『クラスメイト、誰が誰を売るかなデスゲーム』の開始から二日後
「早かったねワタナベくん」
クラスメイトは大別して二種類いるんじゃないかなというのが、最近、思ったことだ。
一つは『どこでも生きていけるやつ』。
たとえばワタナベなんかがそうで、元の世界にいた時には元の世界なりの、そうして、こうやって異世界に来れば異世界なりの『常識』に馴染んで行動できるやつ。
葛藤とか罪悪感とか、カルチャーギャップは覚えつつも、なんだかんだ
そしてもう一つは、『生きていく世界が限られているやつ』。
たとえば僕は、このタイプだ。
元の世界では、生きていけない──生存はできるかもしれないが、平均以上に上がることは、どうしたってできない。住んでいる世界と、自分の個性とが近くないと適応できない。そういうタイプ。
そしてたぶん、ヤナウエも、このタイプだ。
あいつは元の世界でしか生きていけない。
この世界で過ごす限り、きっと、死ぬまで苦しみ続けることだろう。
だから、ワタナベが対価を用意するまで二日というのは──まあ、予想通りと言ってしまっても、いいだろう。
ただし、完璧に予想の通り、というわけではない。
「ねぇ、ワタナベ! どういうこと!?」
「お、おい、ワタナベ……ワタナベくん! あの、お、俺、アサギの仲間になりたいって、その、なんかの間違い、だよな……?」
「……」
騒ぎ立てる者。察して黙り込む者。
反応は二つに分かたれた、けれど……
まずは、ネコイの治療の対価として、キサキ。
そして、ワタナベが僕の側に来る対価として、スドウ。
それから……ネコイを僕が受け入れる対価として、ニナカワ。
合計三人が納品された。
せいぜい、ネコイを治療に向かった対価しか支払われないものと思っていたので、これはちょっと意外だ。
だが、結果から逆算すると、実は驚くほどのことは起きていないのかもしれない。
少しだけ、僕が想定するよりも、クラスが限界だった。
僕が思うよりも、この世界で生きていくことへの絶望感を強く覚えていて、ヤナウエのリーダーシップが減じていた。
だから、クラスそのものの動きが早かった──たぶん、そういうことなんだろうな。
「それにしても、意外だな。ネコイさんが、キサキを僕に差し出すことを許すなんて」
治療院の床に縛られて転がされた三人は、当然、クラスメイトなのだから見知った顔ではあるが……
僕はあまり、クラスメイト同士の関係性に詳しいとは言えなかった。何せ、多くのクラスメイトが当たり前に享受している『学校生活』『友人関係』『青春』みたいなものと、僕はまったくの無関係だったのだから。
それでも、僕が把握している関係というのがある。
ネコイとキサキ。
ネコイは小柄で細い、クラスメイトなのに年下みたいに扱われていたやつだ。
そしてそのネコイの庇護者としていつも横に立っていたのが、キサキ。背が高い、かっこいい系の、今、そこで転がされて、黙り込んでる女だ。
静かなぶんだけ横の二人よりは好ましいが、まあ、別に僕が今一瞬だけちょっとした好ましさを覚えたところで、こいつらの末路が変わるわけでもない。
だから『扱いをどうしようか』という話ではまったくなくって、ただ単に、僕にもわかるぐらい仲の良かったネコイが、キサキをこうして差し出すことを了承した感じでそこに立っているのが意外だなと思って、言葉が口をついて出ただけだ。
果たしてネコイは、
「……コウちゃんは、あたしを裏切ったから」
コウちゃん──ああ、キサキの下の名前か。
僕はクラスメイトの下の名前さえ、思い出すのに少し時間がかかってしまう。
