ササイナナミ(ダンジョン? で行方不明になってる人)視点
※21話の続きです
「ササイ」
「……え?」
ササイナナミが意識を取り戻すと、そこは──
──体育館。
高校の、ではない。記憶にない場所、というわけでもない。
もっと前に通っていた学舎の体育館……
(あれ、私、異世界に行って……?)
ササイナナミは記憶を探る。
すると確かに、自分は異世界に転移して……それから、戦ったり、アサギタカミネが追放されるのをただ黙って見ていたり……
妹のレイナが酷いことになって、アサギに助けを求めて、それから……
……粗末な治療院。
用意された
その中で、『産まされる』レイナ──
(──幻じゃない。でも……)
ナナミは自分の体を見下ろす。
……やっぱり、昔の姿だ。『ササイ』と書かれた体操服。目の前には見覚えのある顔──体育の先生。
まだ二十代ぐらいの若くて格好よくて、人気がある先生だ。
いつもニコニコしていて、みんなから好かれていた。
「悪いんだけど、今日もちょっと、手伝ってくれないか?」
「あ、は、はい」
状況はさっぱりわからない。
なぜか……過去に戻っている?
わからない。過去に戻っているのか、これは幻なのか。
はたまた、進学して、異世界にクラスで転移するというところが、そもそも妄想だったのか……
わからない、けれど。
ナナミは断る理由を思いつけず、ほぼ反射的に、返事をしていた。
クラスメイトたちが「先行ってるねー」と言いながら、体育館から去っていく。
……その時、ナナミは違和感を覚えた。
(……あれ、今の子たち……私のクラスメイトじゃなかった、ような)
何もかもが不可解。情報が足りない。
その混乱の中で、体育教師についていき、体育館内の倉庫へと入り……
扉が、閉められる。
「………………え?」
体育教師が、後ろ手に扉を閉めている。
その顔は笑顔だった。でも、いつも見るような、爽やかな笑顔ではなかった。
「ササイ、じゃあ、今日も『レッスン』をしようか」
「え、あの……先生?」
「なんだよ、初めてみたいな声出して。それとも、写真をバラまかれたいのか?」
「……写真?」
「なんだ、見せて欲しいのか? ほら──」
体育教師がジャージのポケットを探り、スマホを取り出した。
そして、『写真』を見せてくれる。
その写真は……
全裸に剥かれた、少女の写真。
あられもなく股を開いて……あろうことか、その股には何かの器具まで取り付けられている姿を収められた写真。
一目で性的な暴力を受けているのがわかる写真が、何枚も何枚も、教師が指を滑らせるたび、次々に出て来る。
「──よく撮れてるだろ? ああ、心配するな。バックアップはきちんととってあるからな。先生とササイの思い出だもんな」
「…………先生?」
爽やかで、人気者の、若い先生。
でも、その記憶と、目の前の人物はあまりにも違って……
目の前の人物は、
「
ナナミの妹の名を、呼ぶ。
……瞬間、断片的な違和感が、ナナミの頭の中で結びつく。
さっき別れを告げたクラスメイト。
あれは、ナナミではなく、レイナのクラスメイトたちだ。
この視点は。
この幻は……この、悪夢は。
レイナの、記憶。
「なんだよ、処女はとっておいてやってるだろ? 尻でいいんだって。ほら、お尻を向けて、ズボンとパンツを脱ぎ脱ぎしよう。な? いつもやってることだろ」
爽やかで人気者の若い先生。
その、醜悪な面に、ナナミは思わずあとずさる。
倉庫に置いてあったマットのふちに足をとられ、後ろに倒れてしまう。
先生が、覆いかぶさるように、迫る。
「なんだよ今さら──ああ、そうか、そうなんだ。レイナは本当にかわいいやつだなあ。そうやって、怖がってるフリをすると、先生が燃えること、わかってるんだもんな」
「え、あ、ち、違……」
「わかってるって。結婚しような、レイナ。レイナが大きくなったら……大丈夫。レイナのお母さんも、お姉ちゃんも、きちんと面倒をみてやるよ。お前のお母さんは美人だし、お姉ちゃんも、かわいいから。みんなまとめて、俺が。な?」
身勝手な理屈をべらべらと並べる醜悪な大人が、まだ小さいレイナの体に覆いかぶさって来る。
これはどこまで本当にあったことなのだろう。それとも、全部、幻なのだろうか。
