主人公とワタナベが城に向かっている最中
クラスの様子
「やっぱり無理だったのよ!!! 帰して! うちに帰して!!!」
しゃがみ込んで頭を抱えて叫ぶ女子。
それを見守る者。
言い争いをする男子。
そして……
「……や、ヤナウエくん、私たち、大丈夫だよね……? ダンジョンを攻略して、帰れるよね……?」
ヤナウエに、『答え』を求める者。
ネコイが発見されてから、クラスの中で渦巻いていたものが、爆発した。
それまでは『異世界転移』『チート』『生身でダンジョン攻略』『ばっさばっさとモンスターを斬り捨てる爽快感』といったものに浮かされていたクラスメイトは、ようやく、見ないように、言葉にしないようにしていたストレスと、直面する羽目になっていた。
……みんな、わかってはいた。
心のどこかでは、きちんと理解していた。
自分たちがやらされているのは、『拉致の上、モンスターが出る、危険な鉱山での労働』であると。
だが、『どうしようもない』という現実があって、だから、目を背けていた。
……この世界で自分たちを出迎えた王族の態度が、自分たちをいたく歓迎するものだったから、そこに誤魔化される
ヤナウエは、もうどうにもならないクラスのみんなを見て……
声を発することさえ、できなかった。
(レイナの時は──目撃者に口止めしたし、一番ひどい状態の時は、俺しか見てなかった。でも、今回は……みんなで、助けに向かってしまった)
選抜をしている猶予はなかった。
レイナの状態を詳しく知っている者は限られている。
だが、レイナが『酷い状態』だったことは、知られている。
だから、『そうなる前に、助けなければならない』という……急ぐような空気があった。
ヤナウエはこのクラスをまとめる立場だが、クラスの支配者かと問われると、当人はうなずけない。
クラスにはどうしようもなく『空気』というものがある。
その『空気』の中で音頭をとるのが自分だ、というのがヤナウエの考えだ。……そういうものもあって、いじめに対する責任感、加害者意識の薄さというのがあったりもしたわけだが。
あの時は、全員で一丸になって、とるものもとりあえず、とにかく駆けつける空気があった。
そこで『メンバーを選抜しよう』などとやっては、クラスのみんなが、自分から離れると、ヤナウエは計算した。
……かつて。
アサギがレイナを治療する前。レイナが、みんなの前で、自分を捨てる前……
ナナミまでもが、出ていく前であれば、あの『急がなければ』という空気の中でも、『みんな、こういう時だからこそ冷静になろう』という一言で、メンバーを選抜して──目撃者を絞っていくことぐらいは、できたはずだった。
だが、レイナのせいで、ヤナウエの格が落ちている。
集団というのは、人の『格』に敏感だ。
こちらの世界に来たばかりのころ、元の世界での力関係──『格』を保持したまま付き合いができた。
攻略に懸命になり、誰よりも最前線で戦い続けたのも、『格』の維持のためだ。
『格』という目に見えないものの強さ、怖さをヤナウエはよく認識している。
それを維持しなければクラスでの立ち位置を維持できないし、誰か、『格』のある者が率先して……『異世界熱』に浮かされている様子を見せなければ、誰も、ダンジョンの攻略なんかしなかっただろうという想いもある。
相手がいかにもなモンスターであろうとも、生き物を殺すのは、嫌なものだ。
しかも、そのモンスターどもは、こちらを殺そうとしている生き物なのだ──最初は、そう思っていた。今となっては、『殺す』程度で済めば、幸せな結末なんじゃないかという予感も、あるけれど。
ヤナウエは『格』に敏感だからこそ、この世界で王様たちに歓迎され、はやし立てられ、祭り上げられながらも、『ああ、この王族の連中は、こちらをゴミのように思っているな』というのを感じ取れた。
そしてこちらの格が相手にとって低いうちは、交渉もできない──アサギの話を誰もまともに取り合わず、同じ人間扱いしなかったのと同じ理由だ。
交渉は、格が同じ二者か、格上が格下に配慮することで初めて成立する。
この世界の人間たちにとって、ヤナウエら異世界人は、『力は認めているが、交渉に応じるほどの格は認めていない』というものだと、ヤナウエは敏感に感じ取っていた。
だからこそ、騙されて、調子に乗ったふりをして、自分自身さえ騙して盛り上げながら、率先してダンジョン攻略を行ってきた。
