「ん………んん?」
朝だ。カーテンの隙間から日が指している。ふと体に意識を宿すと違和感を感じる。いつも引っ付いて寝ているはずのかぐやがいない。いや、それに違和感を感じる必要はあんまりないんだけど。新しい家に引っ越して、突飛な生活と現実味のないVRと冷たくて冷めた現実を行き来していると、なんだか白昼夢にいるような感覚になる。
「かぐや……?」
寝ぼけた体を揺らしながらベランダにかぐやを見つける。たまに彼女はこうしてベランダで空を見上げている。
その時のかぐやの顔は……本当に儚げな少女と言う言葉が似合うだろう。まるで放っておいたら本当に月へ連れ去られてしまいそうな程に。
「んぇ?あ、彩葉おはよう」
「……おはよう。何、してたの?こんな朝早くに」
「ん〜ん。なんでもない。ただ風浴びてただけ」
ふぅん、と自分でも怖いぐらい曖昧な返事をしながらかぐやの隣に立つ。私は心の中でまだ恐れている。かぐやの『お迎え』が来る事を。だから、こうして静かな時間があるとそればかり考えてしまう。
「い〜ろ〜は〜??」
「んぃ?何、かぐや?」
ムッと膨らんだかぐやが私の頬を抓っている。
何かしたっけ?私。
「まぁ〜た下向いてるよ。暗い顔してるし」
あぁ、そういうことか。
「だって…かぐやが静かだと調子狂うっていうか…」
「まぁ、確かにね〜。こんな事してる時は自分でもらしくないって思ってるよ」
にゃはは、とかぐやは笑う。その笑顔はきっとずっと本物だ。これまでも、これからも。
「でも、こうして上から見る景色も嫌いにはなれないんだ。月から見てる時とは違うから」
「月から…」
私には想像出来ない。
月には何があるのかも。
月とはどんな場所なのかも。
それは、私の知っている常識的な月の表面じゃない。きっともっと違うもの。私達の常識では想像も考える事も出来ない場所。かぐやにとってもこの世界は全然違うものなのに。この子は笑顔が絶えない。不思議な子。暖かくて、ふわふわしてる。それなのに───
「かぐやは…さ…」
「なぁに?」
「ゃ…その、寂しく…ないの?こっちに居て。ホームシックになるとか、元いた場所の人達の顔が見たいとか…そういうの…」
何処を彷徨い行くかも分からないこんな世界でもしかしたら一人だったかもしれないのに。偶然、私がかぐやを見つけて一緒になる事にならなかったら、かぐやは今頃……
「ん〜ん。だいじょ〜ぶっ。彩葉が居るからにっ!」
と、かぐやは私へピースを送った。無理強いのない笑顔。私はこの笑顔に何度暖かさを感じたか。
「なにそれ」
なんて、私も一緒にピースをして『私達の合図』。そのまま手を繋ぎながら景色を見る。
「月には無いものがいっぱいあるから、何を見てても飽きないんだ」
屈託のない笑顔で空へ思いを馳せる。全身に風を浴びて靡く髪がキラキラと。
「船の汽笛は鯨の声。飛行機雲は空の線路。道行く車は仲好し子よし。何処を見ても、何を見ても、食べても、味わっても、吸い込んでも、抱き締めても。ぜぇぇ〜〜〜んぶ、新しいぃっ!」
ひらりひらりと舞うかぐや。
そうだ。この子はそういう子だ。
突飛でも、素直でも、わがままで、真っ直ぐで。
退屈を知らない。優しい子。きっと、どれだけ時が経っても私はかぐやの事を忘れられそうにない。
「だからぁ……ん〜ふふっ、『生きてる』って感じ!」
だから、私もこの子を笑顔にしたいって思えたんだ。
この気持ちを知るためにきっと私達は出会ったんだ。
「もぅ、なにそれっ」
そんな笑顔を見せられたらつられて私だって笑顔になる。
よかった。思い詰めてるかと思ったけど、大丈夫そうだ。そういえば、まだ言ってない言葉があった。この言葉もきっとこれから先言い続けるだろう。だから、もう違和感は無くなった。
「おはよう。かぐや」
一瞬、かぐやは顔をキョトンを傾げた。でもまたすぐに笑顔に戻る。
「うんっ!おはよう!彩葉!」
君を知ってしまったから、私の中にまた音楽が鳴り続けている。
・・・・・・『いさなとり』・・・・・・
かぐやは誰にも捕えられない。
かぐや程めちゃくちゃな人物を捕らえることはそうそう容易ではない。
そう心のどこかで思っていた。だから、月から逃げられたし、ここへやってきたんだと思った。かく言う私も、かぐやの事が分からない時がある。あまりにも突飛な事ばかりで自分の考えのスケールを大きく超えている。
だから、花火大会の日に手が離せなかった。
だから、言葉も話せなかった。
だから、泣きそうになった。
それも全部堪えてたはずなのに、家に着いた途端にどうしようもなくなって気持ちが零れてしまった。
「ぁ…」
「彩葉?」
何もしてないのに、涙が瞳から一雫。そこから拭っても拭っても絶え間なく零れてくる。その度に、かぐやは私の名前を呼んで、私はかぐやの言葉を思い出す。
『もう、お家に帰らないと』
そんな事は、もう分かっている。
まるでこの世の終わりのような言葉。
分かっていたのにそれでも反芻される言葉。
かぐやの家はここじゃない。
かぐやの家をここにしたい。
矛盾する考えが私の中を駆け巡る。傷つかないでと願っていた。今の私達の関係に。この気持ちを知る為に、私はかぐやと過ごしてきたような、そんな気がする程私は今、かぐやの事が好きなんだ。
「ごめ…っ…ごめんっ、なんでもないから…っ…」
「彩葉…」
浴衣のかぐやが私を抱き締めてくれた。
