評価次第で続きます。
乙姫は虚無にすら夢を与えてしまう。
歌姫は虚無にすら夢を魅せてしまう。
月夜より冷たく光る刃の目。
水面より艶やかに舞う死神。
泡沫よ、夢のままに。
・・・・・・*
「ヤチヨさ〜ん!ヤチヨさぁ〜〜ん!!」
尸魂界。八番隊舎。
八番隊士の『酒寄 彩葉』はとある誰かを探している。
「また、サボりか〜?全くあの人は…」
ため息を吐いてどっかりそこにあった椅子に座り込む。手元には大量の資料と副隊長である七緒からの伝言書。至急これを届けて欲しいと言われて慌てて執務室に駆け込んだのにあの女は居なかった。
「毎日毎日、探すこっちの身にもなって欲しいよ…」
窓から見上げる空は相変わらず青いまま。何もない日々を物語っている。平和を享受している事を自覚しつつ、戦いの心構えを忘れないために、自分が護廷十三隊の隊士の一人になった理由を思い出していた。
・・・・・・*
『ひっ…ぐすっ…っ…お父さ…っ…ひっ…』
雨が降る中、独りぼっちでずっと泣きながら目の前の死体に向かって何かを呼びかけていた。元々現世にいた彩葉は突然現れた虚によって一緒にいた父親を殺された。厳密に言えば、彩葉を庇って虚の攻撃に巻き込まれた。
普段人には見えない虚。だが、彩葉はそれを可視化する程の力があった。生まれた時からその力を得ていた彩葉にとって虚はただの大きい幽霊だと思ってしまったのだ。
迂闊に近づいてしまったがために大切な人を失ってしまった。肉親か父親しかいなかった彩葉は天涯孤独となるはずだった。
『ーーー!』
『ひっ…!やだ、やだぁ!来ないで!』
虚は逃すまいと彩葉にその爪を立てた。その時だった。
『おやおや。珍しいっスね。虚が見える子供とは』
『ぇ…?』
虚の爪を防いだのはまるで血飛沫のような壁。声がした後ろをむくと帽子を被った若い男性。そして、白銀の髪の黒装束の女性。その女性は彩葉に目線を合わせるように屈んで汚れを拭う。
『どうやら、この子が狙い見たいっスね。子供の頃から虚が見えるなんて良い才能をお持ちのようだ』
『もう大丈夫だよ。アレはわたし達が片付けるからね』
化け物が目の前にいるというのに、天使のような優しい笑顔を向けてくれる。この時の彩葉には全く状況が理解出来なかった。
『援護頼みますよ、ヤチヨさん。僕一人じゃ不安っスから』
『冗談でしょ浦原くん。わたしの援護なんて要らない癖に』
目の前にいた化け物は一瞬で二人に消された。瞬きの間のような時間。彩葉はただすくんで動かない体を支えるので精一杯だった。男と女が刀を鞘に収めると女の方がまた彩葉へ近づいてきた。
『もうあの怪物は居なくなったよ。お家は何処かな?』
『ひっ…お父さん…は…?』
女性は悲しげな顔になる。それ見て状況を察せられる程彩葉は育っていた。だから、泣き止んでいたはずの顔が再び涙で染まる。
『ごめんね。守ってあげられなくて』
『どうするっスかヤチヨさん。その子身寄りがない可能性がありますよ』
『ね、浦原くん。この子ウチで引き取れないかな?』
『え、もしかしてその子を死神にするって事っスか?』
『お願い、浦原くん』
『…………やれやれ仕方ない。上手くいくかどうか』
・・・・・・*
それ以来、全てを失った彩葉に全てを与えてくれたヤチヨを支えると心に誓った。のだが、こうも毎回仕事をサボって何処かへ消えるヤチヨを考えると、尊敬する気持ちまですり減ってしまいそうだった。
「仕方ない。向こうも探そう」
そう言って彩葉は立ち上がった。
そして、同時刻
八番隊舎の屋上。
そこで一人の銀髪の女性が鼻歌を歌いながら空を見上げていた。
「あぁ居た居た。ヤチヨちゃ〜ん」
「ん?あ、やーやーやー京楽隊長。どうしたんだい?」
「美味しいお菓子が手に入ったから、七緒ちゃんに見つかるまで食べないかい?」
「い〜ね〜!七緒ちゃんに見つかる前提な所が!」
京楽にゲッツで指を指す人物。それは、この八番隊の特別強襲部隊の長を務めている『月見 ヤチヨ』。ヤチヨは仕事が嫌になるとこうしてたまに執務室を抜け出して屋上で一人黄昏れる事がある。京楽は昔からそれを知っているから、ヤチヨが執務室に居なくても見つけられる。そうして、風呂敷を広げると、中にあったのは何とも上質な饅頭だった。それを二人は屋上で食べる。
「それで、わたしの所に来るなんて珍しいね」
