それっぽくはない。
何時までも、追い続けている残像があった。
夢に見る横顔はあの頃のままで。私はずっと何かを唱えていた。鼻歌のような、敗北の詩のような。月を見上げてどこかに届いてほしいと何かを願って、謳って、唱えていた。
「この一瞬を最高の………」
乾いた口から細々と出てくる声。掠れた呼吸にも似た情けない歌。外に降る雨に掻き消されて私の耳にだけずっと聞こえてくる。今は雨音なんて要らないのに。居なくなったかぐやの声が欲しくなる。かぐやが使っていた枕を抱えて必死に吸い込む。
『いろは!次は何する!?』
その無邪気な顔も。
『いろは〜これなに?』
首を傾げる可愛さも。
『おかえり〜いろは!』
迎えてくれる温かさも。
「っ……」
全部、ずっと、傍にあると思ってたのに。もう戻れない場所に置いてきてしまった。かぐやの心と一緒に。私の心と一緒に。もしも、この孤独が夢ならば、取り戻せないものなのなら。私はどうすれば正解なのだろう。
「っ……好き…好きだよ……大好きなんだよ…かぐやぁ……!」
この気持ちはどうして伝えればいいのだろう。
かぐやが月へ帰ってから経った日々。
私は自分がどうやって生きていたのか忘れてしまった。
「かぐや……どこ……」
倒れた布団の上には何も無く、ただ虚しい虚空が広がっている。抱えた枕は誰のものなのか。もう私には分からなかった。視界が滲んでまだ治らない。雨が止まない。
帰らないでと言えなかった情けない私への罰。
素直になれなかった私への罰。
抱きしめてあげられなかった私への罰。
蹲った子供のような私は、また昔の私へ戻ってしまった。また独りだ。なんでも出来る独りに戻ってしまった。少し考えれば私の日常にはかぐやがいた。それすらも鬱陶しいと思える程に幸せだったんだ。
「っ……っっ……」
しっかり涙が零れてきた。こんな風にちゃんと泣くのは何時ぶりだろう。
「……………やろう…かぐや…かぐやがやりたかった事…全部……二人で……」
誰もいない場所を撫でて、誰もいない場所に話しかけて、誰もいない場所に向かって両腕を広げて、誰かを迎え入れようとしている。私は何をしているんだ。馬鹿になったのか。虚しくて虚しくて仕方がなくて何か現実逃避するものを探しているのか。
『かぐや姫は…もうおばあちゃんです…っ』
それなのに、かぐやはまた私の目の前に現れてくれた。それよりもずっとずっと傍で私を見守ってくれていた。それにも気付けず私は二人を愛そうとしている。それはいけない事なのでは無いだろうか。二人の気持ちを蔑ろにする事なんじゃないのか。私はどっちを愛せばいい?かぐやを?ヤチヨを?どっちつかずの私は今日も二人に手を引かれ、引き裂かれようとしている。
・・・・・・*
「ん………」
懐かしい夢を見た。今までに無いほどにハッキリ覚えている夢だった。なんなら夢でよかった。あの時とは違う部屋模様が今の時間を教えてくれた。
一人で眠る時、よく見ていた夢だ。二人と結ばれた今となってはあまり見たくない夢だ。
「はぁ…」
体を起こしてため息を吐く。やっぱり昼寝はダメだ。眠りが浅くて夢見が悪い。頭とお腹が少し痛い。違和感と言うよりも予感の様な痛みだ。最近“遅い”と思ってたのにこんな時に“早くなる”なんて思わなかった。少し気分がイライラするし、ムラついてるのも分かる。何かに触りたい。柔らかい、人肌みたいなものに。ソレを許してくれる人が傍に居ると人っていうのはそういう事に関してのタガが外れるのは分かってる。
「だとしても、最低だよね」
誰でもいいなんて言う訳じゃないけど、かぐやかヤチヨ、どちらか何しないとダメだって言われたらそれはそれで決め兼ねる。だから、私は二人を迎えた。
「からだ…だる…」
嗚呼、こういう時は自分勝手になるのが早い。何も優れないから何かに縋って甘えていたい。さっき見た夢もまだ覚めないまま、ゆったりとした空気が私の周りにあった。なんともなしに扉を開けると、そこには私の最愛の人がいる。嗚呼、いるんだ。そこに。そこにいるから私はこうして弱ってもいいんだなってわかる。まぁ、今はただセックスがしたいだけなんだろうけどね。
「
・・・・・・*
「ん?彩葉?」
