一章掲載期間中に二章が書けたら続きます。
1話
「英雄たちよ! 魔王を倒し、どうか、この世界を救ってくだされ!」
クラス転移。
知らない世界。
混乱から始まり、困惑し、元の世界に戻るには魔王を倒すしかないと告げられ、怒りと悲しみが渦巻き……
けれど、自分たちに『力』があると知り、前向きになり、乗り気になる。
そして攻略が始まり……
「おい、役立たず! お前はいらねーんだよ!」
追放される。
異世界で、同じ世界の出身。手を取り合って生きるべきだというのは、頭ではわかっている。
でも、無理だった。このクラスには、元の世界にいた時にはあった歪みがそのまま残っていて、力を得て、法律もなく、英雄になれるとうそぶかれて、その歪みはますます強くなっていった。
僕は、反論する気力もなかった。
どんなに自分がこのクラスに寄与してきたか。役立たずなんて言われないような働きをしてきたか。それをアピールしてきたか、訴えようと思った。
……でも、ダメだった。
無駄だと思ってしまう。
どうせ、言葉なんか通じない──僕の言葉なんか、最初から聞く意思がないものだって、僕はこのクラスで過ごした一年と少しで、さんざん思い知らされてきた。
だから僕は、戦わない、しがみつかないことを選んだ。
そうして、この世界で、戦わない、しがみつかない、ただ、自分だけが持っているらしい知識を活かして、授かった能力を活かして、細々と生きていくことにした。
元の世界にも、未練なんかないから。
……それが、ちょうど、三か月前の話だ。
僕はこの時に、もう二度と、クラスの連中と関わることはないだろうと思っていたんだけれど。
……ササイさんが来て、僕の冒険は、始まってしまった。
◆
はっきりと言ってしまおう。この世界はゲームだ。
ただし、R-18ゲームだ。
……僕の歳でそんなゲームをすることが悪いというのはわかっているから、アピールできなかった。
今思えば、最初から、恥ずかしがらずにきちんと、この世界観について知っているということを明かしていれば、僕のクラスでの立ち位置は………………
……まあ、変わらなかった。それどころか、もっと酷い扱いだった、気がする。
発言権のない人間の人生なんてそんなものだ。
何も求められない。差し出せとは言われるけど。
何も変えられない。悪化したら責任だけとらされるけど。
だから……
「お願い、妹を助けたいの。力を、貸して」
あっさり出て行った──追放に抵抗しなかったことを責められなかった事実に、意外さを覚えた。
ササイナナミ。
クラスメイトだ。
僕にとっての彼女は『クラスメイトの女子』というだけではなくって、もう少し特別な属性を帯びている。
『クラス一の美人』。『憧れの人』。『ただ一人、僕に優しくしてくれた人』。
分け隔てない。……属するグループは違った。でも、彼女は、僕にも優しく接してくれた。
まあ、僕の追放を止められなかったのは──どうしようもなかった。彼女一人に、追放の責任を求めるのは間違っている。僕は、そう思っている。
再会した瞬間、つい、嬉しくなってしまうぐらいには、僕は彼女に好意を抱いていた。
好きとか、告白とか、そう言われると何か違うけれど……こうして訪ねてきたからには、お願いの一つぐらいならまあ、聞いてあげようかなという気持ちになる。そのぐらいの人。
……でも、そんな彼女を相手にも、聞けないお願いぐらいはある。
「レイナさんを助けたいというお願いは聞けない」
「……」
「僕は彼女にいじめられていたから」
こうして口にしてしまうと、みみっちい、ケチくさい、情けない言葉にしかならない。
けど、ササイ姉妹──美人の双子姉妹は、メイクや服装のせいなのか、見た目も全然違えば、性格も全然違う。
ナナミさんの妹のレイナさんは、僕を率先していじめていた。クラスカースト一番上のグループの中に彼氏がいた。それも、一人だけが『彼氏』ではない、という噂があった。
……ようするに、性格の悪いビッチ。
その性格の悪さは、僕もさんざん味わわされた。
「だから、僕は力になれない。こんな場所にいないで、帰った方がいい」
ナナミさんから叱責されるのが怖かった。
僕の中の『ササイナナミ』という人物が、都合のいいお願いが断られて、僕を口汚くののしるかもしれない──そんな可能性を頭から締め出したくて、僕はつい、続けた。
まったくの、口から出まかせ、というわけじゃない。
このあたりは『特区』だ。
……というのは国家が勝手に呼んでいるだけで、僕の価値観からすると『スラム』と呼んでしまうのが、わかりやすい。
つぎはぎ布のテントが並ぶ。屋根も壁もない『家』も多い。
廃材を適当に組み立てた僕の家なんかは『高級住宅』に分類される。
ここらにいる人の職業は、一番上等で物乞いか口入れ業。男の子はスリをするか、反社会的な組織の構成員になる。女の子は娼婦。それも、安全性はなく、金払いも悪い客しか相手にできないような娼婦だ。
重苦しい雰囲気はないが、それはこの場所にとっての『身内』になった場合にだけ感じられる雰囲気。
よそものには厳しい。……ナナミさんが僕の場所までたどり着けたのは、僕と容姿が似ていたからだろう。血縁という意味じゃない。このあたりじゃ、日本人顔は、珍しいんだ。金髪碧眼で掘りが深くて鼻が高い人が多いから。
