BIOHAZARD-PALADISE・LOST- 作:秋乃楓
大粒の雨が降り注ぐ。
それは地面や道路を濡らし、横薙ぎに吹く風は立っているだけでも気を抜けば転びそうになる程。
空は暗雲が立ち込め真っ暗だが既に日は傾いて夜を迎えていた。
その空の下にある長く延々と続く道路を歩く1人の男が居た。
身に付けているのは泥や埃で汚れた作業服とボロボロになったスニーカー、後の所持品は一切所持していない。
首元まで短く切られた茶色い髪は雨で濡れてへばりつき、もう何日も食事にありつけていない事から空腹感にも襲われ、
休息も取っていない事から疲労が蓄積し今にも倒れそうになる。
それでも一歩ずつ歩みを進めて行くしかなかった。
もし此処で足を止めればどうなるかは解らない、少しでも気を抜けばどうなるか解らない。
まさに極限状態という表現が似合う状況下の中で彼は歩いていた。
暫く歩いていると後方から来た車にクラクションを鳴らされて振り返る、そこに居たのは白と黒の車体の色を持ち
上部に赤と青のパトランプを備えた一台の警察車両、それを見た彼は逃げ出そうとしたが
足を小石に引っ掛けて転倒してしまった。
「おい、大丈夫か!? 」
運転席と助手席から降りて来たのは紺色の半袖の上着にズボンと防弾ベストを着た50代と30代の警官2名で
男へ駆け寄ると彼を見ていた。声を上げたのは運転席側に居た警官、彼はマークという人物で作業服姿の彼を見てから再び口を開く。
「どうかしてるぞ、こんな荒れた日に外を出歩くなんて...それにしてもその格好は何だ?何処かの工場から来たのか? 」
「無理だ、今は話せない...それよりアンタ達は誰かに命令されて来たのか? 」
「いや、俺達はパトロールをしていただけだ。この辺はギャングや強盗が潜んでいる事があって此処を通る車を襲う事例が後を絶たないんだよ 」
「そうだったのか...なぁアンタ達......
その言葉を聞いた2人の警官は顔を見合わせて眉間に皺を寄せた後に首を傾げる。
それは当然だ、誰しもいきなりそう言われれば誰だってそういう反応を示す。
それでも彼はこう続けた。
「俺はそこから逃げて来たんだ...彼処は確かに何不自由なく、色んなモノもある...でも彼処は楽園なんかじゃない、地獄そのものだ!!アンタ達も警官ならアンブレラ位知ってるだろう!?
ラクーンシティで起きた大規模な── 」
その言葉を遮ったのはジャックという30代の警官、そして彼は男を揶揄う様に話し出した。
「お前頭でも打ったんじゃないのか?兎に角、住所と名前を。話はパトカーの中で聞いてやるよ 」
「頭なんか打っていない、俺は正気だ!! 」
それから彼等は作業服の男を保護するとパトカーに乗せて勤務している警察署へ移送した。
男の名はピーターといって失踪届けが出されていた事が調べにより発覚、そして取調室にて
ジャックと一対一で話をした後にそれをデスクに居たマークの元へ訪れ彼へ声を掛けた。
「...どうだった?楽園から来た使者の取り調べは 」
「揶揄わないで下さいよ...相手は単なる大学生でした。それとどれも信じ難い話ばかりです、一緒に居た仲間が化け物になっただとか逃げだそうとした他の奴が黒いコートを着たただれた様な顔をした大男に殺されたとか......他にも色々。終いには早く止めないと大変な事になるって大騒ぎし出す始末ですよ 」
半笑いでそう話すと調書を彼へ手渡した。
「ラクーンシティみたいになる...そう言ってたな。それでその楽園とやらは何処に有るんだ? 」
「彼の話じゃ楽園の名前はエスペランサ...フロリダ州の海にある孤島で島へ通じるのは一本の道路のみ、脱走する為に資材運搬用のトラックに紛れ込んで来たそうです 」
「成程な...でもエスペランサは米国政府が多額の資金を用いて建設した巨大海上都市だぞ?まさかお前、奴の話を信じる気か? 」
「まさか。兎に角、明日の内に家族に連絡して彼の身柄を── 」
