※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

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三人称
スドウ(目と喉をとられた人)寄りから開始
アサギたちが迷宮に入るぐらいのタイミング


四章
32話


 どこかで何かを間違えた。

 でも、どこでどうすれば間違えずにいられなかったのかが、わからない。

 

 スドウは暗闇の中にいる。

 目がない。声も出ない。

 だが、痛みもなかった。ずきずき痛む、ということもなく、何か不思議な力で抜き出されて、『もともと、自分はこういう形だった』とばかりに安定してしまっている感覚がある。

 

 だからこそ、恐ろしい。

 もしかしたら戻らないんじゃないか──

 

 ──もしかしたら、というよりも。

 

 スドウには耳が残っている。見えず、しゃべれないことはあっても、聞こえる。

 

 だから、ワタナベがクラスメイトたちに話した言葉は聞こえていた。

 もう戻らない。もう治らない。もう、このまま。

 

 しかし、スドウはそれをうまく受け入れられなかった。

 

 だって、うまくやっていたはずだ。

 

 ヤナウエやウエマツといった連中とつるんで、気に入られた。

 小間使いみたいなことをして、『いじられ役』のポジションをとった。

 

 スドウは自分が『トップグループ』ではないことを理解していた。

 成績とか、運動とか、実家の太さとか、あるいはもっと他の要素──顔とか、背とか、もしくは熱意みたいなものとか。そういうのが、ない。

 だから強いやつにくっつく。……なんて、そんな哲学や思考があって、そうしていたわけでも、ない。ただ本能的に、『こうしときゃ、俺も、みんなも、ハッピーだろ』というような行動をとった。その結果、うまくいった。それだけの話だ。

 

 人生にはハッピーさが大事だと、スドウは思っている。

 

 コミュニティの中に笑ってないやつがいると気になってしまうというか、機嫌が悪いやつが一人でもいる場合の雰囲気の変化に敏感だ。

 それは家の中で厳しい父親のもと、箸の動かし方にも気を遣うような夕食を毎日食べるような人生を送り続けていたことと無関係ではないのかもしれない。

 

『あ、こいつ、機嫌悪いな』とか、そういう気配があると、焦る。焦って、ふざけて(チョケて)しまう。緊張感に耐えられない。嫌な雰囲気が大嫌い。そういうのが、スドウという人間だった。

 

 そういう意味で、クラスは、一人を除いて、みんな機嫌が悪くはなさそうで、居心地のいい場所だった。

 

 なるべく家に帰りたくないのもあって、ヤナウエやウエマツたちと長い時間を過ごしていた。その学生生活は、スドウにとっても、そして、スドウの周囲にいる人たちにとっても、間違いなくハッピーなものだったはずだ。

 

 それが、今。

 

「………………」

 

 声を発しようとする。

 でも、声は出なかった。

 

 息は、できる。

 でも、かすれた声さえ、出ない。

 

 喉と目をとられた。

 でも、ただ、声帯と眼球をとられたんじゃない。

 

 何か、もっと……

 

『声を出す自由』と、『見る自由』みたいな、概念的なものをとられたような、気がする。

 

「…………」

 

 ここは、どこだ。

 

 スドウは手探りで進む。広い。壁が遠かった。床の感触は……硬い。岩のようだ。

 空気は冷たくて、湿度が高い。

 

 ここは、どこだ。

 

 ここは……もしかして、ダンジョンじゃ、ないのか。

 

「………………」

 

 壁についた手から伝わってくる感触は、冷たい岩肌だった。

 見えない。叫ぶこともできない。

 スドウは状況をじっくりじっくり噛み砕いて、何度も何度も『まさか、こんな状態の俺を、ダンジョンに放り込んだりしないよな。そんなこと、人道的に、あるわけがない。そこまで慈悲のないやつなんか、いるわけがない』という()()()()を繰り返した。

 

 だが、どうあがいても、ここはダンジョン以外の場所には思えなかった。

 

 ようやく、現実逃避をする気力も尽きたあと、スドウはここがダンジョンだと確信せざるを得なくなり……

 

 走り出した。

 

 見えない。

 

 壁を叩くようにしながら走るけれど、五歩もいかずに転んでしまう。

 冷たく硬い、しかし長年水で削られたような滑らかな地面の上を滑る。

 

 ここは、どこだ。

 ダンジョンなのはわかる。でも、こんな、濡れたような感触、わからない。

 

 スドウは斥候役の才能があった。

 

 だからヤナウエらのパーティの中で、いつでも最前線を偵察してきた。

 

 そのスドウがわからない。ここは……行ったことのない階層だとしか、思えない。つまり……

 

 十六階層以降。

 

「………………」

 

 恐怖のあまり叫び出したかった。

 だが、喉はとっくに潰れている。

 

 せめて、周囲を見回したかった。

 しかし、眼はとっくに抉られている。

 

 誰がどうやって自分をここに運んだのか。そんなことをしてなんの意味があるのか。

 

(殺したいんだったら、殺せよ。なんで、こんな、危ない真似してまで、嫌がらせを……)

 