嗚呼、なんて暖かいんだろう。涙が引っ込むどころか余計に溢れてくる。嗚咽と同時に私の腕が勝手にかぐやを包んで縛る。今更になって居なくなる事が怖くなるなんて馬鹿らしい。最初は出て行って欲しかったのに、たった数週間過ごしただけでこんなに好きになっちゃっていいのかと思いたくもなる。でも、もうかぐやは私の生活の一部になっている。居なくなったら嫌だし、居てもらわないと困る。我慢してた分今零れ続けている。
「かぐやっ…っ…帰らないで…っ!」
「………」
「そうじゃないと…私はっ…ひっ…やっと…っ、全部自分の事言えるっ…人が出来たのに…っ…」
「彩葉…」
見えていなくてもわかる。優しい表情をしているかぐやがそこに居ることが。抱きしめてくれている腕の優しさも、頭を撫でてくれている手の温もりも、全部かぐやのものだ。でもそれじゃあ足りない。まだ満たされない。かぐやが傍に居るのにまだ何も満たされない。
「今日はもう寝よう?」
私は首を横に振った。
「一緒に寝よう?ね?」
私は首を横に振った。
「ぃやだ…っ…朝になったら居なくなってるかもしれないでしょ…!まだ居たい…!かぐやの隣に…ずっと居てよ、かぐやぁ…っ…!」
本音しか出てこない。人と繋がる事がこんなに苦しい事だとは思わなかった。こんなに寂しくなるとは思わなかった。自分がどれだけ甘い見積もりをしていたのかようやくわかった。
そこまで言っても、かぐやの返事は返って来ない。私の頭を撫でるだけ。宥めるだけの態度に少し苛立ちを覚える。そうして、何か言ってやろうとかぐやと顔を合わせた瞬間だった。
「彩葉」
「何っ…かぐ───」
そよ風のようにやってきたかぐやが私と重なった。今の今まで一緒にいて、言われてみればしたことがなかったものだった。唇に残った柔らかな感触とかぐやのはにかんだ笑顔が月明かりに照らされていた。
「レモン味じゃないんだね。これ。さっき食べてたかき氷のイチゴだ」
そんな事、教えたはずはないのに。かぐやはまた一つ階段を登っていた。私の知らない所で、私に見えないように。好きの気持ちを形に出来るようになっていた。私みたいに泣きじゃくる子供じゃないんだ。
「彩葉?」
もう、いっぱいるあるはずなのに。まだ足りない。ずっと飢えて仕方ない。一個ずつ増やすだけじゃ足りないんだ。でも、思い出は一つずつ。一つずつしか増やせない。
かぐやとの思い出は全部忘れたくない事だから。
たった一回キスをしただけで、私はまだ涙を零していた。ここまで触れてしまったら、本当に後戻り出来なくなる。初めてかぐやを綺麗だと思った。その時に歯車みたいなのが動いた気がしたんだ。運命の歯車なんてスピリチュアルなもの。
「ごめ、ごめん…かぐやっ…ひっ…止まんな…っ…」
そっとかぐやはまた私を抱きしめる。だからもう、ここまで触れ合ってしまったら、喪失の予感が止められない。月へ帰ると分かった時、私は何を思ったのかも忘れてしまった。今はただ、ただかぐやと一緒に居たい。それ以外もう考えられなくなっていた。
「ねぇ、彩葉」
「っ…なにっ……」
「思い出、もいっこ増やそ?」
「ヘ?───んぅっ!?」
どたん、ばたん。私とかぐやは一緒に倒れた。私は当然キスをされている。私の手に重なったかぐやの手がやたらと艶かしい動きをしている。でも、それは決して嫌じゃない。なんならもっと触って欲しいぐらいだ。
「ん…っ…か…ぐっ、ぁん……っ…」
「いろは、すっごく可愛い。写真に撮って皆に見せたいぐらい」
「や…だっ…意味わかんっ…ない…んんっ…!」
写真は苦手なんだ。でも今はそんなもの要らない。目の前のかぐやがずっと瞳に焼き付いて、逸らせない。今更になって、かぐやにここまでされて、自分が寂しくないフリをしていた事に気づいた。かぐやだってきっとそうだ。そんなのお互い様だ。
「かぐやぁ…」
でも、ここでかぐやを求めてしまったら。もっと深く求めてしまったら、かぐやが月へ帰った時の喪失感が計り知れない。自分以外で自分を甘やかしてくれる。
求めてくれる。
好きだと言ってくれる。
キスをしてくれる。
これから先居なくなることがわかっている相手を求めるなんて自傷行為にも程がある。かぐやだってきっとそうだ。そんなの、お互い様なんだ。
「ぁ…っ…」
絶え間なくやってくるキスの雨。
体の至る所に刻まれるかぐやの証。
こんな細い体の何処に私を抑える力があるのか。
それとも、私が抵抗してないのか。
上擦った声しか上げられず情けない。
涙で滲んで見えない。
「彩葉」
だけど、かぐやの顔を見る時だけは───
「かぐや…」
月明かりも太陽みたいに明るくなる。
「ふふっ、泣いてる」
「誰のせいだよ…」
「かぐやのせいだね」
ごめんね、と当たり前のように私の頬に唇がやってきた。いつもは子供みたいにはしゃぐのに、今はこんなに大人びている。これじゃどっちが子供か分からない。大人かも分からない。どっちでもない。どっちつかずの私達。
「彩葉との思い出はいっぱいあるけど、忘れられない程の思い出、もう一個ぐらい増やしても大丈夫だよね?」
そう言って頬に手を添えるかぐやの顔はどこか懐かしさを覚える。咄嗟に本音が吐露してしまいそうな程優しくて暖かい。滲んだ瞳を隠すように顔を逸らす。見られたくないし、弱い所は見せたくない。ここまで来て、私はまだ意地を張る。
「わたし、自分が思ってる以上に彩葉の事好きになってるのかも」
「何、それ…言ってて恥ずくないの?」