だから『知り合いかもしれない』ということで、ここまで無事にたどり着けたんだろう。
「帰りの安全は保証する」
周囲で話を聞いてる人たちに聞こえるように、少しだけ大きな声で言った。
テント──バラックと呼ぶべきだろうか。バラックはあちこちにあり、その中にも、その外にも、人はいる。スラムの外の者に厳しい、人たちが。
僕は『ある理由』で短期間でここの人たちの信頼を勝ち取れたけれど、その信頼は僕の知り合いすべてを無条件で同じようにしてくれるほどの力はないだろう。
「二度と、近寄らないで欲しい」
ナナミさんからの反応が怖くて、目を下げて、言葉を続ける。
でも……
ほとんど真下にまで下げた僕の視界に、ナナミさんが、入ってきた。
土下座だ。
衛生的とは言い難いスラムの地面に、膝と両手と額をついて、クラス一の美少女が、あの高嶺の花が、土下座をしていた。
それを見て──
……さほど、感慨がわかなかった。
「お願いします。どうか、妹を助けてください」
声は真剣なのに、どこか耳を上滑りする。
「なんでもします」
その言葉はすべてを許可するようでいて、美しい女の子が、男にこの言葉を述べる時、その意味するところは一つだ。
貞操──が、まだ守られているかは知らないが、体を捧げる。そういう意味だろう。
童貞であったころなら、魅力的に思えたかもしれない。
でも今は……そんなことで捧げられても、何か大事なものが壊れるだけで、『やめてほしい』という想いしか、湧かなかった。
……ただし。
ただし、ナナミさんの背中を、後頭部を見ていて。
その長い黒髪を、頭の中で、金髪に変えてみて。
きっちりと身に付けられた制服を、着崩し、改造した、スカートの短いものに頭の中で変換してみて──
『そいつ』が、僕にこうして土下座をしているのを想像してみると。
……驚くほど、いきり立つ。
……ああ、なるほど。僕は……
僕が、欲しいのは。
僕が隠居みたいな暮らしをしている間に、心の中で膨らんでいた願望は、これだったのか。
やはり僕は、人間としての器が小さい。
でももう、自分を変に大きく、誠実に見せたいという……格好つけみたいな、そういう気持ちが、ちっともなくなっているのに、気付いた。
「ナナミさん、なんでもするんだね」
「はい」
「だったら、君の妹を差し出せ」
「………………え?」
ナナミさんが顔を上げて僕を見上げた。
綺麗な顔だ。小さな唇。驚愕に開かれた瞳。目じりは少し垂れていて、優しそう。
黒髪は長い。着ているのはセーラー服。襟首が開いて、胸の谷間が見えた。……大きいんだよな、ナナミさん。それに、その妹の、レイナも。
「君の妹を──レイナを、僕の奴隷にする。その条件を呑めるなら、レイナを助けてやる。どうかな」
「え、でも、それは……」
「『なんでもする』っていうのは、この世界ではそういうことだよ」
「……」
「自分の身を差し出して収まると思っていたんなら、甘い。僕は、あいつが欲しい。あいつを助ける対価なら、あいつが差し出されるべきだ。あるいは──僕なんかに助けられない方が、幸せなまま死ねるかもしれないけれど。どうかな」
「……」
「僕の力を借りて、妹を差し出すか。それとも、このまま帰って、僕のことは忘れるか。選んで」
究極の選択。
ナナミさんはうつむいた。前髪が垂れて、彼女の顔が見えなくなる。
内面は容姿に表れる。
ナナミさんとレイナは、一卵性の双子で、同じ顔をしているはずだった。
でも、性格の悪いレイナの顔には、険がある。
ナナミさんの顔には、それがない。だから、印象が柔らかいし、こうして困った雰囲気をしていると、つい、助けたくなる。
もしもナナミさんが危機に陥っていたら、僕はきっと、反射的に助けただろう。
でも、レイナなら、ちゃんと対価をとる。……僕がクラスメイトたちの中で居場所を失ったのは、対価を求めなかったからだ。尽くすことでクラスの役に立たないと居場所がないと思っていたから、必死に尽くした。その結果、搾取された。
僕は異世界で過ごして、働きに対価を得るべきだということを学んだ。
果たして、ナナミさんは……
「……差し出させます。説得して」
「信用ならない」
「……」
「あいつに言葉が通じると、僕は思ってない。だから、君がする約束はこうだ。『罠にハメても、暴力を振るっても、確実に、差し出します』だ。それが、『なんでもする』ということだ」
「……アサギくん」
ナナミさんが発した声が自分の苗字だったと思い出すのに、一瞬、必要だった。
……僕はアサギタカミネ。その名前で過ごしてきたのに、今はもう、別な名前が、自分の名前になってる。
「アサギくん、変わったね」
「それは、『酷い男になった』っていう意味かな」
「……」
「……ごめん。今のはなしだ。さすがに酷すぎた」
「ううん。……あの」
「……」
「差し出します。妹を。何をしてでも、あなたの奴隷にします。だから……妹を助けてください。あなたの……」
目を閉じる。
クラスメイトから役立たず扱いされた、僕の力。
この世界で得た、僕のチート……
「あなたの、『呪い』の力で」
それを再び、クラスメイトのために使う日が、来た。