少し時間を巻き戻して、アサギのところへクラスメイトを売る『最初のグループ』が出た直後
王宮の異世界人区画、インドウ(真面目なクラスメイト)視点
「……ナカイたちがいない。それに、ハナイも……」
インドウがその報告を受けた時、『もう、なのか』と思った。
正義感というのは誰にでもあるが、インドウはそれが特別強い人間だと言われていた。
真面目すぎるよ、と友人から笑って言われたことがある。
だが、インドウは真面目過ぎるつもりはなかった。
適度だ。適切に、気になることを気にならないようにしてきた。確かに、資料の数字の半角・全角が気になるとか、ファイル名のナンバリングが気になるとか、そういうのを人より気にする。提出用だけではなくって、個人でやりとりする分にも、かなり気にする。
ノートに文字を書く時にもきっちりと大きさと角度を揃える。マス目のないノートでも、インドウの書く文字は、まるで等間隔に並んだ檻の中に文字を閉じ込めるような、そういう堅苦しい、規律的な生真面目さがあった。
だがそれがインドウにとって適切なだけで、生真面目なのではなく、自分が快いようにしているだけ、というのが自認だった。
……正義感があるな、と言われることもある。
それも同じだ。インドウの正義感は、『正義であろう』という意思に基づいたものではない。
ただ、己が快い規範に従う限りにおいて、インドウの行いは『正義感が強く、生真面目』と人から言われる……そういうものだった。
そういうものだと、自覚させられた。
少し前までは、インドウ自身も、『自分は生真面目で、正義感が強い方なんだろう』と、他者評価に基づいた自己評価をしていた。
だが、今、『正義感』なんていうラベルを自分に貼ってみると、酷く落ち着かない。滑稽でさえ、ある。
だって、確かに、アサギのことを、『いないもの』として扱っていたから。
正義感があるならば、アサギにされていたことを見過ごすべきではなかった。
だが、アサギとその周辺で起こることは、インドウにとっては、『一枚の壁を隔てた向こう側』のことだった。見聞きできる範囲で起こっているはずなのに、認識がデフォルトで『無関係』にチェック入っている感じ、というのか……
電車の中で、すぐ横に座った誰かが見ている動画。
目に入る。場合によっては音も漏れ聞こえてくるかもしれない。
だが、それをじろじろ見ることは
──別に、見知らぬ他人がどのようなタチの悪い動画を楽しんでいようとも、そこにインドウの『正義感』は発揮されないし、されるべきではない。他人の趣味にケチをつけて回るのは、それが正義感に基づいた行動であっても、社会的に見れば『頭のおかしな行い』に分類されるからだ。
……アサギにまつわるあれこれは、インドウにとって、そういうものだった。
(ナカイがいない。……ハナイもか。たぶん……)
ナカイと誰かが、ハナイを売ったのだろう。
ナカイは格闘技系部活動をやってる連中が集まっていたパーティの一員で、ハナイはそれとは別のパーティの一人だ。
ハナイは気が弱そうでおどおどした感じの女子だから、ナカイみたいな体つきのやつに強く出られたら、逆らえなかっただろう。
「インドウ……俺たちも、大丈夫かな」
インドウのパーティは、ワタナべ、ネコイ、キサキがいたパーティだ。
ワタナべと、恐らくネコイは、キサキを売ってアサギについた。
残る三人。インドウ、今話しかけてきているカリヤ。それから、引きこもってしまったナイトウ。……三人。二人と、一人。
『二人組で、一人を売ればいい。性別は問わない』。
(……最悪だ。本当に、最悪だ……)
残り三人。三人という数が、嫌な意味を持ってしまっている。
「……インドウ、俺……」
「……アサギにつく、なんて言うなよ」
インドウは正義感が強いと言われていた。
それは間違いだと、アサギに突きつけられた。
突きつけられて、うちのめされて、何も言えなくされた上で……
改めて、インドウは、自分がどういう人間か、定義しなおした。
「……僕は、やっぱり、クラスメイトを売ってアサギにつくのは、受け入れられない。アサギへの謝罪だけなら……したって、よかった。でも、クラスメイトを売れっていうのは……僕たちがアサギにしてきたことを加味したって、従えない。そんなことをしたら……僕らはもう、戻れなくなる」
どこに?
