※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

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三人称
ササイナナミ寄り
時間を少し遡り、レイナが苗床化した直後


15話

「まあ、新しいにおい。どなたかしら?」

 

 ササイナナミが見たその少女は、あまりにも人間から外れて見えた。

 

 美しすぎて、かわいらしすぎる。

 小さく細いが、完成している。

 

 目隠しをしている。黒い、目隠しだ。だが、その下に眼球がないことが、一目見て察せられてしまった。

 鳥籠の上にクッションを敷き詰めたようなベッドに座る彼女は、ふわふわの白いドレスを着て、白い髪を伸ばしていた。長く、長く、伸ばしていた。あまりにも長くて、ベッドシーツをすっかり覆い隠し、それでもまだベッドの向こう側まで伸びている。

 

 こんな髪では動けないんじゃないか──そう思った。不便そうだと思った。でも、それでいいのだと理解した。

 その美しく白く小さい人の足首には、宝石とクッションで彩られた足枷がついている。

 

 閉じ込められた人。

 

 ……確かに、彼女は、誰にも話を漏らせない。

 

 アンデルセンがここに近寄りたがらなかった理由も、なんとなくわかってしまう。

 ……きっと、仕方ない事情があるに違いないけれど、『実の妹』のこんな姿は、兄としては、見ていられないもの、なのだろうと、一目で理解させられてしまった。

 

「もし?」

 

 少女が、返答がないことを不自然がるように声を発した。

 

 なんてかわいらしい声なのだろう、とナナミはまた自失しそうになり、慌てて、返事をする。

 

「ご、ごめんなさい。その……見とれてしまって」

「まあ。異世界の方はみなさん、お上手なのね」

「……ええと」

「カミネ様のお知り合いでしょう? 声の感じ……『伝わる感じ』が、異世界の方のものだわ」

 

 この世界の人々は、勇者を生贄に捧げたその時点から女神の加護を失い、さらに裁きを受けている。

 その裁きの中に『言葉の壁』があった。言語が違う者とは意思疎通ができないという、ナナミたちにしてみれば当たり前のものが、裁きとして刻まれている。

 

 だが異世界人は女神の加護を得ることに成功しており、裁きから除外されている。

 なので、言葉が違おうが、話を通じさせることができる。それが『伝わる感じ』という、独特な雰囲気・ニュアンスとして、感じ取られているようだった。

 

「えっと、カミネ様っていうのは……アサギタカミネくん……です、よね?」

「たぶんそうだわ。わたくしは、『カミネ様』と呼んでいるけれど……」

「……でしたら、クラスメイトです。えっと……御明察の通り……」

「無理に繕わなくてもいいわ。わたくしに礼節なんか、必要ないの。好きになさって?」

「……では……その、私は、ササイナナミです。クラスメイトで、えっと……」

 

 友達です。

 

 ……そう言えればよかった。

 

 けれど、ナナミは、自分をアサギの友人と認めることができなかった。

 こんな覚悟もなく、『良い人』ぶるためにアサギを使っていた自分が、友人なんて名乗ったら、きっと、アサギは気分を悪くするだろうと、そう思うのだ。

 

「ところでササイナナミさんは──」

「えっと、『ナナミ』で、大丈夫です」

「──そうなの? じゃあ、ナナミさん、あなたは、どうして、わたくしのところへいらしたの?」

「それは……」

 

 どう語ろうか、少し迷う。

 

 アンデルセンに紹介されて、連れて来られた。……それが端的な説明なのはわかる。わかるが、『どうして、アンデルセンは、自分を、目の前の足枷でつながれた少女の前に連れてきたのか?』というあたりを説明する時に、どうしても……アサギとのやりとりや、レイナのことに、少しばかり触れる必要があるだろう。

 

 話すか、話さないか。

 話して、何になるのか。

 話すべきなのか。

 

 何もわからない。何も決められない。

 

 ナナミが黙っていると、少女の方が、口を開いた。

 

「ねぇ、あなた、カミネ様の普段の様子を知っていらっしゃるのよね?」

「えっと…………はい」

「だったら、教えてくださらない? カミネ様、普段は何をされているのかしら。あまり、そういうことを聞かれたがらないようだから、こっそり、教えて欲しいわ」

 

 なんと無垢な問いかけなのだろう、とナナミは思わず、微笑んでしまった。

 その微笑には暗い陰があった。

 

