様々なNTRの刺客がいるこの世界で、俺は彼女たちの絶対的な王になる 作:柊咲
──リーデカルラ領、ララフレア私室。
寝室とは別のこの部屋には、貴重な書類やララフレアが特に大事にしている書物なんかが置かれていた。
この部屋に入ることを許可されているのはマリディナだけ。他のメイドたちも入室を禁じられている。
何か秘密がありそうな部屋ということは、ここに一週間も暮らしていれば誰だって気付く。
「──秘密が隠されているのならここしかないものね?」
置物をひっくり返し、机の上の書類を散乱させていたのは、客人であり保護された少女アイーシャ・パリアラだった。
彼女は突然のララフレアの登場に慌てて、伸ばしていた手を引っ込める。
「あ、えっと、ララフレア様……これはその、道に迷ってしまって」
「道に? 道に迷って、人の私室の書類を散らかしているの?」
「す、すみません、すぐ帰りますので」
言い逃れできない状況だというのにまだ押し切ろうとするアイーシャに、ララフレアは笑顔を浮かべたまま出入口の扉の前に立って動かない。
「あら、まだ探し物は見つかっていないでしょ? いいわよ、見ててあげるから続けて」
「いやだな、別に探し物なんてしてないですよ、あはは……」
「そう? 私はてっきり、”この”処女宮の結界を消す鍵を探しているのだと思ったけど」
ララフレアが持っていたのは何の変哲のない小さな鍵。
それを見た瞬間、誤魔化すような笑いを浮かべていたアイーシャの表情がスッと真顔になる。
それは作られたモノのような、怖いほど無表情だった。
「ああ、やっぱり。処女宮の結界を消す方法を知るのがここに忍び込んだ目的なのね。でもごめんなさい、これはただの鍵、マリディナにも隠したい秘密の書物を隠している棚に掛けた、ただの鍵なの。あっ、秘密にしたい書物ってのも、エッチなモノであなたたちが知りたいことじゃないわよ?」
小馬鹿にするようにクスクスと笑ったララフレアを見て、アイーシャはこちらを睨む。
だがその視線はすぐに背にある窓へ向けられた。
「──炎華《ラ・アレフシア》」
窓を封鎖するように赤い花びらのラフレシアが咲く。
窓の外から差し込んでいた太陽の明かりは半分ほど失い、部屋が薄暗く変わる。
「せっかく話せる機会ができたのに逃げないでちょうだい。まあ、その窓から逃げたところで外にいるメイドたちに捕まるでしょうけど」
逃げ道を断たれ、元より抗って勝てる道もない。
アイーシャは脱力するように立ったまま、こちらに顔を向ける。
「……いつから、気付いていた」
「あなたが本物のアイーシャでないこと? もちろん最初からよ……と、言いたいところだけど確信はなかったわね。リリアがここにいてくれて助かったわ」
もしも天馬騎士所属だったリリアがあの場にいなければ気付かなかった、疑いもしなかった。だが、アイーシャは同期だというリリアに対して慣れ親しんだ呼び方を忘れ、彼女と築いた過去を何もかも忘れていた。
「リリアがここにいたことは誤算だったわね。もし彼女がいなければ、誰も顔も名前も知らないアイーシャ・パリアラを騙れたのに」
「……」
「マリディナに肩を借りて怪しまれずに処女宮の結界の中に入れたというのに、残念だったわね」
──ご、ごめんなさい、久しぶりに立って歩いたので立ち眩みが。手をお借りしてもいいですか?
リーデカルラ領へ入るときのアイーシャの言葉に一切の違和感はなかった。だが、一つでも怪しんでしまうと他のことも怪しんでしまう。
それは他にも。
ここに来てからのリリアとアイーシャの話が噛み合わないとこや、屋敷内で何かを探るような視線の動きも。
アイーシャという女性は──いや、このアイーシャの皮を被った男は全てが怪しく見えた。
それでも、怪しいからというだけで対処するわけにはいかない。そもそも、どうしてリーデカルラ領に潜り込んだかを知りたかった。
「わたしが永遠にこの世界に紛れ込むとは思わなかったのか?」
「それはないわね。だって保護した日にあなたに言ったでしょ? 二週間以内にシラリリ領へ送るって。向こうの連中と顔を合わせるとすぐに嘘がバレるってわかたんでしょ、だからわざわざ反対にあるこのリーデカルラ領まで来てから保護されたんでしょ?」
シラリリ領で保護されればすぐに偽者だと気付かれる。
なにせこのアイーシャには、本物のアイーシャの記憶が一切ないのだから。
数時間でも話せばきっと。
だから、わざわざここ、リーデカルラ領まで来てから保護された。
とすれば、シラリリ領へ送られる二週間以内に何かしら行動を起こすだろうと予想できた。
「何も知らないリリアと、あなたを見張らせていたメイドが近くにいたというのに抜け出せるわけないでしょ?」
「……そうか。何もかも運が悪かったというわけか」
「ええ、そうね。それで、手間をかけてリーデカルラ領に忍び込んだのは、処女宮の結界を消す方法を探る為?」
「……」
アイーシャは黙った。
そして、隠し持っていたナイフを自身の首に当て、
「願いは、同胞に託そう」
首を搔っ切った。
血しぶきと共に、アイーシャはその場に倒れる。
その死に際を見届けたララフレアは、ラ・アレフシアを起動させようと伸ばした右手を下げ、大きくため息をつく。
「脅しが効かない相手にラ・アレフシアは無力ね。右手だけを吹っ飛ばす前に殺しちゃうもの」
扉を開けると、マリディナや他のメイドたちが部屋へと入っていく。
「ララフレア様、ご無事ですか?」
「ええ。ただ情報を聞き出す前に自殺を選ばれたわ」
「それでは、この者はやはり……」
「……おそらくは、これの正体は捕食蟲《バズー》ね」
捕食蟲《バズー》は主にシラリリ領側にいる種族の男──というより、牡の生物だ。
見た目は少し大きめの蛭《ヒル》のようで、戦う力は一切ない。だがバズーは対象の”頭、胴、右手、左手、右脚、左脚”それぞれ六つある部位のうち一つを捕食することによって姿と形、そして声を真似る特性を持つ。
つまり、このアイーシャはバズーに捕食された存在であり、
「すぐに他の領へ伝令を。アイーシャ・パリアラを騙ったバズーが他に五体いる可能性があることと、処女宮の結界を消す方法を探る為に既に領内に侵入している可能性があることを伝えて!」
「はい、すぐに!」
メイドたちが走って部屋を後にする。
残ったララフレアとマリディナは、死体に目を向ける。
「やはり、この者は処女宮の結界を消す方法を探る為に潜伏しようとしていたのですか?」
「確定ではないけど、あの反応からするとそうなるわね。結界を守護する為に作られた五領花《ゴリョウカ》が、それぞれで結界を生成していると予想するのは妥当ね。でも実際は──」
「──アイーシャ、ちゃん?」
リリアの小さな声は、どんな大声よりも重くこの場に響いた。
彼女はゆっくりとアイーシャだった死体に近付く。
「リリア、彼女は──」
「どうして、なんで、アイーシャちゃんが、や、やっと、会えたのに、どうしてアイーシャちゃんが、誰がこんなこと!」
マリディナが抑えて止めたことによって、リリアがアイーシャのもとへ到着することはなかった。
彼女はそのまま膝から崩れ落ちた。
「いやあああああ……っ!」