「ぜ〜んぜん。好きな人に好きって伝えられるってすっごい幸せな事じゃん」
そう言って、私の隣にかぐやは寝転がる。向かい合って、手を繋いで、指を絡めて、おでこを合わせて、体温を感じて、そこまでしてようやく涙も落ち着いてきた。
「だからわたしね、彩葉とこういう事したいって、ちょっと考えてた」
「………」
「彩葉は…どう思ってる?」
そんな顔で見つめないで欲しい。
そんな顔をされたら誰だって欲しくなってしまう。
『行かないで』が『傍に居て』になってしまう。
その体温に当てられて、どうにかなってしまう。
でも、今なら、自分に対して、かぐやに対して、素直になれる気がした。
「私も…したぃ…っ…」
・・・・・・*
生活音と息遣い。
リップ音と布擦れの音。
私達はリビングの端で互いを確かめ合っていた。
かぐやの髪に覆われた視界は月明かりを通してかぐやだけが見えるようになる。手を繋ぐだけじゃ物足りなくて、お互いを離すまいと抱きしめ合って、小さく上品なキスなんかじゃなくて、拙い押し付けるようなキスへ変わっていた。
「っ…んっ…!」
かぐやの舌が私の口内へ入って来た。どこで覚え事なのか。経験のない私にも分かるぐらいかぐやの舌の動きは優しいものだった。舌で舌を救いあげて、あやす様に舐め撫でられる。そんな事されたら、私の体から力が抜けて蕩けていく。瞼が垂れて、まるでお酒にでも酔ったかの様に体がふわふわした感覚に染まっていく。
「っぷは…ふふっ、いろは顔真っ赤」
「かぐやだって、真っ赤だよ…」
言いながら、またキスが落ちてくる。かぐやと目を合わせるだけで体の芯がもどかしい。奥の奥から熱が込み上げてくるみたいで不思議だった。
「っ…!?」
舌先に感覚を集中させていたせいで、浴衣の中にかぐやの手が入ってきてることに気づかなかった。あまりにもあっさりと解かれた帯とはだけた浴衣。
「おぉ……」
そんなまじまじと見つめないで欲しい。汗もかいてたし、そんなみて楽しめる程女性らしくない体つきだと思ってるからだ。
「そんな見ないでよ…面白くないでしょ。私の体」
「そんな事ないよ、凄く綺麗、スベスベでふわふわ…っ」
「んっ…ちょ、と…かぐや?」
我慢出来なくなったのか、かぐやは私の胸に顔を埋めた。興奮気味に胸を頬擦りするかぐやはいつもより子供っぽく見えた。これが母性だろうか。ついつい頭を撫でてしまう。
抱き締めた命の形がまだ私の傍に居ることを確かめるように。
「あむっ」
「ひゃぁっ!?」
突然、胸からやってきた刺激。びっくりして、かぐやがびっくりするぐらい大きな声を上げてしまった。
「あ、ごめん、痛かった?」
「ちが…ぅ、びっくりしただけ……」
「気持ちい?」
首を傾げるかぐやの顔。いつもこの甘い表情に踊らされていた。それでも構わない。今はかぐやを感じてるだけでいいから。
「………ぅん」
私が頷くと、かぐやはにんまり笑い胸へキスを落としていく。教えたはずのない愛撫のような舌使い。舐め上げられるとその刺激に体が反ってしまう。
「っ、んっ……ふ…」
小さい舌が這い回って、もどかしい感覚が全身を満たす。行為自体の経験はない。一人でもしたことが無い。そんな事する暇なんてなかった。だから、今の感覚は全て初めて。体を舐められる事も、誰かにここまで触らせる事もしてこなかった。こんな事させるのはかぐやだけ。
「っんぅ!」
気を抜いていたらかぐやが私の胸を甘噛みしてきた。リアクションを見るなりかぐはずっとにまにま笑ってる。悪戯な笑みだ。少し膨らんだ突起を摘んで、堪能するように反対の突起は口の中に入れられた。
「っ…あ…っ!ま、って…かぐ…っや…!」
舐められながら吸い上げられるというのはいざ体験してみるととんでもなく強い刺激で、体が強ばってしまう。これ以上にない程浴衣が似合う美少女がこんな冴えない女を欲しがっている。その高揚感たるや、耐えられそうにないのは私の方だ。
「っは…ん…んん…っ…んくっ…」
かぐやの吐息が聞こえる度に幸せを感じる。
かぐやが舌を動かす度に心地良さがやってくる。
どんどん舌先が、胸からお腹、臍に、下腹部へゆっくりと降りてくる。普段着ない浴衣とお祭りの盛り上がりもあったせいか、体の体温がいつもより高い。口を開けて大きく息をしないと排熱出来ない。
「うぁっ!?ひ、ぁぁぁっ…!」
排熱に必死になっていたら、今度は股下から電流のような刺激が飛んできた。体が跳ね上がるぐらいに気持ち良くて声が出た。慌てて見るとかぐやがソコへたどり着いていた。私のアイラインを舐め上げる刺激だったらしい。
「ちょ、かぐっ…!?そこ汚いから…っ!」
「ん〜ん、ひょんなこほないよ」
「そこでっ…喋らないでぇっ…んぁっ!」
小さな舌がダイレクトに私のアイラインを舐め上げる。表面を舐められているだけなのに、軽く意識が飛びかける。俗に言う「イク」って言うやつなのだろうか。こんなのを続けられたら気絶してしまいそうだ。
「ちょ、ほんとに、待って…っ…かぐやっ…!」
「らいひょーぶらいひょーぶ、ちょっとだけ我慢に〜」
腟を舐められるというのは不思議なもので、かぐやにされてるからなのか、それとも経験不足のせいなのか。こんな簡単にキャンキャン言ってるようではダメなのか分からないが自分が攻めに弱いのはわかった。
ただ、一つ不安なのは私がイッてしまったら、この慰めの時間が終わってしまうという事。これが終わったら、現実の時間に引き戻されてしまう。
