ネコイの治療後
ネコイの症状は、媚薬の後遺症だった。
これはレイナと違って、しばらくすれば抜けるやつだ。
そのあたりの旨を説明して、僕が治療をしなくてもいずれ良くなるとも言ったけれど、それでもワタナベは治療を求めてきた。
対価は『城に来る』という時点で支払われているのだから、『じゃあいいや』となるはずもないが……
なんだろう、もう少し、『治るんならこいつになんか頼むんじゃなかった』みたいな、後悔の表情をされると思ったが、そういった顔はされなかった。
さて、ワタナベの話によれば、十五階層攻略中に、いきなり、ボスであるはずの淫魔が出てきたらしい。
そうして追いかけ回され、逃げたが、ネコイが捕まって……
その後、ワタナベの見ていないところで何があったかは、わからない。
だが、急いでヤナウエたちを呼んで、クラスの全員でネコイを助けに行った。
そうしたら、一番浅い階層、入り口近くに、ネコイが……放置されていたそうだ。
放置の内容についてワタナベの説明は回りくどくて面倒くさかったが、ようするに、触手で犯された状態で放置されていて、それで、みんなで必死に触手を斬ったり、抜いたりした、ということらしい。
それを聞いた僕の感想は、『早いな』というものだった。
ゲームの通りであれば、淫魔のダンジョンは全部で三十階層になっているはずだ。
そうしてゲームでも、『わくわくしながら異世界転移無双を楽しんでいたが、十五階層ぐらいで苦戦するボスが出て来て、そうして二十階層ぐらいで、倒したはずのボスと道中でランダムエンカウントする』ということが起こる。
まあ、負ければ同行させたクラスメイトがランダムにスチルの発生するイベントとともに送り返されるのは仕様ではある。
なので十五階層でレイナが送り返されて、ヤナウエたちが逃れられたというのも、まあ、わかるんだ。
各階層は最奥まで行けば、ポータルを使って階層を選んでリスタートできるし。
……ああ、そうか。ワタナベの口ぶりだと、ネコイを見捨てて逃げたあと、浅い階層から普通に入ったのか。ポータルでネコイが捕まった十五階層に行くこともなく、みんなで浅い階層に普通に入ったんだ。
よっぽど、慌ててたんだな。……あのヤナウエが、そんな単純なことも思いつかないぐらい──もしくは、思いついても、クラスの連中に押し切られて提案できないぐらい、慌ててたし、クラスがあいつの掌から零れ落ちてたのか。
そういえばなんだか、ワタナベに連れられて来た時、クラスの雰囲気がお通夜だったな。
「……アサギ」
ネコイがベッドの上で安らかな寝息を立てている。
服を着せることもできないぐらいイきまくって暴れていたので、全裸の女がすぐそこにいて、痛々しいぐらいに充血したマンコが、寝息とともに開閉を繰り返している。
小柄で細いが、充分に興奮できる姿だろうに、僕はやはり、何も感じることができなかった。
ワタナベは、どうなんだろう。
それどころじゃない精神状態なのか、それとも、触手なんかにレイプされた女は、気持ち悪くて抱くっていう対象にならないのか。
「ネコイの媚薬毒は治療した。僕の仕事はこれで完遂された。そうだな?」
媚薬毒というのはゲームの呼び名をそのまま使っているだけで、物質的な毒ではないはずだ。
そういったものの治療は、
ワタナベは相変わらず、地蔵のようにじっと、考えの読めない顔で押し黙ってから、「ああ」と、何か言いたげに声を発した。
「わかってる。対価は払う」
「覚えていてくれたようで嬉しいよ。……とはいえ、取り立てはしない。僕が欲しいのはね、実質的には、『対価』よりも『誠実な対応』なんだ。誠実でない相手とは、今後の付き合いができない。そうだろ?」
「……それも、わかってる。必ず払う──行動で、示す」
「そうか。じゃあ、クラスの連中も集まってるようだし、レギュレーションの発表をしようか」
「……」
ワタナベが『まずい』という顔をしていた。
だが、それで、何か意見を言うことは、なさそうだった。
わかるよ。クラスの今の雰囲気を見てたら、もしも僕が『対価さえ払えば、こちらで誰かを受け入れます』なんて言ったら、崩壊するもんな。
予想はつく。でも、まあ、予想したからって、辞めてやる理由は特にない。
酷いことをしているやつが目の前にいて、その結果、酷いことになるなと明らかに予想できても、お前らは止めたりはしなかったもんな。
ぶっちゃけてしまえば、僕は、ダンジョンを攻略することに、さほど興味がない。
この世界は終わっているけれど、元の世界だって、僕にとっては終わっていた。
理解のない両親。責任逃ればかりの教師。クラスの中には奴隷制が布かれていて、奴隷身分は僕だけだったけれど、それでも、トップグループ以外は、何かの間違いで奴隷になるような空気があった。
わかりやすいいじめは存在しない。無視。『空気読めよ』という強要。『ただの遊び』と言い訳できる状況作り。そして、言い訳の余地さえあれば──いや、たとえ、言い訳の余地がなかったとしても、『ただの遊びだな、よし』と決めつける教師。
学校とは集団行動を学ばせる場だと、誰かが言った。
僕はきちんと学んだよ。
クラスという狭いコミュニティの中で権力者になれば、弱者の人権なんか蹂躙しても、誰も罪に問わないってことを。
むしろ、弱者を『弱者』として際立たせるほど、強者がより強者としての立場を確固たるものにしていって、多くの人間は『最底辺の弱者』を透明化して、安全圏の中で、すぐ隣で起こっている問題なんかないものと扱いながら、『普通の青春』を送っていく、っていうことを。
さて……
透明になるのは、誰かな。
この新しい秩序の中で、『ヤナウエを中心に集まっていた三十二名のクラス』……『
なるほど、ビオトープ学習の楽しみ方はこうなのか。
環境を整備していこう。
まあそのせいで、お前らは絶滅するかもしれないけれどね。