(違う。……違う、そうだ、これ、は……)
ナナミは、思い出した。
大好きだった体育の先生が、突然、怪我をして、それから転任したこと。
覆いかぶさって来る、この体の視点だとあまりにも大きい、大人の男。
子供の体ではどうやっても抵抗しようのない相手。
「お父さんいないんだもんな。俺に甘えていいぞ。それに……母子家庭で、美人の双子姉妹なんだからさ。こういうことバレたら、お姉ちゃんも、お母さんも、大変な目に遭うぞ? だからほら、そんなにがっちり股を閉じてないで。ズボン脱がせにくいだろ」
教師の手が、体操服のハーフパンツにかかる。
ナナミが、あまりの恐怖に固まっていると──
「──クソ野郎!」
体が勝手に叫び、何かを手にして、思い切り、教師の頭に叩きつけた。
それは、室内サッカーなどで、ゴールを安定するために乗せる重りだった。
レイナの体には重い。けれど、貞操の危機が、驚くほどの力を発揮させた。
教師が頭をいきなり殴られたショックからか、体を起こす。
レイナの体は、すぐに立ち上がって、すぐそこにあるものに、とにかく手にした重りをぶつけた。
それはちょうど、男性の股間にある弱点にぶつかる。
悶絶してのたうち回る教師に、何度も何度も、どこでもいいから、とにかく重りをぶつけまくった。
……ナナミは、思い出す。
教師が体育倉庫で『器具の崩落』に巻き込まれて、怪我をした。
そして、体育倉庫は立ち入り禁止になり……
体育教師は、別れの挨拶もなく、『転任』した。
そういうことが、あった。
ナナミは『みんなに好かれてた先生だったのに、大変だなあ』と呑気に思っていたが……
その裏で、レイナが、本当に、こんなことをされていたとしたら。
自分はなんて能天気で、のうのうと生きていたのだろうと、思い知らされる。
……景色が、薄れて消えていく。
そして……
「あれえ? この記憶じゃ、心折れないんだ? じゃあ、また別の……」
艶っぽい、女の声が響き……
景色が映り変わる。
◆
電車の中だ。
少しだけ月日は経っていて、体育教師にレイプされかけたあの日から、体は大きくなっていた。
制服は……今のブレザーではない。これもまた、今の学校に入学する前の時代だろう。
いきなり、お尻に何かを入れられた。
「っ!?」
満員電車。身動きがとれない。
今となっては『体育教師』が理由だとわかるけれど、レイナは進学先を、電車に乗った先の遠めの学校にしたがった。
ナナミはこの時期、別な学校に通っていて、レイナとは全然違う道を歩んでいた。
レイナの体が後ろに手を回して、尻の穴に何か……たぶん軟膏みたいなもの……を入れてきたヤツの手を掴もうとする。
だが、できなかった。その前に、動きが止まってしまう。
猛烈な腹痛に襲われたからだ。
(なに、これ……まさか、下剤、入れられて……?)
入れられた途端に動けないほどの腹痛が来るような、下剤。
それを満員電車の中で、いきなり入れられる……
「お嬢ちゃん、お腹痛いねえ」
ねっとりと、脂っこい、中年男性の声がした。
耳元にかかる息が、臭い。それは、実際の臭気以上に、この声の主に対する嫌悪感によるものだ。
「漏れないように、おじさんが塞いでおいてあげるね」
声は小さかった。恐らく、他の乗客に聞こえないようにしているのだろう。
けれど、不快感とともに、その声はレイナの耳にはよく届いていた。
何をするつもりなのか、と想像するより早く、お尻にまた何かを入れられる。
指だ。
知らない中年男の指が、お尻の穴に入っている。
その指は、愛撫するようにお尻の穴の中をぐにぐにと動いた。
腹痛と不快感で脂汗が出て、手にも首にも背中にも、ジンマシンのような鳥肌が立った。
指はレイナの肛門の中をしつこくほじる。
気持ち悪くてたまらない。
ナナミは──
レイナの思考を、感じた。
──なんで、あたしばっかり。
レイナは責めていた。自分ばかり、謎に被害に遭う事実。そういう巡り合わせを用意した世界。あるいは、自分と同じ顔、同じスタイルのはずなのに、何も不安なんかないかのように、のほほんと生きている双子の姉のナナミ。
それから。
