ヤナウエ組が迷宮攻略開始
インドウ組が迷宮攻略開始
その直後
「ようこそ、お帰りなさいませ。我らが無二の友人たちよ」
アンデルセンに恭しく出迎えられて、僕らは王城へ帰ってきた。
追放されてから三か月と少し……四か月近くか。
ナナミさんが僕のもとに訪れたあの日から変わり始めた運命は、どうやら僕をこの城へと導いたらしい。
これは凱旋と言ってしまってもいいだろう。
ただ、僕が連れてきたクラスメイトたちは、あまり良い雰囲気ではなかった。
せっかくスラムよりは良い場所に連れて戻って来てあげたというのに、戸惑っていたり、嫌そうだったり、何か言いたげだったりと、散々な様子だ。
僕は振り返って、みんなにたずねることにした。
「あまり嬉しそうじゃないね」
この発言一つで、ほぼ全員がビクリと身をすくませる。
……僕なんかに怯えてるのか、こいつら。
変わるなよ。
お前たちは、僕なんかに一声かけられたぐらいで怯えるなんて、しなかっただろ。
僕が何を言っても聞こえてさえいなかった連中じゃないか。
……つまらないやつらだな。
「アサギさん」
ワタナベが声をかけてくるタイミングはいつも、僕が『もう少しで、何かをしそう』という時だった。
空気というか、顔色を読むのが抜群にうまい。まあ、僕も、全然、心理状態を隠そうとしていないから、かもしれないけれど。
弱者は、自分の心理状態を隠して生きていかないといけない。
不機嫌、不愉快、あるいは喜びや嬉しさでも。そういう感情を素直に顔に出していいのは、強者の特権だ。
『自由に振る舞う』というと、好き放題に暴れたり、大声で騒いだり、みたいな話に聞こえてしまうけれど、実際のところ、『強者だから自由に振る舞える』というのは、『自由に表情に感情を出せる』ぐらいの意味合いでしか、ないのかもしれないなと、最近は思う。
「みんな、戸惑ってるんだ。この世界で生きていく──というふうに言われた時に、ダンジョン攻略は二度としないでいいと思っていたやつも、たくさんいると思うから」
「なるほど。僕の説明不足だったかな。すまないね、みんな」
説明不足も何も、アンデルセンと密約を交わすまで、僕はダンジョン攻略に戻る気が一切なかったというのは事実だ。
アンデルセンとの密約の内容は、アンデルセンと母親の同じ妹である『小さな人』を拘束している魔道具を破壊しよう、というものだ。
そのために、ダンジョンの深い階層で、あるアイテムをとる必要がある。
そうすることで、『小さな人』は自由になる。
アンデルセンは、妹に空を見せてあげたいらしい。
もはや『小さな人』に眼球はない。けれど、それでも、外に連れ出して、空を見せてあげたいそうだ。生まれてから死ぬまでずっとあんな場所に閉じ込められている運命から、解き放って……自由を感じさせてあげたい。それが、アンデルセンの願いだった。
妹想いの兄による、感動的な願い。
──小さな人が『誰かれ構わず魅了して、発狂、自死をさせる存在である』という存在であるという前提さえないならば、本当に感動的な、理不尽に囚われた妹の自由を望む、心優しい兄の願いだと思う。
アンデルセンも、妹がそういう存在であると知らないわけではない。
終わってる。
僕らのクラスは終わってる。この世界も終わってる。そして、この世界で生まれて生きた人もまた、しっかりと終わっていた。
あるいは世界が終わってるからこそ、『もうゆっくり滅びるしかないこの世界で、閉塞した未来にため息をつきながら生きるよりも、パァッと愛しい人の願いを叶えたい。たとえそれが、世界を滅びに向かわせる最後のひと刺しになっても』という想いになるのかもしれない。
とにかくその願いを僕は大変好ましく思った、というのが重要だ。
なので、アンデルセンは『ダンジョンの深い階層で手に入る、魔道具を壊すアイテムさえとってきてくれたらいい』というのを願ったが……
僕は、アンデルセンにこう提案した。
『どうせなら、本当に青空を見せてあげよう』。
この世界はずっと曇っている。それは、女神がこの世界に微笑んでいないからだ。
だが、淫魔女王を僕らが捧げれば、女神は一時とはいえ、微笑を──地表に太陽光をもたらし、青空を露わにする。
そうして僕らは女神の座に招かれ、選択肢を突きつけられるのだ。『女神を殺すか、否か』。
ゲームにおいては、女神が『これからもわたくしのために、この世界で生きてくださいますか』と問うてくる。
これに『はい』と答えると、この世界で女神のために生きる──『新しい淫魔王にされ、次の異世界転移者に倒され、呪力を女神に捧げるための家畜になる』。
その際は、これまで淫魔女王が行っていた『異世界召喚の儀式へのエネルギー注入』を、女神が代わる、というわけだ。
『いいえ』と答えても元の世界に帰れるわけではなく、その場で女神との戦闘に入る。
