呪術師は、この世界のことを知らなければ、ただのサポート職だ。
根本的にR-18、それも割とダーク寄りなこの世界において、呪術というおぞましい雰囲気の付きまとうクラスは、なんていうのか……その真価が、全年齢向けの戦い方では発揮されない。そういう、職業なのだった。
僕らはまずクラスごと転移させられたが、その後、僕はチートとして『呪い』というスキルを授かった。
そのスキルから逆算した結果、僕の職業は呪術師ということになった。
みんなも、前の世界での経験ややっていたことがもとで、チートが振り分けられたっぽい。
僕が呪いなんていうスキルを得たのも、呪術師というクラスに決まったのも僕一人だったのは、僕が、このクラスでただ一人、『クラスの歪み』を押し付けられていたからだろう──
──ようするに、僕という生贄を作ることで、クラスはうまく回っていた、ということだった。
……まあ、クラスでただ一人、じめじめした陰キャだった。そういうこと、なんだろう。
呪術師としての全年齢的な力は、治癒とデバフだ。
ただ、ゲームと違って、攻撃を受けたら威力が数字でわかるわけでもないこの世界において、敵にデバフをかけ続けている僕の貢献は、あまり実感がわかないようだった。
「アサギくんがいなくなってから……その、『突然、敵が強くなった』の」
言い方はかなり選んでいるらしいことが、ナナミさんの表情と声音からわかった。
僕らは『現場』に急行している。
ナナミさんはその清廉な性格から、『聖女』というチートを授かっていたはずだ。
ともに、僕らは後衛職ということになる。……確か、役割は真逆、聖女はそのままクラス名にもなっていて、全体バフと回復、状態異常解除なんかができるんだったか。
スラム街を駆け抜けていく。
知り合いを見つけて、「家、頼む」と告げた。
気のいい少年はニカッと笑って「任せろ」と応じてくれた。
「……ごめん、それで、話の続きを」
ぬかるんだ地面を駆ける。
……もどかしい。後衛職だから仕方ないとはいえ、こんなに、遅いのか。
やっぱり、まっとうにモンスターを倒してレベルを上げてるだけ、なんだな。
セックスやそれに準ずる行為でレベルが上がります──なんていうのは、誰も発見できていないらしい。……まあ、発見できてはいなくとも、恩恵を受けてるやつは、いそうだけれど。
ただ女を抱きまくっていればそれだけで強くなる、なんていうものでもないのが、この世界の厄介なところだ。
真の意味で恩恵を受けているのは、クラスでは僕一人なんだろう。……ああ、暗い優越感。僕って本当に、人間が小さいな。
「それでも、ヤナウエくんが、力圧しの攻略をやめなくって……」
「……ああ」
鼻で嗤ってしまった。やっぱり僕は、みみっちい。
「……しばらくはうまく行ってたの。でも、だんだん、限界が来て……少しずつ、クラスのみんなが、戦線復帰するまでに時間がかかるようになっていって……でも、ヤナウエくんは、攻略を──ダンジョンの攻略を、なぜだか焦ってて」
「それについては、噂が流れてたよ」
「……噂?」
「うん。王城で暮らしてる人以外は、みんな知ってる。『異世界の英雄が、姫と婚姻を結ぶ』っていう噂」
「……」
「だから手柄が欲しくて焦ってたんだろ。……十中八九、『ニンジン』だろうけどね」
「……ええと」
「ああ、『ニンジンをぶら下げられているだけ』──まあ、婚姻っていうエサで釣って、本当に姫を差し出す気なんか、あったかどうか。……王族も貴族も、狡猾だよ。君らの味方ではない」
実際、クラスメイトたちに王宮とダンジョンの往復以外を許していないのが、いい証拠だろう。
あまり世界とか世間を見せたくないのだ。閉鎖的な環境でずっと情報を制御して、いい気持にさせておいて、使い潰したいだけだ。
「……でも、王子様は、いい人で……」
「第一? 第二?」
「……えっと、第二……」
「その人、暗部の実行部隊だよ。僕に追手を差し向けた人だから」
「追手!?」