名前を呼ばれたからつい振り向いてしまった。というか、扉のノックが聞こえなかった。しなかったのかな?動画編集してたから気づかなかったのかも。いやまぁ、そんな事はどうでもいいけど、彩葉がのそのそとこちらへ歩み寄ってくるのが見える。なんともなしに両腕を広げてみると、少しだけ彩葉の顔が明るくなったように見えた。
「ん、おいで」
結局、両腕を広げて彩葉を迎え入れると彩葉も何かに縋り付くようにわたしの腰に腕を巻き付けてきた。弱っている彩葉を見るのは久しぶりだね。いつもなら少し躊躇ってから抱きしめてくるはずなんだけど、今日はなんだか違うみたいだね。
「彩葉、おはよう。お昼寝してたの?」
「ん……」
抱きしめたまま頭を擦り付けてくる。珍しく甘えモードになっている。
「
「なぁに?彩葉」
珍しく瞳の彩が死んでいる。掴まれてる肩の手が少し力んでいるのがわかる。時々こうなるのは知ってるけど、今日は重症みたいだね。見下ろしているのか、見下しているのか、分からない瞳がよく見える。男の人で例えるなら、ただ単に女性に突っ込みたい人って感じだね。私とかぐやの境も無くなるぐらいに瓦解した彩葉は意味も無い意味を持たせるように、ゆっくり迫ってくる彩葉を受け入れた。
「彩ん…ッ…ふ…」
重ねってからどれぐらい経っただろうか。横目で時計を見ると、かぐやが帰ってくるまでまだ時間は有るけれど、なんだか今の彩葉は止まってくれなそう。気を抜いたら抵抗してる腕を振り払って、どこまで手を入れられるか分からない。
「っ…彩葉、かぐや帰ってくるよ?」
「ええさかい、黙っとって」
「んッ───」
暴力的な仕草とは裏腹に、入ってくる舌は凄く甘えたな動き方。長年彩葉といるけど、こういう所ばっかり分かるようになっちゃうヤッチョはただの変態さんかな。
「は…んむ…ちゅ…ぅ…」
リップ音と机が軋む音。少しだけ目を開けるとずっとキスを感じてる彩葉の淡い表情。そんな必死になられるとこっちまで燃えてしまう。
「んぅ…
気づけば着ているシャツが上に捲れていた。そんな勝手に盛らないで欲しい。酒寄だけに。これ多分言ったら怒られるやつだから言わないけど。
「っ…は……まって、ストップ。いきなり過ぎるよ」
ようやく生温いキスから解放される。涎が舌を伝ってアーチを描いた。息が上がって高揚した彩葉の顔。眠たそうに熱を孕んで垂れた目尻。そんなあからさまな顔をされるのは久しぶりだったから思わず微笑んでしまった。
「
彩葉の語尾が弾んだ。少しムッとなりむくれてしまった。バカにしたつもりはなかったのだけれど、なんだか可愛くってね。やっぱり欲しがってる彩葉は可愛いなぁ。
「ちょっと、何かあったの?わたしのことかぐやって呼ぶってことは相当なんじゃない?」
「別に…ホンマになんでもあらへんで。ただ…欲しいだけ」
上から覗く彩葉の瞳。雨に濡れて垂れ下がった様な髪の影に隠れた瞳。壊れた玩具にも似た形。何かあった時は大体そういう形と彩になる。まぁ、大体察しは付いてるけど、ここでそれを言ってしまってはあんまり意味がないかな。とは思う。
「もうすぐ晩ごはん作るから、最後まではダメだよ?」
「なら、どこまでならええの?」
規制線を貼らないと今の彩葉はヅケヅケと入り込んできてしまう。体がしょうがないって顔をしてる。自分の奥まで入れられるのは好きだけど、そんな無理やりする事じゃないから、わたしは今日の彩葉には制限をつける。実際こんな薄着で居るわたしも悪いかもだけど、ヤッチョは良い子で悪戯っ子だから、彩葉がどこまで我慢出来るか試したかった。な〜んて言ったら最後までされちゃうんだろうな。
「ヤッチョがダメって言うまで」
「その言い方、意味あらへんやん」
「確かにね」
わたしの髪を耳にかけて彩葉はまた被さってきた。口と口が合わさる音が部屋に響く。椅子の上だから少しやり辛い。食い気味にめり込んでくる彩葉が前のめりになって上からのしかかってくる。これじゃあ、バランスを崩して椅子から落ちてしまう。こんな良い時間に痛いのは嫌だから、彩葉の腰を叩いて止めた。
「ん…ふっ…まって、まってまって彩葉」
「なに?」
「椅子の上じゃ危ないよ。ベッドでしよう?」