「うぁっ、は、あぁっ、っ〜〜…!」
そうこう考えているうちに、体の奥から何かが込み上げてくるのを感じた。嬲られている所から脳の方へ登ってくる。まるで限界が来ているような。そんな感覚。
「か、かぐっ、かぐやっ…何か、へんっ…!」
それを聞きたかぐやの舌はより一層動きが激しくなり、引ける腰も掴まれて、手も握られて、かぐやから逃げられなくなってしまった。
「ひっ…あぁぁっ…!かぐやっ、かぐ、やぁぁ…!!」
ただ情けなく、私の攻める人の名を呼ぶことしか出来ない。そのうち思考がかぐやだけになって、刺激の処理も追いつかなくなってきた頃、私は、多分世間一般でいう絶頂とやらに達したんだと思う。
「かぐッ…あっ、イッ、っっっ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
ビクビク、と体を強張らせて縮こまる。頂点の刺激の処理が終わると、一気に縮こまった体は脱力して、伸び始めた。私が必死になって、体の熱を口から排熱してる事を他所に、かぐやはこちらに顔を覗かせて、また悪戯に笑っている。
「あはっ、彩葉や〜らしっ」
「っはぁ…はぁ…誰の…はぁ…せいだと思ってんの…」
行為が終わった後、賢者タイムという言葉があるのは知っていた。排熱が終わり冷めたからだにやってきたのは、現実の虚しさだった。夢中になれるものが消えた感覚はこんな簡単に押し寄せてくるものなのだろうか。虚しくなった。虚しくなって、引っ込んでいたはずの涙がまた出てきた。
「彩葉…」
「っ……待って、こっち見ないで…っ」
「また、泣いてる?」
半裸のまま、かぐやは私を優しく包む。そんな事をされればもっと涙が溢れるに決まってる。
「泣かないで、彩葉」
「っ…ひっ…なんで……」
「ん?」
「なんで、かぐやが泣かないでって言うの…っ…」
その時のかぐやは何も答えなかった。頭を撫でるだけで、私の質問のような独り言には答えることはしなかった。
「そうだね。なんでだろうね…」
・・・・・・*
「落ち着いた?」
「うん…だいぶ…」
行為後の賢者タイム、もとい泣きべそかいていた私はようやく涙を止めることが出来た。気を使って手を握ったままにしてくれているかぐやには感謝しなくてはならない。
「こんな事するのも最初で最後かな…」
天井に手をかざし、外に見える月を撫でるかぐや。変えられない運命なのかもしれない。この温もりが遠くへ消えた時私はどうなってしまうのだろう。そんな風に考える事しか出来ない。
「そんな事ないよ。かぐや」
月を見るかぐやの顔をこちらへ振り向かせて、目を合わせた。
「これが最後になんてならない。私がさせない」
「彩葉…」
「最後のキスになんてさせないから。だから、もう少しかぐやを感じさせて」
「っ……」
ドキッとした、とでも言いたそうな顔になった。私はこんな状況でもそんな純粋な照れ方をされると思ってなくて微笑んでしまった。
今度は私が上になる。
抱きしめた命の形。
せっかく捕まえた月の姫。
逃すものかと被さった。
・・・・・・*
「なんてこともありましたな〜」
「やっぱり覚えてるんだ……」
「その後、別の日に線香花火したよね。公園で」
「うん。コンビニで売ってる花火見てやりたいやりたい強請ってきたよね」
「それで、線香花火してる時も泣いたんだよね。彩葉」
「ちょっと、そんな所まで覚えてるの?」
ツクヨミの中でのヤチヨとの時間。最近、研究の相談もあってかそれなりに二人になる時間が増えた気がする。この天守閣の頂上の景色にも少し慣れ始めた頃、かぐやの事を話したくてヤチヨの所に来てきた。
「あの時の彩葉の泣き顔は忘れられないよ」
「も〜…やめてよ…」
いとかわゆし〜、なんて振袖で口元を隠して上品に笑う。私は恥ずかしくてまた俯いた。水面に移る私の顔は赤くなるよりも暗かった。何かを察したようにヤチヨが小さく笑った声がした。
「彩葉は、思ったよりも寂しがり屋さんだね」
「そうかな…」
「だって、ずっとかぐやの事考えてるもの」
「そんなに分かりやすい?私」
「顔にも、目にも、ココロにも、ずっとそう書いてあるよ」
お見通しとでも言いたげな顔していた。その顔の美しさは未だに変わらない。初めて美術館で見た美しい絵画が大した事ないと感じる程、私にとってのモナ・リザは『ヤチヨ』なんだ。
私はその代わりに歳をとった。ヤチヨと違ってどんどん時間が無くなっていく。だから一秒でも早く『かぐや』に会いたい。日に日に焦る心の中に『かぐやに会いたい』と呪いのように唱えていた。
「そんなに早く『かぐや』に会いたい?」
「え?」
意味ありげな言い方だった。ツクヨミのネオンライトに照らされたヤチヨの顔は『私がよく知っている人』の顔をしていた。だから、私は言葉に詰まってしまった。頷く事が正解だとは思えなかった。私の瞼のプロジェクターに焼き付いた、儚げで、綺麗で、幼い、そんな顔。そんな顔をする人は私の記憶で二人いる。
「『ヤチヨ』は『かぐや』じゃないから嫌?」
「ぁ…っ…それ、は……」
ゆっくりと今言った自分の発言の何処で間違いだったかを探し出す。寂しくないフリなんてお互い様だと思っていたけど、私はその言葉の中に『ヤチヨ』を混ぜていなかった。ヤチヨだって、ずっと私を待っていた。このツクヨミが出来る前からずっと私の事を探してた。
でも、
私は今、
誰を探している?
誰を求めている?
誰を見ている?