 彼女の質問に答えようと思うならば、ナナミは己の罪を懺悔しなければならないからだ。

 

 話題を逸らすか、それとも、黙って帰るか。

 ……帰る。

 

(……どこへ? もう、私のいられる場所なんか、どこにもないのに)

 

 ナナミは──

 

 ──流されるように、語り始めた。

 

「……アサギくんの、普段の様子は……彼はその、理性的な、人で……」

「ええ、本当に、そうよね。本当に、理性的で──ふふ」

 

 そこで小鳥が朝露の甘味を喜ぶような笑いがこぼれた。

 

 美しく可愛らしい少女の唇からこぼれたささやかな笑い。

 だけれど、ナナミは、その笑いが、つい、変な気持ちになるほど、淫靡に聞こえてしまった。

 

 ……アサギの『ゲーム知識』にない──ゲーム知識を超えた、イレギュラー。

 地上で唯一の淫魔還りの媚笑が、ナナミの頭の深いところを揺らす。

 

「ねぇ、ナナミさん。あなたは、カミネ様のことが、好き?」

「…………好き、ではないと思います。……あ、えっと、嫌いという意味ではなくって……」

「ええ、わかるわ。好ましいけれど、恋愛対象ではない──そういう意味よね」

「えっと、はい……」

「きっと、あなたには『好き』という気持ちが足りないのよ」

「……………………え?」

「言葉の選び方で、肩入れしていないのが、よくわかるもの。あなたはきっと、彼の敵ではない。でも、味方でもないのでしょうね」

「…………」

「そんなに『好きな人』と『嫌いな人』に気を遣って真ん中であろうとして、疲れないのかしら……でも、異世界転移者の方々って、そういうところがあるのよね。好きな立場でも、嫌いな立場でもなくて、なんだか少し引いた、真ん中あたりの立場から、人のことを話そうとする、そういうところ。流行なのかしら?」

 

 ……あまりにも。

 

 あまりにも、すべてを見られているかのような、言葉に聞こえた。

 

 好きでも嫌いでもない。

 

 すべてに対して、そうだった。

 

 ササイナナミは誰かを好きになったこともなければ、誰かを嫌いになったこともない。

 

 妹のことは──何か、対抗心みたいなものを燃やされているのは、わかった。わかった上で、『双子の姉妹だから大事にするものだろう』という常識に基づいて、大事にしていた。

 

 好きか嫌いかを聞かれると、困る。

 だって、好きでも嫌いでもないから。

 

 ササイナナミの『優しさ』はつまり、そういうことだった。

 

 何かに肩入れをすることのない、良く言えば中立な精神性。

 しかし、『好き』も『嫌い』もない人間は、コミュニティの一員になることができない。

 

 多くの場合、コミュニティの一員になれない者は排斥・排除される。

 だが、ササイナナミは美しい花だった。ただそこにあって風に揺れているだけで許される花。風が吹いた時にわずかに花弁を揺らして香りを運ぶだけで、人に満足を与える花。だから、今まで、『中立』『傍観』という態度が許されてきた。

 

 だが、花が花であるだけで許されるのは、平和な場所のみだ。

 

 戦いが始まり、生存のための努力が必須となったこの異世界において、ナナミは花ではいられなかった。

 当人もそのことを感じ取って、立ち位置を確保しようとしたけれど──

 

 ──どうしようもなく、ズレていた。

 

 ナナミは、好き嫌いの感情を行動原理にしていなかった。

 ただ覚悟と責任がありそうな方向に進もうとし、実際に、そこまでの覚悟も責任感もない──何かに肩入れし、熱を上げ、『たとえ、世界のすべてが敵に回っても、私だけは味方だ』と言えるような相手を見つけられないまま、立ち位置を決めねばならない状況に己を追い立てただけだった。

 

 誰も好きではないのに、『誰かの側につこう』などということが、できるわけがない。

 

 大変でないうちはモチベーションもなく機械的に可能だが、大変になってくると、どうしても心の中に虚しさが訪れてしまって、結果的に、何にも肩入れすることなく、流されるままに流れていくだけ。

 

 根のなき花のごときもの。それが、ササイナナミという少女だった。

 

「ナナミさん? まだいらっしゃるかしら」

「あ、は、はい。います」

 

