クラスメイトたちの様子
ワタナべがスドウを返品しに来たあと
「もう、ぶっ飛ばしちまおうぜ!」
ワタナベが帰ったあとに上がった声に、ヤナウエはびくりと身をすくませた。
クラスメイト、特に男子の中でも、乱暴な連中──格闘技系の部活動をやっている集まり、男くさいグループのやつらが、急に叫び出したのだ。
誰をぶっ飛ばすか、は明らかだった。
「アサギのやつ、調子に乗りすぎだろ! けどよ、別に調子に乗らせとく必要なんかないだろ!? ワタナベをここに寄越したのだって、ぶん殴られるのが怖かったからに決まってる!」
ヤナウエは祈るような気持ちで目を閉じた。
(違う。そうじゃない。アサギは……もう、そんなことを恐れていない。あいつが恐れるようなことなんか、このクラスでは起きない。俺たちの誰も、束になったって、アサギを恐れさせることなんか、できるはずがない)
それはたった一度、攻撃をして、たった一度、反撃を喰らった。それだけで、少なくともヤナウエにとっては、確実と言えることだった。
けれど他のクラスメイトたちに、その時、ヤナウエが感じた危機感や恐怖をわかってもらうのは……難しいというか、不可能であることも、わかる。
あのおぞましい迫力は、実際に一度やり合わないとわからない。
アサギがネコイの治療に来た時、気圧されたように道を開けたやつも、今、騒いでいる中にはいる。
でもその時に感じた迫力は、説明が難しいものなだけに、『勘違い』で処理されてしまっているのかもしれない──
(──違う、か。そうだ。確かに、アサギにビビッた。……『あの、アサギ』にビビッた。それを、認めたくない気持ちも、あるんだろうな)
格闘技系の部活動をやっていながら、クラス内の『攻略ランキング』でずっとヤナウエのパーティを抜けなかったあの連中は、何か?
……別に、強くないのに、『強さ、たくましさ』に価値観を置いている連中だ。
自分より弱い者、弱そうな者に『強さ』を示すことで、己のアイデンティティを確立していたような、そういう連中。
本当に『強さ』を誇りにするなら、今こそ──ネコイまでもが『淫魔』の被害に遭い、十五階層攻略で足踏みし続け、アサギのせいで誰が裏切るかわからず、ダンジョンに潜るのを誰もが様子見している今こそ、率先してダンジョン攻略に出向くべきだと思う。
クラスの中で『強さ』を示すのに、『ダンジョン攻略で成果を挙げる』以上のことはありえない。
アサギの脅しはそもそも『お前たちではダンジョン攻略できないし、ダンジョン攻略をやめてこの世界で生きていけない。だから、こっちで面倒を見てやってもいい』というものだ。
だから、この脅しは、『それでも、ダンジョンに挑み続け、攻略を続け、成果を出す』ということで、すべて無効化できる。
だというのに、その方向に行かず、『アサギをぶっ飛ばそう』と、ワタナべがいなくなったタイミングで騒ぎ始める……
(……違う。俺まで、クラスメイトの悪い部分ばっかり見えるようになってる)
その程度のズルさは、元の世界の学校生活において、『卑怯者のクズ』とまでは思えない、そういうものだった。
誰もが当たり前に持っている『生きていくうえでしょうがない矛盾』。『こういうこと言うなら、お前のその態度はどうなんだ?』というのは誰もにあって、しかし、それを徹底的に詰めたりしないように誰もが生きている。
別に気にならない。『友達として付き合う分には』というやつだ。
……だから、今、そういう、『生きていくうえでしょうがない矛盾』が気になるのは……
クラスメイトたちを、友達ではない何かとしてカテゴライズし始めているということに、他ならない。
ようするに。
(アサギの視点で、クラスの連中を見ると、
アサギはクラスの誰も友人とみなしてはいなかったと、今ならわかる。
自分を被害に遭わせる、あるいは遭わせる
──強そうなことを言っておきながら、その強さを自分が弱いと思っている相手にしか向けないクズ。
