クラスメイトが触手オブジェになった日の昼
「カミネ、いつものヤツ!」
ここらの地域は『特区』という名称で呼ばれているけれど、僕にしてみれば、『スラム』と呼んだ方がしっくりくる。
もっとも、僕の知る『スラム』と、その言葉が表す『本物のスラム』との間には、やっぱりなんらかの差異があるようだから、きっと、ここは『特区』という呼び名の方が、正確ではあるのだろう。
特区──何のどのへんが『特』なのかと言えば、ここに集まっているのは、避難民たちであり、もともとの王都の住民ではないというあたりだ。
本来、この世界は、街で暮らすには『市民権』を買わねばならなかった。
大昔の話だ。この国の王侯貴族が、女神に寵愛された勇者を裏切り、淫魔女王に差し出すよりも前……この国家に『冒険者』みたいな『市井から出る、一獲千金を狙ってダンジョンに潜る人』が出ていた、そういう時代の話。
この世界の人は、勇者を淫魔女王に差し出したことで女神の怒りをかい、加護を失った。
加護を失って、呪力(あるいは淫気などと呼ぶこともあるらしい)渦巻くダンジョンにまともに潜れなくなり、ダンジョン攻略と資源の採掘が異世界人に一任された。
しかし、積み上げた歴史が変わるわけではなく、その歴史の中で形成された法制度がいきなり簡単に変更できるわけでもなかった。
女神の加護と微笑、つまり『太陽光』を失って、常に薄暗く曇るようになってしまったこの世界では、不作が続いて、村落がどんどん飢餓によって消えていった。
そういった流れの中で、消えた村落の生き残りは食料を求めて移動し、ついにたどり着いたのが、この王都、ということになる。
が、本来、王都に住み着くには市民権がいる。
それは高い金を出して買わねばならないもので、難民たちには手が出ない。
だがしかし難民は増え続け、無視できなくなった──そこで、『王都の外苑の一部に、市民権を持てない者が住まうことを特別に許す』という事例を出したそうだ。
それ以来、こういった『流れ者の集まる、粗末な通り』を『特区』と呼んでいるらしい。
もちろんというかなんというか、王侯貴族は『特別に住むことを許す』としただけで、特に支援はしていない。
なので流れ者は、一応、腰を落ち着けることはできたけれど、暮らしは自分たちで立ちいかせねばならない。
けれど差別意識というか、非常にリアルな問題で、そもそも、王都にだって、無限の食料や、無限の職があるわけではなかった。
なので、もともと王都に住んでいた人たちと、流れて特区に住むことになった人たちとは、食料および職業の奪い合いで、非常に仲が悪い。
……というような事情でいがみ合いの歴史をたどること百年あまり。特区民と市民との溝は年月が経つにつれどんどん深まり、少なくない頻度で暴力沙汰が起こる。
その暴力沙汰の時、王都の兵たちが肩を持つのは、市民側だ。
なので特区の人たちは互いに協力し合って自衛するしかない。
それは紛れもなく防衛のための団結だ。だからこそ、特区の人たちは、よそ者を警戒する。
特に王家の息が強くかかってそうな者を強く警戒する傾向があった。
そういう状況で僕が受け入れられたのは、僕がこの特区に蔓延する『ある病気』を無償で治療して回ったからであり……
……まあ、細かい話をすれば、『無償でスラムの仲間の面倒を診る変わったやつ』は、利用価値とか、あとは単純に力とかで、このスラムの一員となることを許されたと、そういうわけだった。
決して、『善意が胸を打った』みたいな、感動的な話でないのは、自覚するところだ。
そうしてスラムで暮らして三か月と少し。
僕がここの人たちを治療したのは善意ではないし、善意というのが飯のタネにならないことを思い知らされる毎日だが、それでも、『小さな親切』は、連帯を生む。
その連帯の結果が、今、僕のもとに訪れた少女、というわけだ。
「ああ、マウス。悪いねいつも」
「いいって!」
マウスというのは愛称のようなものだが、それ以外に彼女を呼ぶために使える固有名詞は存在しない。
ニュアンス的には『かわいらしい子』というような意味で、マウスは確かにかわいらしい。