これに勝利し、女神を純粋なリソースとすることで、ようやく主人公たちは元の世界に帰る手段を得ることになる──
──まあ、元の世界に戻っても、この世界で経過した時間はイコールで元の世界にも流れているらしいから、あまりグズグズ攻略していると、その後の人生は割とめちゃくちゃだとは、思うけれど。
ダンジョンの深い階層、まあ、ゲームの通りなら二十階層ぐらいで済んだところを、三十階層まで行かないとならない。
そういうわけで、僕らがダンジョン最奥で淫魔女王を倒したあと、戻るなりアンデルセンと協力して王族を皆殺しにし──『小さな人』を自由にするのに反対している、まともな連中だからだ──女神に淫魔女王の核を捧げ、このどんより曇った空を晴らそう、というのが僕らの計画になる。
自分から自分に課す条件を厳しくするのは、遊びの一環だ。
僕は自分が戦いを好むタイプだとはまったく思っていないけれど、まあ、そこにダンジョンがあるんだから、せっかくなので最後まで攻略した方がいいだろうな、と思った。途中で楽しくなるかもしれないし。
かくのごとく、方針はすべて僕の思い付きで変更され、クラスメイトにも当然、情報の共有はなされていない。
ダンジョン攻略に戻ることはないと油断していたクラスメイトを納得させる──なかなか面倒だが、攻略してみたい気持ちは本当なので、少しばかり、説得の文言でも考えてみようか。
「みんなに改めて説明──というか、その前に確認だけれど、元の世界に戻りたくない人はいるかな」
僕は戻りたいと思っていなかったが、今は、少し迷いがある。
僕の報復はクラスメイトたちに向いても心が癒されることはないけれど、たとえばもっと大きな範囲に向けたとしたら、あるいは快いという感覚を思い出せるかもしれないからだ。
教師。学校。親。他のクラス。あるいは、社会。
そういうものに対して報復行動をとり、それが達成された時、僕は快く感じる──その可能性がまだ残されている。だから、そうしようという気持ちが、少し湧いている。
さて、クラスメイトたちの反応はといえば……
まだ戸惑ってる。
でも、戻りたくないわけでは、ないようだ。
「元の世界に戻りたいなら、ダンジョンを攻略しなければならない。……ヤナウエが行方不明で、ずいぶんメンバーも減ってしまったけれど、むしろ今の方が、攻略できる可能性はあると僕は思ってるよ。──キサキさんも、そう思うよね」
戸惑うクラスメイトたちの中で、戸惑っていない三人。
偶然にも──というかまあ、僕が男で、『淫魔に犯されるという方法で強くする』という実験をした相手なので、恣意的に女ばかりの三人。
その中でリーダー格にしたキサキに、目配せする。
クラスの中では『頼れる』みたいな立ち位置で、よくネコイの隣で庇護者のように立っていた彼女は……
気まずそうに視線を下げるネコイをまったく見もせずに横を通り過ぎて、僕の横に立った。
そうして、クラスメイトたちに向き直る。
「
キサキの距離が近い。
徹底的な快楽漬けは、彼女たちに僕に対する忠誠心を植え付けたらしい。
淫魔に犯され過ぎると、淫魔と接敵しただけで『魅了』という状態異常に陥ることがある。
恐らくはそういう状態だ。
「ヤナウエがいたころには、私たちは一つじゃなかった。でも、今なら……タカミネくんが、クラスを一つにできる。これならきっと、ダンジョンだって、攻略できると……私は、思う」
そこで言葉を止めても良かった。
でも、キサキは、続けた。
「もう、このクラスから裏切り者は出ない。そうでしょ」
表情は毅然としたままだが、視線がネコイを向いている。
そこにあるのは恨みではないが、もっと複雑で、僕にはあまり分析するだけの興味がわかない、女同士の友情に根差した、なんらかの感情のようだった。
……キサキと同様、僕の『強化』を受けた他二人も、クラスメイトの誰かに視線を向けている。
それは、彼女らをハメて売った連中だ。
……ここから先。裏切り者は出ない。
でも、
誰も死なないぬるい迷宮攻略は終わりだ。
ここからクリアまでには犠牲が出る。
ただし、犠牲は何も、敵によってのみ出るわけじゃない。
疑心暗鬼で迷宮を進もうか。
その結果、僕が寝首を掻かれることになっても、それはそれで面白い。
アンデルセンに頼んで、僕らが淫魔女王を倒すまで、迷宮から出られないようにしてもらっている。
……ゲーム中盤に差し掛かるころ、二十階層ぐらいまでクリアすると、迷宮から出られなくなる。もちろん、『そろそろ生贄として淫魔女王に異世界人を捧げよう』と考えた、王家の仕業で。
戻ることのできない穴倉の中で、爆発したストレスは、みんなにどんな行動をとらせるんだろう?
ほんの少しだけ、それは……
楽しみかも、しれない。
三章終了
エンディングまでいけそうだけど本文が間に合っていないので、以降は2日に1回更新で最後まで駆け抜けます。
四章開始は明後日19時。最終章です。
よろしくお願いします。