様々なNTRの刺客がいるこの世界で、俺は彼女たちの絶対的な王になる 作:柊咲
「それじゃあ、私たちはこれで。頼んでおいてなんだけど、無理だけはしないでちょうだいね」
「ああ、わかった」
話が終わり、ララフレアとマリディナが馬車に乗る。
他のメイドたちも彼女たちに付いて行く。それは俺の側で支えていてくれたメリナもだった。
「屋敷での仕事が忙しいようなので、今夜は向こうで過ごします。一応、明日の夜までには戻りますわ」
メリナは少し寂しそうに言う。
忙しいのはわかるが、理由はそれだけじゃない。
「それに、今夜はわたくしがいない方がいいと思いますから」
俺の隣に立つリリアを見てメリナは言う。
そして、ララフレアたちを乗せた馬車を走り出す。
一瞬にして静かになった。
「大丈夫か、リリア」
涙は出ていないが、ずっと下を向いたままのリリア。
「大丈夫です。もう思う存分、泣きましたから」
「そうか。だが、無理しなくていいんだぞ?」
「無理してないと、ずっと下を向いて黙っちゃいますから。せっかくマキシムさんの側にいれるのに、それは嫌ですから」
普段の快活なリリアはなく、声色も曇ったように暗かった。
当然だ。友人は殺され、しかも捕食され、その偽者を彼女は知らずにずっと世話していたんだ。
怒りや悲しみで感情がぐちゃぐちゃなはずだ。
「すぐ側に温泉があるんだ。一緒に行かないか?」
「温泉、ですか……? いいですね、温泉に入ったことないので行ってみたいです」
目を腫らした彼女が無理矢理に作ろうとする笑顔を見るのは辛かった。
リリアは何も言わず俺の手を取って握り、無理に会話することもなく、俺たちは黙ったまま向かう。
時刻はもう少しで日付が変わる頃。
他の者たちは既に寝静まっているだろう。
ここに来る者は誰もいない。
休みなく水面を叩き流れ続ける湧き湯の音が響き、肌寒い空位に湯気が立ち込める。
「お待たせしました」
先に温泉に浸かっていると、後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには、手で体を隠すリリアがいた。
「リリア、バスタオルはどうした!?」
「バスタオル? もちろん、後で体を拭く為に脱衣所に置いてきましたけど」
「いや、あのバスタオルはだな……」
メリナやここにいる者たちは温泉という文化が側にあったから、バスタオルを体に巻いて温泉に浸かるというのを知っていたが、リリアは初めてと言っていた。
温泉に初めて来たときの俺と同じことをしていた。
「ここには、マキシムさんとわたししかいないから、いいですよね……?」
寂しそうな声で言われて駄目だと返すことができなかった。そもそも、リリアは俺の返事を待つこともなく既に足を温泉へと入れていた。
「あったかい……」
肌を触れ合わせて隣に座ったリリアは、気持ちよさそうな声を漏らす。
夜空を見上げ、彼女は口を開く。
「……初めて処女宮の結界の外に出て、人間族の男たちに捕まって。だけどマキシムさんに助けてもらって。もしかしたら、処女宮の結界の外にはマキシムさんのように話せば分かり合える男も、優しい男もいるんじゃないかって思ってました」
ぽつりと漏らした言葉を、俺は黙って聞いた。
「でも、それは間違いでした。マキシムさん以外に分かり合える男はこの世にいません。夢や理想は、みんなが言うようにやっぱり持つべきではなかったんです」
リリアは腕やお腹を手で擦る。
何度も何度も、汚れていないのにずっと全身を拭いていた。
「あの、アイーシャちゃ……偽者は、わたしを騙してアイーシャちゃんの顔で笑ってたんです。そんな偽者を、わたしも何も知らずに世話して、不安に思わせないように何度も抱きしめた。……男だったんです、あれ。大好きなアイーシャちゃんを殺して、喰った男だったんですよ。そんな男を、わたしは、わたしは……」
怒りに声を荒げることもなく、溢れ出た涙が水面にポツポツと零れる。
偽者に触れた手を、偽者と触れ合った全身を、リリアは温泉の湯で拭おうとするのを止めない。
