様々なNTRの刺客がいるこの世界で、俺は彼女たちの絶対的な王になる 作:柊咲
「ふぅ……」
目の前に立つ太陽を隠すほど巨大な熊。
猛獣は二本の足で立ち、両手を大きく広げた。
長い爪が太陽に反射して輝く。
そして次の瞬間、
『グオオオオォ!』
勢いよく振り下ろされる一撃。
俺は飛び退き、拳に力を込める。
「はああぁ……ッ!」
『グオ!?』
力一杯に拳を振り抜く。
巨大な熊の肉体が勢いよく後方へと吹き飛ぶ。
大の字に横たわり白目を向いて気絶する熊を見て、今度は安堵の息を吐く。
「ふう、大きさはいいが人間との命のやり取りには慣れていないようだったな」
黒髪を掻き上げ、俺よりもずっと大きい巨大な熊を片手で抱える。
今日の分はこれでいいだろう。
狩りを終えて帰ろう、そう思ったのだが。
『グゥ! グゥ!』
駆け寄ってくる二匹の小さな熊。
そんな小さな熊は俺に飛び掛かろうとしたが、その寸前で足を止めて威嚇してくる。
本能で勝てないと理解したのだろう。
俺は小さな熊と見つめ合う。
『グ、グゥ……』
「……」
悲しそうな声で鳴かれたくないなら小さな熊も狩ればいい。
そういう考えはあったが、すぐに消えた。
小さな熊を無視して巨大熊を持って帰っても、きっと小さな熊は一生追いかけてくるだろう。
「はあ、俺の負けだな」
抱えていた巨大熊を下ろす。
小さな熊は巨大熊の側に近付き体を寄せる。
そんな光景を後に俺は歩き出す。
何もない平べったい平原。
道は生まれ育った村へと続いていて、左を向けば大きな山々が見える。
その奥には俺たち人間とは違う種族がいるそうだが、村の長に『連中とは関わるな』と言われていて行ったことはない。
「どんな奴がいるのか楽しみなんだが……まあ、いずれ。それより」
今度は右に顔を向ける。
ずっと上空まで届く不思議な結界。
透明よりも少しだけ濁った薄い膜は、触っても、押しても、殴っても蹴っても大剣で壊そうとしてもビクともしない。
ヒビすら入らない。
巨体な熊を一撃で気絶させられる俺でさえも。
「何があるんだろうな、あそこに」
目を凝らしてみるとうっすらと何かが見える。
巨大な建物にも、複数の家屋が並ぶ場所にも、見ようによっては変わる世界。
誰に聞いても行ったことのない世界を、俺は憧れていた。
「おーい、マキシム!」
と、そこで呼ばれた。
村の方から走ってきた男は大きく手を振っていた。
「ユウガ、どうかしたのか?」
「ん、村長がお前を呼んで来いって。なんだ、今日の獲物は無しか?」
「ああ、出会わなかったからな」
「なるほどな、まあ一人なら仕方ないか。ってか、今日の狩り手伝えなくて悪いな。ミゴル爺が腰をやったらしくて、付きっきりで看病しないといけなかったんだ」
「気にすんな」
俺はユウガと並んで歩き出す。
「はあ、もっと村に人がいればな。そうしたら、狩りにもっと人を割けるのに」
「というより、俺としては若い奴が欲しいな」
「だな。若いの……ってか、二十代なんて俺とお前だけだもんな」
俺たちの暮らす村は全員で五十人ほどしかいない。
その多くは老人で、五十代以上が九割を占めている。
「他の村から誰か来てくんねえかなー」
「それは無理だな。わざわざ人口の少ない、それもただの野原に木の家を建てたような村に移住しようなんて思う奴いるか?」
「だよなー」
俺たちの育った村から数時間、もしくは数日ほど歩けば他の村や街、それから大きな王国なんかがある。
そこは村よりもずっと人口が多く、たくさんの人間が暮らしている。
俺も一度だけ行ったことあったが、まるで別世界のようだった。
「マキシムは村から出ようと思わないのか?」
「俺か? そうだな、いずれ出たいとは思うが、別に出たからといって何かしたいわけでもないからな」
「強い奴と戦えればそれでいい、だろ?」
ユウガが俺を見てニヤリと笑う。
「村で唯一の2mもある巨漢の戦闘狂だからな。自分よりも弱いここら辺の猛獣じゃ、もう満たされねえか?」
「人をなんだと……まあ、否定はしないが。王国とやらには屈強な人間がいるって聞いたからな、一度手合わせしてもらいたいとは思う」