隣にいる『誰か』の顔は歪んで見えなくなっていて。
冷や汗と動悸が収まらない。
何かを間違った。
何かを捨てた。
何かを手放した。
そんな感覚に陥った。
次一言、もし間違えてしまったら、ヤチヨとの関係が崩れてしまうかもしれない。まるで追い詰められている罪人のような心の重さ。今すぐにでも逃げ出したいぐらい。何か言わないと。言葉を繋げないと。開いたであろうこの溝が埋まる気配がない。このままじゃ、二人と向き合えない。
「っヤチ───」
「………な〜〜んて!冗談だよ。彩葉っ」
「……ぇ…?」
「ヤチヨと彩葉はいつでも会える。だから、今会えないかぐやの事を、考えて欲しいってわたしは思ってるよ」
「で…でも……」
「わたしはこうして彩葉と向き合ってお話が出来るだけで幸せなのです」
「ヤチヨ…」
「例え、このツクヨミが終わっても。彩葉が本当にそれ以上歳をとったとしても、わたしはその先でも彩葉の事を愛してる」
無邪気な笑顔はどこか懐かしさを感じて、どこか寂しさを感じた。ヤチヨがよく袖で口元を隠す癖、最近になってようやくわかったんだけど、多分あれ私の前でしかやらない癖なんだ。それで表情を隠してるんだと思う。だから、その癖をやっている時はきっと見られたくない顔をしている。前は綺麗だとかその程度で済ませてたけど、今は違う。
今は───
「っ!」
今は向き合わくちゃいけない。
「い、彩葉?」
咄嗟にヤチヨの手を取った。袖で隠した顔を覗いた。今は驚いた顔をしてるけどさっきは影のある顔をしてた。8000年の間に自分で自分を守る術を身につけたのかと思ったけど、顔を隠すだけじゃ守れる訳じゃない。
「なんでそんな事言うの」
自分でも信じられないぐらい低い声が出た。そんな顔のヤチヨを見たくないと思ったからだろう。しっかり伝えないといけないのはかぐやから教えてもらった。向き合う勇気をヤチヨがくれた。今度はそれを私が見せる番。
「私は、ヤチヨの事も諦めるつもりなんてないよ」
「……っ!」
「ハッピーエンドにしたいなら、私はちゃんとヤチヨにもハッピーエンドになってもらわないと嫌だ。かぐやだってそれを望んでる」
そう、かぐやだってきっと望んでる。幸せは一人一つなんてありえない。二人いれば二つになるし、三人いればもっと増える。ヤチヨだけ蚊帳の外にするなんて私が許さない。最初をくれたヤチヨには最後まであげたいんだ。
「そ、それは…ダメ、彩葉」
「なんで?」
「私はヤチヨで、彩葉が今想っているのはかぐやでしょ。私はこの海から出られない。だからそれでいいの」
「っ…」
「此処に居れば彩葉とかぐやにはすぐに会えるし、彩葉の隣に成れなくても、わたしはこのまま生きていくよ」
「───っそんな事ない!」
「っ!?」
自分を否定する推しなんて見たくない。だって、そんな事をしたらなんでヤチヨを推しにしたのか分からなくなってしまう。元気を与えて貰った分、今度は私がヤチヨを元気にしたい。
「それでも、私はヤチヨにも隣に居て欲しいって思ってる!本当はかぐやにも会いたい!でも、ヤチヨにも変わらずに傍に居て欲しい!だって、きっかけをくれたのはヤチヨだもん!」
いつだって、どんな時だって、最初に見たくなったのはヤチヨの姿だった。
「ヤチヨの歌を聴いて、ヤチヨの事を知って、人生の歯車が動き出した気がしたんだ!私の人生をっ………ヤチヨが私を動かしてくれた!」
何かに縋りたくなった時、心が折れそうになった時、必ず最初に呼んだのはヤチヨの名前だった。
「凄いめちゃくちゃな事を言ってるのは分かってる。でも、ヤチヨに対する気持ちも本当なんだ!」
一つ。
「だから、かぐやに再会出来たら今度はヤチヨの事迎えに行く!」
一つ。
「だから、私は二人のことを愛してるし、どっちがどっちなんて選べないっ!」
一つ。
「だから、かぐやよりも遅くなっちゃうかもしれないけど、絶対っ…絶対迎えに行くッ!8000年過ぎて……1万年、1億年経っても絶対愛してるし、迎えに行くから!!」
また一つと。
「だから………っ」
零れる雫は何処から来たのか。私とヤチヨの繋いだ手に落ちてきた。小っ恥ずかしいのは性にあわない。でも、ヤチヨとかぐやの前では嘘は嘘なんて付きたくない。
「だからっ…そんな風に言わないで…ヤチヨ……」
包んでいたはずのヤチヨの手をいつの間にか握り締めていた。
願う様に、懇願する様に、縋り付く様に。
情けなく、不躾に、無様に、泣きながら。
どうか穢れないで欲しいといつからが願っていた。笑顔のまま私に勇気をくれるヤチヨは穢れを知らないままで居て欲しいと。皆にたくさん色んなものを与えてくれる存在であって欲しいと願っていた。でもそれは、昔の考え。
「私は二人のことが大切なんだ……だから…私は二人と幸せになりたい」
もし私達の出会いに意味があるのなら、きっとこうして向き合って、話し合って、確かめ合う事。それで分かったのは、私は自分が思ってる以上に二人のことが好きなんだ。
「彩葉、あの時言ったよね。『最後のキスにしないよ』って」
「え?ぁ…でもあれは、その、その場のノリだったっていうか…その…」
「なら、もう一度キスしてよ。彩葉」
「へぇっ!?」
予想外の提案がヤチヨから飛んできた。かぐやとしての記憶を持っているとは言え今は『かぐや』じゃない。目の前にいるのはツクヨミの歌姫『月見ヤチヨ』だ。自分の推しが自分とキスをしたいだなんてファンとしては恐れ多くて今にも逃げ出したくなった。
「彩葉…わたしに嘘ついたの?」
「いやっ…それ…は…」
その上目遣いはかぐやそのものだった。私はその上目遣いに弱い。ましてや推しからのお願いだ。そんなの断りたくない。でも、今のヤチヨの立場を考えると、他のリスナーからの殺害予告でも届きそうで怖い……。
