冤罪で俺の人生を奪った元恋人が、俺の人生を買いに来た話【完結】 作:ドン・ドナシアン
031 十五年度──【最終話】
十五年後──。
綾子が会場の扉を開くと、大勢の祝賀会の参加者たちが檀上を見上げていた。
西園寺グループの現会長である西園寺隆継のスピーチが始まっていた。
今夜は、二代目である隆継が西園寺グループの会長となって十周年の記念パーティが都内一流ホテルの大広間で行われているのだ。
入口でウーロン茶を受け取ると、綾子は取引先の社長たちに声を掛けられながら、会場の奥に進んでいく。
すると、前をひとりの男が遮ってきた。
「やあ、綾子さん、ご無沙汰ですね。でも相変わらず綺麗だ」
現会長である隆継の弟の弘志だ。
すでにグループ内の役員からは退いており、グループ関連の数個の美術館と博物館の肩書きだけの館長をしている。滅多にグループ関連の祝宴などには参加することはないのだが、今日は十周年ということで義理を果たしにきたのだろう。
「今日は、あの怖い秘書さんはいないのかい?」
「伶奈のこと? 先に来ているはずだけど、どこにいるのかしら。ちょっと子供のことで遅れたものだから」
綾子は微笑む。
遅れたのは、中学二年生になる娘の進路について三者面談があったからだ。
ついでに、同じ中学校に通う一年生の伶奈の双子の子供たちとも合流し、さらに伶奈の妹まで呼び出して、五人で軽く食事をしてきた。
一緒に暮らしているとはいえ、綾子も伶奈も仕事で家を空けることが多い。たまには子供たちと過ごす時間も必要だと思ったのだ。もっとも、会話が弾み始めると話題は決まって大樹のことになる。家にいる時間が長いのは大樹だ。どうしても子供たちは大樹に懐く。
仕方がないことだとはわかっている。
それでも、自分たちの方が母親なのにと思うと、少しだけ複雑な気分になった。
「てっきり十周年を区切りに、兄貴を引退させるものだと思っていたよ。いよいよ女帝様の君臨かと」
「まるで私が全部を牛耳っているみたいな言い方ね。会長続投は株主総会の決定よ」
「はいはい。そんな建前を信じる人間は、この会場にはいないさ。だいたい、西園寺ホールディングスの社長を兼務しているのに、グループは副会長ってどうなんだよ」
「別におかしいことじゃないわ」
「そりゃあ、おかしくはないさ。でも、親父が生きていた頃から、実質的な経営をしていたのは綾子さんだ。十年前に親父が死んだあと、兄貴が会長になったことで、みんな驚いたんだから」
「真面目に答えるなら、まだ早いからよ。それに会長になると余計な仕事が増えるでしょう。子供たちも、もう少し手が掛かるしね。あと五年は隆継さんに頑張ってもらうわ」
「あと五年の傀儡政権か」
「最低でもよ。もっとかもね。会長なんて面倒なだけだもの」
「まあ、それには同意するな」
弘志が笑う。だが周囲を見回してから、そっと声を潜めた。
「……ところで、さっきのって、本当のところはどうなの?」
「さっきのって?」
「綾子さんも伶奈さんも、結婚していないのに子供がいる。同じマンションの同じ部屋に住んでいる。だから、父親も同じだろうって噂がある」
弘志は面白そうに笑った。
綾子は肩を竦める。
「だったら素敵な話ね。でも、ノーコメントよ」
「相変わらずガードが堅いなあ。まさか兄貴は知っているの?」
弘志が壇上の隆継へ視線を向ける。
「知らないわ」
「それなら安心だ。同じ出来損ないでも、俺だけ仲間外れじゃ悔しいからね」
弘志は笑いながらグラスを掲げ、そのまま人混みの中へ消えていった。
相変わらず軽い男だ。
すると、会場が大きな拍手に包まれた。
視線を向けると、壇上から隆継がおりようしていた。どうやら挨拶が終わったようだ。
代わって、来賓の最初のスピーチが始まる。財務大臣だ。外遊のため首相は呼べなかったが、その代わりに大臣を三人呼んでいる。それが終われば、有名なジャズバンドの演奏となるのだが、大臣三人のスピーチとなれば、半時間は掛かりそうな気がする。
ところで、伶奈はどこだろう?