「いやね。ちょっと頼み事があってさ」
「頼み事?」
「そう。空座町の巡回に追加要因として行って欲しいんだ」
ヤチヨは首を傾げる。ココ最近変わった動きのなかった巡回メンバーに追加された事に。ヤチヨ自身も仕事中にそんな事を言われるような原因は聞いていない。
「巡回メンバーに?なんでまた?」
「最近、虚の動きが変でね。明らかに死神を狙ってやって来ている虚が何体か居てね。実際に被害にあってる」
「そんな話聞いたことないよ」
「そりゃそうさ。隊長内で秘密にしてるんだもん」
「え〜、それは酷いよ。ただの虚でしょ?」
「いや、ただの虚では無いみたいだね。何せ『刀』を持ってるって話だ」
その瞬間、二人の空気は一変する。張り詰めた空気に代わり饅頭を食べる手が止まった。
「破面?」
「間違いないだろうね。何の目的なのかは分からないけど、穏やかな話ではないね」
「そっか。なら、わたし達が出る方がいいんだね」
「ごめんよヤチヨちゃん。面倒ばかり押し付けて」
「いいよいいよ。それがわたし達の仕事だからね。それに京楽くんの頼みだから」
「そうだね。君は
ヤチヨが笑うと、編笠を深く被り直して京楽は顔を伏せる。まるで、自分を隠すような仕草にヤチヨも相変わらずだなと心で呟いた。
「それじゃぁ、早速今日からお願いするよヤチヨちゃん。こっちで話は通しておくからさ。諸々は七緒ちゃんに伝えてあるから」
「は〜い。わっかりました〜」
『隊長〜!!』
『ヤチヨさ〜ん!!』
と、丁度よく話と饅頭が無くなった所で副隊長の七緒がヤチヨ達を見つけた。よく見ると、七緒の隣にもう一人死神の隊士が居る。
「あ、彩葉〜!お疲れ様〜」
「何やってるんですかヤチヨさん!またサボって!」
「え〜、今日の分は終わらせたよ〜。小休止だってば」
「言い訳は無用です!すぐに執務室に戻りますよ!」
「ヨヨヨ…厳しいなぁ彩葉」
「ほんと七緒ちゃんに似てきたね。あの子も」
「当っ然!なんせヤッチョ自慢の補佐ですから!」
何故か自慢げに胸を張るヤチヨに対して、京楽が少しだけ苦笑いをしたのはどうやら見えていなかったらしい。
・・・・・・*
「七緒さんから聞きましたよ。今夜、空座町に行くって」
執務室に誘拐され、机に置かれた資料を嫌々見ながらヤチヨは頷いた。
「うん。わたしも京楽隊長から聞いたよ」
「ヤチヨさん、一人で行くんですか?」
「ん?うん。そのつもりだけど?」
ヤチヨが見上げると、そこには納得いってなさそうな顔の彩葉。その真意は分かっているが、彩葉を危険な目に合わせる訳にはいかないものヤチヨの譲れないところだった。
「一人じゃ危険です。もし何かあっても対応できないじゃないですか」
「別に何も無いって、危なくなったらすぐ逃げてくるし」
適当に判子を押しながら、ヤチヨは彩葉の言葉を聞き流す。
「っでも───」
「い〜〜〜〜〜ろは〜〜〜〜!!!」
「んぶっ!!」
大声とともに彩葉の言葉は遮られた。後ろから彩葉に突撃してきたのは別室に居た『かぐや』だ。まるで子供のように彩葉に飛びついて顔を擦り付けている。
「お菓子無くなった。何処にあんの?」
「ちょ、はぁ!?アンタ、3日分のお菓子全部食べたの!?」
「うん!美味しかった!」
「バッカじゃないの!?お客さんに出す用のお菓子も食ったって事!?」
「うん!美味しかった!」
「か…かぐやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぎゃ〜〜〜!だって、やちるが〜!」
かぐやのこめかみに拳を食らわせている彩葉を見て、ヤチヨは幸せそうに微笑んだ。この幸せがいつまでも続けばいい。ヤチヨが護廷十三隊に仕えている理由がそれだ。彩葉はきっと違う理由なのかもしれない。だが、ヤチヨにとって、今目の前にある景色を護ることが最優先だ。けれどこうして彩葉をずっと尸魂界に置いておく訳にもいかない。一人で戦う時がいずれ来る。その時にはしっかり戦えるようになってもらわないといけない。ヤチヨは小さく息を吐くと立ち上がった。
「なら、三人で行こうか」
「え?三人?かぐやもですか?」
「うん。かぐやだって戦えるよ。斬魄刀あるし。お菓子のお小遣い稼ぎにもなるしね」
「え?何何?何の話?任務?」