「ヨヨヨヨ……こんなおばぁちゃんとはしたくないのね……グスンッ…かぐや見たいな若くて可愛いロリっ子がいいんだ……ロリコン彩葉……ぴえん…」
「ち、違うし!そんな事ないしっ!私だってヤチヨの事が欲しい!ヤチヨの全部を見たいって思ってるからッ!」
「じゃあ、してくれる…?」
「う…ぐ…っ」
自分でもとんでもない事を言っていると思うが今更だ。全部欲しいってのも、全部見たいってのも、実際は嘘じゃない。ただ、今キスなんてしたら頭がどうにかなってしまいそうで、そもそもツクヨミでキスなんてしたらどうなっちゃうの?プライバシーポリシーというか、センシティブ的な事が危うい気がする。
「『今のわたし』を目の前にして、何か気にすることがあるの?」
誘うように小首を傾げるヤチヨ。確かにそうだ。目の前にいるのはこの世界の管理人。この世界そのものだ。センシティブ範囲に引っかかることはないだろう。
「なんでも、ない。……えと、ほんとに良い?」
「うん。キて、彩葉」
「っ……」
アバターで生唾を飲み込むなんて表現はおかしいのかもしれないけど、今はそれは置いておこう。
「じゃ、じゃぁ…するよ?」
「うんっ」
ソッと、優しく、壊れ物に触るように、ヤチヨの肩に手を置いて、なるべく普通にヤチヨの唇に自分の唇を付け合わせた。
「ふふっ」
「……?」
いつもと感覚が違う。ツクヨミで触れ合う時は現実よりも少し淡い感触なのに、今したキスはまるで現実でした時のような感触だった。思わず自分の唇を確かめるように触れた。その慌て様を見てヤチヨはくすりと笑った。
「どう?現実みたいでしょ?」
「ぇ…ヤチ……ョ!?」
私が唖然としていると、当たり前のように今度はヤチヨに押し倒される。突然表示された空中ディスプレイを操作すると、天守閣の風景が突然私のアパートの部屋になった。
「え…?え…?」
何が何だか分からない状態の私を置いていくようにヤチヨはいつの間にか普段の衣装から現実のかぐやの時と同じTシャツ一枚と適当な下着一枚の姿になっていた。かくいう私もアバターが普段着の自分になっていた。
「久しぶりに『おめでた』しようね。彩葉」
「は……はひ…」
・・・・・・*
そこから先は早かった。私が下になって、ヤチヨが上になって、いつの間にか私の腕はヤチヨに捕まってて身悶えしか出来なくなってた。
迫る、降る、キスの雨。それこそまるでお預けをくらっていた恋人のように。水を得た魚のように。優しくされるつもりなんてなかったけど、元から優しくされなさそうだ。
「っぷぁ!…はぁ…はぁ…ヤチヨ…た、たいむ…っ」
「ん〜ふふ、彩葉はまだ恥ずかしがり屋さんかにゃ〜?」
「ちがっ…その、ヤチヨとこんなことできるなんて幸せとかそういう次元を超えて……」
「ヤッチョはね〜。すご〜く興奮してる」
「っ……」
艶のある肌に、艶のある声、瞳の煌めきは艶やかに。吐息すらも本物みたいに。
上から垂れる見蕩れる程綺麗な白髪のカーテンが私の視界を狭めてしまう。湿度を帯びたヤチヨの顔や声が私の体を犯しに来る。捕まって、咎められて、心地良さと快感を感じているのは気のせいではないはずだ。本当に現実で嬲られているような感覚。
「っ…ヤチヨ…こ、これ…」
「ずっと待たされた分、愛させて。彩葉」
『彩葉』。ヤチヨが私の名を呼んだ。その唇がなぞる名前の形が良く見えた。自分の名を呼ばれただけで、何もされてないのに体にゾクリと寒気に似た快感が走る。
基本的にツクヨミの中では有り得ないこと。センシティブ設定と言うよりは五感の中で実装されていない感覚もある。味覚もそうだ。だから、こんな風にセックスなども出来ないはずなのに、今私が感じているのは何?これは、何の感覚なのか。
「うぁっ、は、んっ…んんんっ…っは、ヤチ、ヨ…っ」
押さえつけられた腕の痛みにヤチヨの息遣い。触られている感触に下から登ってくる快感。囚われの身となった私はただ良いようにされるだけの人形となっていた。
「彩葉、可愛い」
何かを塗りたくるようなヤチヨの手の動き。胸の触り方がかぐやとは違う。ぺたぺたと幼稚じゃない。分かっている大人のヤリ方だ。下から上へ私の胸を揉み上げる。アバターにも反映されている体の成長具合が仇となった。変に大きく育ってしまった私の胸を、ヤチヨは楽しそうに弄んでいる。
「彩葉はお胸好きだもんね」
「ちがっ…そんな、こと…ぉ…っんあ…!?」
乳首が摘まれ、声を上げてしまった。恥ずかしいのに口も覆えないし、顔も隠せない。熱に浮かされた顔をしたヤチヨに見つめられて私は目尻に涙を浮かべていた。湿度を帯びた視線が刺さる。深くまで沈められた胸の指がやけに気持ちいい。ヤチヨに触れられてると意識した瞬間体が喜び始めた。こんなにいやらしい女になった覚えはないが、どうやら自分から望んでいるらしい。
「そんな事言って〜欲しがりさんなのは変わんないね〜、ふふっ」
ヤチヨの目が笑っていない。煽られてキレてる人みたいになっている。
「一人で、スる時は両方触ってたもんね?」
「なっ…!なんで知って………んひっ!?」
ぎゅぅっ、と強く摘まれる。痛いのに気持ちいい。自分でスるのとサれるのでは、こんなにも違うのは少しだけ知っている。その面影にかぐやを思い出す。最初にかぐやとした夜からかぐやが月へ帰るまで、何度も体を重ねていた。ヤチヨだって当然覚えてる。何処が弱いかも、何をすれば濡れるのかも。
「待っ…恥ずかしいからっ…見ないでっ…」
「え〜?見ないでって何を?」
「分かってるっ…クセに…!」
