ワタナべがスドウを送り届けてから五日後
「アサギさん、ヤナウエが行方不明になったらしい」
「もう聞いてるよ」
「……何かしたのか?」
ワタナべというのは無害で有能な男だ。
僕はクラスメイトのことをあまり知らなかったが、どうにも、思っていたよりさらに知らなかったらしい。
僕の分析では、ワタナべは目立つようなことを避けて、じっと地蔵のように息を潜めていることを処世術だと思っている、そういう男のはずだった。
それはとりも直さず、人の『地雷』を嗅ぎつける嗅覚の敏感さを伴う、ということだ。
……ああ、なるほど、そうか。
僕にとって明らかに『地雷』と観測されるであろう、ヤナウエのことを切り出したのは……
それがもう、僕にとって『地雷』ではないと、鋭敏に嗅ぎ付けたから、なのかもしれない。
「何も。──
「……そうか」
ワタナべからの質問は、それで終わったらしかった。
まあ、無駄話に割いている時間はない。僕がクラスメイトたちに仕掛けたのがデスゲームなら、僕とワタナべは運営側で、ネコイがただ隅っこで小さくなっている無関係なマスコット、みたいな感じだ。
つまり人手が全然足りない。僕らは常に、忙しい。
僕がクラスメイトたちに『いつでもこっちに来ていいぞ』と慈悲を示してから、だいたい一週間。
ヤナウエの行方不明は『想定の範囲内ではあるが意外』という
おかげでスラムには異世界転移者が集い、この上、ヤナウエが行方不明……ヤナウエと、ウエマツが、行方不明ということだから、もう王宮の『異世界人区画』に残ってるのは、四人だけのはずだ。
約束通り僕に生贄を差し出して降った連中には、この世界で生きていくための基盤を与えている。
仲間を売ったのが六組十二人。生贄にされたやつらは六人。
六人の中からレイナみたいに苗床になったのがゼロ。ニナカワみたいに娼婦になったのが三人。
スドウみたいに『パーツ』にしたのが一人。
それから、キサキのように『特殊な用法』が二人。
たぶんこれは、『普通の感性』を持った人からすると、酷い行いであり、僕の視点からは『痛快な報復』とでも言うべきなのだろうけれど……
やはり、僕の『何かを快いと感じる機能』は壊れてしまっているらしい。
もしもこの世界に医者がいたならば、鬱病とでも診断される症状なのかもしれない。何も楽しくない。何もやる気が起きない。起き上がろうとするだけで体がやけに重くて、そのくせ、エリクサーを服用しても治るようなわかりやすい怪我・病気というのはこの身にはないようだった。
元の世界にいたころには『MP切れ』みたいに表現したようにも思うけれど、実際にMPが存在するこの世界において、切れたものにはまた別の名称をつける必要があるだろう。
やっぱり、何も楽しくない。
何かが起きて、クラスがめちゃくちゃになるたび、一瞬、『楽しいのかな?』と思えるような心の浮き上がりはないでもない。
けれど、持続しない。というより、『きっと、楽しい』というプラシーボ効果で心が浮き上がり、実際には楽しくないので、効果が持続しない、みたいな感じになるのだろうか。
そろそろ次のイベントを起こさないと、死にたくなってしまう。
アンデルセンを通じて『小さな人』を自由にする、という誓いがあるので、まだ僕は死ぬつもりはない。
……さて。
そろそろ機は熟した、んだろうな、たぶん。
クラスのほとんどが『身内を売る』という罪を自覚的に犯し、僕におもねることにした。
生贄にされたクラスメイトと、生贄にしたクラスメイトとの間には、もはや修復不可能な心の溝があるだろう。
だから、『下剋上』のチャンスをやろうと思う。
「ワタナべくん、みんなに伝えて欲しいことがあるんだけど」
その時、ワタナべの地蔵めいた無表情に、一瞬だけ、『うげ』みたいな色が浮かんだ。