「なるほどなー。だけど、村の連中がお前を手放すかねー。お前がいなくなったら誰が狩りをするんだって」
「確かにな」
「村の爺さんどもじゃ──」
「──おい、マキシム、ユウガ!」
また遠くから声をかけられた。
声をかけてきたのはユウガとは違い老けた人間。
五十代だが、あれでも村の中では俺たちの次に若い。
そんな人間が額に汗を浮かべながらこちらへと走ってくる。
「クラベルさん、そんなに慌ててどうしたんすか。走ったらミゴル爺みたいに腰をやっちゃいますよ?」
「はあ、はあ、はあ……お、俺はまだ、そこまで──そんなことより、捕まえたんだよ!」
「捕まえた?」
俺が首を傾げると、クラベルは目を輝かせて言う。
「”家畜”だよ!」
「「家畜?」」
俺とユウガが同時に言葉を漏らす。
俺の捕まえようとしていた熊は家畜じゃない、食糧だ。
家畜というのは馬や鶏や牛なんかだが。
「もしかして、どっかの王国の奴が飼ってた馬を捕まえたんですか!?」
鶏や牛なんかは村にも一頭ずついるが、移動を楽にしてくれる馬は高級品で、俺たちの村みたいな貧相な人間が飼っていい代物じゃない。
王国に献上するか、買い取ってもらうしかない。
もし秘密にしていた場合、人間が多く暮らす王国に敵対視される。
そうなって滅ぼされた村は一つや二つではない。
「違う違う、馬なんてもんじゃねえ!」
「馬じゃない?」
馬以上の家畜なんていない。
俺とユウガはどんな家畜かわからず眉を寄せた。
すると、クラベルは何か思い出したように何度か頷く。
「そ、そうか、お前らの代はまだ知らんのか」
「どういうことだ?」
「説明するより実際に見た方がいいだろ。二人とも付いて来い!」
クラベルは一人で納得して走り出してしまった。
俺たちはその後を付いて行く。
村に帰ってくると、俺が出発したよりも村の中は静かだった。
「あれ、なんで誰もいないんだ?」
ユウガが同じ疑問を持つ。
だが、村長の家の近くまで行くと声が聞こえてきた。
どうやら村の連中は全員ここにいたようだ。
「なんだ、みんなここにいるじゃん」
ユウガが安心したように呟くが、俺は村の異常にすぐ気付いた。
いつもは死を待つだけの暗い表情をしていた村の住人たちが、血走った眼を大きく見開いていた。
例えるなら、若返ったという感じだった。
「着いたな。二人とも中に入れ」
村の住人たちを押しのけ村長の家へ。
ただ一階にはおらず、いつもは蓋で閉じられた地下室の扉が開いていた。
ユウガが「なんか怖えな」とぼやく。
それでも足を前に出し地下室へ。
地下にもいた村の住人たちを押しのけ、蝋燭の灯りで照らされた薄暗い地下室を進んでいくと──。
「な……」
そこにいたのは人間ではない生き物だった。
いや違う、あれは人間だ。
ただ俺たちと似た姿をしているが体の作りが違う。
胸板は鍛えられたとは違う膨らみがあり、肌も俺たちとは違って綺麗だと思えた。
それに髪が長いだけでなく、顔の作りは無意識に唾を飲むほどに美しかった。
「な、なんだ、こいつ」
ユウガが口を開けたまま足を前に出す。
まるで何かに心を捕らわれたように、縄で手足を縛られたその”家畜”に近づいていく。
だが、それは俺も同じだった。
初めて見る生き物から視線を離せなくなっていた。
「おお、お前らも来たか」
村長のアベイラが笑う。
彼もまた、いつもよりずっと若返ったように見えた。
「どうじゃ、この家畜は。凄いじゃろ」
「家畜って、アベイラ爺さん、なんだよそいつ……お、俺、そいつ見てたら体が熱くなってくるんだよ!」
ユウガが興奮気味に声を荒げる。
そんなユウガを見て、アベイラがうんうんと何度も頷く。
「そうじゃろそうじゃろ。儂らも同じ気持ちじゃからな。まさか王国の連中に先に見つからず、こんな辺鄙な村の周りをうろついておるとは……。よいか二人とも」
アベイラが家畜に視線を向ける。
「こやつは”女”じゃ。この世界にはいない、とってもとーっても貴重な、儂ら人間を産みだす家畜なんじゃよ」
何を言っているのかわからなかった。
そこで、アベイラが家畜だと言った女が目を覚ます。
