BIOHAZARD-PALADISE・LOST- 作:秋乃楓
夜、夕食後に部屋の明かりとテレビを点けたまま考え事をしていたせいかリナはうたた寝をしてしまった。
時刻は夜の23時で携帯には何件かのメッセージと着信が来ていてそのどれもがリチャードからで
白い半袖のTシャツを着たままの彼女は全てを閲覧し既読状態にして[後で行くから]とだけ打ち込んで返信した。
その足で次に向かったのは1階にある風呂場、そこの脱衣所でシャツと下着を脱いで裸になると
シャワーの蛇口を捻って降り注ぐお湯を身体へ浴びていた。鏡に映るのは華奢で白い肌をした自身の身体でそれが温もりを得てほんのり赤く染まっていく。両手でお湯を掬う様に顔を軽く洗い、今度は左手で胸や身体を同様に洗いながら再び考え事をしていた。
申し込みは既にネットで終えていて明日には此処を出てエルザを探しにユートピアと呼ばれている地、エスペランサへと赴くのだが
ネットのサイトには一切の情報は開示されておらず申し込み先のHPに記載されていたのは学校の話だけだった事が何よりも大きい。
「...エルザは本当に生きてるのかな 」
髪から滴る水滴が落ちて排水溝の穴へと吸い込まれていく。
昔は悪ふざけでエルザが入って来た事も有ったが今ではそれも無くなり、彼女がお気に入りだったシャンプーやリンスは今では
リナが使っている。もし仮にエルザが向こうの地でバイオテロに巻き込まれていて変わり果てた姿で見つかった時の事を考えるのが何よりも怖くて恐ろしかった。暫く浴び続けた後にシャワーを止め、髪や身体を脱衣所で拭きつつ下着類を身に付けると部屋へ戻って普段着ている私服に着替える。自身の勉強机の上に置かれた写真立てを手にし僅かに微笑むとそれを定位置に戻して自室から出た。それは2017年8月の未だ暑い夏の事だった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
迎えた翌朝、指定された場所へ赴くと一台のワゴン車の前にハワードとスタッフと思われる水色のシャツと薄い灰色のスラックスを着た白人の若い男性が待っていて彼女を見ると彼だけが手を振って応えた。
「リナ...クロフトさんですか? 」
「...はい。マンハッタン国際大学2年生で理化学を専攻しています 」
「僕はヘンリー・ブラウン、今回のインストラクターで引率スタッフの1人なんだ。宜しく 」
差し出された右手を握り、握手を交わしてからワゴン車へ乗り込む。
程無くしてそれが発車すると道路を道なりに進み始めた。彼女達以外にも数人の学生達が居て何れも
向かう先は同じ。それからヘンリーがマイクを取って改めて説明を始めた。
「概要欄にも書いてあった通り、現地で1週間の滞在となります。宿泊先は学生寮の部屋を使って下さい。それから何かあったら直ぐに学長や教師に申し出る事、それと起床時間と門限は厳守で 」
「...解りました。あの、本当に外部との連絡は出来ないんですか? 」
小さく右手を上げたリナが質問すると彼は頷いた。
「あぁ。現地の自然や環境の中で過ごして欲しいという開発スタッフの意向でね、そうした設備は配備されていないんだ...特に近年ではネットワークの進化や様々な技術が発展しキミ達より若い年代でも携帯を持つ位になった。つい何年か前までは信じられなかったがそれ程、そういった便利な物が僕達の中に浸透して来ているという事さ。それを常日頃触っているとそれが無ければ生きていけない、それに頼らざるを得なくなってしまう......だからこそそういう物を敢えて切り離そうというのが狙いなんだ。辛いだろうけど1週間は耐えて欲しい、全てが終わる頃にはきっと現代社会に対する考え方も違って来るだろうからね 」
それは誰が聞いても納得のいく説明だった。
あらゆる物が普及し便利となった今だからこそ敢えて原点へ返りそれを見直すという思想の元で構築された
のが自分達が向かう場所なのだと改めて聞かされた事で尚更、現地の状態が気になった。
暫く経ってからワゴン車は空港へ到着しそこから今度は専用の飛行機で約3時間半ものフライトを終えて
フロリダへ辿り着く。エスペランサがあるのは同州の南部にある海沿いの方面で空港に迎えに来ていた送迎バスを用いて
今度は約1時間のドライブが始まった。滞在期間は1週間だがそれでも周囲の学生達は何処か旅行気分を感じている者さえ居て
終始車内は賑やか。リナも申し込む前にハワードから「1人か2人なら誘っても良い」と言われ友人の誰かを誘えばよかったかと思ったが私情で巻き込めないと判断し断念したのだった。