綾子はもう少し前に進もうと思って脚を進めた。
「くっ」
だが、すぐに思わず脚を止めてしまう。
股間に嵌まっているディルドが突然に振動を始めたのだ。立ち尽くした格好で、ぎゅっと内腿を閉じ合わせる。四十八歳にもなったというのに、大樹が与えるのはかなり短めのスカートばかりだ。
必死に声を殺しながら、短めのスーツスカートの裾を押さえて耐える。
「おっ」
だが、前が終わり、今度はアナルのディルドが暴れだした。
反動で背筋がぴんと帯びる。
もう大樹に、この身体を調教されるようになってから十五年以上になる。いやらしすぎる身体は、周りに人がいるという淫靡な状況に、どうしようもなく激しく燃えあがってしまう。
「んんんっ」
だが、アナルへの刺激がすぐに終わったかと思うと、さらに陰核を圧迫している革帯の内側の突起部分が動き出したのだ。
さすがに声が出そうになる、前屈みになって片手で口を押さえた。
右手に持っているウーロン茶入りのグラスが激しく揺れている。
「どうかしましたか? あっ、副会長」
異変に気がついたのだろう、
またまた、横にいた男性が声を掛けてきた。取引先の社長さんだった。
「な、なんでもありません。ちょ、ちょっとしゃっくりが……」
咄嗟に誤魔化す。
そのあいだに、振動が終わる。
脱力しそうな身体を懸命に真っ直ぐにする。
そして、やっと伶奈を見つけた。
前側テーブルの近くにいて、綾子と同じように、前屈みで身体を震わせているのが遠目でわかったのだ。大樹に装着させられている貞操帯のディルドは、同じ周波数帯を使っている。
だから、綾子のものが動くと、伶奈のものも動くのだ。
向こうも綾子を認識したようだ。
こっちにやってくる。
綾子も進む。
「んくっ」
しかし、またしても、前のディルドが動き出した。
綾子は立ちすくんだ。
離れた場所では、伶奈も立ち止まっている。
ただ、それで大樹の意図がわかった。
前ディルド、後ろディルド、クリトリス──三箇所の刺激が断続的に連続するのは、すぐに来いという「命令」だ。
離れている伶奈と、人混みの隙間を通して頷き合う。
大樹はこの会場にはいない。
彼は情報というかたちで、グループの経営戦略に深く係わりながらも、表には出ることはない。陰から綾子と伶奈に指示をするだけだ。
だが、彼の違法行為も気にしない情報収集力は、西園寺グループの業績を飛躍的に上昇させていた。十五年前から続くその助言と「命令」が、西園寺グループを第二次黄金時代へ導いていることは誰も知らない。
「あっ、綾子……」
「伶奈」
やっと合流してふたりで会場の奥に向かう。
そこに綾子専用の控室があり、大樹はそこで待っているのだ。
ただ、そこに辿り着くまでのあいだも、三箇所への断続的な振動は交互に繰り返す。
綾子は伶奈とともに、たじたじになりながら、やっとのこと会場の奥の扉に辿り着き、その扉の内側に入った。
「よう、待ってたぞ」
控室にはソファに座っている大樹がいる。
テーブルには、パーティ会場に出しているものと同じ料理が少量ずつ並んでいて、さらに冷えたワインが大樹の前に置いてある。
また、横にはモニターがあり、会場内を映している。大樹の操作でカメラもズームも切り替え可能だ。
いまは、二人目の大臣のスピーチ映像だ。
「あ、あのう……なんの呼び出し?」
伶奈がこの日身につけていたスーツスカートが皺にならないように注意深い仕草で大樹の前に正座になる。綾子もその横に同じように正座をした。
「久しぶりのディルド付き貞操帯で苦悶するお前たちを見てたら、昂奮してきただけだ。久しぶりの貞操帯責めはどうだった?」
大樹が笑う。
「駄目……、弱くなっている。ちょっと我慢するのがきつい」
伶奈が首を振った。
「そうか。だがそれを我慢するのがお前たちのすることだ。パーティが終わるまで、ずっと繰り返すからな。まあ、頑張れ」
「うう……ひどいい……」
伶奈が頬を膨らませる。
綾子よりも五歳年下の伶奈なので、四十三歳になるはずだが、ああいう仕草は、十代の娘のように可愛らしい。こんなに素直な感情を表に表すのは、家族の前だけだ。
子供たちも、天真爛漫の明るい「伶奈ママ」の姿しか知らないので、社内で伶奈が「氷結の女」と称されているというのは意外でしかないだろう。
まあ、それについては、綾子も同じようなものだが……。
「そういえば、絵美の三者面談はどうだったんだ?」
大樹が綾子を見る。
絵美は、綾子の娘の名だ。