「囲い込んでおきたい異世界人が、『追放』なんかされて、『じゃあ、あとは自由に生きてくださいね』なんてなるわけないでしょ。殺されかけたよ」
「……そう、なんだ……」
「でもまあ、今は話がついてる。相互不干渉っていう話、だけどね」
「え、それって……」
僕らはこのまま王城に行き、そこで寝込んだまま目覚めないレイナを助ける。
ちなみに僕がいなくなってから、クラスの連中は十五階層までたどり着いたようだ。
僕がいた時は十四階層まで攻略が済んでいた。
デバフ要員なしで三か月で一階層は『がんばったね』って感想だ。……まあ、嘲笑が混じってしまうのは、もう、どうしようもない。
ともあれ、僕が行くなら、王城に入る必要がある。
それはもしかしたら、相互不干渉の条約に抵触するかもしれない。
「でもまあ、大丈夫。何かあったら、黙らせるよ」
……それでも、僕が、相互不干渉を結びつつ、この王都のスラムにい続けたのは。
あるいは。……ただ一人優しくしてくれたナナミさんに何かあれば助けに行こう──だなんて、そういう、願望があったのかも。
……まあ、他の街に行くのが面倒だったっていうのが、理由の大部分だろうけれど。
「……アサギくん、強いんだね」
「…………ああ、まあ、強いって言われると違和感があるけどね。僕にできるのは呪いだけだよ。そして……レイナがピンチに陥った理由も、呪いだろう?」
「……うん」
助けると決めた時点で、僕らは駆け出したわけだ。
僕側からすれば『僕に助けを求めに来た時点で、だいたい何が起きたか予想がつくから、聞く優先度が高くない』という理由があってのことだけれど……
ナナミさん側からすれば、言いにくかったのだろう。
「そ、その、レイナの症状なんだけど……」
「まあだいたいわかるよ。だから藁にも縋る想いで僕を頼ったんだろう? 解決できるかどうかは──ナナミさんの視点からは、わからなかっただろうね。それでも僕に土下座までした。これ以上、苦しむことはない」
「……でも、言う必要が、あるから……」
「どうして?」
「……私の口から、言わないといけないと思うの。覚悟が、ないと思われたくないから」
「ああ……そういうことなら」
それでも、しばらくの時間が必要らしかった。
スラムをすっかり抜けて、綺麗な石畳の城下町に出る。
王城を見上げる。……この周辺は、二階建て、高ければ三階建ての建物も多い。その町並みから見上げて『そびえたつようだ』と思ってしまう。それほど高く、大きな城。
地下に『ダンジョン』を備えたその場所は、ダンジョンの資源で潤うこの国家の中心地だ。
ダンジョンは『鉱山』なのだ。ただし地下に蟻の巣のように広がる鉱山。強いモンスターや、罠がある、危険極まりない鉱山。
かつてはこの世界の人たちで掘り進んでいたようだけれど、それはもう、第一階層でさえ命懸けという、非常に不安定な採掘だった。
そこでこの世界の人たちは、女神の加護を受けられる人種を、この世界に呼び出す方法を選んだ。
そうして定期的に行われるのが、『クラス転移』──呼ばれるのは学生が多いが、まあ、まとまった数の集団を異世界から引っ張って来る方法、というわけだ。
……このあたりはゲームの知識がないとここまでわからない。
特に、この世界の人々が、すでに『女神の加護を受ける資格のない、呪われた人々だ』というあたりは。
そびえたつ城が近付いて来る。
道の先に、城門が見える。
そこでナナミさんは、ようやく、口を開いた。
「レイナは……ぜ、絶頂が、止まらなくて……」
「下腹部に紋様が刻まれてる?」
「そう……それで、ずっと、ぜ、絶頂してて……どんどん、魔力も減ってるみたいで……わ、私もどうにかしようと頑張ったんだけど……」
「まあ、『聖女』じゃどうにもならなかったんだろうね」
「……うん」
聖女は言ってしまえば『まともな回復役』になる。
毒だの麻痺だの、そういう方面の……まあ具体的な違いはわからないけれど、とにかく、全年齢向けの状態異常を解除する専門家だ。