右を、左を。
交互に見て、俺たちに囲まれているのがわかって口を開けた。
「だ、だ……誰!? やだ、これ縄……助けて! お願い、助けて!」
俺たちと同じ言葉を喋った。
涙を流し、はっきりと助けを求めた。
鳴き声は出すが家畜は喋らない。
そんなの誰だってわかっている。
だからすぐに、家畜と呼ぶべき相手ではないと理解した。
「これ、家畜! 暴れるでない、それ以上暴れたら……!」
ほうきを持って威嚇する。
その行動はしつけのようなものだが、見ていて違和感しかない。
そして威嚇されると、女は身を丸くして体を守ろうとする。
「うぅ……や、やめて、殴らないで……殴らないで……!」
弱々しい反応に村の住人たちは笑みを浮かべていた。
そうならなかったのは、この状況に付いて行けない俺とユウガだけだった。
ユウガがアベイラに問いかける。
「アベイラ村長、な、なんだよ、これ……こ、この家畜? 言葉……人間の言葉を喋ってるぞ!?」
「ん、おお、そりゃそうじゃろ。こやつは我々と同じ人間じゃからのう」
「人間? こ、こいつが、同じ……?」
「じゃが、こやつは女じゃ。儂らとは少し違う」
ユウガが訳が分からないと頭を抱える。
代わりに俺が前に出てアベイラに聞く。
「わかるように説明してくれ。見た目には似た部分がある、じゃあ同じ人間だとして、なんでお前らは同じ人間を家畜って呼んでいるんだ?」
「うむ、説明が難しいのう。だから現実を先に話すぞ。儂らは、こやつのような女の腹から産まれたんじゃ?」
「は? 腹からだと?」
「そうじゃ。お前を産んだのも、ユウガを産んだのも同じ女という家畜じゃ」
今まで自分の生まれに疑問を持ったことはない。
それはたぶん、俺より後に生まれ者を見たことがないからだ。
だからそんな概念に疑問を持つことは一切なかった。
「もちろん儂らも女の腹から産まれた、ああ、お主らを産んだ女とは別の女じゃがな。儂らを産んだ女はよくできた女だったそうでな……ここの村の人間をおよそ四十人ほど産ませたそうじゃ」
「よくできた家畜だったそうじゃなあ! ホオッホッホッホッホッホッホ!」
村の住人たちが一斉に笑い出す。
その輪に入って笑うことはできず、俺は頭に浮かんだ疑問をぶつける。
「俺を産んだ女というのは何処にいるんだ? 俺はこの村で二十五年も生きているが、女なんて見たことない」
その疑問に、笑うのを止めたアベイラが答える。
「……壊れてしまった」
「なに?」
「アンドレを産ませて、フウスガを産ませて、そこから何年かしてユウガを産んで、その次にお前を産ませて……そこで、壊してしまったのじゃ」
「壊した?」
「おお、死んでしまったのじゃ。ちいとばかし、乱暴にしすぎたんじゃな」
何を言っているのかわからなかった。
それになぜ、まるで家具を壊したかのようにこんなにも淡々と話しているのか。
「正確に言えば、舌を噛んで自殺してしまったのじゃ。食事をさせる際に、ぐっ……とな。まったく、管理していた者が油断したせいじゃ」
「あれさえなければ、この村には若い奴が増えてもっと賑わっていたんじゃがなあ」
「うむ。それから二十年、この村には女がおらんくなったから、お主らより若い者がいないというわけじゃ」
じゃが。
アベイラは声を大きく出して女を見下ろす。
その視線は、まるで値踏みするような感じだった。
「やっと、やっと……女を捕まえたのじゃ。こやつは良い体をしておるからのう、半年周期で村の者たちの子を孕ませ続けるのじゃ」
どこからともなく村の住人から笑い声が漏れる。
その声を聞き、女が壁へと逃げるように這って行く。
「なんで、どうして……わたしはただ、外の世界を見たかっただけなのに……どうして、こ、こんな……やだ、誰か助けて!」
大きな声を出したら叩かれると思ってか、声を押し殺して助けを求める女。
そんな姿を見ても、村の住人たちの表情から笑みが消えない。
むしろ脅える様子を楽しんでいるようだった。
異常だ。誰がどう見ても、村の住人は異常だった。
「でも村長、本当にいいのかい?」
ふと、村の住人が声をかける。