ジャックが彼と数時間その場で話しながら自分のデスクに置かれていたコーヒーの入ったマグカップを手にした瞬間、悲鳴と何かが割れるような音が聞こえ騒ぎを聞きつけた2人が駆け付けるとそこはピーターが居る取調室で既に数人の警官が室内に居たピーターを何とか抑えていた。
食事と思われるものが床に散乱しその近くに組み伏せられている彼は呻き声の様な物を上げて悶え苦しんでいる様にも見え
、その直ぐ近くには白いタオルで右手首を抑えている女性警官の姿があった。
「どうした!? 」
「どうも何も、食事を届けに来た奴に此奴がいきなり噛み付いたんだ!!手を貸してくれ、此奴を縛り付けるぞ!! 」
2人もそこへ加算しピーターを抑え込むのだがその彼の表情は血の気が引いた様な肌の色に加えて左右の瞳が白く白濁し
口元は赤く染まっている。その状況を見たマークはポツリと呟いた。
「ば...化物...!! 」
縛り上げる直前、僅かに拘束が緩んだ瞬間に変異したピーターは自身を抑えていた警官を振り払ってマークへ襲い掛かり彼の左肩へ目掛けて噛み付く。悲鳴を上げた彼は激痛を堪えながら後退とジャックはホルスターから拳銃を引き抜いて彼の射殺を試みる、だが背後から聞こえた別の悲鳴によりその狙いは変わった。噛まれた筈の女性警官が今度は別の警官を襲って負傷させたのだ。彼女の目もまた白く濁り、呻き声を上げるその様は何とも不気味としか言い様がない。そして狙いを定める間もなくジャックは飛びつかれた末に押し倒されると抵抗虚しく喉元を噛み付かれて即死した。
そしてそれから約数時間後......
署内は地獄とも言える様な状態へ様変わりし先程まで平和だった空気は消え果ていた。
取調室は血溜まりが出来、廊下は呻き声を上げて歩く活性死者...ゾンビの姿があるだけで
誰も居ない。その取調室に落ちていたのは血に濡れたリストタグの様な物だけで何故ピーターが化け物と化したのかは何一つ解らないまま。そして生き延びた警官の通報により彼等は応援で駆け付けた別の署の警官達の手で全員射殺され
この事件に関する事は何故か公にされる事は無く事実は伏せられて関係者のみが知るケースとして処理が成されている。
2015年6月...降り頻る豪雨と強風による悪天候の中で発生した痛ましい事件だった。
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それから約2年後の2017年7月。
1人の女性の元へ1通のPCメールが届いた。
差出人は行方不明となった筈の姉エルザからで失踪届けが出されて以降、一切の進展が見られぬまま
捜査は打ち切られた。それからというもの家族からは笑顔が消え、誰も姉の話をしようともしなかったが
唯1人だけ彼女の事を諦めきれずに僅かな情報源を頼りに探し続けていた。
「このアドレス、差出人は...姉さんで間違いない。姉さんは生きてたんだ...! 」
テーブルの前に置かれたノートPCの前に居座るのは美しい艶のある金髪を白いリボンを用いて首元で1つ結びにした碧眼
の女性で少し吊り上がった両目と顔立ちは整っていて美形そのもの。右側に寄せた前髪を少し左手で掻き分けると
何処か安堵した表情で画面を見つめていた。そのメールには添付ファイルがあり、マウスを操作しそれを開くと
動画ファイルが表示され自動で再生が始まった。写し出されたのは眼鏡を掛けて柔和な笑みを浮かべる白衣を着た黒い髪をした女性でカメラを見ながら手を振っていた。
『リナ、誕生日おめでとう。これを見ている頃は貴女はもう21歳...最後に会ったのは貴女が16で私が今の貴女と同じ歳だった時だったかしら?。そっか、もうそんなに経ったのね...パパとママは元気にしてる?パパはB.S.A.A.に入っているからあまり会えていないだろうと思うけど、ママは相変わらず記者として色々動き回ってるのかな。仕事熱心だもの、私達の事はいつもお隣の叔母さんに預けていたっけ。...お友達は出来た?昔から人見知りだったからそれだけがずっと心配で、話し相手も私か幼馴染のエミリーだけだったでしょ?その子も親の都合で引っ越しちゃったから尚の事気になってた。お友達が出来たならそれで良いの、気にしないで。もし出来てなかったら......そうだな、男の子でも女の子でも誰でも良いから作った方が良い、きっと貴女の人生を明るくしてくれると思うから。それと最後に......リナ、本当にお誕生日おめでとう...愛してるわ 』