……元の世界とか、あるいは学校生活とか、そういうものではない。
心が、戻れなくなる。
そこは超えてはいけない線なのだと、インドウは強く認識していた。
「それよりも、これ以上クラスメイトがクラスメイトを売ったりしないようにしたい。……ヤナウエもウエマツもいなくなってしまったから……誰かが踏ん張らないと、みんな、流されて……クラスメイトを売るなんていう愚かなことをしてしまう」
「……それをインドウがやるのか?」
「僕一人じゃ力不足だと思う。だから、カリヤも協力してくれないか?」
インドウは正義感が強い男だ。
生真面目で、しかし、リーダーシップがあるとは言い難い。
インドウたちのパーティは全員がリーダーシップがあるとは言い難い者の集まりだった。
ただ、キサキがリーダー的なポジションでみんなをまとめ、ワタナべとインドウがそれを支えて、カリヤ、ナイトウ、ネコイはそれに従う……というような集まりではあったと思う。
ワタナべが真っ先にキサキを売って、ネコイを連れて行ってしまった。
残されたインドウだけではパーティをまとめられない。……パーティをまとめられないような者が、クラス全体をまとめられるわけがない。
だが……
「みんなで力を合わせれば、きっと、まだ、やれる……僕らはこんな時だからこそ、ダンジョンをきちんと攻略して……クラスメイトを売るだなんて外道行為に手を染めることなく、元の世界に帰れるように努力をすべきなんだ」
インドウの言葉には、力がこもっていた。
異世界。クラスの崩壊。アサギによるデスゲーム。
そういうものを経て、インドウは確かに変わろうとしていた。『正義感が強く生真面目と
それを見て、クラスメイトの中でも『友人』と呼べる関係性を気付いていたカリヤは──
「……わかった。インドウ、俺たちで、クラスをまとめて……ダンジョンを、攻略しよう」
「ありがとう、カリヤ……」
「いいんだよ。……そうだよな。売るなんて、そんなこと、酷い。……酷いことをわざわざすることもない。頑張ってダンジョンをクリアすれば、それが一番いい道のはず、だもんな」
「ああ。……頑張ろう。頑張るしか、ないから」
「…………ああ」
カリヤが力なく微笑む。
──その日の夜。
カリヤの姿は、消えた。
『売った』のか『売られた』のかは、わからない。
ただ、カリヤとナイトウと、別パーティの女子が一人、消えたから……
たぶん、『売った』んだろうな、とインドウは思うしかなかった。
◆
一組、二組と続くと、三組目もすぐに出た。
ワタナべが、目と喉を抉られたスドウを『持ち帰って』から三日目にはもう、クラスメイトが三組九人、消え去っていた。
スドウは……王宮にあずけてある。
あの状態のスドウを世話しながら迷宮攻略なんかできるわけがないからだ。
だが、今にして思えば、それは早計だったと、インドウは思う。
……誰もが、スドウの世話をやりたがらなかった。目と喉を潰されたクラスメイトは、その姿がどうしても、アサギに対する恐怖を呼び起こすし……そんな介護みたいな真似するより、自衛をしなきゃいけない状況だというのが、全員の共通認識だったからだ。
……けれど、王宮からこんなにも簡単に、こっそりと、人が消える状況。
アサギから仕掛けられたデスゲームを、王宮が黙認しているとしか思えない。
だとすれば、スドウは……
(いや。今は……今は、もっと、前向きなことを、考えないといけない……)
インドウはスドウに関する思考を打ち切った。
彼もまた、限界だった。自分の身を護るだけで精一杯の状況。パーティメンバー全員が消えた。しかも、そのメンバーのうち一人は、アサギからの言葉を伝える役割を負っている、『最初の裏切り者』、ワタナべなのだ。
インドウは、クラスメイトたちに、呼びかけることにした。
……呼びかけることしか、できなかった。
一人一人、閉じこもった部屋をたずねて、ドアの外から、呼びかけた。
「ワタナべのパーティにいた僕の言葉は信じられないかもしれない。でも、聞いてほしい──」
──反応は、ない。
それでもインドウは、一人一人の場所を回って、根気強く、同じことを語り掛け続ける。
「今、僕らが出来ることは、アサギに売られないようにびくびくすることでもないし、ましてや、アサギに誰を売ろうかなんて考えることでもない。僕らは、もっと、前向きに、正しい努力ができる──」
──たまに、反応がある。
悲鳴みたいな声と、壁を激しく殴る音。
歓迎されていない。警戒されている。