「ん?」
「女を捕まえたら王国に献上、それが決まりだろ? もし秘密にして飼っていたことがバレれば、こんな小さな村あっという間に滅ぼされちまうだろ?」
「まあそうじゃな。じゃが、お主はこの極上の家畜を目にして王国に差し出すのか?」
「う、それは……」
「思い出してみろ、女の身体を……」
アベイラは女の体にほうきの柄を押し当てる。
「この身体の抱き心地。胸の柔らかさ。そして、この穴の気持ち良さを……ぐひぃ! お主はそれでも、王国なんぞに差し出すというのか?」
「そんなの! だ、駄目だ……!」
「それに、王国には既に充分すぎるほどの家畜がおるじゃろ。一人ぐらい、こんなへんぴな村で楽しんでもいいじゃろ。儂らの残り少ない生涯、この家畜に存分と楽しませてもらうとしようではないか、のお……?」
アベイラと女の視線が交わると、女の全身が震えた。
「やめて! 帰して、家に帰して……ッ!」
「おお、おお、いい声で鳴きよるわ……この声が数年後にどんな風に変わるか楽しみじゃのう」
「ぐふふ、さて今夜といわず今から、我ら村の住人たちで楽しむとしようか」
「や、やめて、近寄らないで……ッ!」
一歩。
村の住人が足を前に出す。
ここにいる全員が意思を同調させたように。
「ああ、もちろんマキシムとユウガにもやらせてやる。たまらんぞぉ、女の身体というのはのう……」
その言葉に、ずっと黙っていたユウガも無意識に足を前に出していた。
「なんだ、これ……なんで俺の体、こんなに熱いんだ。なあ……なあ!?」
その声は女に向けていた。
ユウガの反応に、村の住人たちが笑みを浮かべる。
「それが、女という生き物なのじゃ。儂ら男を誘惑して、満足させる。どうじゃ、ユウガ……お主もこの家畜を好きにしたいじゃろ?」
「う、うぅ……ああ!」
ユウガが村の住人と同じ目をした。
確かにこの女を見ていると不思議な気持ちになる。
体が熱く、喉が渇く。
こんな感覚は初めてだった。
だが、
「戦えない者を、弱い相手を一方的に蹂躙する趣味はない」
俺は足を前に出して女に歩み寄ると、両手足を縛られた縄に手を伸ばす。
「マ、マキシム! 何をしておるのじゃ!」
「お互い生きる為に殺し合うのは別に構わない。俺はずっとそうしてきた。だが、両手足を縛り、泣いて助けを請う者を一方的に蹂躙することはできない。そして、それを黙って見過ごすこともできない」
言葉を喋らなければ、涙を流してなければ、潤んだ彼女の目と合わさなければ。
いろんな理由はあるが、このまま村の住人を放置することはできなかった。見過ごすことができなかった。
だから女の縄を解いた。
「お主、自分が何をしておるのかわかっておるのか……!?」
「どうしてこの村に人がいないのかも、俺たちよりも若い奴がいないのかも、なんとなくだが理解した。村を発展させるならお前たちのやろうとしていることが正しいことも理解している」
「では!」
「それでも、俺にはこの状況を見過ごすことはできない」
縄を解いてやると出入口が塞がれた。
「マキシム、命令じゃ……。その家畜の手足を縄で縛れ」
「無理だな。そうさせたいなら、力づくでそうさせろ」
「ぐっ……」
ユウガを除いて、ここの老いた連中が武器を持ったことはここ数十年一度も無い。
そんな連中が俺に力で言い聞かせることはできない。
「立てるか?」
「……」
女は何も答えなかったが、小さく頷いた。
全身は震えていたが、手を貸すとなんとか立ち上がった。
「そ、そうじゃ、マキシム……お主に一番目を譲ろう」
「なに?」
「いいか、お主は知らんじゃろうが、女の体は一番目と二番目以降では違うのじゃ。それはもう、最高じゃ……なあ、だからその女の両手足を縛るんじゃ! だから──」
「興味ない」
「な……っ!?」
その一言で一蹴する。
だが、向こうにも譲れないものがあるのだろう。
狭い入口を痩せ細った体の老人たちが塞いだ。
「女の味を知らぬ若造が……。ここで家畜を逃がすわけにはいかぬ。全員でかかるのじゃ!」
無謀だ。
けれど、今の村の住人はどんな猛獣よりも覚悟が決まっていた。