そして漸く左右に海が見える長い一般道を渡ってバスはユートピア、正式名称エスペランサという孤島へと辿り着いた。
大きな山に加えて生い茂る森林は何処か南国のリゾート地の様な雰囲気を感じさせる風景と穏やかな潮風が吹いているそこは若い学生達からすれば新鮮そのもの、我先にと生徒達がバスを降りて入場ゲートの方へ歩いて行く。リナが行こうとした時にハワードが彼女を呼び止めた。
「...叔父さん?どうかした? 」
「リナ...本当に済まない、私の我が儘にキミを巻き込んでしまって 」
「...気にしないで。私もエルザを探したいってずっと思ってたから...それに良い機会だし散歩でもして来たら? 」
「そうだな...出来たらそうしたい所だ。それと電波が通じないのはどうやら本当らしい...既に電波が圏外表示になっている 」
「...トラブルが起きたらどうするんだろう? 」
「恐らく何かしらの連絡手段が有る筈だ、そうでもしなければ政府が設立の認可を下ろさん筈だからな 」
頷いたリナはパスポートをリュックサックから取り出してそれを手にハワードと共に有刺鉄線のある大きな鉄製のゲートがある入場施設へ赴くとボディチェックは勿論、危険物の検査も同時に行われ漸く島の中へ会いる事が許された。
気になるのは警察官ではなくガスマスクをしてライフル銃やプロテクター類を装備した人間が警戒態勢に当たっている事、
そして鷲の羽の様なマークが描かれた護送車の様な車が駐車場に停車しているという事だった。
(...まるで何処かの軍事基地みたい。それに受付の人達も何処か様子が変だった )
すると先に歩いていたヘンリーがリナ達の方へ引き返して来てこう切り出す。
「ハワード先生、申し訳ございませんが此処から先は僕達現地スタッフが彼女をサポート致しますのでお引き取り頂けますか? 」
「いや、留学するのは姪で私は教員の方々との交流も兼ねて知り合いを探しに此処へ来たんだ。それが済んだら直ぐにでもニューヨークに── 」
「まだ此処には大した観光施設は在りませんし、政府からも機密保持を命じられているので。特に移住者の情報に関しては表沙汰にするなと上からキツく言われているものですから......すいませんがお引き取りを 」
「......そこまで言われては仕方が無いか。解った、大人しく帰らせて貰うよ。リナ...また1週間後に迎えに来るから元気でな 」
半ば強引に別れさせられ、リナは溜息を吐く。
此方へ来るハワードの方を見ると去り際にヘンリーからは見えない位置で彼女に対し上着の内ポケットからメモ書きを差し出した。
「私の連絡先だ。もし何かあれば此処へ連絡しなさい、外部回線が有れば連絡出来る筈だ 」
「...うん、ありがとう叔父さん 」
そして彼女はそれをポケットへしまい、ハワードと別れるとヘンリーと共に歩いて他の学生達と合流し歩いて行く。
次に通されたのはまた別の場所でそこへ入るとゲート付近で見た人物ら数人が室内に立っていて
その中の1人がボードを用いてリナ達へ説明を始めた。
「学生諸君。今からキミ達に配るリストタグは施設の出入りは勿論、宿泊先の寮でも適応されエスペランサにある公共施設の出入りも自由に行う事が可能だ。但し立ち入り禁止エリアには絶対に踏み入らず、近付かない事...好奇心旺盛な年頃なのは解るが規則だけは守って欲しい 」
説明が終了し黒いバンドが付いたリストタグを手渡され、それを左手首へ巻き付ける。
やや膨らんだ銀色の長方形の部分は部屋の明かりに反射し僅かに光ると彼女は特に違和感を感じぬまま
立っているとその中の1人、若い金髪の男が手を上げてからヘラヘラと笑いふざけ半分にこう話した。
「もしそこに入ったらどうなるんだ?まさかお偉いさんが直々に出て来て説教とかすんのか? 」
それに対しガスマスクの人物は「試してみるか?」と話す。すると彼は手元のスイッチを取り出し、それを押した瞬間
彼が僅かな悲鳴を上げて過呼吸の様な呼吸をして苦しそうにその場に蹲る。近くに居た1人が声を掛けた時に彼が顔を上げると幾度か吐血した末に白濁した両目を差し向けて襲い掛かって来たのだ。
「グガ...ッ...グルルゥ...ウガァアアァァァアアッ──!!」
周囲に居た誰もがその光景を見て戦慄するも彼等は冷静で学生達を庇う様にそれぞれが前へ出る
その体制はまるで事態に慣れているかの様。そしてスイッチを押した本人がホルスターから拳銃を引き抜き、が付いたそれの引き金が引かれ弾丸が放たれると変容した若者の後頭部を射抜いて射殺した。