「あかんって言うまでええんやろ?」
「だからってこんな椅子の上はダメだよ」
「それ、最後までええって事?」
彩葉の熱っぽい瞳がまだこちらを捉えている。今にも襲いかかってきそうな獣みたい。こんな顔久しぶりに見た。初めての夜とか疲れて帰ってきた時以来かな。ほんとにただ欲しがってるだけの顔だ。あぁ、そういえばこういう状態になるのはもう一つあったかな。
「彩葉、もしかして体調悪い?」
「ちょっとだけ…」
「なら、無理しないでよ」
「や…」
おおう、嫌って言っちゃうんだ。流石だね。欲深怪獣の名を引き継いでいるね。ちょっとウケる。
「も〜、エッチしたら体調悪いの治ると思ってるでしょ」
「実際そうやもん」
「そんな訳。無理しないで今日は寝てよう?」
「やだ…」
「んっ、ちょ、いろはっ…」
滑らかな動きでわたしの胸を掴んだ彩葉の手。顔は熱っぽいのに手が冷たい。そのせいで少し驚いてしまった。人の部屋に勝手に入ってきて、エッチしたいなんて。自分勝手だね今日は。でも、だからこそ、許してしまう。今日ぐらい自分勝手になりなよって何回彩葉に言ったかな。
「っ…は…」
昔、わたしがまだツクヨミの中に居る時の頃はログインするまで我慢させてた。触れ合う感覚も感じ取れるようになったのは本当に最近の話。ここだけの話、かぐやとシテる時は少し物足りない感覚があったって聞いた。それはわたしと彩葉だけの秘密にしてる。そうのも相まって、反動が来たみたいにわたしの体を好き放題する事が多い。かぐやがいない時こうしてちょっと無理矢理迫ってくる事がよくある。
「ンッ…あっ…」
太もも、首筋、胸と、揉まれ舐められ嬲られて、椅子の上で囚われてしまった。感じやすい所全部バレてるから、わたしが何か言おうとするとソコを弄られてしまって話せなくなっちゃう。上手な誤魔化し方を覚えさせてしまった。
「
「ちょ…と、それ褒めてないってば…っ」
「そんなことあらへんで。褒めてる」
「っ…言い訳…んんっ…!」
首筋にやって来た軽い痛み。どうやら、噛まれたみたい。酷いなぁ彩葉。痕が残るように付けるんだもの。まぁ、次の配信はツクヨミでやればいいか。それならバレないし。ていうか、彩葉の噛みグセ余計に酷くなってるような気がする。いつもはちょっとした噛み跡一個だけだったのに、最近は所構わず噛まれてしまう。かぐやには付けないのにわたしには付けるんだよね。彩葉って。嬉しいとも酷いとも取れるけど、どっちつかずなのは変わらないかな。
「んっ……ふふっ…」
「なに、余計な事考えてる?」
「ううん。彩葉に釘付けになってただけだよ」
不機嫌そうな声を撫でて宥める。睨みつけるような視線が刺さって気持ちいい。この翡翠彩はわたしのものにしたいなぁ。かぐやには悪いけど。
「こっち来て」
「ひゃっ」
ボスン、とベッドに下ろされてしまった。上から見下ろす翡翠はまだ何か納得いってない顔をしていて、いとおかし。
「やっぱし最後までする。ヤチヨがなんて言うても止めへんさかい。覚悟してや」
「っ……」
睨まれて体が喜んでるのが分かる。異常なのは分かってるけど、彩葉にだけはこうも甘い。何をされても良いと思っているから呆れられようが怪しまれようが、わたしはわたしのまま彩葉を受け入れようとしてしまう。でも、名前はわたしを呼んでくれた。それに覆い被さる彩葉を止められず、ベッドに伏してしまう。
「もう、何処にも行かんといて。
「彩葉…」
なりふり構わずただ欲に溺れて、弱さを嘆き。浮かんだ涙を閉じ込めて、握った手で誤魔化した。閉ざした
「ぁ…」
また首筋に吸い付いてきた。思わず声が漏れてしまう。やってくる感覚は気持ちいいとくすぐったいの間。止めようとしても、絡んだ指がわたしを縛る。咀嚼音にも似たわたしの首筋を啜る音は耳元からしっかり染み込んでくる。
「ふぁ…っ…」
絡んでいない手がついに胸へやって来た。やわやわといつも通りに揉んでくる。そんなに大きくない手のひらに収まるサイズだから片手間に感触を楽しんでいるらしい。彩葉らしいって言えばらしいけどね。ヤッチョとしてはちょっと複雑。片手間に楽しんで欲しくはないかな。って感じ。
「あっ……!」