──ママ、なんで、あたしにばっかり、『我慢しなさい』って言うの。なんで、ナナミばっかり、守るの。なんで。
ナナミの知らなかった、レイナと母のやりとりが、頭の中に、蘇る。
レイナは、体育教師のことを、母に相談していた。
そうしたら、母はこう答えた。
『あんたに隙があるからじゃない』
……母は、レイナを、汚いものを見るかのような目で見ていた。
まるでレイナが悪いから、体育教師に凌辱され、あられもない姿の写真を撮られたのだ、とでも言うかのように。
電車通学したのは、近場の学校に行きたくなかったからだ。
体育教師とレイナのことを、ナナミはまったく知らなかった。でも、なんとなく感じ取ってた人も、いたらしい。……それは、そうだろう。体育の授業の終わりに、毎回のように体育倉庫に連れて行かれて、その体育倉庫で『事故』とくれば、察することはできる。
だから同じ学校の人たちを避けるように、遠くの学校を選んだ。
でも、そのせいで、痴漢に遭うようになった。
この男も、初めてじゃない。狙われていた。どこかでレイナの情報が共有でもされているのだろう。痴漢たちはどんどんエスカレートしていった。
……結局、卒業するまで毎日のように、痴漢は続くことになる。
レイナは卒業し、ナナミと同じ学校に通うことになるが……
その時、見た目が今のように、攻撃的なものになった。
染めた髪。派手なアクセサリーにメイク。長いネイル。短いスカートに、気崩した制服。
そうしてから、痴漢に遭わなくなった。
代わりに、『ヤらせてくれる女』という噂が立つようになった。
どれもこれも事実無根だ。だけれどレイナはもうとっくに、人の噂というものをあきらめているし、黙って耐えても誰も味方してくれないと確信している。
だから、自分から攻撃的な言動をとり、それから、『いい男』と付き合うようになった。
レイナにとって『立場のある彼氏』を作ることは自衛手段だった。
ヤナウエに落ち着くまで、五回彼氏を作った。そのどれもが、部活動のキャプテンの上級生だったり、実家が太いお坊ちゃんだったりと、なんらかの『力』があった。
彼氏たちはレイナの体が目当てで、レイナは休みの日はもちろん、学校でも、望まれれば体を差し出した。
学生生活。恋愛。青春。
それは、レイナには無縁のものだった。
レイナはいつでも何かに狙われていて、それら無数にいる加害者から身を護るために、顔と体と恋愛感情を利用するしかなかった。
お母さんもいっぱいいっぱいだった。お父さんが亡くなってから、ずっと女手一つで育ててくれたんだから。だから、『レイナが運んでくる問題』にまで対処する余裕がなかった。
レイナだってもちろん悪くない。ナナミも、何も知らなかった。教えてもらえなかった。お母さんは『娘に聞かせるような話じゃないから』レイナのことを教えてくれなくって、レイナも、姉に聞かせたくない話だから何も言わなかった。
「あれえ、もしかして、あなた、レイナちゃんじゃないの?」
景色がぼやけては色づき、ぼやけては色づき……
ついに、クラス転移直前。新しい学年で新学期が始まった直後に切り替わる。
クラスメイトたちが教室で新しい担任を待っている中に、異常な人物が立っていた。
毛皮のような、水着のようなもので体の一部を隠した、露出度の高い格好をした……コウモリの翼に、悪魔の尻尾に、ヤギの角を持つ、女のような、生き物。
淫魔。
クラスメイトたちが普通に談笑をしている中、淫魔は誰にも認識されていないかのように、そこに立って、レイナの肉体に話しかけている。
レイナの肉体の中から、ナナミは、クラスメイトたちを見た。
もう三年生だから、すでに人間関係はできあがっている。
クラスも二年生の時に変わって、二年生、三年生は同じ構成のままだ。
だからとっくに初対面の人なんかいない、誰もがどこかのグループに属しているその教室で……
アサギタカミネは、机に落ちた自分の影でも覗き込むように、視線を落とし、今にも首を吊りそうな、そんな顔をしていた。
レイナの視点から見ると、この二人はこんなにも、クラスメイトたちから浮き上がって、あるいは、沈み込んで見えた。
「ああ、あっちだったのね」
淫魔が視線を動かす。
──と、ナナミの視点は、教室の窓際のナナミのものに戻る。