「......このリストタグは単なる認証用のキーではない。キミ達は既に我々の監視下にある事を忘れるな...もし此処から生きて帰りたいのであれば我々の指示に従い、規則を守って過ごす事だ。それが出来なければ彼の様に成り果てる事になる......良いな? 」
リナを始めとする学生一同は言葉を失っていた。
俄かには信じがたい出来事が目の前で起きたのだから誰もが騒然としていて先程までの様なテンションではなくなる。
リストタグに埋め込まれているのはヤバい物なのは間違いなく、いつどうなるかは誰も知る由もない。
すると別の男子生徒を皮切りに今居る施設から飛び出そうと出口へ数人が押し寄せるとリナは押された挙句に突き飛ばされてしまう。口々に聞こえるのは「家に帰りたい」だの「こんな所に居られるか」という言葉ばかりで半ばパニック状態。
一部の連中が外へ出て行った後にリナも続いて外に出て見ると彼女は唖然として今、眼前にある光景を見て呆気に取られていた。
「...ゲートが...閉まってる!? 」
入場施設のすぐ後ろにある先程まで開いていた大きな鉄製の扉は既に閉められ、ライフルを持った連中数人が
逃げた彼等を捕まえて強引に押し返すと背後に居た学生を射殺した男が再び口を開いた。
「各自、ノートレス大学行きのシャトルバスへ乗車を。ぐずぐずするな!! 」
怒号の様にも思える声を聞いた彼等は渋々、シャトルバスへ乗車しノートレス大学という未だ見ぬ場所を目指し
それは進んで行った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
大学へ到着すると現地の生徒達は歓迎ムードで留学生達を出迎えるがとてもではないがそういう気にはなれない。
彼女、彼等の手首を見るとやはり同様のリストタグが左手首に付けられているのが解った。
すると黒く長い髪をした褐色肌の女学生と明るめの茶髪をツーブロックヘアにした男子学生それぞれが一行の前へ来ると会釈し女学生の方が先に話を始める。
「ようこそノートレス大学へ!私は生徒会長のアイラ・リースで彼はダニエルと言います。短い間ですがどうか宜しくお願い致します、早速ですが皆様を学生寮の方へご案内致しますので女性の方は私について来て下さい。男性の方はダニエルがご案内致しますので!! 」
アイラと名乗った彼女はリナを含む一部の女子生徒を引率し歩いて行く。
他の学生達の後にリナはトイレとバスが一体化した場所に加えて横に長い机と共にベットが3つ並んだ3人1組の部屋へ通されると後から来たのは肩辺りで揃えたミディアムヘアにシルバーブロンドの髪色をした女性と片方はブロンド色の髪をヘアゴムでサイドポニーに纏めた女性。リナを見るとミディアムヘアの生徒が挨拶して来る。
「えっと...初めまして。私はレイラ、レイラ・スチュワート。こっちが私の友達のクレア 」
「あたしはレイラの友達のクレア・オルコット!宜しく!!」
笑顔で近寄って来た彼女はリナの手を取ると笑顔で握り締める、それに対しリナも応じる。
「...リナ・クラフト、通っている学校はマンハッタン国際大学。宜しく 」
「オッケー、短い間だけど仲良くしようねリナ! 」
屈託のない笑顔を向けられたリナもまた僅かながらに微笑み返す、一方のレイラは部屋へ入る前に受け取った書類を見て彼女達へ声を掛けた。
「歓迎会は20時からよ。今は18時半だからそれまでに荷物整理とか色々済ませましょう? 」
「えーーッ!?先ずはお互いに色々話したりとかゲームしたりとかしないの? 」
「そんなのは後でやれば良いでしょう?1週間も此処に居るんだから心配しなくても仲良くなれるわ 」
「はいはい、レイラは真面目さんだね...だからカレシ出来ないんじゃないの?いつもいつもしかめっ面ばっかじゃない 」
「......悪かったわね真面目で。ほら、スーツケース用意してさっさと動く! 」
的確に指示を出してクレアを誘導し3人は荷物整理を始める事に。
その間もクレアはベラベラと喋り続けていてリナはそれに対し頷いたりしつつ返答する中で
ふと外を見てみると人影の様な物を森の入り口辺りで発見し目を細めてそれを注視していた。
その足取りは何処かフラフラとしていてまるで酒に酔っている様にも見える、そのままそれは森の奥へと消えていった。
(…この間、路地で見たのと同じ動きだった。もしかしてこの島にもアレが居るの?)