段々と赤く染まる肌を見て、俺は抱きしめようと手を伸ばした。だけど俺も男だ。そんなことしたら、彼女に嫌がられるのではないか。
そう思った。
けれどリリアは俺を見て、いつもとは違う悲しそうな笑顔を浮かべた。
「抱きしめてください、マキシムさん」
「だが」
「マキシムさんは、特別なんです……。ふふ、マキシムさんだけは特別。だからお願いします」
言われた通りに抱きしめた。
リリアも返し、俺の肩に顎を乗せる。
「わあ、やっぱりマキシムさんのギューッは違います。安心感があるんです。包容力があるんです。これ、大好きです」
そして、耳元で囁く。
「これから結界の外に出て、外にいる男たちを殺しに行くんですよね……?」
「殺すと決まったわけではないが、ララフレアとの会話を聞いていたのか?」
「はい。わたしも一緒に行っていいですよね?」
行っていいですか、ではなく、行っていいですよね。
その言葉に強い恨みが込められているのがわかった。
「危険だぞ。何が待ち受けているのかわからない世界だ」
「それでもです。だって結界の中でただ待っているだけだったら、あの偽者には何年かかっても会えませんから」
俺を抱きしめる手に少しだけ力が入る。
「アイーシャちゃんの偽者と会いたいんです。会って、一人残らずこの世から消し去りたいんです。じゃないと、結界の中ではずっと、アイーシャ・パリアラの名前が危険視されるんです。そんなの、あんまりじゃないですか」
死んでなお、結界内の者たちの記憶に残るアイーシャ・パリアラは危険な捕食蟲《バズー》として残り続ける。
それは記憶としてもそうだが、それぞれの領内でやり取りされる言伝の書面や、結界側に潜んでいるかもしれない危険人物としてもバズーではなくアイーシャと呼ばれることもあるだろう。
実際、本当のアイーシャを知らない俺も、バズーという呼び名ではなく偽者をアイーシャと呼んでいるときがある。
俺と同じく面識の無い者もきっと。
そうやって永遠に、アイーシャという名前は女性たちに危険視され続けて記憶に残る。
そうならない為には、一刻も早く残り五体いる偽者を全て殺して彼女を解放することだ。
リリアの考えはよくわかる。
だが、今の精神状態の彼女を外に連れ出すのは危険な気がした。
「……わかった。だが約束してくれ、俺から絶対に離れないって。それと偽者を見つけても、一人で行かないって」
きっとどれだけ止めても彼女は言うことを聞かない。
もしかしたら、勝手に一人で結界の外に出て偽者を探しに行こうとするかもしれない。
であれば側にいた方が安全だろう。
俺が彼女を死んででも守ればいいのだから。
「はい、約束します。結界の外でわたしがどれほど無力かは理解しています。足を引っ張らないよう頑張りますから、側にいさせてください。どうか、アイーシャちゃんを解放させるのに手を貸してください」
リリアはそう言うと、こちらを向きながら俺の上に跨るように座る。
「リリア……」
「危険と隣り合わせな世界に飛び込む覚悟はできてます。でも万が一、男たちに捕まって、大勢の男に犯されるぐらいなら……初めては、マキシムさんがいいんです」
体の肌という肌全てが触れ合う。
お互いの心臓の音が聞こえる。
柔らかい部分が当たると、全身が熱くなる。
「受け取ってもらえますか?」
その願いに、俺は鼻で笑って返す。
「お前がそうなることはない。俺が必ず守る、安心しろ」
そう伝えると、リリアは頬を膨らませる。
「当たり前です、マキシムさんは最強ですから! それにそういう台詞はすっごく嬉しいです! けど、今は違うんです! これはただの方便で、マキシムさんと繋がる為の言い訳なんですから!」
彼女の笑顔は、いつも見てきた明るい笑顔に少しだけ戻った気がした。ただ元通りとはいかない。きっと元の彼女に戻るのは、全ての偽者を殺した時だろう。
「だったら別に、方便も言い訳もいらない。俺がリリアとそうなることを断るわけないんだからな」
「じゃ、じゃあ、その……」
上目遣いのリリアは、少し恥ずかしそうに言う。
「わたしの初めて、もらってくれますか……?」