これが女の魅力、魅了された者ということか。
「マキシム、その女を渡せ!」
いつの間にか鍬を手にしていたユウガ。
彼も村の住人と同じく、何かに憑かれたように立ち塞がる。
「どうしようもないか」
会話でのやり取りは不可能だろう。
俺は振り返り、震えた女を見る。
「少し大人しくしていろ」
「え……きゃ!」
女を抱える。
男の体よりもずっと軽く、何より触れた肌の感触は今まで味わったことのない柔らかさだった。
「このまま突っ切る。振り落とされないように掴まっていろ」
そう伝えて走り出す。
老人たちは一瞬だが身を引いたがすぐに抵抗の姿勢をみせる。
手に持った武器を構えるが、俺の足蹴りの方が攻撃してくるよりずっと早い。
「ぐふっ!」
「あがっ!?」
腹部目掛けて蹴り飛ばす。
折れるほど力は入れていないが、体勢を崩して尻もちを付くぐらいの一撃。
一人、二人とドミノ倒しのように体勢を崩していく。
だが、
「マキシムゥ……ッ!」
ユウガが勢いよく飛び掛かってくる。
両手が塞がった俺は蹴りをお見舞いするが、ユウガは他の連中とは違い堪えた。
血走った目で俺を睨み、鍬を振り上げる。
「すまない」
「うぐッ?」
謝罪してから回し蹴りをお見舞いする。
頭の横を勢いよく踵で薙ぎ払うと、ユウガの体は勢いよく壁へと吹き飛ぶ。
友であるユウガが気絶する姿を前に罪悪感を抱いたが、地下の音を聞きつけた地上の村人たちが集まってくる。
「騒がしいが、どう……マキシム、お前──ぐふッ!?」
村の住人を蹴り飛ばして道を作る。
開けた道を、俺は女を抱えて走り出す。
「このまま逃げるぞ」
加減をしたから村の住人たちはすぐに追ってくるだろう。
走力と持久力なら負ける気はしないが、今の狂った連中が大人しく諦めてくれる気がしなかった。
あの小さい熊のように、きっと死の果てまで追ってくるだろう。
とはいえ、何処に逃げればいいというのか。
「このまま逃げて、お前を保護してくれる奴はいるか?」
こいつが何処に住んでいるのかわからない。
山の向こうには別の種族が住んでいると言っていたが、そこなのか。
走りながら女に聞くと、彼女は少し考え、
「アジュミラルに……アジュミラルに、帰れば!」
「アジュミラル?」
聞いたことのない地名だった。
やっぱり山の奥にある地名なのか。
「そこはあの山の奥にある地名か?」
そう聞いた瞬間、一本の矢が足下に突き刺さる。
顔だけを振り返らせると、弓を振り絞ったユウガがいた。
他の連中はずっと後方にいるが、矢が足に刺されば逃げる速度も落ちるだろう。
「もう来たか……」
「あ、あっちに!」
女が指差したのは山々とは反対。
薄い結界の奥にある何かを指差しているのだろうか。
「お前、もしかしてあそこから来たのか?」
そう問いかけると、女は何度も頷いた。
「……あの結界を通れるのか?」
彼女は頷き続けた。
追っ手は走り続けている。
このままではいずれ追い付かれる。であれば、彼女の言ったことを信じるしかなさそうだ。
俺は結界に向かって一直線に走り続けた。
走って走って、そして結界の前で彼女を下ろす。
「さあ、行け」
「あ、あなたは……?」
「俺か? 俺はまあ、その結果を通り抜けることはできないからな」
女にそう告げ振り返る。
既にユウガはすぐ近くにいた。
他の村の連中も、おそらくもう少ししたらここまで辿り着くだろう。
俺一人になれば村の連中が彼女を追うことはない。というより、俺たちはこの結界を通ることはできない。
後で村の連中からこっぴどく怒られるだろうが、前向きにも考えられる。
村を追放されれば、王国とやらに行くのもいいだろうからな。
「あ、あの……」
「いいから、さっさと行け。もう捕まるなよ」
そうして歩き出そうとした。
だが、
「あなたも!」
「お、おい!」
後ろから抱き着かれた。
柔らかい感触に驚いたのも一瞬、俺の体が後方へと倒れる。
女の体は結界を受け入れ消えていく。
だが、俺の体は結界が拒絶する。
はずだった、
「な……!?」
俺の体も結界へと沈み、そのまま奥の世界へ。
どうなっているんだ?