リナが外を見ていると目の前に手の平が出て来てそれが縦に振られる。その手の持ち主はクレアでぼーっとしていた彼女が気になった事から声をかけたのだという。
それから「何でもない」と一言話すと荷物整理とベッドの位置決めだけを済ませてから集合時刻を迎え、今度は部屋を出て体育館へ集められた。
そこには肌の色や人種問わずの学生達が大勢居て
割れんばかりの拍手でリナ達を迎え入れてくれた。
並べられた白いテーブルクロスの敷かれた長方形のテーブルには様々な料理が並べられていて野菜や肉は勿論、魚料理すらある。これも全て学園の食堂に勤務しているシェフが腕を奮った結果だった。
各々がネームプレートの置かれた席へ腰掛けると
アイラがステージへ登壇しこう告げる。
「留学生の皆さん、改めてノートレス大学へようこそ。此処では様々な分野が学べる他に他国から来た転入生の方々も多く居る学校です。まだ設立されて間もない場所ですが、私達はこの学校に通えている事を何よりも誇りに感じております。やがてエスペランサから世界へこの学校の名が広まる様に出来る限り最善を尽くして参りますのでどうか宜しくお願い致します。長くなってしまいましたが各自、お手元のグラスを持って下さい 」
彼女の言葉で全員がテーブルに置かれたグラスを手にする、そして続いてこう言った。
「今日此処で新たな仲間達と出会えた事に感謝と祝福を、そして皆様の過ごす日々がかけがえのないものとなりますように──乾杯!! 」
号令と共に各々がグラスを他者と交わして乾杯、そこから始まったのはパーティと言うべき賑やかな物。
先程迄の空気は何処へ行ったのか解らない程に料理や用意されたジュース類を始めとした食品へ手を付けていく。 リナの左隣に居たクレアはウキウキしながら品定めを始める。
「色々有るけど…あたしピザ食べよっかなー!ねぇねぇ、リナは? 」
「…私は大丈夫、あまりお腹空いてないから 」
「ふぅん…じゃあコレあげる、何か食べとかないと損だよ損! 」
リナの近くにある皿へクレアが置いたのはフライドチキン数本とサラミが上に山程載ったピザ3切れ、まさに若者が好きそうな物。その右隣ではレイラが野菜と魚を中心に料理を取っていて振り返ると同じく声を掛けて来た。
「ごめんなさい、クレアってば誰に対してもあの調子だから 」
「…ううん大丈夫。私の周りにも似た様なの居るから平気 」
「……ねぇ、やっぱり気にしてる?さっき起きた事 」
「…気にしてないって言えば嘘になる。私も出来るなら信じたくない、でも…あれはデモンストレーションとかそんな次元の話じゃなかった。何か警告というか…見せしめというか......それからこのリストタグに仕込まれているのが唯のICチップだけなら良いんだけど 」
「そうね...でもアレはどう見ても違った。ICチップだけじゃなくて別な何かも仕込まれているのもしれない 」
話をしているとステージへ登壇して来たのはサファイアの様な碧眼と銀髪のロングヘアに対し蝋燭の様に白い肌を持つ大きな豊乳の胸元が見える青色のドレスを着た貴族の様な風貌の若い女性。歳からして恐らくリナ達と同じか一回り下の様にも見えるが
未だあどけなさが残っている。そして彼女は側近と思われる男性に付き添われてマイクの置かれた机の前へ来ると
それを手にし一礼した後に話始めた。