──精神の弱さから苦境を直視できずに、誰かに責任を押し付け、当たり散らし、自分の安心のために金切り声を上げるしかできないゴミ。
──仲良しだなんだと言っておきながら、腹の底ではいつ相手を売ろうかタイミングをうかがっているのが一目で透ける馬鹿。
──誰かを生贄にしないとクラスをまとめることもできない、リーダー。
(……おかしいな。うちのクラスは、こうじゃなかった。みんな、良いところがあって、付き合うと楽しいやつらばっかりだった、はずなのに)
状況が変われば視点が変わる。
視点が変わると、世界に『友達』なんか、一人もいない。
今まで『友情』と呼べたものは、浅い付き合いが前提のものだった。
……元の世界で生きていくなら、それでいいだろう。深いところまで知った上で付き合う相手なんか、人生で三人もいないはずだ。だから、社会で普通の関係性を保とうと思うなら、それでよかった。相手に悪い点があったって、それを見せられる機会なんか訪れないはずだった。
でも、今、どうしても、一蓮托生と呼ぶしかない、深い付き合いをせざるを得ない状況に追い込まれて──
──『普通に、社会で生きていく程度の付き合いなら感じられる友情』は、なんの意味もなくなってしまった。
「ヤナウエ!」
これまでヤナウエを半ば無視していたはずの、格闘技系部活動の連中が、急に声をかけてくる。
ヤナウエはこの場からさっさといなくならなかったのを後悔した。
この連中が次に言いそうなことが予想できたからだ。
「アサギをぶっ飛ばしに行こうぜ!」
……卑怯者、とヤナウエはつい、つぶやきそうになった。
こいつらは、『こう』だ。
自分で勢い込んで言い放ったくせに、『責任者』を外部に求める。
これまでヤナウエのリーダーとしての格が落ちて、クラスメイトたちをまとめられなかった時には、『自分はヤナウエとは関係ありません』みたいな態度をとっておきながら、こういう時に、責任者としてだけ、ヤナウエを外注する、ゴミども。
ここでヤナウエがこの提案を無視すれば、もうリーダーシップは二度ととれない。
かといってぶっ飛ばしに行くと言っても、ヤナウエはアサギに勝てないと確信している。……勝てない程度なら、まだいい。敗北は、『死以上の何か』だと、そこで転がっているスドウが示している。
そうしてこうやって『提案』をされてしまった以上、GOと言えば、最も大きな被害に遭わされるのは、ヤナウエになる。
アサギからの憎悪の方向を見ても、スドウ程度の目に遭うだけでは済まないことが、理解できる。
断れない。行けない。
ヤナウエはどうにかどちらも選ばずにこの場をやり過ごすべく、思考時間を稼ぐために、声を発しようとした。
だが、その前に……
「お前ら、ふざけてんのか?」
ヤナウエのそばでいつも立っている、大柄な男──ウエマツが、ずいっとヤナウエの前に出た。
体が大きく、みっしりと筋肉がついているウエマツは、格闘技系部活動の連中数人を前にしても、その迫力でまったく負けることがなかった。
それはあくまでも『部活動の一環』で格闘技をやり、別に全国、どころか部内でも優秀ではなかった『一般部員』でしかない連中と、その顔立ちや体格、そして部活ではない格闘技界において成績を残している、荒事に慣れているウエマツとの、力量差だった。
ウエマツが軽く腕を垂らして一歩進むと、格闘技系部活動の連中は、一歩下がる。
ウエマツはその様子を見て、くだらなさそうに鼻で嗤った。
「行きたいなら勝手に行け。どうしてヤナを巻き込もうとする? テメェらが負けた時の保険にヤナを使おうっていう浅い魂胆が見え見えなんだよ」
「い、いや、俺らはただ、ほら、クラスのリーダーに、やっぱりさ……な?」
「調子いい時だけリーダー扱いしてんじゃねえ」
「そういうことじゃ……」
「だったらテメェらは、ヤナが命令したら、従うんだな。十五階層テメェらだけで攻略しろっつわれたら、するのか? ああ?」