レイナを見た。
ヤナウエにぴったり寄り添って胸を押し付け、何かを話しながら笑っている。
……あれは、『恋人同士の仲の良さからの接触』ではなかった。
一番強い雄にすがりついている。
被害に遭わないように。周囲を威嚇している。そういう、行動だった。
「双子は魂の姿がおんなじで全然わかんないなー。せっかくレイナちゃんの記憶をもらったから使おうと思ったのに、あんまり心折れてないねえ」
淫魔が話しかけて来る。
心が、折れていない。
……ナナミはむしろ、その事実の指摘に、愕然とした。
妹が遭い続けた被害を追体験させられて、それでなお、何も感じていない。その自分に、愕然としたのだ。
「せっかくいっぱい
「……淫魔」
「なあに?」
「私はもしかして……凌辱、されてるの?」
「この夢の世界で、すごく意識がはっきりしてるのね?」
淫魔は、艶やかな唇に、驚きの感情をにじませた。
「そうねえ、今、体は、ぐっちょぐちょ。でも、心が全然ブレなくって、せっかくの聖力を全然吸えてないのよねえ。んー……よし、女王サマには怒られるかもしれないけど、プレゼントあげちゃう」
「……?」
「ね、知ってる? 私ねえ、異世界転移者なの」
「…………!?」
「あっはあ。さすがに、知らなかったんだあ? 女王サマはね、転移者を育てて、自分のところまで来させる。でも、途中にいる淫魔は、倒されちゃうでしょう? だから、補充の必要があるわけ。そういう理由で、補充された一人が、私」
「……」
「もしかしたら同じ故郷かもしれない……ナナミちゃん? まだ人間のくせに、夢の中で私とここまではっきり会話できるあなたに、プレゼント、あげちゃった」
「……何を、くれたの?」
「『淫魔になるおまじない』」
「……」
「これを刻まれるとね、じっくり、じっくり、心と体が、造り替えられていくんだよお♡ 気持ちいいことしか考えられなくなってえ……聖力を啜りたくて、たまらなくなるのお♡」
「……なんで、私に、そんなことを?」
「だってあなた、つまんないんだもん」
「……」
「だからあなたに、『衝動』をあげる。いい男を見ると襲いたくてたまらなくなったり、聖力を感じると体がうずいて止まらなくなったり、そういう衝動をあげる」
「どうして……?」
「心が安定してる人って、聖力吸いにくいのよねえ」
「……」
「だから、もっと動揺してほしくって♡ ね、ね、なんで、学生が転移者に選ばれるか、わかる?」
「……わからない」
「一番、動揺しやすいから。ちょっとしたことで傷ついたり、盛り上がったり──人間関係の悩みがそのまま戦闘力に出たり。そういう方がね、聖力を啜りやすいんだよお♡」
ようするに、『食べやすいように、柔らかくされた』ということ、らしい。
動揺しない。……確かに、そうだった。ナナミは動揺というのをしない。いつでも、のほほんと、ぽけーっと、生きてきた。
それは、慌てるような危機に陥ったことがないから──というのも、もちろん、あるだろう。
けれど、この世界で過ごして、改めて理解させられた。
ササイナナミは動揺することができない。
……ようするにそれは、ナナミが、痴漢だのなんだののターゲットにされなかった理由でもあるのだろう。一言で言えば……
「あなた、いじってても面白くないのよねえ」
「……」
「だから、面白くしてあげる♡ ね、ね、この調子で、好きな男の子に、告白しちゃったり、してもいいよ。そういうので盛り上がるとね、聖力も、美味しくなるから♡」
光景が薄れていく。
転移直前の平和だった──確かに『平和』ではあった教室の光景が消え去り、真っ黒い空間に投げ出される。
その空間はまだ夢らしい。淫魔が、ナナミの耳に息を吹きかけるような距離から、ささやく。
「またおいで♡ あなたの聖力、楽しみに待ってるから♡」
元、異世界転移者。
しかしその見た目も言動も、完全に淫魔にしか思えない。
自分も、いずれこうなるようにされてしまったらしい。
けれど……
(私が『こう』なる……想像が、つかないや)
上っ面だけでも、あんなに楽しそうにはしゃぐ自分というのが、うまく思い描けない。
……夢が、終わる。
そうしてナナミは、『迷宮の洗礼』を受けた。