愛嬌たっぷりの笑顔。八重歯。小さくて細いけれど元気いっぱいに動く四肢。
くすんだ銀色の髪を綺麗にまとめて、汚れが目立たないようによく肌を磨いているし、服だって、綺麗なものを着ている。
彼女は娼婦だ。
それも、市民を客にとれる娼婦だ。
市民と特区民との間にある確執は根深いが、『それはそれとして』性欲はあるし、市民の女性は娼婦業を賤業扱いし、嫌がるところがある。
そういった時に市民の男は、特区民の女を買う。
……まあ、それは『上等な客』の話で、『さらって犯す』とか、『犯した上で殺す』とか、そういう過激なことをされていた時期もあったらしい。
最近は特区民が強く団結しているので、報復を恐れて『殺す』まではいかないことが多いようだけれど、それでも『複数人でレイプする』などのことはあって、さすがに報復対象が複数で、しかも誰が誰だかわからないように薬などを使われてしまうと、報復もできず、泣き寝入り、ということになるらしい。
そういう案件を減らすために、娼婦たちが互助会のようなものを組んでおり、目の前の、僕よりも三つ四つは年下に見える女の子が、今の娼婦互助会のまとめ役、ということになっているようだった。
その彼女から何を渡されたかと言えば、薬草の一種だ。
何せ、僕がやっているのは、『治療院』なのだから。
僕がやっている『治療院』は、スラムの人たちの間に蔓延していた『ある症状』を治療して回ったことに由来する施設だ。
その『ある症状』というのが、『淫魔の呪い』。……レイナがかけられたようなやつよりはだいぶ弱いが、それが、王都全体に薄く蔓延したことがある。
原因は僕らだ。
正しくは、僕らをこの世界に拉致するために、王家が淫魔女王の力を借りて、異世界召喚の儀式を執り行った。
その時に使われた淫魔女王の呪力の余波によって、王都には呪いがまき散らされた、というわけだ。
レイナの症状だけ見ていると『とにかくイきまくる』というものにしか思えないが、あの呪いの本質は『
この世界の人々は女神の加護を失ったので聖力も
薄くまき散らされた淫魔女王の力は、王都の人々から生命力を奪っていった。
ただ、さほどの効力でもなかったので、しっかり食べて休めば、『余波』で散らされた呪いごときでは、死ぬほどの徴収はされない。
しかし特区の、今日食べるにも困る子たちだと話は別だ。
もともとギリギリで生きていた彼女らには深刻な衰弱症状が蔓延した……
そこを、僕が呪いを解くことで治したというわけだ。
そうして呪いを解いて衰弱症状を治したところから、『治療ができるじゃん』ということで、治療院をやることになった。
……が、治療なんかできない。僕にできるのは、呪いという女神の加護に頼った解呪と呪術だけで、この世界に転移する前から薬草に親しんでいたとか、そういうことは、まったくない。
当然、異世界の植生もわからないし、薬の調合もできない。
……そこで、マウスが娼婦業・互助会運営の傍らやっていた治療行為を、僕がそのまま引き継ぐことになった。
マウスが用意してくれた薬草を、マウスに教わった方法で調合して薬にして、ここに訪れる人に渡すという、『それ、本当に、僕、必要?』みたいなものが、メインの業務、というわけだった。
まあ、必要らしい。
マウスの仕事が減るのが一つ。それから、『なんとなく、娼婦に薬をもらうよりももらいやすいし、効く気がする』という──プラシーボ効果だな、これは、完璧に。
そういうわけで、どうにか治療院を運営していた、のだが……
「でもマウス、もう薬草はいらないかもしれないんだ」
「そうなのか?」
「うん。薬草の代わりになるかもしれない
「おお! どんなんだ?」
きらきらと目を輝かせるマウスに、少しだけ、罪の意識を刺激される。
「……あまり見てて気持ちのいいものじゃないと思うけど、現物を確認したいなら、見せるだけはするよ」
「見ておきたいなー」
「……わかった。じゃあ、中へ……」
マウスは僕がこのスラムで暮らす上での、重要な後ろ盾だ。
彼女に『見たい』と言われれば、僕は断る術を持たない。
仕方ない。見せよう。
僕は、治療院のうすっぺらな木のドアを開けた。
「うううううう♡♡♡」