『普通の学生生活』みたいなものを取り上げられていた横で青春をしていたこいつらが、裏切っただのなんだのと、酷いことをされたみたいな顔をして言う様子には、つい、失笑してしまうけれど。
「まあ、あとでゴネないならいいよ。じゃあ、ワタナベくんとネコイさんを受け入れよう」
「ねぇ、アサギ……」
そこで横に立つワタナベが、発言者であるネコイをぎょっとした目で見た。
何かまずいことを言いそうだと、ワタナベは判断しているらしい。
興味がある。
ワタナベを片手で止めて、ネコイに言葉を続けさせた。
「……コウちゃん、どうなるの」
「一応、ワタナベに確認しようか。僕が女子をどうするかは、伝えてないのか?」
「伝えた。何度も」
「だ、そうだけれど」
「娼婦でしょ。聞いた、けど……しょ、娼婦って、どういうこと? その、それは……いつ、終わるの? いつ、払い終わるの……?」
「?」
ネコイの頭の中には、僕の想定していない『常識』があって、分析に少しばかり時間がかかる。
だが──ああ、そうか。そうなのか。そうだよな。
わかってしまえば、面白い勘違いだ。
そういえばネコイは、この世界のことを大して知らないんだよな。それは、ワタナベもそうだし、ヤナウエも、そうだ。
「娼婦っていうのをさ、もしかして、大学生が就職前に学費を稼ぐためにやる風俗嬢みたいなものと思ってる?」
「……え、だって、え、えっちなことするんでしょ? だったら……」
「確かに若くないと人気は落ちるね。で、人気が落ちた『後の人生』について聞きたいわけだ。なるほど、そんなに長く、この世界に骨を埋める覚悟はできてるんだね」
「……だって、ダンジョンをクリアして帰るとか……無理でしょ、あんなの……だから……」
「『後の人生』とか、ないよ」
「……は?」
「まず、この世界には人権思想がない。そして、『異世界出身の女』っていうのはね、『何をしてもいい、後腐れのない女』ってことだ」
「…………え」
「この世界の娼婦は、娼婦で互助会を作ってる。不当な扱いをすれば報復をする、そういった意味での互助会だ。だから、そこそこ──まあ、元の世界に比べたらたぶん酷いんだろうけど、命を奪われたり、後遺症が出るような怪我を負わされたり、そういうことがないように、連携して守ってもらえる」
「……」
「でも、異世界出身の女に、そういう後ろ盾はない。だから、年老いて稼げなくなったら死ぬだけだよ」
「…………は?」
そこでネコイが見た先は、僕ではなくてワタナベだった。
『話が違う』と、その目は言っている。が……
まあ、そもそも、話なんかしてないんだろうな。
ネコイの発言は全部が、『ネコイが勝手にそう思っていただけのもの』だ。
……いいよな、『普通』という概念に敵対されたことのない人生を送れたやつは。
ネコイの中では、僕がいじめられるのも、普通のことだったんだろう。
そして、その『普通』が変わるとも、牙を剥くとも、思っていなかったんだ。なんだかんだ、自分の思う『普通』は永遠不変で、自分が想定しえないようなことは起こらないって、そう信じ込んで生きてこれるぐらい、幸せだったんだろうな。
「キサキをこうして差し出したことも、『ちょっとした報復』ぐらいのつもりだったのか? 『自分が凌辱されたから、お前も凌辱されろ』って? 馬鹿じゃないのか? そんな程度で済むはずないだろ」
「……」
「お前は『運よく助かった』んだよ。普通の運勢の人は、普通に死ぬだけだ」
「え、そん……な、嘘、でしょ?」
「今ならまだ『処置』もしてないし、やめるならやめてもいいけど、どうする?」