ウエマツが凄むと、格闘技系部活動の連中は、よく聞き取れない小さな声でもにょもにょと何かを言いながら、気まずそうにロビーから出て行った。
ウエマツが、厳しい表情でヤナウエを振り返る。
「……ヤナ。ああいう連中は増えるし、消えないぞ。どうする?」
「……ウエマツ。すまない。でも……ウエマツも、もうあんまり、俺の味方をしない方がいい」
「なあ、ヤナ。スドウはそんなんになった。レイナはアサギんところ行って、ナナミさんも、同じ。アサギも……外で居場所を見つけた。俺らは二人になったな」
「ああ……」
「もう、クラスにいる必要、なくないか」
ウエマツの言葉は何を言っているのか、理解するのにしばらくかかるものだった。
ヤナウエは……たっぷりの沈黙のあと、応じる。
「……クラスにいるのは、必要だからっていうか……ここ以外に、どこがあるんだよ」
「アサギは外で居場所を見つけた。なら、俺らにもできるだろ」
「……」
「アサギにできて、俺らにできないことは、ない。……そうじゃなきゃ、筋が通らないだろ」
筋。
アサギを馬鹿にして、貶めて、いじめてきた。
その行いはきっと客観的に見れば、筋も何もあったものではない。
だが、『アサギは劣っていた、ああするのが当然だった』という過去に嘘をつかないなら、『アサギにできて、自分たちにはできないこと』なんか、あってはならない──
──ウエマツの言う筋とは、そういうことだ。
アサギにできることが、できないようでは、いられない。
できなくてはいけない。アサギにできるようなこと程度──そういう、筋。
ヤナウエは思わず、笑った。
──この男も、しっかり、歪んでいる。
それがわかって、笑ってしまった。
「……そうだな。リーダーだから、みんなのこれからに責任をとらなきゃ……っていう想いもあった。でも……今のみんなは、どうにも、『自由に』やりたいらしい。……出るか、外に」
「ああ。アンデルセン王子は、話せばわかってくれるだろう。……元の世界に戻れなくなるのは……未練はある。でも、今のこのクラスの状況で攻略なんかできるはずがない。……できるはずが、ない」
ウエマツは元の世界への未練がもちろんあるらしかった。
……けれど、それが不可能だとわかってもいるのだろう。
だから、この提案をしてきた。
ヤナウエもまた、ウエマツの提案のお陰で、重荷が下りたような心地になった。
クラスを背負う必要はない──かつて、元の世界に戻ることをあきらめていなかったころ、必要があった。クラスをまとめなければ、ダンジョンを攻略して、元の世界に帰るなんてできない。だから、クラスをまとめあげる必要性を覚えていた。
けれど十五階層で大きな壁にぶつかった。
それでも、挑戦を続ければ、いつかは攻略できたかもしれない。
……だが、挑戦を続けることが難しくなった。クラスはこんな状態だし、それに、失敗した時のリスクが可視化されてしまったから。
だからヤナウエは、この挑戦を辞めて、この世界で生きることにした。
……でも。
(……そうだ。これが一番、いい。いつまでもここにいたら、売られる。クラスの連中はもう言うことを聞かないし、アサギが許されたなら、俺だって、『外』に居場所を持つことが許されてもいいはずだ)
アサギが許されて、自分が許されないわけがない。
アサギが許されることなら、誰にでも、許される権利があるはずだ──
──それは『平等』というものを都合よく解釈した考え方だった。
この世界では、クラスの誰もに『みなさんは、平等ですよ』というおためごかしを吹き込む必要もなければ、アサギは最底辺でもない。
だから『アサギに許されて、その他全員に許されないこと』というのは、普通にある。
だが、ヤナウエたちは、『人は平等です』という思想に慣らされ過ぎていた。
権利は勝ち取るものであって、与えられるものではない。
かつて、元の世界でさえそうだったが、彼らはその事実を直視せずに生きていける立場だっただけだ。
ヤナウエは、それを……
思い知らされる、ことになった。