ところが絶頂紋などは『まともな回復役』ではどうしようもない。
この世界はR-18ゲームだ。
当然、R-18の状態異常が出て来る。
十五階層まで深刻なものに巡り合わなかったのは、運が良かっただけだろう。
症状は出ていたはずだ。……まあ、だからこそ、男はどんどん猿に、女はどんどんビッチになっていくのが、この世界における『ダンジョン攻略』であり……
そうやってエロい目に遭い続ければ、経験値が溜まり、ただ単に戦うよりも、稼ぎができる。
……とはいえ。
これはスラムで色々と活動をしている最中に知ったことだけれど、どうにも、『ただエロい目に遭うだけ』では、経験値は溜まらないらしい。
確かにそれで経験値が溜まるなら、スラム街で娼婦をやってる子らとか、めちゃくちゃ強いはずだからね。
大事なのは、認識だ。
ただ快楽に溺れるだけでは経験値は稼げない──まあ、『苗床END』みたいなもので苗床にされた子がどんどん強くなったりはしないと、そういうこと、なのだろう。
そして呪術師はデバフと回復職だが……
R-18的な意味において、エロデバフとエロ回復の職業なのだ。
この世界観における呪いとは、『淫魔の呪い』。呪術とは、『淫魔の術』。
つまり僕は、今回いよいよはっきりと自覚したけれど、みみっちくて、器が小さくて、いじめられていて、そのくせ、自分をいじめているやつを性的に酷い目に遭わせたいと、そういう欲望を常に渦巻かせて、悶々としていた──そういう性質が、『呪い』というチートをもたらした存在、らしかった。
……まとめると嫌になるな。
でも、もう隠そうとか、誤魔化そうとか、そういう発想がわかない。
……もうすでに、クラスが僕の居場所ではないから、クラスメイトにどう評価されようが構わない、という心情なのかもしれない。
「ずっと、ずっと、酷い状態で……見てられなくて……眠れもしないで、ずっと……だ、だから、レイナを、助けて……! あのままじゃ、死んじゃう……!」
イキ死ぬ。
なんとも馬鹿々々しい響きだけれど、この世界だと、実際にそういうことがある。
この世界には魔力があって、絶頂というのは、魔力を発散する。
男の場合、精子は魔力の物質化だ。つまり、魔力量さえあれば、水分もたんぱく質もなくても絶倫とそういうことにもなる。ただし、空っぽになれば魔力が尽きて、死ぬ。
女の場合はどうだろう、分泌液が魔力で分泌される……って感じじゃないな。よくわからない。
ともあれ絶頂紋が刻まれている──確実に、淫魔と遭遇している。
淫魔はこの世界においては最上級のモンスターだ。
知性があり、モンスターを従えるモンスター。
……ああ、十五階層か。
ボス部屋まではいけたんだな。そこが、『最初の淫魔』との遭遇地点だ。
……そうして、ゲームのユーザーは、思い知らされる、というわけだ。
淫魔──サキュバスが、他のファンタジーとは一線を画す、真に恐ろしい脅威であることを。
そして……
僕ら転移者は資源採掘のための鉱員であるのと同時に……
ある『契約』を結んだ王族から、淫魔に差し出される、生贄である、ということを。
「この世界に救いはないよ」
「……れ、レイナは助からない、ってこと……?」
「そういう話じゃない。ただ……」
「……」
「できれば、君には、救いのない戦いを続けて欲しくない」
「……」
「レイナを助けたら、君も王宮の外に出ることを考えておいて欲しい。……これは、僕へのお礼じゃなくて……」
うまく言葉が出てこない。
クラスに居場所はいらないが、ナナミさんの前では、どうにも、まだ格好つけたいと思ってしまう僕が、いるらしい。
「……あなたのためを想っての、忠告だ。心からの」
言い回しはあまり直接的ではなかった。
僕は、走る速度を上げて、ナナミさんを振り切るように、城門にたどり着く。
……さて。
まずは、中に入れるかどうか。
そして……
僕の『治療』は、拒否されないかどうか。
レイナを助ける熱意は、さほどない。
だから、ナナミさんがどう取り成すかを、見せてもらおう。