「だって、彩葉、まだ触ってないのにこんなだよ?」
「あ゛ッ!?」
ぐちゅ、と服の上から触れられた。私のすぐに濡れる場所。見せつけられるようにてらてらと光るヤチヨの指。
さっきからわけが分からない。まるで現実でセックスをしているような感覚に陥っている。
「やだっ…やだ、それやだ、やちよ…っ…」
「だ〜め、やだじゃないでしょ?」
「んむっ」
服の上からゆっくり円を描くように撫でられる。同時に深いキスまでされて、ヤチヨの舌が私の口内へやってくる。舌で舌を絡み取られてゆっくり溶かされるように舐られる。あまりにも感覚が本物過ぎて、私の体の力も抜けてしまう。抵抗する気力もなくなり、ただただやってくる快感を頭で処理することしか出来なくなってしまった。
「んんっ…ぁ…ヤッ…ふ…んんんんっ…!」
「っは…ふふっ、彩葉ふわふわだね」
「だっ…て、こんな…っ」
全身に浸る快感のせいでヤチヨにしがみつくのが精一杯で何も考えられない。
ヤチヨに見つめられて。
ヤチヨに犯されて。
ヤチヨに染められて。
前にシた時の感覚が塗り替えられていく。永い夢を刷り込まれるように、会えなかった分の埋め合わせを喰らわされている。体のあちこちに痕が残されるように貪られる。やってくる少しの痛みと快感と温度。
「ゔぁ゙っ!?」
ついに私の腟にヤチヨの指が入ってきた。かぐやの時は表面を舐められただけだったのに、今度は私のナカヘ入ってくる。浅い所の天井を撫でられているだけなのに、頭が弾けているようで上手く息が出来ない。
「そこ、やだ、指ッ…届いてっ…っっ!」
「“前”はここまで届かなかったもんね」
入ってくる指が、ついに私の知らない場所までキてしまった。腟で蠢く指と耳に入ってくる毒のような美しい声。背景も相まって電子の世界のはずなのに、本当にその場にいるようにしか思えなかった。
「や、だっ…!ヤチヨっ…これやだっ、こわいっ…!」
「よしよし、大丈夫だよ。ヤチヨがここに居るからね〜」
なんて、優しい声とは裏腹により一層激しくなる腟内。
「あ゙あ゙あ゙ぁぁッ!?」
掻き出すような指の動き。反射的に足を閉じたいのにヤチヨがそれを阻む。無様な格好をして私は限界になった自分の腟を解放するしか道はなかった。
「っお゙…!む゙り…っ!ヤチヨ…もうむ゙りぃ…!」
「いいよ。見〜せて、彩葉っ」
「っい゙!!、くっ、っっっっ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
とどめを刺すかのようにヤチヨの指が私の一番奥を突いた。頭の中が吹き飛ぶような感覚と全身に一気に回ってきた一際強い快感のせいで私の体はどうにかなってしまうかと思った。痙攣した腟と腰が収まるのはそれよりもう少し先の事だった。
・・・・・・*
「ん〜ふふ〜、可愛かったね〜彩葉」
「な、なんで…ツクヨミの中でこんな…っ」
心做しかツヤツヤになったヤチヨを恨めしそうに私は布団をかぶりながら見上げていた。ある程度歳を重ねはしたがヤチヨにはまだまだ勝てるとは思えない。というよりも、こんなテクニックはかぐや以外とはした事ないから勝てるはずがない。
「現実みたいだったでしょ?色々と」
「う、うんまぁそうですね…色々と…」
「ふっふ〜ん、ヤチヨさんにかかればこんなことも出来ちゃうんですから」
ヤチヨは得意げに笑うと、さっき表示していたディスプレイを再び見せた。
「そして、正解はこれで〜す」
「こ、これって…!?」
そこにあったのは、ツクヨミ内での五感の感度設定画面。通常ではありえないコマンドを実装していたらしい。よく見ると、私が前々から設定に困っていたコマンドまで解析されていた。
「わたしと彩葉だけのアルファ版だよ。使える権限を持ってるのはわたしだけで、このコマンドが使えるのもわたしがいるこの天守閣の空間だけに限定してるけど」
そうして、そのコマンドは私のDMへ送られてきた。
「え、ヤチヨ、いいの!?」
「うん。本当はもう少し調整を入れてから彩葉に渡したかったんだけど、さっきので大丈夫って分かったから。このプログラムをひな型にすれば、彩葉が今詰まってる所も多分解消できると思う。だからこれで、まずはかぐやを目覚めさせてあげて」
「………っ!!」
私は嬉しさのあまり思わずヤチヨに抱き締めてしまった。
「ありがとう…ヤチヨ」
「ううん。お礼を言うのはわたしの方だよ」
はらりはらりと、泣きそうな私の髪を撫でるヤチヨ。ついつい見蕩れてしまいたい程に綺麗だけど、最推しにここまでファンサされると怖くて逆に顔を逸らしてしまう。いつまで経っても、ヤチヨの事は自分の中で特別なんだ。
「やっと彩葉に触れられた。本当にここまで来るのは大変だったよ。いさなとりって難しいから」
「いさな……鯨のこと?」
「ううん。今は彩葉のことだよ。彩葉みたいな凄い人を捕まえるのは苦労するんだよ〜。このヤッチョでさえね。エッヘン」
「そう…なんだ?」
「このツクヨミと彩葉に辿り着くまでに色んな人の力を借りたよ。色んな時代の、色んな人達。それはそれは『いさなとり』みたいにね」
私がFUSHIから見せてもらったあの時間。見せてもらったものはあくまでヤチヨが見てきたもの、心までは分からなかった。きっと私には想像も出来ないぐらい長い時間を独りで歩んできたはずだ。今でも同じ空間に居ることすら信じられてないのに、またこうして手を繋いでる事も奇跡だ。
「なら、今度は私が二人を捕まえるよ。色んな人にいっぱい頼る事になるけど、もう永くは待たせないよ」
「………うん。待ってる」
そう言ってお互いの額を合わせると、ヤチヨはふっと吹き出した。
「ほんとにあの日の再現になっちゃったね」