彩葉がわたしの胸に吸い付いてきた。相変わらずこの刺激は強い。唾液にまみれた彩葉の蠢く口を見るとお腹の下の方がが反応してる。ときめいてるって感覚なんだろうけど、この状況じゃただキュンとしたってだけじゃないよね。そう思うとヤッチョも変態さんだね。
「ん゙〜……」
吸う力が弱くなったと思ったら今度は顔を擦り付けてきた。体調不良の時の彩葉は情緒不安定というか好き放題しがちだからにゃあ。ヤッチョが何か言うと不機嫌になっちゃうし、何も言わないで受け入れるのが吉と見たね。
「ヤチヨ」
「ん〜?なんだい?」
「気持ちくない?」
「え……」
まさかまさか、逆のことが起きてしまうとは思わなかった。黙っていようと思ったら、喋れと彩葉は言ってきた。ここで気持ちイイよというのが正解なのか、それともソンナコトナイヨというのが正解なのか。判断に困るなぁ。これ答え間違えたら何が起きるのかな。まぁどっちに転んでもそろそろヤッチョも限界だから多分最後までイクだろうけどさ。
「いいんだよ?彩葉の好きにして」
「分かってるけどさ。ヤチヨの反応見たいし」
「え〜ヤッチョ的には見られるのは恥ずかしんだけどにゃ?」
ベッドに転がっている服を取って顔を隠してみる。少しあざとく首を傾げるのを忘れずに。そうするとほら、彩葉はわたしと視線を合わせてくる。クールをこの身にまとって、ポーカーフェイスを決め込んでみる。でも、彩葉はわたしがポーカーフェイス苦手なの知ってるんだけどね。
「嘘」
ほら、バレた。隠した顔を晒されて、乱れた髪をその指で流して、またわたしと重なった。
口の中さっきより暖かいな。体を暖かい。熱いより暖かい。当てられておかしくなっちゃいそう。彩葉の体が心配なのにわたしまで流れそう。セミロングがわたしの視界を遮って、目の前にいるのは不安定な
「んッ…ちゅ…っは…ぁ…」
痛む体を堪えながら、必死にわたしを求めてる。そこまでして確かめたいものはなんなのか、今のわたしには分からない。ただ今はのしかかる彩葉を受け止める事しか出来ない。
「んっ…!」
足の間に入る指。伝う雫を辿る指はすぐさまわたしのナカに来る。キスで誤魔化すその行動。真意を未だ聞けぬまま、八千代の心が行き交って。
「はっ…あぁっ…!」
閉ざした足を開けられて、揺蕩う湿度が入り交じる。二本の指で踊らされ、わたしは貴方へ堕ちてゆく。
「
翡翠の瞳に捉えられ、貴方の彩を擦り込まれ。
「彩葉…っ」
わたしは貴方に堕ちてゆく。
・・・・・・*
「お昼寝は一人だと良くないね」
「何の話?」
「眠りが浅くなるから、夢見が悪いって話」
「あぁ、そういう」
声色が少し戻った気がする。さっきまで少し痛そうだった声はため息混じりのいつもの声に戻っている。ホントにヤッチョの体を好き放題して体調が治るのは少し複雑なのです。
「寂しかった?」
「…………」
いつも通りに聞くと黙りで小さい声で、どうだろ、と返ってきた。知ってか知らずかまだわたしに顔を見せてはくれない。今日の彩葉はダメダメ彩葉だね。低気圧なのもありそうだけど。多分お腹痛い方が優先度は高そう。あとで、湯たんぽでも持ってきてあげたいけど、彩葉の腕の拘束から逃れる術はあるのだろうか。
「お腹大丈夫?」
「今は…」
「あとで湯たんぽ持ってきてあげるね」
「ん…」
段々と彩葉の声が落ちていく。そろそろ活動限界かな。一旦彩葉には眠ってもらおうか。わたしも彩葉に色々準備したいし。
「
「なんだい?」
「もう……何処にも行かへん?」
弱い顔を見せないまま弱音を吐いてみせた。君が弱った時はいつもそうだったね。顔を隠して、声を小さくして、恥ずかしそうに、強く嘆く。失った悲しみが大きいから、小さい事で不安になる。それを解消するのはいつだってわたしと私。
「もう何処にも行かないよ。彩葉の隣に居るから」
「ん……」
小さい返事が聞こえた後、ゆったりとして寝息に変わった。寝足りなかったのかな。それとも、安心したからかな。それは彩葉に聞かないと分からない。曇り空の午後にわたしと彩葉はベッドに閉じ込められた。この空間から脱出する時は、かぐやが帰ってきた時だろう。だからそれまでは、ヤッチョがずっと傍に居るからね。
「今はおやすみ。彩葉」