 目の前の少女は厚手の目隠しで目元を隠している。

 全身真っ白な中で、その黒い目隠しだけが、浮かび上がって見えた。

 

「わたくしね、カミネ様が好きなの」

「……えっと……」

「だから、どうか、カミネ様の味方をしてあげて欲しいわ。あの方は──なんだか、いつも追い詰められているから。そしてできたら、好きでいて欲しいの。人の気持ちは、強制できるものではないけれど……」

「…………あの」

「なあに?」

「好きになるって、どういう気持ちなんでしょう」

 

 幼児のような質問だ、と思った。

 普段、恥ずかしくて聞けない。でも、誰かに聞いてみたかった。『そんなこと、小学校あたりで、なんとなくわかるもんだよ』と言われそうで、聞けなかったけれど……ナナミは、『誰かを好きになる』という気持ちについて、いつでも、聞いてみたかった。

 

 少女は「そうね」と真剣に考えこんでいるようだ。

 人差し指で下唇に触れるその姿は、真剣なのだろうけれど、あまりにも愛らしくて、つい、顔に微笑が上ってきてしまう。

 

「『この人は、鍵を持っている』と思えること、かしら」

「……鍵、ですか」

「ええ、鍵。その人の前では、誰にも話せないことを、話せる。その人の前では、自分でも知らなかった自分の気持ちが顔を出す。……心の中に、自分でも知らないうちに閉じ込めていたものが、その人の前では溢れ出す──心の扉を開く鍵を持っている人が、好きな人、なのよ」

「……そういう基準だと、私は、あなたのことが、好き、なのかもしれません」

「嬉しいわ! ……けれどね、それはきっと、誤解だわ。だって、あなたは、わたくしに話しかけていないもの」

「……ええと」

「きっとあなたは、壁にも同じ話ができるのでしょう?」

「……」

「だから、あなたの心の奥にあるものは、まだ出ていないのよ。ちょっと緩んで漏れたけれど、でも、わたくしは、あなたの心の扉を開けてはいないのではないかしら?」

「……私は、アサギくんを好きになれるんでしょうか」

「それはわからないけれど、意識してみたら、きっと、今までにないことが起こるものよ」

 

 本当にそうだろうか?

 意識したところで、誰かを好きになれる自分を想像できなかった。

 

 だが……

 

 方針には、なる。

 

「……ありがとうございます。私、どうしたらいいか、わからなくて……」

「何かの助けになったのなら、こんなに嬉しいことはないわ」

「アサギくんを好きになってみようと思います」

 

 ササイナナミは、己の発言の異常性に気付くことはできなかった。

 

 双子の妹を苗床にされておいて、嫌悪感がないのだ。

 酷いことをしているとは思う。あれだけのことをする人の味方でいるのは、社会が許さないだろうなと思われることをしているとは、思う。

 

 だけれど、生理的な嫌悪感というものがない。

 

 社会が許さないので、自分も受け入れなかった。

 誰にも敵対したくない少女がアサギのもとを離れた理由は、言ってしまえば、その程度のものだ。彼女の中に判断基準と呼べるような好悪の感情はなく、ただ、社会性と世間体という、外部基準により、そばに立つかどうかを決めていた。

 

 実際の、ナナミの感覚としては、『レイナが酷いことをした。だから、酷いことをされている』というだけだ。

 ナナミの中では、それで説明がついていた。そして、説明がつくことについて、ナナミは納得してしまえる。それが肉親を酷い目に遭わせる行為だとしてもだ。

 

 そして、その異常さを指摘する、『人の心』のわかる者も、この場にはいない。

 

「私、アサギくんのところに戻ります。……最初に、アサギくんのやることを受け入れようと思っていたはずなのに、逃げちゃって……でも、やっぱり、良くないこと、ですよね」

「さあ? 良くないか、いいか、わたくしにはわからないわ」

「……すみません。でも……とにかく、私は……立ち位置を、決めます。きっと、必要なことだから。本当にありがとうございました」

 

 ナナミは頭を下げ、きびすを返す。

 

 少女はそれを見送り……

 

「きっと、カミネ様にはあなたが必要よ。だって……あなた、とっても()()()()()だもの。──いい(にえ)に、なるわ」

 

 淫靡な笑みを浮かべ、ぺろりと唇を舐めた。

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