……くぐもった声が聞こえる。
マウスが首をかしげ、
「お楽しみ中か?」
娼婦ならではの動じなさで、たずねてきた。
……どう答えようか、少しだけ、悩む。
楽しみでないことは確実だけれど、そうだな……
「いや。家畜の調教中、かな」
このあたりの表現が、適切だろう。
◆
治療院の中に廃材で作り上げたブース。
その中には、レイナを入れてある。
「んううううううううう♡」
レイナは脚をM字に開いたまま閉じられないように棒と縄で固定して、抵抗できないように後ろ手に拘束して、目隠しと猿轡をつけて、今、万能の治療薬を
「んんんんんッ♡」
励起した淫紋による快楽刺激を強めてやれば、くぐもった悲鳴とともに、ぶしゅぶしゅとマンコから汁を吹きだす。
そして、下腹部がグネグネとうごめき……
薬を出産した。
レイナのマンコの下に置いたザルの中に産み落とされたのは、丸い、エメラルドグリーンの、拳大の球体。
これこそが、万能薬──まあ、エリクサーとでも、呼んでしまうか。
この現実の異世界において、ゲームの仕様通りのことができるならば、大抵の病気・怪我は、この拳大の球体を水に溶いた飲み薬でどうにかなるはずだ。
逆らうことを禁じて聞き出したところ、レイナはやはり、『聖女』だった。
そして聖女は万能薬を産むための苗床に加工できる。
……やっていたゲームは、主人公がクラスメイトと四人パーティを組んでダンジョンを攻略していくものだが……
そのゲームでは、使わない仲間をリソース生産装置に加工できるのだ。
与えられている女神の加護の種類によって産み出せるものは様々だったが、聖女は万能薬を産むことができる。
苗床にするためには淫魔の力が必要で、中盤以降、淫魔を一人以上仲間にしていた場合に可能になるわけだが、淫魔にできることは、僕にもできる。
呪いという女神の加護を持った僕がゲームにあった仕様を再現しようと思うと、方法が頭の中に浮かんでくるのだ。……これも、事前知識の賜物ということ、なのだろうか。
知らない技術が、さも馴染んだもののように頭に浮かぶのは、なんとも気持ちが悪い感覚ではあるけれど。
ともあれ、レイナはこのように使い道がある。
「ああ、そうだ、マウス。薬草では治らない重い病気の子はいるかな。ちょっと、この万能薬を試してもらいたいんだけれど。ただ……」
「ほんとに治るかはわかんないんだな」
「うん。知識の上では治るはずなんだけれど、実際にやるのは初めてで」
「よし、まかせろ。これ、どのぐらい作れる?」
「そうだな、この苗床を手に入れてから一週間、加工に三日かかったから、稼働時間は四日で……この球体は、一日に三つが限度だね、今のところ。これを水に溶けば万能薬になるはずなんだけれど、どのぐらい飲ませるべきなのかからわかっていない」
「薄くてよければそのぶん多く作れるのかー。そのへんも探り探りって感じだな」
「ああ、頼むよ」
「その苗床に、休憩は?」
「いらない──と言いたいところだけれど、潰れられても困るし、週に一度か二度は休ませようと思ってるよ。それもここから先の様子を見ながらだね」
「わかった。じゃあ、あたしが窓口になって、渡す相手を選ぶぞ。いいか?」
「いいよ。というかむしろ、それをお願いしたかったんだ」
「カミネ~」
マウスは、にっこりと笑う。
かわいらしい八重歯が、のぞいた。
「おまえ、いいやつだ。またしゃぶってやるぞ!」
僕は苦笑した。
「ありがとう。でも、なるべくなら本番がいいな」
「わかったわかった。よさげな子、回す」
「うん、ありがとう、助かるよ」
レイナのくぐもった嬌声が耳を撫でる。
普通の女の子なら怯えてしまいそうな様子だけれど、マウスはさすが、この世界のスラムで娼婦のまとめ役をやっているだけのことはある。度胸が違うし、それに、損得にドライだ。
……さて。
この光景に耐えられなかった人は──
──ナナミさんは、今、果たして、どこで、何をしているのか?
覚悟や責任を口にするくせに、すべてが中途半端な彼女は、果たして、クラスに戻ることができたんだろうか。
……やっぱり、ナナミさんのことは、少しだけ、気になる。