ネコイ治療後
主人公がクラスメイトたちの前で『レギュレーション』を発表する時
「お前たちが望むなら、僕は、お前たちを受け入れる。ただし──対価を支払ってもらう」
ネコイを助けたアサギタカミネは、背後にワタナベを従えていた。
……そう、『従えていた』。アサギタカミネの斜め後ろで、石の地蔵のようにジッとしているワタナベの姿は、クラスメイトたちから見ると、アサギタカミネの忠実な配下のように見えた。
クラスメイトたちが集うロビーには、静寂があった。
かつて──たとえば、異世界転移前。あるいは、異世界転移直後、アサギタカミネの追放前。そういうタイミングで、アサギタカミネが『クラス全体に向けて何かを言う』なんてことをすれば、茶々が入るか、そもそも、誰も耳を傾けなかったことだろう。
発言力。
発言力という言葉の意味するところは、実のところ、かなりケースバイケースだ。
たとえば大人の世界であれば、実績や有力者との太いコネクション、ようするに立場・権力などが、その者の発言力を底上げする。
クラスという狭い世界でも、やはり、成績や背後関係……家の太さや先輩との付き合いなど……で、発言力が決まる場合も、ある。
だが、大人の世界に比して、子供の世界では、より顕著に発言力に通じる要素があった。
『雰囲気』だ。
根拠などいちいち考えずとも、『こいつの話は聞かなければまずい』と思わせる雰囲気。
今のアサギタカミネには、そういう雰囲気があった。
「対価は、『一人』だ。男が僕のところに来たいなら、男を一人差し出せ。女が僕のところに来たいなら、女を一人差し出せ。手段は問わない。抵抗できないようにして、僕のところに連れてくれば、その後は僕がきちんと
そこでアサギタカミネが浮かべた表情には、こらえきれない感情が滲んでいた。
喜悦と言うには少し暗い。憤怒と述べるにはもう少し複雑で、憎悪と呼ぶには、なんらかの期待めいたいものが混じりすぎている。
彼が何を思い、何を考えているのか?
……誰も、わからなかった。
ただ、ろくでもない言葉がこの後に飛び出すんだろうなという予感だけは、誰もが覚えてた。
「──僕のところに来るための対価は、『時価』だ」
その表現でピンときた者は、クラスの中でも少数だった。
反応を見て、アサギタカミネが言葉を続ける。
「遅くなればなるほど、払うべき対価は上がっていく。今、この時なら、『一人が来るには、一人』でいい。けれど……そのうち、『一人が来るには二人』にする。『三人』『四人』と増えていく──まあ、四人だともう、無理かな」
クラスメイトは、三十二人。
そこからアサギタカミネ本人と、行方のわからないササイナナミ、すでにアサギタカミネに『もらわれた』ササイレイナを除いて、二十九人。
そこから恐らく、すでにアサギタカミネについているワタナベと、そのワタナベに助けられたことから、きっとついていると思しきネコイを除くと、二十七人。
『対価』が増えるならば、もう、アサギタカミネ側に着くチャンスを持つ者は、十人もいないと考えるべきだろう。
……つまり、アサギタカミネの宣言は。
クラスで、『いつ、クラスメイトを売って、アサギタカミネ側につくか』というデスゲームを発生させるものだった。
「馬鹿なことを言うな!」
そこで叫んだのは、メガネをかけた、理知的な顔立ちの男子……
男子の中では珍しい回復・補助のヒーラー、インドウだった。
「クラスメイトを売ってお前の側につく!? ふざけるなよ! そんなことをするやつなんか、いるわけないだろ!」
「そうだな。僕も、それを願っているよ」
「…………なんだと?」
「正直な、僕のこの提案は、『救済措置』のつもりでいる。お前たちを助けたくなんかないけれど、クラスメイトを見殺しにするのも気が咎める。だから、一応、チャンスはやってる。それだけのことだ」
「……何を、」
「ダンジョンを最奥まで攻略できると本気で思っているのか?」
「……」
「ダンジョンを攻略したあとで、元の世界に帰れると、本当に信じているのか?」
「…………」
「僕はこの世界で生きていく道を……はんっ。『クラスメイトのよしみ』で提示してやってるだけだよ」
「クラスメイトを売れという提案がか!?」
「お前、
「……」
「暮らしていくには生活費が必要だ。それが湯水のように湧いて来るとでも? ……いいか、『クラスメイトを売れ』というのはな、『その金をお前たちの生活費にあてるために』という話でしかない。それともお前たちは、追放した僕が、お前たちに飯の種を──まあ、もう飯はいらないけど、生活の色々なことに使う糧をくれてやって、この世界で何不自由ない暮らしをさせてやる義務があるとでも、思っているのか? ……まあ、思ってそうだよな。お前たちは──僕に不利益を押し付けて、のうのうと生きるのを、当然と思っているような
アサギタカミネが、インドウに近寄った。
インドウは、気圧されるように半歩後退したが、それより早く、アサギタカミネが、インドウの肩をぽんと叩き、耳にささやきかける。
「クラスメイトを売るのは、酷いことだもんな、インドウ」
「……」
「じゃあ、お前たちがしてたことは、なんなんだ? 僕一人に『歪み』を押し付けて、のうのうと学校生活をしていたお前たちは、僕を売っていたようなもんじゃないか、なあ?」
「それは……」
「なのに今さら高潔ぶるなよ。やっぱり、クズだろうがゴミだろうが、言行不一致野郎よりも、一本筋の通った、一貫性がある方が、僕は好ましく思う。見ろよ」
アサギタカミネは……
黙り込んでしまっている、ヤナウエの方を見て、軽く笑った。
「あいつ、今、誰を犠牲にしようか考えてるぞ」
「!? そ、そんなことは!」
ヤナウエが慌てて否定するが……
このタイミングでその態度は、クラスの中に、疑心を生み出し、育てるだけだった。
「あえて、言うよ。……ヤナウエ、お前だって、僕は迎え入れる。みんなに平等にチャンスがあるんだ。だから──暴力でもいい。謀略でもいい。ボコッても、騙しても、なんでもいいよ。僕のところに、対価を届けろ。そうしたら、この世界での生き方を教えてやる。ああ、でも、あんまり女子の顔とか体に傷をつけるなよ。商品価値が落ちるからさ」
アサギタカミネはクラスメイトたちを見回した。
クラスメイトたちが、視線を逸らすのを見て、馬鹿にしたように鼻で嗤う。
それから、
「ワタナベ、じゃあ、待ってるよ」
ワタナベの肩を叩いて、クラスメイトたちのいるロビーから、去って行った。
残されたクラスメイトたちは、静かに、しかし、じっとりとした視線で、お互いの顔を窺っている。
……誰が、最初に裏切るか。誰が、誰を、
──デスゲームが、始まった。