「ネコイ」
ワタナベが、じっと、ネコイを見ていた。
相変わらず地蔵のような男だ。その表情から、内心は窺えない。
ただ、強い意思がその視線に籠もっているのだけは、僕から見ても、よくわかる。
ネコイは──どう受け取ったのか。
「……だめ。無理、無理……! そ、そこまでするつもりじゃ、なかった……し、死ぬ? 死ぬって……死ぬまで娼婦って……あ、アサギは、なんでそんな酷いことができるの……?」
「これを『酷い』と言うような感覚なら、確かにお前はクラスに帰った方がいい」
「ネコイ! よく考えろ!」
「何を!? わ、ワタナベ、あたしを騙そうとしたんだ……だってあたし、コウちゃんに、そこまで酷いことできない……あ、あたしを見捨てて行ったって言っても、死んでほしいまで思ってない……!」
僕はつい、鼻で嗤ってしまう。
ネコイににらまれて、『なんでもないよ』と首を左右に振った。
こいつは優しさとか、正義感とかから、キサキに『そこまで思ってない』と言ってるわけじゃない。
ただ、罪の意識を感じたくないだけだ。
自分の横で誰かが飛び降り自殺をするなら自分のせいではないが、死ぬ誰かの背中を押す覚悟はない──そういうヤツだ。
ワタナベは、必死だ。
頭一つ分も小さいネコイの両肩を掴んで、地蔵らしからぬ感情を発露している。
「ネコイ! 頼むから考えてくれ! 今戻ったら、『アサギから帰された』と思われる! そしたら、誰かがお前をここに連れて来るぞ! お前が──娼婦として、売られることになる!」
「なんで!? そんなことないよ!」
「あるんだよ!」
ワタナベが正しいなあ、これは。
ネコイみたいな『覚悟のないやつ』は大量にいるだろう。
そいつらには言い訳が必要だ。『こいつは犠牲になってもいい、仕方ない』と言えるだけの言い訳が。
ヤナウエはその点で言えば立派だったよ。
あいつだけが、あいつの意思で、僕をターゲットに定めた。
他の連中は、自分では誰かをターゲットに定めて被害に遭わせることはしたくないけれど、蹴落としていい状態の誰かを見ればすぐに足蹴にする、覚悟のないやつらばっかりだった。
『ばっかり』なんだ。
だから、僕から帰されたネコイは、罪の意識を死んでも覚えたくない卑怯者どもの中で、『犠牲にしてもいいやつ』に認定されるだろう。
連中の思考は二転三転してアクロバティックにねじれて、とにかく自分が罪の意識を感じなくていいような肉付けをするからな。理屈はどうだっていい。連中が探してるのはなんとなく弱そうなやつだから。だから、ネコイは戻ったら狙われる。
狙われるやつは、何か悪いことをしたから狙われるんじゃないんだよ。
ただ、狙うやつが、狙うやつの頭の中にしかないロジックで、『狙ってもいい理由』を組み上げやすい特徴があるから、狙われるんだ。
ワタナベはそのことをよく理解していた。
ネコイは、まったく理解していないようだった。
二人の言い争いは、ヒートアップしている。
いや、争いでさえない。ロジカルに状況を説こうとするワタナベと、とにかく『わかんないわかんない』と聞かないネコイの……なんだろうな、あれは。『おぎゃあ、おぎゃあ』みたいな感じだ。
少しの間は見てて面白かったけど、いい加減うるさいだけだな。
「二人とも、そういう話はよそでまとめてきてもらえないか?」
「だっておかしいでしょ!?」
「ネコイ! アサギに逆らうな!」
「ワタナベもどうしちゃったの!? なんでそんなアサギに弱いの!?」
「ワタナベ、ネコイ」
「アサギもアサギだよ! なんでアンタはこんな酷いこと──」
パァン!
