

「あぁ。俺の分も適当に頼んでおいてくれ」

「はいっ!! 先輩っ! 僕に任せて下さいっ!!」

 

 

 なんちゅうもんを食わせてくれたんや…なんちゅうもんを……

 こんな旨い肉は食べたことない……これに比べると山岡はんの肉はカスや。

 

 僕が大いに舌鼓を打っていると、雅先輩が上機嫌な様子で話しかけてきた。

「旨いだろ? それで、真、何かこの学校で気づいたことはあるか?」

「めっちゃ美味しいです! 気づいたことですか? えーっと、クラス分けでAクラスから順に振り分けられてそうなことと、あとは、退学の基準が結構厳しいこと、特にDクラスは退学者が多いことですかね」

「ま、そんなところか」

「お、教えてくれないんですか?」

「俺からは”何も答えられない”。これで十分だろう?」

「はぁ、なるほど」

 謎かけかな?

「俺も生徒会副会長だからな。最低限のルールは守るさ。……それに、そっちの方が面白そうだしな」

「って雅先輩、副会長なんですか!? あぁ、だから2年生なのに4階にいたんですね」

「お前、そんなことも知らなかったのか? ……ッチ、まぁ入学したばかりだもんな、しょうがないか」

「その、なんかすみません」

「一応確認しておくが、生徒会長は知っているよな?」

 せ、生徒会長か……だ、誰だっけ?

「いやー、その、寡聞にして存じ上げないですね……」

「おいおい、嘘だろ? (まなぶ)先輩のことも知らないのかよ。堀北学生徒会長だぞ?」

「ほ、堀北学先輩……。その写真とかあります?」

 そうして、雅先輩はスマホを弄り、写真を見せる。

「どうだ? 見覚えはあるか?」

 に、似てるのか? どこか面影はあるような気はする。……うーん、やっぱ似てるか。

「……た、多分。その、会長って凄いんですか?」

「……あぁ。俺が尊敬する数少ない人物の内の1人だからな。でも、いつか必ず超えてやるし、俺が勝ってみせるさ」

 お、これは結構感情重めの感じですかね。腐っている方達が喜びそうだ。

「そろそろ帰るか。おい、真、ポイントの画面を開け」

「? はい」

 何だろう?

「これは俺からの入学祝いだ。最初は何かと入り用だろうしな。俺はお前の”実力”を買っている。お前にはそれだけの”価値”と”可能性”がある、ってな」

 画面を見ると、なんと100,000ポイントが振り込まれていた。

「こ、こんなにいいんですか!? ありがとうございますっ!!」

「あぁ、”大事に”使えよ」

 雅先輩、マジでパネェ。

 

 

 ーー食い過ぎたな。

 公園のベンチで星を見ながら、ぼーっとする。東京も結構、星見えるんだな。

 

 ……雅先輩に使ったのは、ちょっと反省しなきゃな。……いやでも、結果オーライか。……こういう慢心が結果として、敗北を招くんだろうな。

 まぁ、過ぎたことはしょうがない。次からはもうちょっと慎重になろう。

 

 スマホを操作し、メッセージを……いや、電話のほうがいいかな?

 

「佐倉さん、今大丈夫?」

「く、黒乃くん、大丈夫だよ」

 電話だとなんだか緊張するな。いつもより声が近いからか?

「えーっと、明日の放課後って空いてる?」

「うん。空いてるよ」

「良かったらさ、二人だけで一緒に泳がない?」

 借りは早めに返さないとな。

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