「確かに」
布団の上で何をやってるんだか私達は。
「あんた達二人を捕まえる私の身にもなって欲しいな〜。やんちゃっ子二人をさ。私は一人でかぐやとヤチヨの面倒見切れるか不安だよ」
「えぇ〜、ヤッチョはそんな子じゃありませんよ〜だ」
「言ったな〜?」
そう。今度は私が捕まえる。
きっともう二度と離さない。
高嶺の花を追い求めているのかもしれない。でも、今度こそ離さない。
誰よりも強くて、誰よりも傷つきやすい君の傍に居たい。
今度こそ、離さずに、永遠に。
私達のくすぐり愛は、まだ終わらない。
そして、現在───
「彩葉、い〜ろは。起きて」
「ん……んん?」
誰かが私を呼んでいる。体を揺さぶっている。
なんだか、夢の中にいた気がする。
「かぐや…もうご飯…?」
「もぅ〜かぐやじゃないですぅ〜。ヤッチョですぅ〜」
「ん…ヤチヨか…おぁよぅ…ふぁぁ…」
体を起こして、欠伸をする。ここまでが私の寝起きのワンセット。まだ眠くて目を擦る私をヤチヨは隣で笑う。
「ふふっ、かぐやが朝ごはん作ってるよ。おいで」
「ん……」
自然と手を握られて、手を引かれて、ヤチヨの後を追う。まだ夢の中にいる様だ。この手は現実なのか。はたまた夢の中なのか。寝ぼけた私はまだ考えている。揺れる白髪、知ってる声、好きな人、私はまだ夢の中。
「あ、彩葉おはよう!」
「ん……おはよかぐふぅっ!?」
と、そこでかぐやの私大好きタックルで目が覚めた。
「かぐや……寝起きでタックルはやめてって…」
「あぇ?そんな強かった?」
「あはは、先週で仕事の修羅場は乗り越えたばっかりだもんね。彩葉はボロボロだ」
「やっとまともな休み取れたから今日は寝てたい…」
「え〜!や〜だ〜!今日は出かけるっ!」
「前言ってた桜まつりでしょ?覚えてるよ。朝ごはん食べたら行こう」
「ぃいやっほぉう!最高だぜぇ!あ、朝ごはんはもう少し待っててね、すぐ出来るから!」
一人ではしゃぐかぐやを見て、私とヤチヨは顔を見合せて苦笑した。でも、すぐにヤチヨにも笑いかける。
「ヤチヨも、一緒に行こうね」
「ぇ…っ?」
「?、行かないの?せっかくだし三人で行こうよ。今日は暖かいから出かけるのには良いと思うよ」
ヤチヨはまだ目覚めて日が浅い。ツクヨミじゃない世界にもその体で慣れてもらわないといけない。とは、思ったんだけどなんだかヤチヨの表情がプラスに動いてない気がする。儚げな表情を浮かべて、そうだね、とかぐやを見つめているけど、笑っているけどもっと違うどこか遠くを見ているような、そんな顔だ。
「なんだか、まだ信じられなくて」
「まだ…?」
「夢の中にいるみたいで、まだ不思議に思っちゃうんだ」
そう言って、ヤチヨはベランダに出る。私もつられて隣に立つ。かぐやの鼻歌とヤチヨに吹く春の風。下ろした髪が靡いてる。私はつい見蕩れてしまう。
「外の世界の事は、この8000年、FUSHIを通して見てきて、知識としてはあったんだけど実際に見て、聞いて、感じて、体験して、初めて知った事になるんだって思うと、ツクヨミの中にいた私はまだまだ引きこもりのお姫様だったんだなって気がついたの」
「………でも、ヤチヨは見てきた世界は本物の世界だよ。人の良い所も、醜い所も、ヤチヨは全部見てきたでしょ。その時に思った事は、本物の証だよ」
「なら、彩葉達と幸せになりたいと思った事も、正解なのかな?」
「それが正解なんて分からないよ。それが正常かも異常かも分からない。私にとっては、二人の幸せが私の幸せだもん。でも───」
「でも?」
「私は辿り着いたよ。二人に会いたい。二人を諦めたくないって思いで、今、この瞬間に」
ヤチヨは、ハッと気付かされたような顔をした。そうして、すぐに微笑んでベランダから見える景色に再び視線を戻す。空を見上げて、息を吸って、髪を手繰り、ゆっくり息を吐いた。すると、何か思い出したように小さく笑った。
「船の汽笛は鯨の声。飛行機雲は空の線路。道行く車は仲好し子よし。そしてわたしは、彩葉とかぐやの傍に居る」
「それって……」
綻ぶ様に涙を少しだけ流した。けれど、ヤチヨは笑っていた。
「うん。これが私の正解なんだ。だから、『生きてる』って感じするね。彩葉」
そのはにかんだ顔はどこか懐かしさを覚える。まるで昔一度見たような表情だ。だから、つい笑ってしまった。
「もう、なにそれっ」
「ふふっ、なんだろうね」
ヤチヨもつられて笑ってくれた。
前にこんな事があった気がする。こうしてベランダで言い合った気がする。確かその時にはこんな事も言ったっけ。
「おはよう。ヤチヨ」
彼女は目を細める笑顔で頷いた。
「おはよう。彩葉」
と、そこでかぐやが私達を呼んでいる。朝ごはんが出来たようだ。
「ふったりっとも〜!出来たよ〜!」
「は〜い。だってさヤチヨ、食べよっか」
「うん」
「今日の朝ごはんは何?」
「シンプルにお味噌汁と焼鮭で〜す!」
「んん〜美味しそう。でもなんでそんなに時間かかったの?」
「鮭捌いてた」
「かぐや、もう料理人目指したら?」
「料理動画やる?三人で」
「ヤッチョ、懐石料理とか作りた〜い」
「お、いいね面白そう!」
「懐石料理ぃ?動画の尺で?いやいや無理でしょ」
一人笑えば、二人が笑う。そんな日々が続いてる。その度に思う。私はやっと、この二人に辿り着けたんだって。
・・・・・・*
「ねーねーねー!早く行こ〜!いろは〜!!」
「い〜ろは〜はよはよ〜」
「はいはい。わかったわかった」
桜咲いてる。土手の上。
私は二人に手を引かれ。
捕まったのは私の方。
薄紅色の風が吹き、二人を一層彩った。
引かれて返した小さな手。
ずっと眩しい。春の午後。