「先ずはようこそ、エスペランサ...又の名をユートピアへ。私の名前はナスターシャ・アルヴェーヌ。この島を統治している貴族の血筋の者です、外部からお越しの皆々様......短い期間ではありますがどうか素晴らしいひと時をこの島でお過ごし下さいませ 」
にこやかな笑みを浮かべて挨拶を終えたナスターシャは一礼し手を振ってからマイクを置くとその場から去る。
それから一夜限りのパーティは時間が許す限り続いた後、各々が部屋へと帰り始める中で2人も部屋へ戻る為に廊下を歩いていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「いやぁー、食べた食べた!もうお腹いっぱいで何も入んない!! 」
「クレア、流石に食べ過ぎじゃない?お腹壊しても知らないよ? 」
「大丈夫大丈夫!平気だってば!!ねぇ、リナは食べた中で何が美味しかった...ってあれ?リナは? 」
「え?さっきまで居たのに...... 」
「トイレかな? 」
「多分そうじゃない?先に戻りましょう、心配しなくてもきっと大丈夫よ 」
レイラとクレアは話しながら自室へ戻る一方、リナは他生徒が戻ったのを確認した後に
用務員室へ忍び込んで机の上に置かれていた黒色をした細長いライトを手にしそのまま出口の方へ赴く。
目的は1つ、エルザの行方を調べる為だ。外に居る学生達にバレないように隠れながら進むとフェンスをよじ登って門の外へ出て
歩き始めた。
「...エルザが居るとすればきっと居住エリアの方 」
この島、エスペランサは入場エリアと市民達が住む居住エリアの他に学校がある学業エリアがある他
それ以外は海と元々の地形で構成された森林や山間部が存在する。
校内にあった地図を携帯で撮影し、それを頼りにライトで照らしながら夜の島を歩いて行くのだが
そこは海から吹く潮風と人工的な白い光を放つライトが点々と点いていてニューヨークや他の州とは違う雰囲気を醸し出していた。
歩いている最中にガスマスクを嵌めた人物2人を見た彼女は咄嗟に停められていた大型車両に身を隠しやり過ごす、
彼等はどうやら昼夜問わずにこうして見回りをしている様にも感じられた。
そして道なりに進んで[居住エリア]と英語で記載された場所へ差し掛かると格子状のフェンスを上って侵入し
ライトで照らしながら奥の方へと進んで行く。そこは確かに居住エリアで住宅街が数多く建ち並んでいる他にその前方には建設途中の飲食店や雑貨店が数多く建ち並んでいる。そこはさながらゴーストタウンというのに相応しかった。
「...まだ完成している訳じゃないんだ。ユートピアというより廃墟の方が似合う気がする 」
見回しながら進んで行くがエルザが何処に住んでいるかという確証は持てない為、
片っ端から探さなくてはいけないという事になる。
だが最後に送られてきたメールには彼女が住んでいるアパートの写真が添付されていた事を思い出し、
その画像を開いて建物を探し始める。更に歩いて行くとそのアパートを発見しそこで足を止めた。
「...アンヘル。此処だ 」
アンヘルという表札が有るアパート、そこの中へ入った彼女はエルザが居たであろう部屋を探して階段を上る。
それとほぼ同時に鈍い足音が聞こえてから咄嗟に空き部屋へ入ってライトを消して息を殺していると
直ぐ前の廊下を大きな黒い影の様な物が歩いて過ぎ去っていった。
(...何なのアレ?もしかして昼間に見たガスマスクの仲間?)