「ですが、もし本当に破面が居るとしたら私とかぐやだけじゃ対処しきれないかもしれません。私はまだヤチヨさんのように強くはありませんから」
「その時は、天挺空羅で呼んでよ。すぐ駆けつけるから」
ね、とヤチヨは笑って見せる。その儚げな微笑みに返す言葉も見つからない彩葉は赤くなった顔を隠すように逸らして見せた。
「分かってます。その時はお願いします……ねっ!」
「痛゙ったぁぁぁい!!ゴリって言った!ゴリって!」
「うっさい!いいから準備してこい!」
「ぴえ〜〜ん……」
・・・・・・*
「着いた〜!」
「ついた〜!」
「久しぶりの空座町…」
穿界門を抜けるとそこはもう現世の空座町。技術開発局が固定化した通路を通り、夜間の巡回の部隊と合流する。だが、ヤチヨ達の隊は少し時間を遅らせてから巡回を開始するよう命ぜられた。
「待ってるの退屈〜」
「文句言わないの。時間差で行動すればもし破面に襲われてもすぐに助けに行けるんだから」
「ふぇ〜い」
彩葉は空座町の夜景を見下ろしている。ここに居た頃の記憶はもうほとんどない。覚えているのは朧げな家族の顔と自分の家の風景だけ。写真も何も残っていない彩葉にとって空座町は第二の故郷とは成らなかった。
「………」
それを横目に見ているヤチヨも思う所があるのだろうか。少し悲しげな顔をする。この町から彩葉を攫ってしまったこと。そして、身勝手に彩葉の事を引き取ってしまい死神にしてしまった事。あの時は可哀想だからすぐに癒してあげたいと思ってしまったが。よくよく考えると随分と身勝手な行動だった。彩葉の人生を捻じ曲げてしまった自分に対してまだ責める言葉を自分自身にかけている。
「ヤチヨさん、そろそろ時間です」
「うん。それじゃあ行こうか。……のついでにさ彩葉」
「はい?」
「挨拶しに行こう。君のお父さんに」
「え、いいんですか?仕事中じゃ…」
「巡回コースに入ってたって言えばいくらでも言い訳出来るじゃん。それにこっちにはたまにしか来ないんだから会える時に会わないと」
「………まぁ、ヤチヨさんが言うなら」
・・・・・・*
そうして、出発してしばらく歩いた後とある小さな神社の墓地に着いた二人は、かぐやを神社の鳥居に座らせて彩葉の父親の墓の前へ来てきた。
真剣な顔で彩葉の父の安らかな眠りを祈るヤチヨの顔はあまり見た事ない顔で彩葉はつい見つめてしまった。
「ここに来ると、いつもそんな顔しますよね」
「ん〜?そうかな?」
「そうですよ」
「まぁ、少しは後ろめたくはあるからさ」
「何がですか?」
「彩葉のことを尸魂界に連れて行ってしまったこと。本当だったら彩葉も普通の人生を送れたんじゃないかって思ってるから」
父親の墓を見て、少し悲しげ目を細めたヤチヨ。彩葉も同じように墓を見つめてこれまでの日々を思い出した。恐らく経験上、現世にいるよりも尸魂界にいる時の方が時間が長い。だから、もう現世に未練など無く、今はヤチヨの隣でヤチヨの役に立てている事が嬉しいのだ。
「そんな事ありませんよ」
「え?」
「私は、ヤチヨさんの役に立ちたいんです。どん底から私を救ってくれたヤチヨさんの。だから、そんな風に言わないでください。お父さんのお墓もここにあって会いたい時に会える。だから、今を生きたいんです。ヤチヨさんと、皆と一緒に」
真っ直ぐな彩葉の言葉に照れくさささえ覚えてしまう。今度は逆に赤くなった顔を逸らしたのはヤチヨの方。自分思いの良い部下に育て過ぎた。我が子のように育ててはいたが、成長していくにつれて、恋愛的な感情を抱いていたのはまだ内緒の話。それはかぐやにも他の隊士にも話していない一人だけの秘密だ。
「死神なのに生きたいってなんか変だね」
「え…あ、ふふっ確かにそうですね」
そして、二人はお互いに顔を合わせてはにかんで見せた。
・・・・・・*
「お待たせ、かぐや」
「やっと帰ってきた。お〜そ〜い〜」
「ごめんねかぐや。帰りにお菓子いっぱい買ってあげるから」
「やた〜!」
神社の鳥居の目の前で待たせていたかぐやと合流、ここから二手に分かれてそれぞれのルートにいる隊士と合流する手筈だ。
「じゃあ今から仕事再開。わたしは向こうから行くから、彩葉達はそっちからお願いね」
「分かりました」
「は〜い」
彩葉とかぐやが飛んで行くのを見送って、ヤチヨを踵を返して飛び立った。
「さて、穏やかに済めばいいんだけどな。そんな上手くいかないかな」