……という音に、つい、僕まで驚いてしまった。
ワタナベが、ネコイの頬をひっぱたいていた。
ネコイは頬をおさえて、信じられないような顔で、ワタナベを見上げていた。
ワタナベの声には、ドスが利いていた。
「ネコイ、いい加減にしろ」
「……え、だ、だって……」
「……頼むから……頼むから、黙ってくれ……! 助かって欲しいんだよ……! 俺は、ネコイに、助かって欲しい……! 頼むよ……!」
すごいな、ここまでできるのか。
あるいはここまでできてしまうぐらい、僕を恐れてるのか。
ワタナベには比較的穏やかに接してるつもりなんだけれど。
僕が何か明確な指示を出さなくても、僕の意図と機嫌を読んで、損ねないように勝手に──忖度して、行動する。
これが、ヤナウエの送ってきた人生か。
強者の人生。視線の向き、吐く息の一つで、人が意のままになる、人生。
……心底くだらないな。
生きていくのが嫌になりそうだ。
「……で、どうする?」
だいぶ冷めていることを自覚しなければならなかった。
ワタナベも、ネコイも、そこで転がるキサキも、何かをわめき始めるスドウやニナカワも、どうでもいい。全員まとめて帰ってもらっても構わないと思えるぐらいに、どうだってよくなってきてしまった。
……でも、まあ、アンデルセンとの密約もある。
アンデルセン個人の願望は、それもまたどうでもいい。けれど『小さな淫魔』には借りがある。
借りぐらいは返そう。それが人間関係だと思うから。
アンデルセンとの密約により──クラスメイトを、僕の支配下に置く。
女子も全員を娼婦にするつもりは、実のところ、ない。
キサキなんかには別な用途があるから、今、ここでネコイに語ったことは、全部無意味──『娼婦ってどういうものか、いつ終わるのか』という問いへの正確な回答ではあっても、『キサキが辿る人生について』という情報ではなかったりもする。
それで大騒ぎしてるんだ。馬鹿らしい。
滑稽で楽しめるかと思ったけど、辟易が勝る。
「俺たちは、お前……あなたに、つく。アサギ……さん、これから、よろしく」
ワタナベは降った。
ネコイは、黙ったまま、動かない。『頬を張られる』という程度でそんなに衝撃を受けてるんじゃ、これから先苦労しそうだな。
まあ──『ワタナべに』頬を張られたこと、がショックだったんだろうけれど。
「そうか。では、迎え入れよう。……ただ、あまり面倒をかけないでくれると助かるな」
「わかってる。ネコイにも、よく言っておく……」
さて。
元々、三十二名のクラス。
僕とレイナがここにいた時点で、三十名。
ワタナべ、ネコイが裏切り、ニナカワ、スドウ、キサキが生贄にされて、残り二十五名──
──ああ、そういえば、ナナミさんも行方がわからないんだったか。
じゃあ二十四名。
一人につき一人を生贄に出せるとしても、『助かる』のは残り十二名。
『時価』とは言ったが、脅し文句のつもりで実行するつもりはなかった。でも状況によっては、本当に値段を吊り上げることも考えておこうかな。
そもそも男女比は崩れてしまっている。
男が来るなら男を──と限定したのは、深い意味はない。ただ、男は前衛も多いし、その気になれば、男が複数人で女を暴力的に従える手段がとれてしまう。それはつまらないなと思っただけのことだ。
きちんと悩んでクラスメイトを売って欲しい。
罪を犯せ、己の意思で。勢いやノリじゃなくてさ。
罪を自覚しろ。お前たちに足りないのは、『悪いことをしていると思いながら、悪いことをする覚悟』だ。
「じゃあ、スドウ、ニナカワ、キサキは『処置』をしておく。とりあえず──マウスっていうくすんだ銀髪の女の子を探して、住処をもらってくれ。これだけ大騒ぎしたんだから、話はすぐに通るはずだ。さ」
治療院の外を示す。
ネコイは立ち止まっていたが、ワタナベが強引にその手を掴んで引っ張って行った。
……二人が、出て行く。
さて。
「あ、アサギくん……アサギくん、その、今まで酷いことをして、ほんっとーに悪かった! だから、どうか、許して……」
この中で、僕への加害行為に直接加担してたのは、スドウだけか。
ヤナウエの腰巾着。強者にこびへつらうことが上手いだけのクズ。
僕は憎悪を個別に管理する。
キサキもニナカワも『無関係な他人』だが……
スドウは、『関係者』だ。
「アサギ……アサギくん、その、や、ヤナウエに恨みがあるんだろ? 協力する。俺なら、ヤナウエに警戒されずに色々仕掛けることもできるし、だから……」
「発言を許可した覚えはないな」
「……」
「大丈夫。お前の使い道は、お前ごときが頭を捻らなくても、僕がすでに考えてあるよ。でもね、その用途に邪魔なものがあるんだ。だから……」
「……ひ」
「とりあえず、喉と目を潰そうか」
「や、やめ……」
憎悪は個別に管理するが、仕返しがふさわしいかどうかは、僕が主観的に判断する。
元の世界でされたことがこの世界でどういう行為に相当するか。
そのレートの管理は、僕がする。