自ずと廊下から顔を出し、様子を窺うと再び部屋を出て進む。
エルザが住んでいた階は6階にある603号室でそこを目指してコンクリート製の階段をゆっくり慎重に上がっていく。
不可解なのは物音が1つしないだけではなく住民とも擦れ違わない事なのだが不意に左手を見ると
赤い乾いた液体の様な物が付着していてそれの匂いを嗅いでみると錆の様な匂いがした。
「...錆?それとも血?兎に角早くエルザを探さないと 」
6階に辿り着くがどの部屋にも表札は無い事から止むを得ず付近の部屋のインターホンを鳴らし
住民が出て来るのを待つ。だが一向に出て来る気配はなく、試しにもう一度押してみるが反応がない。
「...あの、すいません。少しお話を聞かせてもらえますか? 」
今度はノックし呼び掛けるがやはり反応はない。
[606]と書かれたドアノブへ手を掛けて回してみるとそれはどういう訳か回った...つまりドアは開いているという事になる。
意を決しドアを奥に押す形で中へ入ると室内は真っ暗で明かりが点いておらず、電気のスイッチを押しても明かりは一切点かなかった。ライトで照らしながら奥へと進むとリビングには人が住んでいた痕跡が残されていて家具やテレビもそのまま、何だったら観葉植物や食べ物もそのままにされている。
テーブルに置かれた食べ物の方は既に腐っていて臭気を放っていた。
「...誰か居ませんか?エルザという人を探しているんですけど。勝手に入った事は謝ります...出て来て下さいませんか? 」
そう呼び掛けるが返事はない、すると奥の部屋から物音が聞こえてリナは思わず身震いした。
どうやら此処の住人が気付いたてくれたのは間違いなくその方へ向かって歩いて行く、そこは寝室で
目の前のドアを開けてみると下着姿の男性がベッドの傍で倒れていた。ベッドから落ちたのだろうかと思い近寄ると
それはゆっくりと起き上がって立ち上がる、そして振り返るのだがリナは絶句し声を失った。
白く濁った瞳に掻き毟ったのかただれたような皮膚をしたそれは低い呻き声を上げて近寄って来る。
「...こ、この間と昼間に見た...化け物!? 」
「ウ...ァ...アアア...ッ......グルルグァアアァァァッ──!! 」
両手を伸ばして襲い掛かって来るのに対し後退したリナは咄嗟にドアを閉めて難を逃れる、だが
背後から荒らしい音と共にドアがこじ開けられてそれが追い掛けて来る。どう見てもそれはゾンビと呼称するのが相応しい、
リナは起こすべき者ではない者を起こしてしまったのだ。
リビングへ戻って素早く入り口のドアを開け放つと急いで玄関から外へ。背後から来るゾンビに対し勢い良く玄関のドアを閉めて
走り去った。他の部屋もそうなっているという最悪な想像は容易に出来る、そしてリナは[603]と書かれたドアを発見しそこへ飛び込むとチェーンを掛けて玄関へ座り込んだ。
「何で...どうしてアレが......街の路地裏と入場ゲートで見たのと同じのが...何で......!? 」
手が震えるだけではなく怖くて仕方がない、だが何とかエルザが居る部屋へ辿り着いたのは事実で
彼女は深呼吸し立ち上がると意を決し歩み始める。
部屋の構造は同じでゆっくりと進んで行くとリビングは物が散乱し誰かが漁った様な形跡が残されていて
冷蔵庫だけでなく置かれていた引き出しの中身が散乱しているのが解った。
その中には2人で撮った写真立てが無残な姿で放置されていて入れていたであろう薄いカバーガラスは割れて砕けていた。
「...酷い、一体誰がこんな事を 」
彼女は歩いてエルザが居たであろう部屋へ足を踏み入れるとそこも無残に荒らされていて液晶が割れたノートPCが床に落ちていた。リナはそれを見付けて電源を入れようと試みるが電源が入らず肝心な手掛かりは何も得られず、何か無いかと探っていると見つけたのは1枚のメモ書き。そこには
[最後のコードは大事な人が持っている]
という記載のみで他には何もない。
「...大事な人?友達とか仕事先の人かな? 」
考え込んでいると玄関から物音が聞こえて思わず振り返る。
先程のゾンビが居場所を嗅ぎ付けたのかもしれないと思い部屋から廊下へ出た時、
急にリストタグが赤く発光し始めると白い壁面を破壊し現れたのは身長約3mはある見た目をした何者かが