動画の再生が終わり、[Birthday]という見出しのファイルを閉じる。すると
それとは別にもう1つのファイルがあった。そこには[The Atonement]という見出しの物でそれを同様の操作を行って開くと
再びメッセージが再生された。それには音声だけで映像はなく、淡々と声だけが再生されていく。
『......リナ、もしこれを再生しているのなら落ち着いて聞いて頂戴。私は...とんでもない過ちを犯してしまった。1998年にラクーンシティで起きた大規模なバイオハザード......それに匹敵するかもしれない物を研究で作ってしまった。それを使ってバイオテロを企てている連中が居るの...私が今居る場所を実験台にして効果を試そうとしている。それが成功すれば次に狙われるのは──不味い...誰か来た。お願いリナ、もしこのメッセージを見ているのならこの事を話の解る人に伝えて頂戴......この場所の名前はユートピア...又の名をエスペランサ、そこに行けばこの島の真実がある。最後になるからこれだけ伝えておこうと思う...私の事は忘れて幸せになって。貴女とパパ、ママを悲しませる結果になって本当にごめんなさい...…今までありがとう、さようなら 』
それが終わった時、リナは放心状態で固まっていた。
最後にエルザを見たのは16歳の時でスーツケースを持ちながら母からパスポートを受け取っていた姿で
自分は母に起こされた挙句に眠気が残っている状態のまま目を擦りながらそれを見ていた。
『それじゃあ行って来ます。リナ、遊んでばかりであまりママを困らせないでよ? 』
『...解ってるよ。もう子供じゃないし、心配しなくても大丈夫だってば 』
『そうは言ってもまだ子供でしょ?いつもいつも夜遅く帰って来て、寝坊して毎朝遅刻してバタバタしてるし。後2年したら成人して大人の仲間入りになるんだから今の内にしっかりしないとダメじゃない 』
『...はいはい。早く行かないとバス来ちゃうよ? 』
『まだ大丈夫。それと返事は1回、背筋も伸ばしてちゃんとしなさい。 』
『...はい、これで良いですか?エルザお姉様 』
リナは背筋を伸ばして返事をする、それを見たエルザは小さく笑いながら右手で彼女を抱き寄せると
頭を撫でながら耳元で話し掛けた。
『暫く会えなくなるのは寂しいけど...元気でね。夜更かしも程々にするのよ?パパにも伝えて、貴女の娘で良かったって 』
『...何それ?そんなの自分で言えばいいじゃん、携帯有るんだから 』
『きっと忙しいと思うから連絡しない方が良いだろうと思ってさ...それに明後日帰って来るけど私はもう居ないじゃない。だから頼もうかなって 』
『...解った、パパには私から伝えておくから心配しなくて良いよ 』
『ありがとう、助かるわ。それじゃ......またね、愛してるわ 』
『...私も愛してるよ 』
それからお互いに少しの間だが抱き合ってから離れ、エルザはその場を去った。
以来、エルザは不定期にメッセージを送信し仕事の状況等を報告して来たが
それがある日を境に突然来なくなった。
帰宅する日になっても帰宅せず、空港へ迎えに行ったが飛行機から降りては来なかった。
失踪が発覚したのはそれから数日後の事...以来家族はエルザの事を必死に捜索する事態になり
家庭内ではいつの間にか彼女の話をしなくなっていった。
「真実って何の事......ユートピアって...何...? 」
リナはメッセージの内容を再度自身の中で思い起こしながら考え込んでいた。
そしてこの頃はまだ知らなかった...このメッセージとキーワードにより大きな事件に巻き込まれる事を。
──ユートピア。そこで待つのは希望か、絶望か。