僕がワタナベに『くん』をつけて呼ぶ時、だいたい、こいつにとってろくでもないことが起こる。最初は無意識だったけれど、あとから『予告』の代わりに、そういう決まりを作って呼びかけるようにしている。
だからワタナべの雰囲気がさらに固くなったのは、正しい防衛反応だ。
でも、さすがに、これ以上何をするかは想像がついてないと思う。
何せクラスは完全にぶっ壊れている。僕の報復は終わったと、たぶん思うんじゃないかな。
報復に終わりなんかないのにね。
気持ちよくなるまで続けるのが報復なら、僕の報復はきっと終わることがない。
なぜならとっくに壊れている僕は、もう、誰がどんな目に遭おうが、楽しいと思うことがないからだ。
返事をするのも嫌だというふうに黙って僕の言葉を待つワタナべに、つい、笑いがこぼれてしまう。
最近のこいつからは、年老いた大型の犬みたいな雰囲気を感じることが増えた。今みたいに。
「城に戻って、ダンジョン攻略を再開しよう」
「……なんだって?」
その反応で安心する。
どうやら、僕がこの提案をするのは、ワタナべにとって、しっかりと『意外』だったらしい。
「城に戻って、ダンジョン攻略を、再開するんだ。僕が率いる。それで、最下層まで行ってしまおう。お前たちを強くする方法も知ってる。だから、攻略は夢じゃないよ」
ようするにこの世界は『自覚的にセックスをすれば強くなる』というエロゲーの世界なわけだ。
……が、それ以外にも、強くなる方法がある。
もちろんまともに戦って経験を積むというのも立派で王道な方法だが……
セックスすればするほど強くなるこの世界は、淫魔に犯されれば強くなる。
そうして、早くも成果が出た。
僕が呪って、頭が壊れるまでイかせまくれば、淫魔に犯されるのと同じぐらいの効果がある。
そうして作り上げた兵隊が三人。クラスの残りの連中は──まあ、気が向いたら施してやるか、という感じだ。
お前たちを強くする方法は知ってるが、全員を強くしてやる義理はないからな。
……さて、これは、『ゲームでは仲間に攻撃なんかできなかったから、仕様上できなかった』というものなのか。
それとも、とっくに『主人公』が敗北したこの世界において、淫魔の要素──
世界の謎はよくわからない。
もはや僕の関心事でもない。
今回だって、『もしかしたらできるかもな』と思ってやったのが二割ぐらい。『対・人間』の呪力の使い方を試したかったのが残り八割ぐらいの動機での実験だったぐらいだし。
そんなことよりも……
自分の『強さ』に気付いた生贄たちは、どういう行動をとるのかな。
僕に反旗を翻すのか。
それとも、自分を差し出したやつに、報復を考えるのか。
クラスメイトが潰し合うかもしれない可能性を想像するのは、僕に安心を与えてくれる。
喜びでも快楽でもなく、安心だ。『ああ、なんだ、僕がおかしいから僕ばっかり攻撃されてたんじゃなくって、きちんとみんなおかしくて、たまたま僕が選ばれただけなんじゃないか』っていう、安心。
もはや快楽も喜びもほとんどあきらめて、『小さな人』を自由にするという契約を果たすためだけに生きている僕には、死なない理由がいくらでも必要だった。
だから、喜びを与えてくれないなら、せいぜい安心を与えて欲しい。
クラスメイトの使い道はもう、それぐらいしかない。
あるいは……
元の世界に帰って、教師だの、親だの、クラスの外側にいた連中に報復を向けてみれば、また違った気持ちが起こるのかも、しれないけれど。
現在のクラス内役割内訳
リーダー枠 アサギ 計1人
側近枠 ワタナべ、ネコイ 計2人
苗床 レイナ 計1人
娼婦 ニナカワ、他3人 計4人
パーツ スドウ、他1人 計2人
??枠 キサキ、他2人 計3人
クラスメイト売ったやつ 計12人
クラスに残っているやつ 計4人
行方不明
ナナミ、ヤナウエ、ウエマツ 計3人
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総計32人