 アサギがやったんだ、と思った。

 ……それは事実と異なるが、スドウからすれば、自分にここまでのことをするのは、アサギぐらいしか思い浮かばなかった。

 

 何せ、クラスはあいつ以外、みんなハッピーだったはずだ。

 あいつだけが犠牲になれば、すべてがうまくいっていた。

 異世界にさえ来なければ、全部がうまくいっていた。

 

 どこかで間違えたのはわかる。でも、どこで間違えたのかは、わからない。

 異世界に行くことを見越してアサギに優しくしてやればよかった? 無理に決まっている。

 じゃあクラスで誰かが犠牲になるのを、体を張って止めるべきだった? それはつまり、自分を犠牲にしろってことだろう? 無理に決まってる。

 

 そもそもこんなクラスに配属されなければよかった?

 スドウにそれを止める権利なんかあるわけがない。

 

 どうにか床を這いながら、立ち上がる。

 

 手を振り回して、壁の位置を探る。

 

 何かに振れた。

 

 

 柔らかい、肉のような感触。

 

 

「………………」

 

 固まった。

 

 すでに目はない。でも、触れたものの方向を見る癖が、抜けていなかった。

 普通に眼球があれば誰もがやるような動作のあと──

 

 ──やっぱり、何もわからないまま。

 

 スドウは、『そこ』で、短い生涯を終えた。

 

 

「インドウ、これ……」

 

 インドウたち『誰も犠牲にしなかった四人』は、第三階層までたどり着いていた。

 かなりのハイペースだ。……食事も、睡眠さえもいらない体にはなっている。だが、それはのんびりだらだらとダンジョンの中で過ごしてもいい、という意味にはならない。

 

 だから自然と足は早まっている。……この急造の『余り物パーティ』の相性が思ったよりよくて、攻略が加速していた、というのも、早さの理由ではあるだろう。

 

 そのインドウたち四人は、第三階層終わり際で、奇妙なものを見つけた。

 

 ……それは。

 

 

 人間の頭部。

 

 

 何かの粘液で濡れて髪が張り付いた頭。

 血は、奇妙なほど出ていない。あるいはここではない場所で殺されて、この場所に運ばれた──なんて、推理小説のトリックみたいなことでもあったのかな、と思ってしまうぐらいだった。

 

 人間の頭部がごろんと転がっているその非現実的な光景をすぐに認識できたのは、それがあまりにも非現実的すぎて、頭が『映画を見ている』ような状態になってしまったからだろう。

 

 あ、頭部がある。

 

 インドウたち四人の認識は()()そんなものだった。

 

 だが……

 

「…………人の、頭」

 

 インドウが事実を口にした途端……

 

 遅れて、全員の体にぶわりと鳥肌が立った。

 

 おぞましさ。喉がヒクつく感じ。脂汗が出る。

 めまいがする。頭が痛い。目が、充血している感じがする。

 掌って、こんなに汗をかく部位だっただろうか。握り込んだ拳の中からぼたぼたこぼれそうなほど、異常な汗が出ている。

 

「…………」

 

 四人は誰もしゃべれなかった。

 

 口を開いたら、言葉以外にも、何かが出てしまいそうだったから。

 

「……確認する」

 

 それでもインドウがそう述べて『人の頭』に近付いていくのは、このパーティの中で自分がリーダーだという自覚があったし、回復・補助役でみんなを前線に立たせ続けたことに対する罪悪感みたいなものもあったからだろう。

 

 インドウは眼鏡がずり落ちそうになるのも構わず、おそるおそる、その『人の頭』に近付き……

 

 その頭部が誰のものか、知った。

 

「…………スドウ」

 

 目と喉を奪われ、王宮に『世話』をお願いしたスドウが、こんな場所で、頭だけになっている。

 

 それはインドウたちの知らなかった数々の情報をうかがわせる事実だった。目の前にあるスドウの頭部は、彼がここに至るまでの文脈込みで、インドウたちに『王家の真実』みたいなものの一端を見せるぐらいの、情報の塊だった。

 

 だが、それをこの状況で、すぐに読み込める者は、一人もおらず……

 

 誰かが、吐いた。

 

 インドウは、スドウの頭部と目を合わせたまま、固まっていた。

 

『デスゲーム』『ダンジョン』。

 そういうものの中に自分たちはいると思ったことがある。でも……

 

 今、この時まで。

 

 クラスメイトの死体を見ることになるなんて、誰も思っていなかったのだから、こんなに滑稽なこともないなと、インドウは頭のどこかで思った。




現在のクラス内役割内訳
リーダー枠 アサギ           計1人
側近枠 ワタナべ、ネコイ        計2人
苗床 レイナ              計1人
娼婦 ニナカワ、ハナイ、女2人     計4人
パーツ 他1人(男子)         計1人
??枠 キサキ、女2          計3人
売ったやつ
ナカイ、ナイトウ、カリヤ、男5、女4  計12人
居残り インドウ、男1、女2      計4人

行方不明
ナナミ、ヤナウエ、ウエマツ       計3人

死亡
スドウ                 計1人
──────────────────────
                   総計31人
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