そう疑問に思った俺の頭が一瞬にして冷える。
冷えるというのは物理的にだ。
というより、冷えたのは俺の全身だ。
「水!? な、どうなっているんだ!?」
さっきまであった地面は結界を隔てて無くなっていた。
一面どこまでも続く湖、というより大海。
俺は今、ずっと行ったことのなかった結界の奥の世界に来た。
「──グリュヌス、来て!」
女が大きな声で呼びかけると、青い空から一匹の鳥がこちらへと向かって飛んで来る。
それはずっと遠くから。
だが近づけば近づくほど、その姿は鳥から馬へと変わった。
羽の生やした馬。見たことのない生き物だった。
「乗ってください!」
水に濡れて色が濃くなったピンク色のショートカットの彼女は、その羽の生えた馬に乗ると俺に手を伸ばす。
そして俺もその背に乗ると、馬は大空を駆けた。
「こ、こいつは……?」
「天馬《ペガサス》のグリュヌスです!」
「ペガサス?」
「もしかして、人間族《ヒューマン》の世界にはいないんですか?」
「ヒューマン?」
知らない名称が次々と出た。
それに結界を通ってから彼女は安心したのか、喋るようになった。
一瞬にして雲の側まで上昇すると、ペガサスとやらはゆっくりと前方へと進行する。
「それより、あの……助けてくれて、ありがとうございました!」
「あ、ああ、まあ」
「わたし、天馬騎士団所属のリリアって言います!」
「俺はマキシムだ。その、なんだ……」
聞きたいことはあった。
だが、その聞きたいことは一つや二つではなく雪崩のように頭の中に押し寄せる。
この生き物はなんだ、人間族とはなんだ、そもそも女ってなんだ、どうして家畜と呼ばれて捕まっていたんだ。
というより、この結界の奥にあるここはなんだ?
様々な疑問が頭を駆け巡る中、俺は視線を下に向けた。
「これは……」
湖に浮かぶ大陸。
その形はまるで、水面に浮かぶ花そのものだった。
五つの花びらに似た陸地それぞれに建物が並び建ち、花の中心にも無数の建物が並ぶ。
俺が落ちた湖の区画が他にもあり、五つの花びらの隙間を埋め尽くしていた。
「このまま下降します。振り落とされないように掴まっていてください!」
一気にペガサスは花の中心へ向かって下降する。
そして地上。
そこは俺の知っている世界とは何もかも違った。
「え、どうして人間族の男がここに……?」
「一緒にいるのって、ペガサス隊の子よね?」
「というよりあの男、処女宮の結界をどうして通れたの!?」
「これマズいよね、誰か呼んできた方がいいんじゃない」
周囲にはリリアと同じ雰囲気の女しかいない。
その表情は不審がっていたり脅えていたり、中には敵対心剥き出しの者までいた。
「あ、あの、みんな、この人はね──」
リリアが前に出て説明しようとした。
だがその言葉を遮るように、一本の槍が上空から降り注ぎ俺の足下に突き刺さった。
「結界内へ男を連れて来ることは重罪だぞ、リリア」
太陽と重なるようにペガサスが一頭。
いや、上空にはいつの間にか餌に群がる鳥の群れのようにペガサスが何頭もいた。
その背には人が。
そして当然のように、その姿は女だった。
※
カクヨムにて先行配信しています。
R18描写のお話があるので、今後も向こうが先になるかと。
https://kakuyomu.jp/works/822139841883697000