「今こそ、協力してダンジョン攻略をしていくべきだ。……確かに、戦力は、クラスのみんながいた時より落ちたし……ダンジョンの恐ろしさも、知ってしまった。でも、僕らにはこれ以外に、道はない。……『元の世界に戻る道』は、ないんだ」
クラスメイトのところを、回る。
一日、回った。
反応は、まったくないか、ヒステリックに『帰れ』と言われるかだった。
翌日、また、クラスメイトが消えたが、もう、ほとんど全員が自分の部屋に引きこもっている今の状況で、インドウは何人が残っているのか、把握できなかった。
それでも、根気強く語り掛け続ける。
「ヤナウエは、いなくなった。アサギは……僕らを元の世界に戻そうなんて、考えてもいないだろう。それに……仲間を売った方も、売られた方も、たとえ元の世界に戻れても、元のままではいられない」
この日も、部屋を回る。
扉一つ一つに、同じことを言って回る。
防音性は高いけれど、この世界の建築は、元の世界の建築よりも、かなり劣っている。
だからきっと、聞こえているはずだ。……内容までは届いていなくても、こうして声をかけている事実だけは、届いているはずだ。
そう思いながら、インドウは声をかけ続けた。
「戻りたいよ。……僕は、元の世界に戻りたい……『何かをしでかしてしまった自分』としてじゃなくって……『こんな状況でも、正しくあろうとして、罪を犯さなかった自分』として、戻りたいんだ」
クラスメイトたちの部屋を巡る。
その日も、見えるような成果はなかった。
「みんなで帰ろう。そしてまた……普通のクラスメイトに、戻ろう……帰りたい……帰りたい……元の場所に、元のまま……帰りたいんだ……」
……疲れ果てたインドウは、もはや、整理された『説得のための文言』ではなく、むき出しの気持ちを吐き出すことしかできなくなっていた。
もう何人が消えたのか、わからない。
もうずっとずっと長く、クラスメイトたちの姿を見ていないような気もする。
インドウは自分が何をしているのか、わからなくなってきた。
最初は……何か志とか、そういうものがあった気がする。でも、今は……わからない。こうして、クラスメイトたちの部屋を巡って、何度も何度も同じようなことを言っているけれど、実はもう誰もいなくて、自分しかこの『異世界人区画』には残っていないのかもしれない。
それでも、やり続けて……
その日。
閉ざされていたドアが開いた。
「…………」
出てきた女子は何も言わなかった。
インドウも何も言わず、ただ、安心したように、微笑がこぼれるだけだった。
「……何、笑ってんの」
女子の問いかけは、怒っているような、笑っているような、よくわからないものだった。
疲れていた。インドウも、扉の中の女子も。
……みんな、疲れていた。
クラスメイトを売る。疑う。……そんなこと、したくないに決まっていた。そんなこと、疲れるに決まっていた。
でも、しなければならない状況に追い込まれて……とにかく、疲れていて。
「……そっちこそ」
同じような顔で笑う相手を、信じたくなった。
この女子がインドウの前で扉を開けたのは、そういう願いの賜物だった。
「帰れるかな」
女子が言う。
インドウは、
「……帰りたいな」
明言は、できなかった。
この、少し先のことさえわからない状況で、はっきりと強く断言するほどの強さは、インドウにはなかった。
彼らにはただ、願いがあるだけだった。
……そして。
願いを持つ者は、インドウを含めても、四人しか、残っていなかった。
四人はそれぞれ、同じような顔で笑い、自然とロビーに集まった。
他のクラスメイトはいないかと、四人で集まり、クラスメイトたちの部屋を回った。
でも、もう、鍵もかかっていない空き部屋が、二十八もあっただけだった。
ただの四人が、『元の世界に戻るため』に、冒険を始める。
きっと、その目的に向けて動くのはもう、自分たちしかいないと、思うから。
……その連帯感を破壊するかのように、アサギが帰還のための行動を開始するなんて、この時は、誰も、思ってもいなかった。
現在のクラス内役割内訳
リーダー枠 アサギ 計1人
側近枠 ワタナべ、ネコイ 計2人
苗床 レイナ 計1人
娼婦 ニナカワ、他3人(全員女子) 計4人
パーツ スドウ、他1人(男子) 計2人
??枠 キサキ、他2人(全員女子) 計3人
クラスメイト売ったやつ (男8、女4) 計12人
クラスに残っているやつ(男2、女2) 計4人
行方不明
ナナミ、ヤナウエ、ウエマツ 計3人
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総計32人