「獣医になりたいって言ってたわ」
綾子は言った。
「獣医? このあいだは、旅行会社がいいとか言ってたぞ。だから、グループの観光業を拡張させたのに」
大樹が息を吐く。
「まだ、子供なのよ。とりあえず、大学進学を前提に高校を選べと言ったわ。そのうち、やりたいことも固まるでしょ。だから、犬猫病院を増強しなくてもいいからね」
綾子は笑った。
大樹に欠点があるとすれば、親馬鹿の傾向があることだ。子供の気紛れで将来の仕事が変わるたびに、グループのその分野の拡張をさせようとする。
結果的に業績の向上になるからいいのだが……。
まあ、家族にはとても優しい。
それなのに、情報システムを駆使して容赦なく敵を追い詰める凄さがあり、あの黒耀会でさえ十年かけて、完全に解体させた。
その二面性が大樹だ。
「ふうん、まあいいか……」
大樹が嘆息した。
「……じゃあ、奉仕しようか。そのために呼んだんでしょ。さあ、伶奈」
「あっ、はい」
伶奈が綾子に声を掛けられて、慌てて大樹の股間に向かって顔をにじり寄せる。綾子も同じように身体を前に出す。両手は綾子も伶奈も背中に回す。
奉仕には手は使わない。
すべて、口でやるのが約束事だ。
ふたり掛かりで、大樹のズボンのファスナーをおろし、下着をずらして男根を露出させる。
「じゃあ、わたしが最初でいい?」
伶奈に視線を向けると、小さく頷いたので、口に含む。口の中で転がすように肉塊を転がす。
「んんっ」
「あんっ」
綾子とともに、隣の伶奈も小さく声をあげて身体を弾かせた。
股間のディルドとクリトリスの部分の突起がゆっくり動きだしたのだ。
上目遣いになると、大樹が微笑みながらスマホを触っている。大樹の開発した淫具の操作をする専用アプリだ。
性感を刺激する淫らな刺激に、綾子は舌を動かしながら身体を身悶えさせる。
「ああ、綾子、わたしにも……」
伶奈が顔を伸ばしてきた。
綾子は口を離して場所を空ける。
伶奈が小さな口をいっぱいに開いて、大樹の怒張を頬張った。
「ふたりとも、いやらしくていいぞ。じゃあ、振動をあげるけど、ここも含めて、会場でも絶対に達するなよ。もしも、達したら、罰として、夜の放尿はなしだ。明日の朝までお預けだ」
「あっ、そんな、あれは辛いの、大樹さん」
伶奈が口を離して抗議した。
「だめだったら、やめたら」
綾子は慌てて横から大樹のものを口に咥えた。
「んぐっ」
「おうっ」
しかし、次の瞬間、三箇所の淫具が凄まじい勢いで暴れだす。
綾子は思わず叫び出しそうになるのを耐え、無意識でディルドを締め付けながら、懸命に舌を動かし続けた。
横では、伶奈が正座の身体を折り曲げ歯を食い縛って震えている。
贖罪のために、人生を捧げて償うふたりの奴婢──。
それは、十五年経っても……西園寺グループを支配する女帝になっても……母になっても変わらない。
【「女帝」一ノ瀬綾子氏死去】
一ノ瀬綾子氏(いちのせ・あやこ)西園寺ホールディングス会長は二十一日、東京都内の自宅で心不全のため死去した。七十二歳。葬儀は近親者のみで執り行う。後日「お別れの会」を開く予定。喪主は一ノ瀬大樹氏(内縁の夫)。問い合わせは西園寺ホールディングス広報部。
東京都出身。大学在学中に起業。婚姻を機に西園寺グループの経営に参画し、経営危機にあった同グループの再建を主導した。三十五歳で西園寺ホールディングス社長に就任、五十五歳でグループ代表に就任。大胆な事業整理と投資戦略で業績を回復させ、「女帝」の異名で知られた。
三十二歳で西園寺家の御曹子と離婚。その後は再婚せず、公的な婚姻関係を持たなかった。
都内の邸宅には長年同居する男性の存在が知られていたが、家族関係の詳細は公表されていなかった。今回の発表で、その男性が一ノ瀬大樹氏であり、内縁関係にあったことが明らかになった。
大樹氏に公的な役職歴はなく、対外的な活動も確認されていない。
綾子氏は生前、私生活について「自らが奉仕する立場にある」と笑って語ったことがあるという。
【作者より】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この結末については、好みが分かれるだろうなと思っています。
綾子や伶奈には別の結末もあったかもしれませんが、作者としてはこれが一番しっくり来る終わり方でした。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。