ここの王族と何かを交渉するなら、少なくとも、ダンジョンを攻略するぐらいの働きはしなければならない。自分たちがチートをもらっていても、それをきちんと操れなければ、力でここの王族を従えることもできないと、そう感じていた。
だからこそヤナウエは計算して行動し、そのお陰で、クラスメイトたちは『初動で揉めたり、仲違いをしたり』といったフェイズをスルーして、ダンジョン攻略に入れた。
もしもヤナウエが行動で示さなかったならば、最初の最初から、帰りたがる者、戦いを避けたがる者、クラスメイトの中から責任者を探そうとする者でぐちゃぐちゃになり、攻略どころではなかっただろう。
ちょうど、今のこの状態のように。
「ヤナ……」
ダンジョン攻略はクラスのために必要で、ヤナウエは、クラスのために努力をしていた、つもりだ。
リーダーとしての自覚がある。だからこそ、クラスにとって最も良いことをしてきた。そのつもりでいる。
「ヤナ」
「……あ、ああ、ウエマツ。なんだ?」
ヤナウエがいつも横に侍らせている、クラスで一番大柄な男──ウエマツ。
彼は肉体一辺倒にも見えるが、物静かで冷静で、頭も決して悪くない。
「アサギとレイナに戻って来てもらおう。それに……ナナミさんにも」
「……」
「ヤナがアサギの機嫌を直して、三人に戻ってもらえば、みんなも、少しは落ち着くはずだ」
ヤナウエは、思わず、『フッ』と笑いをこぼしてしまった。
(『アサギの機嫌を直して』か)
ほんの少し前まで、アサギは『ただの雑魚』で、ヤナウエは圧倒的に上位の強者だった。
だからみんなも、ヤナウエが『アサギへの仕打ちは酷すぎたから、許して迎え入れよう』と言った時に、ヤナウエが許す側で、アサギが許される側だと、自然と受け入れていた。
だが、今……
側近と言えるウエマツからさえ、『アサギの機嫌を直して』と言われてしまう。
特に意識しての言葉選びではなかったのだろう。
だが、ぼろりと漏れたその言葉こそが、今のヤナウエの『格』の下がり具合を示している。
男の社会は結局のところ、『良い女を侍らせることができるかどうか』がかなり見られる。
レイナという彼女がいて、その双子の姉であるナナミを姫のように囲っていた。
男としての魅力が、ヤナウエにはある──美人の双子というアクセサリーで、ヤナウエはそういう『格』を示していた。
ところが、この双子がまとめて、アサギのところに行ってしまった。
(……何もかも、何もかもが、俺の立場を落としている……)
だから、今の自分では、狂騒するクラスメイトたちを抑えきれない。
……アサギならできる──かは、わからない。だが、ヤナウエより可能性が高いと思われているのがアサギなのは、間違いがなかった。
「ワタナベは──たぶん、アサギを呼びに行ったんだろうな」
ネコイを迎え入れて、治療のための部屋に押し込めている間に、ワタナベはどこかへ消えていた。
たぶんだが、アサギを呼びに行っている。
果たして本当に、ワタナベがアサギを連れて来られるかは、未知数だが……
「……わかったよウエマツ。アサギと、話し合おう。まだ俺たちは……協力すれば、先に進める。あきらめるには早い。今こそ、クラスの力を一つにすべきだ」
「……そうだな」
ウエマツが重々しくうなずく。
ちょうどその時──
「悪い、戻った」
──ワタナベが、クラスメイトたちの集うロビーに戻って来る。
その後ろには、アサギタカミネの姿があった。
ヤナウエは立ち上がり、にこやかな表情で、歓迎するように両腕を広げた。
「アサギ! 来てくれたのか!」
そのまま、抱きしめるかのようにアサギに近付いていき──
「ヤナウエ、悪い! 後にしてくれ!」
アサギの『不快感』を察したワタナベに押しのけられた。
まさかそんなことをされるとは思っていなかったヤナウエが、床に倒れこむ。
その姿を一瞥さえすることなく、ワタナベに先導されたアサギが、奥へ進んでいく。
誰も、アサギを阻まなかった。
むしろ通り道にいた者は自ら避けて、道を開けた。
そして、アサギたちが通り過ぎ、扉の向こう──ネコイを収容している部屋へと入ったあと。
視線が、ヤナウエに集まる。
クラス中の目が、床に倒れたヤナウエを見下ろしている。
ヤナウエは……
(……ああ、もう、終わった)
ワタナベがアサギの下についたこと。
そして、自分の『格』が、決定的に、アサギより下になったことを感じた。
……そして、同時に。
(もう、俺たちは、元の世界に帰れない)
それは、ただの直感にしかすぎなかったが……
この瞬間に、クラスの命運が決まってしまったと、そう思った。