離れに立っていた。胸部には鈍い銀色をした心臓の様な物、上半身は黒い布の様な拘束具が巻かれていて
黄色いテープの様な物が貼られている。そして下半身は長いコートの様な物を纏っていて顔は見えない様に上半身と同じ黒い
布で巻かれていて素顔は見えない。ただ言えるのは1つ──
それは人間ではないという事
リナは迫り来る中で後退り、踵を返し駆け出す。途中で台所の上に無造作に置かれていたキッチンナイフを咄嗟に手に取ると
そのまま玄関へ来て扉をこじ開けると背後から鈍い足音と共に追い付かれそうになる。
外へ出た瞬間に部屋のドアが殴り壊されて鈍い音と共に湾曲したそれが無様に落下した。
「...な、何なのアイツ!?もしかしてさっき廊下に居たのって──ッ!? 」
巨躯の化け物は落ちていたドアを拾ってそれを振り返ったリナへ向けて投擲、彼女はそれを何とか屈んで回避し
再び走り出す。その間にナイフの刃をリストタグの隙間へ差し込んでバンドを強引に切ってそれを捨てた。
それでも化け物はリナを追跡し彼女を殺そうとして来る、何故自分が狙われるのかなど到底解らない。
階段を急ぎ足で駆け下りて兎に角走り続け、足がもつれそうになるのもお構いなしに駆け降りていく。
3階の踊り場へ来た時に今度は廊下をぶち抜いて来たのか彼女が差し掛かったと同時に化け物も現れる、そして右腕を突き出し伸ばした触手を彼女の左足に巻き付けて引き寄せるとリナは床を這いずる形になってしまう。
中程まで引き寄せられるがナイフで触手を刺したり切ったりして逃れ、ふらついた足取りで駆け出しつつ
何とか外へ出たが相手も轟音と共に窓を破壊し外へ出て来ては彼女との距離を縮めようと歩いて来る。
その光景を見たリナは腰を抜かしてあまりの恐怖に座り込んでしまうと同時に履いていたズボンの中で失禁してしまうと
生温かく水気を帯びたそれがじわりじわりと太腿辺りを汚していくがそれでも構わず逃げるしかない、
鈍い足音と共に右手の指先をゴキゴキと鳴らしながら近づいて来る化け物に対し後退りしつつ何とか打開策を講じようと
していると不意に何かが左手に当たって振り返る、そこにはあのガスマスク連中の仲間と思わしき者が四肢を投げ出す構図で倒れていて彼の右手には
それをひったくり、ライトを上着のポケットに差してから彼女はそれを化け物へ差し向けた。
「...と、父さんから撃ち方は習ってる...やるしかない......! 」
マガジンの残弾を確認してから
人差し指を引き金に添えてから左手を被せる様にし身構えた。
そして震える手で狙いを定めて引き金を引く、破裂音と共に発射された弾丸は空を切って外れ命中しない。
再び身構えて発砲し漸く化け物の右肩へ当たったが怯みはせずに尚も近寄って来る。
立ち上がって3度、4度発砲しても怯む事は無く、これ以上は無意味だと悟った彼女は化け物が走って来たタイミングで振り下ろして来た右手を左へすり抜けて躱し走り出す。動悸が強まり呼吸も荒くなる、パーティで口にした飲食物を全て吐き出してしまいそうになる程にリナは追い詰められていた。脳裏を過ぎるのは死という文字、姉を探す筈が今は化け物に追われている...常人なら経験する事のない出来事に遭遇していた彼女は必死に逃げ続けてフェンスを越えて落下する様に地面へ転げ落ちる。
立ち上がって学校のある方へ走って行くとガスマスクを付けた1人がライトを向け、彼女を見付けると同時に叫ぶ。
「おいお前!こんな所で何をやって──ぐぁああッ!? 」
「......え? 」
触手が彼の腹部を貫通しそのまま投げ飛ばす、人間の身体が宙を舞ったかと思いきや鉄製のフェンスへ叩き付けられて
そのまま崩れ落ちた。先回りしていたのかリナを追って来た奴が置かれていた資材コンテナの上に居たのだ。白いLEDの街灯に照らされたシルエットは異様そのもので彼女の事をそこから見下ろしている。騒ぎを聞きつけたのか何処からか他の連中が集まって来ると一斉にを差し向けて掛け声と共に射撃が始まる、その間にリナは紛れ込んで逃走し
学校へと戻る事が出来た。
部屋に戻って時計を確認すると時刻は既に深夜1時を回っている事に気付くと共に生きている事を実感した彼女はその場に座り込んで蹲って嗚咽を漏らしながら泣き崩れる。それは留学初日に起きた未曾有の出来事だった。